-その9-
すでに何度か語られた通り、六路家およびその分家である六道家、六甲家の先祖は、俗に「ろくろ首」と呼ばれる妖怪だった。
ラノベ風に言えば「
あいにく、人の血と交わったのが数百年前で、それ以来、特にその(人外の)血を濃くするような方策もとらなかったため、現在は「人と妖怪との混血」ではなく、「大昔に人外の血が混じった人間」という方が正しい。
“首抜け”の異能が
平均的な同世代の人間と比べて、生命力(ゲーム風に言うなら「HP」か)が高く、また、傷などの回復力も常人の倍近い。
クルマに跳ねられて、普通の人なら全治2ヵ月の重傷という状況であっても、1ヵ月もしないであっさり退院して普段の生活に戻れるだろう。
それは確かに大きな利点だが──逆に言えば精々「その程度」だ。
4トントラックに引かれても平然と立ち上がったりはできないし、腕を切り落とされても新しく生えてきたりはしない。
おまけに、再度ゲーム風に表現するなら「つよさ」や「はやさ」自体は、平均的な女性と大差ないのだ。
──要するに何を言いたいかといえば、だ。
「フヒヒヒ、お嬢ちゃん可愛いネ~。さぁ、おじさんと遊ぼうヨ」
「(ひっ……ぃ、嫌だぁ~)」
10歳のお子様(と周囲に見られるよう)になった“美里”が、ひとりで外を歩いていたら、「へんたいふしんしゃさん」に
* * *
午後2時を回った頃、“お買い物”の〆として、デパートというには少し小さめの総合ショッピングビルに、“美里”と“聡美”、そして毬奈とお付きの麗花は、足を運んでいた。
ふたりの“状況”は読者諸氏のご承知の通りだが、それまでの途上でも、各々の立場に応じた
最上階の催し物売り場で、毬奈が扱われている商品に少し興味を惹かれ、麗花がそれに付き添い、逆にそれに興味を惹かれなかった年少組ふたりは、すぐ下の階の書店スペースに足を運んで、母の買い物が済むのを待つことにしたのだが……。
「ごめん、聡美お姉ちゃん、ちょっとお手洗い行って来るね」
先程レストランで昼食を食べた
「場所はわかるかしら? いっしょに行かなくても大丈夫?」
手に取ったファッション誌を棚に戻して、“聡美”は同行しようかと申し出たのだが、“妹”の方が首を横に振ってそれを断った。
「エスカレーターのところで案内板見たから、だいじょーぶだよ」
言外に「ホントはいい大人なんだから心配無用!」という気持ちもあったのだろう。
確かに本来の(二十歳の女子大生としての身体を持つ)聡美であるなら、その男も不埒な行為には及ばなかっただろう──ロリぃなシュミに合わないからか、成人女性の体力を警戒してか、のいずれかについては言及を避ける。
しかし、今の彼女は、周囲からはどう見ても10~12歳くらいの可愛らしい美少女なのだ。
このプチデパートは偶数階に男子、奇数階に女子トイレがある構造で、5階の東南の隅にある女子トイレは、“少女”が足を運んだ時、たまたま誰も他に人がいない──ように見えた。
待たずに済んでラッキーと個室に入ろうとした“美里”だったが……。
その直後、後ろから伸びてきた左右の太い腕が、彼女の口元を塞ぎつつ、その華奢な身体を抱き上げ、そのまま一番奥の個室に連れ込んでしまう。
「な、なに!? ……ぅぅンッ」
わけがわからないまま藻掻く“美里”だったが、口内にハンカチらしき布を無理矢理詰め込まれ、うめき声しか出せなくなってしまった。
それを為したのは、外見年齢は20代後半から30歳前後くらいだろうか。中肉中背よりはやや痩せ気味で、不健康そうな顔色と肌色をした目の血走った男性だ。
少しでも見る目のある人間なら「あ、コイツはヤバい」と判断して関わりになることを避けるだろう。
“美里”──いや、聡美とて、まともに目にしていたなら警戒心を抱いたかもしれないが、この男は彼女の視界に入らぬよう背後から忍びより、一気に行動に出たのだ。
男が白昼堂々とこんな犯罪行為に及んだのは、いくつかの原因が重なったが故ではある。
ブラックな会社勤めとそれに伴う心身の疲労、意味不明な減俸に対する不安とストレス、追い打ちをかけるような夏の暑さに脳が茹ったところで、前夜読んだエロマンガのヒロインと(彼視点で)そっくりな“美里”を目撃したことで、ついに現実感を喪失してしまったのだ。
とはいえ。
美しいが未成熟なその肢体を這い回る無遠慮な男の手に震え、涙を流している“少女”の姿を見れば、その程度のことなど言い訳にもなるまい。
買ってもらったばかりの青いワンピースの前ボタンをむしりとるように外され、そこから忍び込んだ無遠慮な掌が、膨らみかけの胸をまさぐる。
スカートもまくりあげられ、ショーツ越しにとはいえ女の子の大事な部位を、太い指先でぐにぐにと弄られる。
想像もしなかった辱めに対する嫌悪と不快感、そしてそれらをも上回る恐怖で心を押しつぶされそうになっている少女は、反射的にもがくだけで効果的な抵抗をできていなかった。
本来、六道聡美は、じゃじゃ馬やお転婆といわれるほどではないにせよ、のほほんとした見た目に似合わぬ、しっかり気丈な行動のとれる女性だ。
電車で痴漢にあって「この人、痴漢です!」と声を挙げたことも数回あるし、コンパで酔い潰そうとお酒を勧めてきた男子学生にも、ニッコリ笑顔で「ノーセンキュー」とハッキリ言い放つことも躊躇わない。
そんな「いつもの六道聡美」からには考えられないことに、“美里”──幼女の身となった聡美は、ロリコン男の不埒な行為に、怯えてまともに身動きすることさえできなくなっていた。
そもそも、いかに同じ“女”であっても、身長160センチ台後半で二十歳の女性と、140センチ台半ばで10歳の少女では、外敵危機や暴力に対する耐性や抵抗力がまるで異なる。
小学5年生の女の子にとって、平均的な体格の成人男性に腕力(ちから)で押さえこまれるというのは、覆し難い絶望的な状況なのだ。
調子に乗った男が、ついに少女の下着に手をかけ、哀れ青い果実が散華するかと思われた、まさにその時!
「わたくしの妹から手を離しなさいッ!」
トイレ個室の上の隙間から身を乗り出したスーツ姿の女性が、手にしたハンドバッグを思い切り男の脳天に叩きつけ、脳震盪を起こした男が倒れたことで、間一髪、少女は魔の手から救われたのだった。
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