-その10-
さて、あの一件──ロリコン男による“六路美里”に対する性的悪戯/強姦未遂事件から3日を経て、被害者たる少女はようやく落ち着きを取り戻していた。
「お、お見苦しいところをお見せしました」
朝食後、美里の部屋で恥ずかし気に頭を下げる“美里”。
「あら、もう元に戻っちゃっ……もとい、元に戻ったのね」
「大丈夫ですか? もう少し、
母娘の視線が生暖かく感じるのは、彼女の気のせいではないだろう。
* * *
救出された直後の“美里”は、心底恐怖を味わったせいか、(美里としての)外見年齢相応(もしくはそれ以下)に幼児退行したような状態になっており、母である毬奈や、姉として接する“聡美”に終始ベったり甘えていた。
“美里”のあどけなくも愛らしいその様子に、毬奈はもちろん(本来は年下であるはずの)“聡美(=美里)”までもが
上げ膳据え膳はもとより、日中は必ずどちらかが傍に寄り添い、話し相手になるのに加えて、抱き締めたり、頭を撫でたり、頬ずりしたりといったスキンシップも頻繁に行う。
夜寝る際も、1日目は母と、2日目は姉と、3日目となる昨夜は、母&姉妹3人一緒のベッドで眠ったのだ。
普通の十歳児であれば、身内がそんな態度をとれば、そろそろ嫌がり始めるのだが、この“美里”(=聡美)の場合、8歳の頃に両親が死亡し、叔父夫婦の家に引き取られたという過去がある。
叔父夫婦は決して悪い人ではないし、ふたりの実子がいるうえで、姪である聡美にも相応の愛情と手間暇を注いで中学卒業まで育て上げた、むしろ善人といってよい人物だ。
しかし、今の彼女からは想像しづらいが、当時の聡美は人見知りなタチで、叔父一家とは微妙に心理的距離がある状態だった。
当然、叔母(叔父の妻)に素直に甘えるような真似もできず、さらに運が(あるいは間が)悪いことに、9歳の誕生日の前後から、一族の末裔としての“能力”が開花したことから、人に言えない秘密を抱えて、ますます殻に閉じこもるようになっていく。
その彼女が、今のような明るさを取り戻せたのは、翌年、偶然一族の“田舎”に帰省した際に、聡美に能力が発現したことを見抜き、いろいろと親身になって相談にのってくれた祖母がいたからこそだ。
そんな「幼少時に身内に子供らしく甘える」経験に乏しい(=飢えていた)聡美/“美里”が、“母”と“姉”のダブル甘やかしに溺れてしまったのも、無理のないことと言えよう。
──今朝、ふたりに挟まれた状態でベッドで目が覚めた際、ようやく自分が本来は20歳になるいい大人だという自覚を取り戻した聡美は、そう考えて、自分を無理矢理納得させようとする。
「それはそれとして、昨日までの美里ちゃんは、本当に可愛らしかったわ~(ほっこり)」
「まったくもって同感ですね」
毬奈と“聡美”の「満面のイイ笑顔」に、「あは、ハハハハ……」と“美里”は引きつった笑いを返すことしかできない。
「(こ、これが黒歴史というヤツなのかな)ゴホン! それはともかく。
わたしたち二人の心身のコンディションが整ったので、今日こそ「元」に戻るための同時“首抜け”を試みたいと思います」
ことさらに真面目くさった顔で、少女はそう宣言する。
「「!!」」
はしゃぎ気味だったふたりも、それで意識が切り替わったようだ。
そもそも、「他人の胴体に首をつなぐ」ことは、一族でも禁忌とされている所業だ。現在分かっている「立場の交換」以外にも、何か悪影響が存在しないとは限らない。
それにもともと、本来は3日前──“お出かけ”の日の夜には、元に戻るはずだったが、あの事件のせいで延びていただけなので、彼女の方も異論はない。
「ぅぅ~、これで「可愛らしい美里ちゃん」は見納めなのね……」
──毬奈夫人は少々残念そうではあったが。
「いきますよ……「昇天」!」
ろくろ首の基本技能である「首ぬけ」のための技(?)名を掛け声のように叫ぶ。
ふわり……という感覚とともに、いつもと同様、頭部のみが浮き上がる感覚に襲われる。
精神的な傷を負うと、時として能力がせ弱まったり、最悪使えなくなることもありうる──と、一族伝来の書きつけに記してあったので、じつはこっそり心配していたのだが、無事使えたことに、少女はホッとする。
しかし……。
「昇天! あれ、おかしいですね。もう一回……しょうてんッ!」
どういう訳か、もうひとりの「年かさの女性」の方が、首ぬけの技を発揮できなくなっていたのだ。
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