第5話 潜入

 その頃。

 太陽達を乗せたドームは目的に着くや否や、繊維が切れるようにはらはらとほどけて消えた。

 ドームの外には真っ暗な空間が広がり、見下ろせばテレビ番組で見たことのある巨大な青い惑星が浮かんでいた。


「あれ、ちきゅう?」

「そうみたい。本当に宇宙に来たんだね……」

「ま、電波に乗って移動出来るってことを考えれば、この短時間で来られるのは何も不思議じゃねぇが」


 黒い翼を広げながら、アザミは正面を睨む。

 暗い宇宙空間に浮かんだ羽のような四角い太陽電池パネルを広げた銀色の箱、人工衛星だと太陽にもすぐにわかった。


「あれってフロリダで見たロケットに載ってたのかな?」

「そうだろうな。一般人から金を巻き上げてご立派なモンを作ったもんだぜ」

「ここからどうするの? あの中に鳥海……大死卿がいるんだよね?」

「……奴は工場にいた時、メガネが静電気を放っただけで周辺機器への影響を気にしていた。ってことはチビの能力も嫌がるだろ」


 腕を組んだまま、アザミは太陽とうさぎの顔をしっかりと見据える。


「作戦を話す。まず中に入ったらアタシがメガネのふりをして奴に接触する。適当に話をしながらアタシはシステムのセキュリティを切るから、その間に二人は衛星の電波出力のアンテナを探し出し、アタシの合図が来たら音場で破壊しろ。強磁性体が巻きついていたらそいつを剥がすんでもいい。そこまで済んだらアタシに連絡すること。

 連絡を受けたらアタシが奴を連れてセンパイ達の所に行くから、出てきた瞬間を見計らってチビが奴を足止め、その隙にセンパイがアタシに死の鎌デス・サイスを渡せ。そしたら、アタシが奴を討つ」

「影咲さんが?」

「奴がアタシをわざわざ死神裁判にかけたってことは、死の鎌デス・サイスの不正利用には何らかのペナルティがあるってことだろ。魂の基盤の破壊か、相手が大死卿サマならその身分を引き継がなきゃならねぇのかもしれねぇが、どちらにしろ大きな不都合があるはずだ」

「だから影咲さんが全部背負うのか? そんなのって!」

「じゃあ何か? アンタが初めての共同作業よろしくアタシと仲良く死の鎌デス・サイスを構えて奴を斬るか? 偽善や同情なんざ要らねぇんだよ! こいつはアタシの復讐だ。アタシがけりをつける。アタシが罰を受け入れる。部外者はさっさと生まれ変わって綺麗さっぱり忘れればいいんだよ」

「おかしいよ! あざみおねえちゃんは、なかまでしょ?」

「言ったろ? アタシの勝利条件は奴を倒すことだ。その後のアタシがどうなろうが一度掴んだ勝利が覆ることはねぇ」


 アザミは腕を組み、いつものように八重歯を剥き出しにして笑った。


「アタシは完全なる強者だ。勝つために犠牲が必要ならなんだって払う。それをアンタの価値観で弱者側に引きずり降ろそうとするんじゃねぇ」


 これが死神になってまで復讐を遂げよとする天才少女の強さ。

 これまで何度も目にしてきた、振り回されてきた、痛感させられてきた。

 他に方法がないというのなら、止めるのは彼女の強さの在り方を否定することに他ならない。


(でも、僕だって大死卿に復讐する理由があるのに……)


 秋人に真実を知らされてから胸の中で熱を持ち始めた憤り。アザミが復讐を果たしてくれればせいせいするだろうが……。


「本当にそれが、土浦さんが見た勝ち筋なのか? 影咲さんを犠牲にすることが?」

「奴の考えは結局わからねぇ。だがアタシを騙そうとしていたところを見るに、兎に角ここで大死卿に会ってほしかったってとこだろ」


 タブレットで体の設定画面を開き、必要な数値を入力し終えると、アザミは顔を上げた。


「勝ち筋とやらは戦いの中で見出す。今は作戦通りに動け。いいな?」

「……わかった」


 タブレットの決定ボタンを押すと十二歳の長い髪の少女の体は青白い光に包まれ、光が収まった頃には三十歳の短い髪の男性に変わっていた。


「おっと、大事なモンを忘れていたな」


 大鎌を取り出し、その刃の一部を銀縁眼鏡に変形させて装着する。

 太陽からすれば逆を見ていたので納得だが、まさに秋人その人が目の前に現れて身の毛がよだった。


「それじゃあアタシは先に行く。アタシらが止めなければ奴の独断と偏見で選ばれた悪者が次々と排除されていくんだ。絶対に成功させるぞ」

「うん……」


 黒い翼を広げて、アザミは衛星の方へ移動した。


  ◇


 制御室に並んだディスプレイでアルファベットの列が上へ上へと流れている。各設定が正常に処理されていくのを見ながら、聡里は満足げに唇で弧を描いた。


「いよいよね。この時をどんなに待ちわびたことか」

「同感ですよ。ここまで本当に長かったですからね」


 一人のはずの制御室で調子のいい声が聞こえ、聡里は顔をしかめる。振り返れば制御室の入り口に秋人が立っていた。


「何しに来たの?」

「いいじゃないですか。折角の晴れの日なんですから、世界が変わる瞬間を特等席で見させてくださいよ」

「炎華は? 法廷で何かあったみたいだけど?」

「閣下が心配するようなことは何一つありませんよ。彼女の優秀さはあなたが一番よくわかっているはずです」

「ええ。あの子に限ってミスはしない。あの子の私を信じる力は本物だもの」

「あれだけ従順な子をこの晴れ舞台に呼ばないなんて、閣下も冷たいじゃないですか」

「言ったでしょ。あの子はただの駒。欲しい言葉を与えておけば動くから、傍に置いているだけよ」

「はは、そうでしたね」


 秋人──アザミは聡里の隣まで進み出ると、制御ディスプレイを見上げて愛想笑いを浮かべる。


「操作しているのはですか」

「ええ。アザミと協力してくれたお陰ですっかり使いこなせている。トラブルも解決してくれて優秀よ」

「それなら閣下がここで監視することなんて何もないじゃないですか」

「正常に動いているかどうかくらいは現地で見た方がいいでしょ」

「確かにこの体なら宇宙に出ようが問題はありませんからね。重力も関係ないから変に浮くこともありませんし」


 アザミは適当に話を合わせながら聡里の手元に視線を落とす。

 そこにはタブレットがあり、制御室のディスプレイと同じウィンドウが表示されていた。

 基本的な操作は別の人間がやっているが、何かあれば聡里の端末からもアクセス出来るらしい。これは好都合だとアザミは心の中でほくそ笑んだ。


「閣下、ここの設定が違っていますよ」

「え? どれ?」

「タブレットを貸してください。修正します」


 アザミは聡里の手からタブレットをそっと取り上げると手早く操作した。

 そして予定していた通り、エラー警告が出ないように設定を修正した。


「これでもう大丈夫です」

「どうして私のタブレットを使うの? あなたのでやればよかったじゃない」

「はは、つい、ね。これからはこっちでやりますよ」


 アザミは恭しく聡里にタブレットを返すと、自分のタブレットを取り出して素早く太陽達に連絡した。


『完了』


 画面を覗かれないようすぐにタブレットをしまい、ディスプレイへ視線を戻した。


「あいつは処刑されたのかしら」


 ディスプレイを見上げながら聡里が問いかけてくる。アザミは表情を変えずに訊き返した。


「あいつって?」

「わかるでしょ。灰色の服ばかり着てるあれ」

「ああ、はいはい。処刑されたんじゃないですか? 僕がしっかり監獄に入れてきましたし、炎華がいれば万が一ということはないでしょう」

「そうね。せいせいするわ。あいつが鼻の下を伸ばしているのを見て、ずっとイラついてたから」

「その割には楽しそうにデートしていたようですが?」

「馬鹿言わないで。炎華にしているのと同じよ。相手の望む言葉を適当にかけていただけ」

「女優ですね、閣下は」

「あなたがそれを言う?」

「いやだなぁ、僕が嘘ついたことありました?」

「胡散臭いのよ。存在自体が」

「これは手厳しい」


 面倒臭そうな溜め息を吐き、聡里はアザミの方へ視線を移した。

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