第5話 不幸体質の理由

「僕が真に復讐するべき相手、ですか?」

「うん。一つ訊くけど、君は糸川勝広の記憶はどれくらい持ってるんだい?」

「あんまり覚えてないです。死神になってから内富聡里と同じ部屋に住んでいたことと、喧嘩していたことくらいで。なんでも聡里が復讐をしようとしているのを止めていたみたいで」

「そう。まぁ僕が調べた限りなんだけど、内富聡里と前世の君はシスターとブラザーの関係で、恋人同士でもあったんだ。理不尽な目に遭った聡里を君が慰めるうちに自然とそうなったっていうのかな。さすがに年齢が年齢だったから最初は別々の部屋に住んでたんだけど、恋人同士になってからは一緒に住むようになった。生体認証に鍵も何もないけど、聡里は勝宏さんと合鍵を持てるようになって嬉しいなんて言ってたらしいね」

「合鍵ですか……。そんな仲良しだったのに、どうしてあんなギスギスした感じになったんでしょう?」

「内富聡里はね、父親が殺人の罪で死刑になってるんだ。知ってるかい? 二十五年前に少女が次々とさらわれては殺される事件があってね、ちょっとした騒動になったんだ。聡里の父親はその事件の容疑者として法で裁かれて死んだわけなんだけど、どうやらそれ冤罪らしいんだよ。

 もちろん父親も聡里も裁判で無実を訴え続けたんだけど、証拠がいくつも上がってきたんで駄目だったそうだ。まぁ決定的といっても矛盾点はかなりあったらしいんだけどね、正義側の人間の中にもいるんだ、それらしい犯人が見つかったならもう事件は解決したってことにしていいじゃないかっていう怠け者が。

 内富聡里の父親は真犯人に濡れ衣を着せられた上に運悪く怠惰な警察官に当たってしまい、殺された。当時高校生だった聡里も殺人鬼の娘として世間からあることないこと言われて、それを苦に自殺をした」

「それ、滅茶苦茶被害者じゃないですか!」

「そうだよ。だから前世の君は聡里を慰めた。真犯人も警察官も裁判官も何もかも許せない、そういう人達にこそ死が訪れればいいのにってね。それを聞いた聡里は好きな相手を死に追いやる方法を求めた。さて問題、聡里はどうしたでしょう?」


 少し考えて、太陽は自信なさげに答えた。


「終導師になったんですか?」

「そう。回収人といってね、終導師には死神が回収に失敗した分の魂の基盤を回収しに現世に行く部隊があるんだ。聡里はそこの一員になったんだよ。けど、太陽もよくわかっているだろう? 死亡予定者リストにはない魂を回収したらペナルティだ。それは終導師にも言えることだったんだよ」

「それじゃあ、どうやって足りない分の魂を回収するんですか?」

「天紡台に行って運命に干渉して、テキトーに誰かの死の運命を導き出すんだ。そして回収に行く。ところが聡里は天紡台で運命に干渉しても望んだ相手の死を導き出せないと知った。だから死神局のデータベースにアクセスして、そこに死の運命が繋がっていない人達の名前を追加した。誰を追加したかは言わなくてもわかるね?」

「真犯人や怠惰な警察官ってことですか?」

「その通り。だけどさすがに大死卿にばれたみたいで、聡里は謹慎処分を言い渡されるんだ。聡里は大死卿のことを逆恨みして、死神を石化させる大鎌で大死卿を石にすると、そのまま転浄の川に放り込んだんだ」

「それってもしかして僕の前世が死神として死んだ時と同じ……!」

「多分大死卿を殺すための予行演習として君がターゲットになったんだろうね。君は聡里の危うさに気づいて反対したわけだから、いなくなってくれれば一石二鳥だ。ちなみに大死卿がいなくなったら大死卿を仕留めた者が次の大死卿を務める習わしらしくて、内富聡里はこうして大死卿になったってわけ」


 秋人の話を聞いて愕然とする。それほどまで危険人物だったとは。前世の自分が記憶を保持して止めようとしたのも納得だ。


「そうだったんですか……。凄く物騒な人なんですね」

「物騒な上に凄く神経質だよ。いや、聡里の場合は粘着質って言った方がいいかな。なんてったって聡里は、生まれ変わった糸川勝広の行方も必死で追ってたんだ」

「生まれ変わった糸川勝広って、僕のことですよね? 完全に別人なのに」

「聡里はね、多分君が基盤に細工をしてたことに気づいたんだよ。そして君がいつか再び聡里の前に現れて、止めに来るんじゃないかと恐れた。だから聡里は現世にいるインビジブルのメンバーに命じて、君を何度も殺そうとした」

「え? 殺す……?」

「そう。インビジブルの人達が占いって呼んでいるあれでね。けれど君は死ななかった。なんでかわかる?」

「それは……えっと……」

「質問を変えようか。目の前にトラックが迫ってきたとする。君は何て願う?」

「死にたくない……あ!」


 気づいた様子の太陽に、秋人は満足そうに頷きを返した。


「そう。太陽の力は生きている時からあったから、死にたくないと願うことで自分に繋がった死の運命を断ち切っていたんだ。でも君もアザミと復讐して行く時に経験したはずだ。切り離された死の運命はその後どうなった?」

「……条件が合う人がいたらその人に繋がりました。え? それじゃあまさか!」

「そうなんだよ。君が弾き飛ばした死の運命は周囲の人達に繋がった。だから太陽の周りでは奇妙なことが沢山起きたんだ。君は生前、自分は周囲を不幸にしてしまう不幸体質だと言っていたね。それ、全部聡里のせいだったんだよ」

「そん、な……!」


 秋人の話を聞いて愕然とする。

 確かに筋は通っているように思う。アザミも不幸体質と運命を変える力には関係があると言っていた。

 運命が変わってしまうだけであんなに人が不幸になるものなのだろうかと疑問に思っていたが、運命操作によって何度も死の運命を繋げられていたというのなら納得だ。


「それじゃあ僕は、自分を不幸にしてきた相手を好きになっていたってことですか? しかも存在しない偽の姿の状態で……」

「そういうことになるね。まぁ無理もないんじゃないかな? 糸川勝広の記憶が残っていたなら智里を見た瞬間に何か感じただろうし」


 確かに智里に初めて会った時、魂が震えるような感覚を覚えた。

 智里が美人だったので、これが世に言う一目惚れという奴なのかと太陽は思って気にも留めていなかった。

 それが魂レベルの警告による震えだったのだとしたら、自分はなんて滑稽なんだろう?


「影咲さんには散々馬鹿って言われてきましたけど、僕って本当に馬鹿だったんですね……」

「まぁ元気出しなよ。そんなことよりさ、さっき僕が言った意味わかったでしょ? 太陽が本当に復讐すべきなのは誰かって」


 秋人の言わんとしていることはわかった。

 太陽の自殺の原因は石田を始めとした虐めっ子だったが、虐めの原因は全て太陽の不幸体質にあった。

 その不幸体質を作っていたのが聡里だというのなら、見過ごしていいはずがない。


「ね? 僕達は利害が一致してるんだ。だから太陽、アザミを助けるために力を貸してくれ。大死卿を転浄の川に葬って、アザミと一緒に復讐を果たしてくれ」

「言いたいことはわかりますけど……それなら僕なんかに頼らないで土浦さんと影咲さんで力を合わせた方が確実な気がしますよ」

「ところがそうでもないんだ。終導師になって十二年間彼女の傍にいたけど、調べるうちに痛感したんだ。僕の能力じゃあ彼女は殺せない。僕の力は強者の牙を折るけど、致命傷を与えるものじゃない。アザミの大鎌も表面的な傷をつけるだけで基盤を斬ることは出来ない。けれど聡里は相手を石化させて転浄の川に葬ることが出来る。お手上げなんだよ」

「でも、そんなこと言ったら僕だって……」

「いや? 僕の見立てでは君が一番大死卿に一杯食わせられる可能性が高いよ。何しろ太陽は本当の意味での強者に一番近い場所にいるわけだから」

「何を言ってるんですか? 大鎌の変形だって出来ないのに」

「だからこそだよ。大鎌の変形が起きていない君には可能性がある」


 秋人は真剣な表情で続ける。


「思い出してくれ。大鎌の変形はその人の思い描く強者の形に従う形で起こる。君が真の復讐者になることを決めたなら、大鎌は応えてくれるはずだ」

「応えるって、どんな風に?」

「それは君自身で見つけることだよ。僕に訊かれても困るな」


 ここまで言っておいて最後の最後で突き放すなんて。太陽は心の中で憤慨した。


 秋人がハッとした表情を浮かべてタブレットに視線を落とす。普段は飄々としている表情に明確に焦りの色が浮かんだ。


「アザミの裁判が始まるみたいだ」

「それじゃあ、急がないといけないじゃないですか!」

「そうだね。出廷したのはアザミ一人みたいだ。牢に残ったうさぎを迎えに行って、それから法廷に乗り込もう」

「はい」

「あ、そうだ」


 秋人は銀色の包帯が巻かれた太陽の手首を確認する。


「ほどける心配はなさそうだね。一応移動の時は連行っていう形にするから、もう一回眠ってくれるかな」

「眠る?」

「まぁ君に選択肢ないし野暮な質問か! それじゃあ着いたら起こすよ」

「え? ちょっと待っ……!」


 太陽が何か言う前に秋人がパチンと指を鳴らす。その瞬間、捕らわれた時のように目の前が暗転した。

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