第8話 革命の地へ

「大死卿はアンタらをだろうさ。計画のことを知っちまったアタシがていよく処分されようとしてるのがいい証拠だろ。生まれ変わりなんて許されねぇ。基盤を真っ二つにされてポイだ。どうせここにいるのは人生楽して生きたい勝ち組狙いばかりだろ? なぁ、終導師の皆々様?」


 陪審員達は互いに顔を見合わせる。誰もアザミに反論する者はいない。


「な? アンタらはアタシの告発を聞いてしまった時点でもう取れる選択肢は二つに絞られてるんだよ。このまま指を指をくわえてそこのキチガイ女に捕らわれ、処分されるのを待つか、アタシを逃がして大死卿の計画を止めさせるか。言っておくがな、仮にアンタらが運よく生まれ変われたとしても大死卿の計画を阻止しなきゃ運命操作によってアンタらの人生はメチャクチャにされるぞ。さぁ、アンタらはどっちを選択する?」


 最初は不安げに泳いでいた陪審員達の視線が、アザミの言葉によって炎華に集中する。

 誰も何も言わなかったが、考えていることは同じだった。


 この場で炎華を取り押さえ、なんとかしてアザミを逃がす。


 陪審員達は互いに頷き合うと、それぞれ大鎌を出して臨戦態勢に入った。


(影咲さん、本当に凄い。こんなに不利な状況なのに、陪審員達を味方につけちゃった)

「フン……執行人という立場を舐めないでいただきたいものですね。アザミ様が計画阻止の要だというのなら、こちらにも考えがあります」


 炎華は大死卿像の前にひざまずき、祈りを捧げた。

 まるで合図を待っていたかのように大死卿像はすぐさま動き出し、炎華に死神殺しの大鎌、死の鎌デス・サイスを差し出した。


「炎華様、有罪判決の出ていない者にそれを振るえば、その瞬間にあなたは消滅の道を辿ることになりますよ!」

「構いませんわ。この身は全て聡里様のもの! 主の野望のためならわたくしの魂など惜しくも何ともありませんわ!」


 陪審員の制止も聞かず、炎華がアザミの方へ足を進め、死の鎌デス・サイスを振りかぶる。

 一部始終をドアの隙間から見ていた太陽は咄嗟に法廷へ飛び出し、アザミに覆いかぶさる形で炎華の前に割り込んだ。


「やめるんだ!」


 ガチン!

 一瞬のことで太陽も理解が追いついていなかった。思わず瞑った目を開くと、太陽は自分の大鎌で死の鎌デス・サイスを受け止めていた。

 自分でも大鎌を出した自覚がなく、また炎華の攻撃を簡単に受け止められるとは思っていなかったため、一瞬呆けてしまった。


「何故あなたがここにいるのですか!? 一体どうやって監獄から出たというのですか!」


 声を荒げ、血の滲んだような赤い目を大きく見開く。

 先に太陽を始末するべきだと考えたのだろう、炎華は太陽に大鎌を向けた。

 その瞬間、脳みそを直に揺らすような強烈なドリル音が響き、炎華が苦悶の表情を浮かべて動きを止めた。


「たいようおにいちゃん、いまだよ!」

「わかった、うさぎちゃん!」


 太陽は大鎌を消し去るとアザミの後ろへ回り込んで体を抱えた。

 十二歳の体は想像していたよりも遥かに軽く、太陽の力でも軽々と持ち上げることが出来た。


「おっせぇぞ、ロリ島。いつまで待たせんだ」

「ごめん。このまま飛ぶよ。掴まってて!」


 アザミを横向きに抱えた体勢で背中に意識を集中させると、花が開くように鳥のような大きな翼が広がった。

 アザミは翼を見て目を丸くした。灰色のくすんだ色をしていた翼がラメを散りばめたように微かな光を放っていたからだ。


「行かせてなるものですか……!」


 苦しそうに顔を歪めながら炎華は今にも飛び立とうとする太陽に手を伸ばす。

 しかしその頃には炎華の背後には陪審員達が群がっており、うさぎが音を止めたのと同時に炎華は彼らの手によって取り押さえられてしまった。


「放しなさい! わたくしは大死卿直属の終導師ですのよ!? このような狼藉が許されるはずがありませんわ!」


 きぃと蝶番の軋む音と同時に法廷の正面の扉が開かれる。現れたのはもう一人の執行人である秋人だった。

 陪審員達の顔に緊張が走る。取り押さえられた炎華は勝利を確信したようにうっとりと笑みを浮かべた。


「秋人様……!」

「やぁ、炎華」


 開け放った扉の前に立ち、秋人は状況にそぐわない爽やかな笑顔を作る。

 その間にも太陽達とうさぎが正面の出口に向かって翼をはためかせて突き進んでいた。


「秋人様、その者達は無礼なことに聡里様の野望を阻止しようとしています! 我々の手で仕留め、破片となった基盤を聡里様に献上いたしましょう!」

「うーん、そうしたいのは山々なんだけどね……」


 太陽達が十分近づいたタイミングを見計らい、秋人は正面の扉を蹴って全開させた。

 扉が壁に跳ね返り、自重で閉じようとする隙間を縫う形で、太陽達とうさぎは法廷の外へと脱出した。


 その刹那。


「さすがだね、アザミ」

「チッ……借りっぱなしが性に合わねぇだけだ」


 互いの胸の内を理解した親子は目を合わせる間もなく、言葉だけで互いの信頼を確かめ合った。


 太陽達が死神裁判所の玄関口に向かうのを視界の端で見届けると、秋人は信じられないと目を見開く炎華に向き直り、困り顔で肩をすくめた。


「見ての通り君達を裏切っちゃったからさ、聡里の前に行ったら殺されちゃうんだよね~」

「秋人様……一体何故……!」

「さて何故でしょう? って問いかけたところで君にはこの問題が解けっこないよねぇ!」


 秋人が乾いた笑い声を上げると、炎華は狂ったように絶叫した。

 全身が真っ赤な光を帯びたかと思うと、赤い花びらの刃が無数に放たれ、陪審員達の体をメッタ刺しにする。

 血液のない体で傷だらけになり、阿鼻叫喚となった陪審員達を押しのけ、炎華が殺意で爛々と輝かせた目を秋人に向ける。

 そして渾身の力を込めて死の鎌デス・サイスを投じた。ブーメランのように回転しながら接近する死の刃を、秋人は余裕の表情で見ている。

 刃が届く寸前、秋人はくるりと身をひるがえし、標的を失った死の鎌デス・サイスは木製の扉に深々と突き刺さった。


「本当に君は単純だ。大鎌の力を使うまでもなく簡単に操れる」


 秋人は余裕の表情で死の鎌デス・サイスを抜き取る。

 ようやく事の重大さに気づいた炎華は自分の頬をぐしゃりと掴み、この世の絶望を全て濃縮したような悲鳴を上げた。


「それじゃ、死神殺しの大鎌はもらっていくからね」

「いやあああああ!!」


 茶色い翼を広げ、秋人は扉から法廷の外へ飛び出す。

 うさぎが開けたままにしてくれた玄関から死神裁判所の外に飛び出すと、秋人は自分の大鎌を取り出し、銀色の包帯のような刃で自分達を覆うドームを編み上げた。

 ドームの効果でアザミの両手を縛っていた拘束具がカチリと音を立てて真っ二つに割れる。

 素早く体の設定をもとに戻したのだろう、アザミは太陽の胸を押しのけるようにして自分の脚で立ち上がった。


「さ、逃げるよ」

「逃げるってどこに?」

「聡里の行き先、宇宙だよ」


 秋人は柄だけになった大鎌でこつんと足元を叩く。

 銀縁眼鏡の向こうで光るアザミと同じ色をした瞳は、遥か先に待つ宿敵を見据えていた。

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