最終章 銀光の覚醒者

第1話 アザミと秋人

 秋人は自らが作り出したドームの中心に立ち、意識を集中させるように宙を見つめている。

 秋人の左手には炎華から奪った死の鎌デス・サイスが握られていた。

 銀縁眼鏡の向こうで静かに光る黒い瞳には一体何が映っているのだろうか?

 固唾を飲んで様子を見守りながら、太陽は底の見えない穴を覗き込むような、底の深さを知ってみたい好奇心と得体の知れないおぞましさで揺れていた。


「あの……」


 太陽が秋人に声をかけようとしたのと同時に、アザミがつかつかと前に進み出る。

 秋人の視界に割り込むように立ち、アザミは腕組みした。目と目が合った瞬間、秋人はにっこりと笑った。


「やぁ、アザ……」


 アザミがカッと目を見開き、黒い翼を広げて飛び上がる。鼻と鼻がつきそうなほど秋人に接近したかと思うと、突然振り上げた拳で秋人の鼻面を殴り飛ばした。


「痛い! 痛いよ! なんで殴るの!? 酷くない!?」

「足りねぇ。もっと殴らせろ!」

「待って!? ねぇ、今僕はドーム動かしてるの! びっくりしてコントロールが狂っちゃったらどうするつもり!?」

「そんなモン、キサマがなんとかしろ!」

「ええええ!?」


 それからアザミは飛びながら大鎌を出し、分岐させた先端で秋人に斬りかかった。

 プスプスと背中や尻を執拗に刺してくる刃にいちいち飛び上がりながら、秋人はドームの中を逃げ回った。


「タイムタイム! 僕すんごい運動音痴なんだって! ね? ね!」

「知るか! さっさと串刺しになれってんだ!」

「わわわ! もう、そんな怖い子に育てた覚えはないのに~」

「こちとらキサマに育てられた覚えはねぇ!」


 走り回りながら大騒ぎする二人に太陽もうさぎも思わず顔を見合わせる。

 これから大死卿との決戦が待っているという状況で当のアザミと秋人がじゃれ合うように喧嘩を始めてしまい、二人は呆然としてしまった。


「これって止めた方がいいのかなぁ?」

「心配すんな、ロリ島。本気でやばかったらこいつはとっくにアタシに干渉してきてる。こいつはそういう奴だ」


 秋人は頭から足先まで穴だらけになって倒れ伏している。

 本気で倒れてしまったのではないかと太陽が恐る恐る近づいてみると、秋人はガバッと身を起こして太陽にうっとりしたような満面の笑みを向けた。


「見た? 今の」

「見たって何を?」

「僕達の初の親子喧嘩だよ! 凄かったよね! アザミ本気だったよ! うわぁ〜、今日は初親子喧嘩記念日だ! お赤飯炊かなくっちゃねぇ!」

「喧嘩っていうより、殺し合いって感じのような……」

「いいじゃないか、それくらい。僕不死身なんだし」

「もう死んでますけどね……」


 ヘラヘラと笑う秋人を足蹴にしながら、アザミは舌打ちした。


「おい、ドMメガネ」

「あはは、なんか呼び方が屈辱的〜」

「喜んでるんじゃねぇ! 大事な話があるんだろ。聞かせろ」

「うん、そうだね。これ以上家族団欒を楽しんでいたら手遅れになりそうだ」


 秋人はゆっくりと立ち上がり、埃を払うように修道服を整える。ドームの効果か、秋人の服や頬についていた傷はたちどころに修復した。


「まぁもうアザミも察しているだろうけど、こうして君達を救出して宇宙に移動してるのは聡里の野望を止めるためだ。太陽には話したけど、僕はインビジブルを止めるために自殺をして死神になった。それからインビジブルのトップが大死卿本人だと知って、彼女の狙いや計画を知るために終導師になり、大死卿直下の執行人にまで登り詰めた。そこでフォルトゥーナ計画のことを知ったわけ。

 フォルトゥーナ計画については大体アザミが法廷で言ったので合ってるんだけど、聡里がやろうとしてるのはもっと強烈なものでね、どうやら死亡予定者リストを現世にばらまこうとしてるんだよ」

「は? 何のために?」

「聡里がやろうとしてるのは死の支配じゃなくて、その先にある生の支配なんだ。いいかい? 聡里は人工衛星から妨害電波を飛ばして運命を操作しようとしている。その結果が死亡予定者リストに反映される。そうやって自分の思い描いた通りのリストが現世にばらまかれたら、それは現世でどういう意味を持つと思う?」

「完全なる死の予言リストになるな。しかも行いによってはリストから名前が削除されるって寸法だろ。死にたくなけりゃあ言うことを聞けというまさに神の脅しそのものだな」

「そう。ただ殺しただけだと偶然で片づけられてしまう可能性があるからね。聡里は運命を操ることで人を殺して、この世界にいる全てのあくどい強者達を徹底的に懲らしめようとしているんだ。そうやってインビジブルが目的として掲げてきた、この世に蔓延る悪人を排除し、強者も弱者もない平等な世界の実現を図ろうとしているんだよ」

「ハッ、笑えねぇ冗談だな。強者弱者ってのは相対的なものだろ。人が二人以上集まれば必ずどちらかにパワーバランスが傾くものだ」

「勿論そんなことは聡里も承知済みさ。だから彼女はなるんだよ。他の強い弱いなんて気にならなくなるほどの圧倒的な強者にね」

「チッ……なるほど」

「やばいよね、そんなことになったら。現世の人間じゃあ死神なんて見ることも出来ないんだから。まぁ人工衛星を壊せば運命への干渉が出来なくなるから全くお手上げってわけじゃないけど、真実に辿り着くまでに果たして何人が犠牲になるかな?」

「確かに、見殺しにしていい人数じゃねぇことは確かだな」


 アザミは苛立ったように顔をしかめて腕を組む。

 確かに殺人の法則が掴めるまでかなりの人数が犠牲になってしまうだろうということは太陽にも理解出来た。しかしそれならとおずおずと手を上げた。


「あの、真実を伝えるなら現世にメールを送ればいいんじゃないですか? 影咲さんがしてたみたいに」

「これだから馬鹿は」

「え?」

「それでどうにかなるんだったらこのドMメガネがとっくにしてるだろ。あっちにはアタシを追い詰めた凄腕ハッカーがいるんだ。奴なら『境界』からのアクセスがあった瞬間に気づく可能性がある。そうなったら捜査関係者がたちどころに死の宣告リストに掲載されてしまうだろが」

「うんうん、そういうこと。やっぱりアザミは賢い子だね~」


 秋人はニコニコ笑いながらアザミの頭を撫でる。「馴れ馴れしく触んじゃねぇ!」とアザミが秋人を蹴り飛ばすと、秋人はドームの壁まで吹っ飛ばされて伸び、うさぎが心配そうに駆け寄った。

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