第2話 本屋のお姉さん
商店街の一角にある小さな本屋さん。
丸野山書店。
ここが私、
郊外に大型書店がいくつもあるので、正直店頭での売り上げは少ない。
老舗だけあって、地元との繋がりが深いので、近くの高校の教科書販売や雑誌類の定期購読のお客様への配達、学校や公立図書館への販売が経営を支えている。
春先には地元高校の生徒達が列をなして教科書の購入に来ていたので大忙しだったけど、4月後半の今は、パラパラお客さんが出入りするくらいで、静かなものだ。
書店の正規の店員は、店長の奥さんと娘さん、私と山元さん(58歳女性)だけで、忙しい時期だけアルバイトを雇って対応している。
店長はほとんど配達や注文、営業に出ていて、不在である。
娘さんの多恵子さんは子育て中で昼間だけの勤務なので、夕方に近いこの時間は、大抵奥さんと山元さんと私の3人だけで、しかも奥さんはほとんど奥の事務所にいて店頭にいない。
サボっている訳じゃなくて、お店の経理や注文の取りまとめなどの細かい事務をしていて仕事が山積みなのだ。
もともとあまりお客さんは多くないけれど、夕方になると下校途中の高校生が店先をのぞく。
スペースがないので、コミックとか文庫本の新刊はあまり多く置いてなくて、注文を取って取り寄せることが多い。
なので、店員の仕事はそこまで多くないように見えるけれど。
「すみません、注文したいんですが」
レジにお客さんがやって来た。
「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」
よく見かける高校生。
小説の新刊とか、結構注文して購入してくれる。時間帯的にすぐ近くにある
地区でもトップクラスの進学校。
見るからに頭がよさそう……しかも、かなりのハンサムだ。
私がこの本屋に勤め始めたのは去年の暮れで、その間に何度も注文を受けているし、よく見かけているから、かなりの常連さんになると思う。
「はい、では
注文書には『土岐田
個人情報だから、ホントはいけないんだけど、何度も注文書を見てたから覚えちゃった。
この3月に私は大学を卒業した。
実は就職の予定はなかったんだけど。
本当は高校を卒業したら、すぐに相手を見つけて結婚するように言われていた。
おばあちゃんから。
私は本当は、図書館の司書になりたかった。だから、何とか説得して、資格を取るために大学に行かせてもらった。
大学を卒業までに、結婚相手を探すからって約束して。
でも、結局、結婚したいほどの人とは出会わなかった。
何度かお付き合いを申し込まれることもあったけどピンとこなくて。
恋愛したくない訳じゃない。
さっきの高校生みたいに、カッコいい人を見ればそれなりに胸も騒ぐ。
でも、行動に移せるほどにはならない。
大学卒業にあたり、おばあちゃんを説得して、お見合いする条件で就職を認めてもらったけど。
就職先は、おばあちゃんの知り合いのこの丸野山書店に限定されて。
他にも候補はあったんだけど、本に関わる仕事がしたいって言う私の希望と合致するのがここだけだったから。
図書館の司書は募集も少ない上、大抵公務員なので就職が難しい。
それに結婚が決まれば仕事は辞めることになるから、事情が分かって受け入れてもらえる所は限られていたし。
大学の友達は、「時代遅れ」だとか、「もっと自立心を持て」だとか、中には「働かなくてもいいなんて羨ましい」とか、言っていたけど。
それは、昔からの友達からも言われていたけど。
確かに、自分でも、流され過ぎだとは思うけど。
でも、子供の頃に両親を交通事故で亡くして、その後ずっと面倒を見てもらった伯父さん夫婦やおばあちゃんに反抗してまで我を通せるかって言うと……悩む。
伯父さん達が味方になってくれて、結婚の期限を延ばして大学まで行かせてもらった。
それだけでもありがたいことだと思う。
学費だって出してもらっているし。
門限とか、他の家より制限は多いって言われたけど、夜の飲み会だとかコンパとかには興味がなかったし。
大学の大きな図書館で好きなだけ本が読めたことだけで、私のキャンパスライフは充実していたし。
丸野山書店に就職が決まって、せっかくだから大学卒業までにアルバイトさせてもらえることになって、とっても嬉しかったし。
司書じゃないけど、本に関われる仕事は楽しかったから。
ただ。
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