第3話 救世主あらわる

 こういう、街中の小さな本屋での大きな問題。


 万引き、である。


 大手の本屋さんでも問題にはなっているみたいだけど、うちみたいな小さな本屋では、死活問題。


 一冊の単価はたとえ数百円でも、同額の本を最低でも5冊は売らないと穴埋めできない。


 ただでさえ売り上げが減っているのに、実際に万引き被害が続いて倒産した本屋もあるくらい、深刻な問題。


 もちろん防犯カメラを付けたり、店内を見渡せるミラーも設置したり、防衛はしているけど。


 こんな小さな本屋で、常時店員を複数置いているのも、その見張りの意味もある。


 ただ、うちは女性の店員ばかりなので、見くびられているのか、定期的に被害に合う。

 

 大学卒業前からアルバイトに来てほしいって言われたのも、少しでも人目を増やしたいって思惑があったから。


 本当は男性の店員も雇えればいいんだけど、安いお給料でなかなか希望者がないらしい。


 万引きっていうと、子供や若い人の犯罪ってイメージだけど、そうとは限らないんだって。

 

 転売目的で、結構年代が上の人の犯行も多いらしい。


 うちのお店で前に捕まえた万引き犯は、店長と同じ年のおばさんだったって。


 生活が苦しくて、盗んだ本を古本屋に売って生活費を稼いでいたという。


 そうは言っても、やっぱり高校生も油断できない。


 特に、夕方人手が少ないこの時間は。


 いつもは店長が夕方には戻って来て目を光らせてくれるんだけど。


 今日は帰りが遅い。


 いつもは夕方5時には戻ってくるのに。

 

「まだ帰ってこないのね」


 奥さんがお店に出てきた。


 今日はなんだかお客さんが多いので、レジも混雑していたし。


「……あの辺り、注意してね」


 奥さんが、小さく耳打ちしてきた。


 男子高校生のグループが、さっきから怪しい動きをしている。


 たぶん事務所で防犯カメラの映像を見て気になったんだろう。


 私はうなづいて、本棚の整理しながら視線を配る。


 しばらく見ていると、そのグループのひとりが、下を向いて足早にお店から出ようとした。


「あ……」


 私は慌ててドアの前に立ちふさがった。


「ちょっと、お話してもいいですか?」


 いきなり『万引きだ』って騒ぐのはNG。

 まずは証拠を見つけないといけない。


「何ですか?」


 下を向いておどおどした感じなのかと思ったら、声をかけた途端、その男の子はしっかり顔を上げた。

 その目が嫌な感じに笑っている。


 これは、まずいかも。


 その意味ありげな笑顔を見て、私は焦った。


 はめられた気がする。


 それでも、確認はしないといけない。


「ちょっとお時間いただけますか?」


「何ですか? 万引きでも疑っているんですか?」


 明らかに怪しげな手提げの紙袋を持って。


 こっそり本を忍ばせるには、最適な大きさで。


「疑うなら見てくださいよ。ほら」


 男の子は、袋を逆さまにした。


 中から出てきたのは、使い古した何冊もの教科書。


「ほら、商品なんて入ってないですよ?」


「そのようですね……」


「それだけですか?」


「………………」


「ひどい店だなあ。未来ある高校生に罪を擦り付けるだなんて。冤罪事件ですよ、これは」


 素直に謝ってしまえば良かったんだけど。


 でも、私は、クロだと感じていた。


 明らかに、罠に嵌めるためにやったんだ。


「何とか言ったらどうなんですか? まあ、ただ謝られても、僕の心のキズは癒えそうにないけど。慰謝料ものですよ、これは」


 男の子はニンマリ笑って。


 チラッと見ると、グループの男の子達も笑いながら見ている。


 その中の一人が、少しずつ出口に近付いていた。


 あっちが本命?!


 店長の奥さんからは死角だし、店内にいるはずの山元さんの姿は私から見えない。


 でも!


「どうしてくれるんですか? まあ、お姉さん、美人だから、体で返してもらってもいいですよ。僕に大人の個人授業、してくれます?」


 私の注意を引きたいのか、イヤらしい目付きで迫ってこられて、私は動きが取れない。


 これは、さっさと謝って、あちらの男の子を捕まえるべき?


 悔しいけど、そうするしか。


「すみ……」


「謝る必要ないですよ」


 突然、割って入ってきた声。


「むしろ、謝ってもらわないと。脅迫して性的関係を強いるなんて、高校生でも犯罪だよ」


「なんだよ?! お前には関係ないだろ?」


「関係あるよ。お気に入りの本屋が万引き被害の連続で閉店でもしたら、僕が困る。簡単に万引き出来るなんて風評が立ったりしたら迷惑だよ」


 ひどく冷たい目で男の子を見つめるのは、常連の土岐田瑛比古くん。


「あと、うちの高校の生徒が万引きなんて、恥ずかし過ぎる。これは未然に防がないと……まあ、もうやってしまったみたいだけど、外に出なければ、一応セーフですよ。今からでも会計してください」


「何も盗ってねーよ! 袋の中を見ただろ?!」


「漢文の授業で『李下に冠を正さず』って習ったよね? 君、文系選択だろう?」


『君子は未然に防ぎ、瓜田かでんくつれず、李下りかに冠を正さず』は、中国の儒教の教えを元に表された『古楽府・君子行』という漢詩が出典の有名な言葉だ。


 君子たるもの疑われるような行いは慎むべきだ、瓜の畑で靴を履いたり、すももの木の下で帽子を直したりするべきではない、という意味で。


 でも。


 土岐田くんは、別に漢文の知識をひけらかしたい訳じゃなくて、暗に『お前の素性は分かってる』って伝えたんだと思う。


「うるさいな! でも、実際に盗んだりしてないんだからな!」


 それが男の子にも伝わったのか、必死に弁明するけど。


「犯罪を勧めるのも、犯罪なんだよ? 君、法学部志望なんだろう? 六法全書、今から読んでおいたら? ねえ、君も」


 そう言い終わる前に、土岐田くんは出口に近付いていた男の子の、その手前にいた体の小さめな少年の手を掴んだ。


 え? その子じゃなくて!


 と思ったけど、少年の学ランの下から、何冊も本が落ちて来た。


 服の下に隠していたんだ……。


「無理やりヤらされたって言っても、実行したら罪に問われるの君なんだよ。それに、コイツらは全員で、そんなこと知らないってシラを切る気なんだから」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る