第6話 問われる罪

 パチンという音が聞こえて意識を取り戻す。気がつけば太陽は薄暗い廊下にいて、目の前には秋人とうさぎが立っていた。


「へ? ここ、どこ?」

「しー、静かに。ここは法廷の裏だよ。終導師しか来られない秘密の場所さ」

「ひみつの……?」


 思わず質問したうさぎが驚いたように自分の口に手を当てる。秋人はにっこりと笑ってうさぎの頭を撫でた。


「移動中に声帯の設定は元に戻しておいたから、もう大丈夫だよ」

「どうして? おじさんはなかまなの?」

「あはは、おじさんじゃなくてお兄さんがいいかなぁ。っていうのは冗談で、そう、仲間だよ。これ外してあげるから信じてね」


 秋人はそう言ってうさぎの両手にはめられた銀の輪を撫でる。するとそれはカチリと音を立てて呆気なく外れた。

 太陽も手首に銀色の包帯が巻きついたままだと気づいて外そうとするが……。


「あ、太陽はそのままで」

「え? だって、これつけてる間は指をパチンとされただけで眠らされるんですよね? 怖すぎるんですけど」

「もうしないって。これからの作戦で必要だからつけておいてってこと」

「作戦?」


 秋人は背後の木製のドアをゆっくりと開ける。隙間から中を覗き込むと、天井から吊るされた暗幕の隙間から劇場のような舞台が広がっているのが見えた。

 ちょうど学芸会の時に出入りした体育館の舞台袖のようだ。

 舞台の中央には床に内股で座っている黒髪の少女がいた。前屈みになっているせいで髪が顔にかかってしまい、表情が見えない。


「眠ってるんですか?」

「いや。手で支えないと体勢が保てないんだ。体を戻してあげたいところだけど、僕が拘束具の設定に干渉するには直接触る必要があるから」


 中をよく見ると、アザミの傍には炎華が立っており、勝ち誇った表情でアザミを見下ろしている。

 観客席には修道服に身を包んだ陪審員達がおり、各々のタブレットを弄りながらアザミを有罪にする資料を確かめていた。


「作戦っていうのは、どうするんですか?」

「簡単なことさ。この後、アザミの有罪判決が出る。すると炎華が死の鎌デス・サイスを得るために大死卿像の前で祈り始める。そのタイミングでうさぎが壇上に飛び出し、音場で炎華の動きを封じる。その間に太陽がアザミを取り返してくれ。女の子を一人抱えて飛ぶくらい、男の君なら容易いことだろ?」

「それは大丈夫だと思いますけど、うさぎちゃんの音場の中で動くなんて」

「だからそれをつけているんじゃないか」


 秋人は太陽の手首の包帯を指差す。太陽はあ、と声を漏らした。


「アザミを確保したら、二人は正面口の方へ逃げてくれ。その時までに僕は正面口に移動しておいて、君達が来たら扉を開ける。そしたら階段の先に裁判所の玄関が見えるから、そこから外に出るんだ。後は僕がなんとかする」

「本当に上手くいきますかね? 炎華さんが追いかけてきませんか?」

「来ないよ。炎華は僕のことを完全に信頼してる。まだ疑うことを知らないんだ、あの子は」


 上手のボックス席に立つ進行役が注目を集めるように咳払いをする。タブレットを覗き込んでいた陪審員達の視線が進行役に集中した。


「では、これより被告人、影咲アザミの審議に移る。被告人の投獄は大死卿閣下によって行われたものだが、閣下はご多忙で不在のため、執行人の椿木炎華に説明を求める」

「かしこまりました」


 炎華は進行役に恭しく頭を下げると、陪審員達に向かって雄弁に演説を始めた。


「影咲アザミは天紡台の紡ぐ運命に意を唱え、非合法な方法で許可なく運命に手を出しました。復讐という私利私欲のために死ぬべき相手を定め、魂を刈り取りました。これは『境界』のルールに反するものであり、生ある者への冒涜といえます。

 更に、影咲アザミは我々死神の管理者である終導師の目を欺くため、ゲームを改造して現世とコンタクトを取りました。記憶の文章にはゲームをしていたと記録が残されているでしょうが、その時間の全てが現世とのコンタクトだったと考えられます。記憶の文章に加え、新たに証拠品を提出致します」


 炎華が右手を掲げると、太陽の部屋にあったはずのWii本体の残骸が出てきた。

 一体何故炎華が持っているのか。ドアの隙間から様子を見ていた秋人が納得した様子で気の抜けた声を漏らした。


「あー、なるほどね。聡里がやったのか」

「え?」

「だってあの子、君の住んでる棟のマスターキー持ってるじゃない。定期的にガサ入れしてたのは知ってたけどねぇ」

「ガサ入れって……!」

「だって他に大死卿が家の管理人やる理由ないでしょ。わざとキッチンのコップを寝室に移動させたりして君の反応を見てたみたいだし。当の君は自分の置き忘れだと思って気にしてなかったみたいだけどさ」


 言われてみればそんなことがあったかもしれない。それこそ空き巣のような荒らされ方をすれば気づいただろうが……。


「敢えて変化を小さいものにして、普段からマスターキーの主張をしてたのも、そうやって僕があの人のことを覚えてるかどうか調べてたってわけですね」

「心当たりがあれば気づいただろうからね。何にしても驚くべき粘着っぷりだよ。僕には到底理解出来ないね」


 陪審員に証拠品を提出した炎華は再び壇上へ戻り、演説を再開した。


「ゲームパッドの方はまだ押収出来ていませんが、本体からLANアダプタが抜き取られ、霧島太陽の私物からゲームパッドが出てこない点から真実は容易に想像出来ましょう。影咲アザミは画面越しに生きている人間と会話していたのです。そして『境界』から盗み出したデータを元に運命に干渉した。これは許されざる行為と言えるでしょう」


 炎華の演説が始まると、秋人は機を見計らったようにドアから離れた。


「それじゃあ、僕はそろそろ正面口に行ってるから……」

「待てよ」


 炎華を遮るように、アザミが声色を低くしてそう言う。

 このタイミングで反論すると思わなかったのだろう、一度その場を去ろうとした秋人が不思議そうに法廷の方を見た。


「アタシの罪は私利私欲のまま運命に干渉し、本来死ぬべきではない人間を死に追いやったこと、だぁ? だったらキサマら終導師のトップのことはどうなんだよ?」

「被告人に発言権はありませんわ。口を慎しみなさい」

「被告人じゃねぇ。アタシが話してんのは大死卿の罪だ。今のアタシは大死卿の悪事を白日の下に晒す糾弾者だ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る