-エピローグ-

 結局、あれから六路美里と六道聡美の身体が“元”に戻ることはなかった。


 ふたりを中心に美里の両親も加わって、彼ららの実家に伝わる資料の研究と検証を重ねた結果、なぜ、聡美の身体から美里の頭部くびが離れないのかについては、おおよその推論はできた。


 なんのことはない、六路美里は「思春期が過ぎると共に能力を失う」タイプの先祖返りだったのだろう。

 彼らの一族では、むしろ現在はその方が主流であり、六道聡美のように18歳を過ぎても“異能”が使える方が、むしろ希少だ。


 そして──「美里」の頭部は今、「20歳を迎えた聡美の胴体」に繋がっているのだ。

 主観的・精神的には“頭”が本体だとも言えるかもしれないが、客観的・肉体の割合的には、今の“彼女”は「8割方、六道聡美」だとも言える。


 現に、聡美(元)の霊眼から見ても、“彼女”の霊気の質が変わってきていることがわかった。

 一週間前のような、若く拙く、それでも成長性に満ちた透明なソレではなく、若々しくはあるが相応に安定し、薄い翠色に色づいた霊気。

 それは、かつての自分の霊気と似て非なる代物モノだった。


 こうなった以上、少なくとも短期的には、ふたりが元に戻る可能性は潰えたと言えるだろう。

 一族の素性や事情をおおやけにできない以上、これからは元・聡美が「六路美里」、元・美里が「六道聡美」として生きていくしかない。


 幸いにして、元・聡美な美里(現)は、六路家の3人、そして彼ら以外で唯一事情を知る朱鷺田父娘から、非常に好感度が高かったので、彼女が「この家の娘」になることを、全員が好意的に受け入れている。

 毬奈や元・美里にいたっては、“こう”ならずとも、聡美を美里の本当の“姉”とすべく、養子縁組の手続きを密かに進めていたくらいだ。


 その根回しは、結果的に思わぬ形で役に立ち、現・聡美となった元・美里は、姓を「六道」から「六路」へと変え、そのままこの六路家で暮らすこととなった。


 美里(元・聡美)としても、六路家の面々、特に“母”と“姉”のことは大好きなので、この「お互いの立場を入れ替えて生きていく」という流れを受け入れることに、それほど大きな抵抗感はなかった。


 実際、ここ数日間で(互いのフリをする)予行演習は十分できていたので、それが永続的になっても、特に問題は発生しなかった。

 事情を知らない他の使用人や近所の人々などは、「六路家に、もうひとり家族が増えた」という情報コトに納得し、多少は話題になったものの、すぐにそれも鎮静化する。


 さて、家やその周辺での暮らしはひとまずそれでよいとして、問題になるのが、二学期からの学校について、だ。


 まず、「六路美里」は二学期より転校して、都市部にある聖翔女学園から、地元の真央学院へ編入することになる。

 これは、今回の一連の事件が起きる前から、美里自身が両親に相談して決めていたことで、理由は「いまいち聖女の校風に馴染めない」「そもそも通学にクルマで送ってもらっても1時間かかるのは長過ぎる」の2点だ。


 美里(元・聡美)は、聖女の制服が着られなくなったことを少し残念がっていたが、真央学院の初等部制服も別方向で可愛らしい意匠だったので、すぐにご満悦となった。

 また、いくら他人には六路美里に見えるとは言え、元のクラスメイトなどと会話をすればボロが出てもおかしくないので、転校でいったん人間関係をリセットできるのは、新たな美里となった少女にとっても有難い話だった。


 大学2回生から小学5年生になる美里の方はさほど問題はなかったが、その逆──小5から大2へと立場が変化した「六道聡美」の方だった。


 元・美里はかなり頭の良い子だったが、それでも並外れた天才児というワケではなく、せいぜい中学を卒業できる水準に、どうにかこうにか達しているか……といったレベル。


 六路家の4人で話し合った結果、元の聡美には申し訳ないが、大学は中退し、改めて真央学院の高等部1年に編入することとなった。

 学院の理事長・六車総一郎が、六路家の分家、かつ六路雅人とも懇意で、いろいろ無理を聞いてもらえるが故の離れ業だ。


 また、美里(元・聡美)が「中学は無理でもせめて高校に通っておくべきだ」と強く主張したからでもある。確かに、いくら学力が高くとも、小学校とは異なる中学ないし高校生活を経験しておくことは、今の日本では「同年代との価値観・空気の共有」という面では、大いに役に立つだろう。

 ──「それに、真央学院高等部の制服を着て、青春する聡美お姉ちゃんが見たいし~」という美里の本音は、誰も聞かなかったことにした。


 ただ、この成熟した身体つきで16歳はさすがに無理があるため、学院の生徒や教職員には「健康面の事情で2年ほど学校に通えなかった(=18歳だ)」というカバーストーリーを広めることにする。

 実際にはさらに2歳サバをよんでるわけだが、その程度はこの特殊な状況下では大目に見られて然るべきだろう。


 ともあれ、残りの夏休み期間である8月は、適度な休息や余暇をはさみつつ、ふたりの意識の調整──新たな立場へのなりきり精度を上げるために費やされ……。


 9月の新学期開始とともに、六路美里は真央学院初等部へ、六路聡美は高等部へと通い始めたのだった。


  * * *


 “アレ”から──わたしが「六路美里」となってから3年の歳月が流れていた。


 小学校編入当初はさすがに戸惑ったものの、元々のわたしの性格が子供っぽいおかげ(?)か、一週間も経たずにクラスに馴染んだのは、良かったんだか悪かったんだか。


 とは言え、今のわたしは「地元の名家・六路家のお嬢さん」のひとりなので、昔──それこそ聡美だった頃の小中学生時代よりは、それなりに猫はカブってお淑やかにしてるつもり。


 大好きな毬奈ママが、お茶とか活花とかの「おとめのたしなみ」ちっくなことを、お休みの日には教えてくれてるしね(ママ、茶道と華道、それに日舞なんかのお免状もいっぱい持ってるんだって。すごーい!)。


 クラスメイトのたちからは「美里ちゃんって大人っぽいね」って言われてるし、男のコにだって割と人気あるんだよ?

 ──まぁ、それでも「聡美お姉ちゃん」には全然敵わないんだけどさ。


 「健康上の理由で2年遅れで高校に入った」と噂されてる聡美お姉ちゃんは、その特殊な事情と、アイドルなんかメじゃない美貌のせいで、編入当初から注目されてたけど……。


 清楚可憐・品行方正・頭脳明晰・八面玲瓏……と、称賛の四文字熟語のオンパレードのパーフェクト超人なことが次第に周囲に明らかになって、1年の時から3年連続で文化祭で「ミス・真央」の称号を得ている。


 2年生の時から生徒会に入って書記を務め、3年生時には、圧倒的多数で生徒会長に当選……しただけでなく、様々な改革案を打ち出し、それを実現するという有能さは、中等部でも有名だ。


 しかも、それだけ分かりやすい「出る杭」だったのに、目だったアンチがいなかったっていうのも、お姉ちゃんのスゴいところだと思う。

 去年学院を卒業して、今年から某国立大学の経済学部に通ってるんだけど、受験の時、(わたしを含めて)誰も合格するのを疑ってなかったからね。


 え? わたし? ハッハッハッ、人間、身の丈に合った目標を目指すことが重要なんだよ。

 まぁ、それでも(小中学校やり直し2回目だからか)、クラスで3番目以内の成績はキープしてるし、運動能力も(こっそり霊力を補助に回してるおかげもあって)抜群だから、一応、プチ「文武両道」は実現できてると思う。

 友達はそれなりに多いし、お姉ちゃんほどじゃないけど人望だってある方だと思うしね。


 「お帰りなさい、美里」


 !


 「あ、聡美お姉ちゃん、ただいま──って、こっち帰って来てたの!?」

 「ええ、大学は今週から夏休みに入ってますから」


 あぁ、そう言えば、確かに大学の夏休みって中学や高校より始まるのが早かったよーな気も……もぅ、ほとんど忘れちゃってたけど。


 この暑いのに、日傘まで差してわざわざ通学路へ迎えに来てくれたお姉ちゃんと並んで、家までの道を辿る。


 「そう言えば、こんなコトを聞くのも今更かもしれませんが……」


 聡美お姉ちゃんが躊躇いがちに口を開く。


 「“六路美里”としての暮らしは楽しい? 後悔してませんか?」


 斜めにかざした日傘で顔を隠してるから、どんな表情をしているのか、わたしからは見えなかったけど……。


 「うん、もちろん。わたしは、毎日すっごく充実しているよ、お姉ちゃん」

 

 美里に“なる”しかないって分かったとき、さすがにためらいや不安が少なからずあったけど、結果的には、今のわたしはとても幸せな人生を歩めていると思うし。


 「そう──よかった」


 お姉ちゃんは後半部は小声で言ったつもりだろうけど、わたしにはしっかり聞こえてる。


 (やっぱり気にしてたんだなぁ)


 確かに、わたしたちが「この状態」になったキッカケは、聡美お姉ちゃん──当時の“美里ちゃん”だから、わからなくもないけどね。


 「あ、でもひとつだけ悩み事はあるかも」

 「! あら、何かしら? よかったら、教えてくれますか?」

 「そのぉ、おっぱいの発育具合が少し、ね。一応、クラスの平均くらいだとは思うけど──お姉ちゃんの巨乳ソレを見てると、やっぱり少し羨ましくて」


 自分の胸についてる時は「こんなの大きいの、あっても邪魔だなぁ」とか言ってたクセに、我ながら自分勝手だと思うけど、「無くして初めてわかる大切さ」ってのもあるんだねー。


 「さ、さすがにソレは、私では力になれませんわね」

 「うん、わかってる。でも、せっかくだから今夜は一緒にお風呂に入って、“実物”の迫力を間近でませてね、お姉ちゃん♪」

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