第4話 暗躍する秋人
太陽が向かったのは死神局の前に広がる公園だ。ちょうど昼間に智里とデートで来た場所でもある。
日が沈まない『境界』では、深夜一時になっても辺りが明るく、人がまばらなのを除けばデートに来ていた時と一緒だった。
この場所ならゆっくりとタブレットを弄れそうだ。太陽は早速メール画面を開き、宛先欄に智里の名前を入力した。
そこまでは順調だったのだが、本文をタップしてからは画面上のキーボードを叩く手が止まってしまった。
アザミが昴と一緒にしようとしていることを書く、それだけなのだが、作文すら書くのに苦労した太陽には何をどういう順序で書けばいいのかわからなかった。
(どうしよう? やっぱり会って話したいことがあるってした方がいいのか? というか今気づいたけど、こんな時間じゃあ寝てるだろうし、メールもらったら迷惑かな……?)
「うーん、ふむふむ。なるほどね」
突然至近距離から爽やかな男の声が聞こえて太陽は座ったまま飛び上がった。
いつの間にか太陽が一人で腰掛けていたはずのベンチに、もう一人座っていた。
ベージュのアロハシャツに黒い半ズボンという場違いな格好をしたその人は、サンダルの脚を組んでタブレットを弄りながら、楽しそうに頷いていた。
「いやぁ、まさか智里から直接アプローチが来るなんてねぇ? しかも太陽ったらデートであんなことやこんなことまで話しちゃって。いいのかなぁ、これ」
「えっと……あなたは確か終導師の?」
「や、昨日ぶり! 僕は
「……普通に土浦さんで」
「あ、そう……。なんか寂しいな。皆にそうやって呼んでねって言ってるのに全っ然誰も呼んでくれないの。一人もだよ? なんで? 僕って結構堅苦しいイメージ?」
「逆だと思います、けど……」
「だよねー! やっぱりあっくんって呼びたくなった?」
「……土浦さんで」
「えー? やっぱり呼んでくれないの!?」
秋人はガーンとわざとらしくショックを受けた顔をして、タブレットを置いてシクシクと泣き真似した。
この人はこんな性格だったのかと面食らう。前回会った時も気楽な調子ではあったが、もっと近寄りがたい空気を出していた印象だった。
「あの……僕に何か用ですか?」
言いながら、太陽はふと目の前に置かれた秋人のタブレットに視線を落とす。
タブレットには何やら文章がびっしりと表示されていた。
終導師の仕事で使う資料かと思ったが、文章のいたるところに太陽の名前が書かれていることに気づき、思わず内容をざっと読み込む。
するとそれがアザミがよく勝手に見ている太陽の記憶の文章なのだとわかった。
「え? これって……」
「ああ、ごめんね。君の記憶をちょっとだけ確認させてもらってたんだよ」
「まさか、土浦さんもハッキングを……?」
「違う違う! これは終導師の執行人の権限で閲覧出来るの。死神裁判っていうのがあるんだけど、そこで死神の記憶は証拠として扱われるから」
「そうなんですね……」
「でも、実はハッキングはした」
「え!?」
「太陽さ、さっきアザミに記憶を見られてたでしょ。でもアザミは智里の名前を一切出さなかったし、それどころか話題に触れるのを嫌がったはず。それ、不思議に思わなかった?」
「不思議でした。絶対に鳥海さんの所に余計な真似するなって乗り込んでいくかと思ったので……」
「それねぇ、僕が太陽の記憶の文章をダミーデータとすり替えたからなんだよね。ちょっとタブレット貸して」
太陽は言われた通りタブレットを取り出し、秋人に手渡した。
手早く操作して画面に記憶の文章を表示させると、秋人はタブレットを返して文章のある部分を指差した。
「ほらここ。君は今日の昼間はずっと家でゴロゴロして、夕方に公園に一人で散歩に行って僕と会ったことになってる。智里が言ったアザミの行動が危ないんじゃないかって懸念も、僕が言ったってことにしたんだ」
「はぁ……。どうしてこんなことを?」
「そりゃあアザミが怖いからだよ。想像してごらんよ? 智里がアザミに大鎌突きつけられて、「ロリ島になんてこと吹き込むんだ!?」なんて責められたら、智里絶対に泣いちゃうもん。そんなの、可哀想だと思うでしょ?」
「可哀想、ですね……」
とはいえ秋人の行動の理由がわからない。
太陽は終導師になるための資格すら持っていず、初めて会った時も全く関心を持った様子はなかったというのに。
「あのー……」
「ん? どうかした?」
「どうして僕の記憶を見ようなんて思ったんですか? 普通鳥海さんと会ったことも気づきませんよね?」
「あー、それ? やっぱり気になる? 僕はさ、智里を守らなきゃいけない立場にあるんだよ。どちらかというと、智里の行動記録を見て君に辿り着いたって感じかな」
「鳥海さんを守らなきゃいけない立場?」
一体どういうことなのかと疑問に思ったが、すぐに答えは出た。
(そっか……土浦さんって鳥海さんとそういう関係なんだ)
智里も秋人も同じ終導師だ。それに歳も近いのだろう。だったら死神だろうが恋人同士になっていてもおかしくはない。
昼間、智里にデートに誘われて有頂天になっていた自分が恥ずかしい。
智里は面倒を見ている年下の子供だから、デートなどという言葉で誘ってきたのだ。恋人になる可能性が欠片もないからこそ太陽と二人きりで出掛けてくれたのだろう。
(わかってはいたけど……いざ現実を突きつけられるとへこむなぁ……)
「あれれ~? どうしたの? 元気ないけど、お腹でも空いた?」
「死神はお腹空きませんよ。鳥海さんと同じこと言って、仲がいいアピールしないでください!」
「うん? 仲がいい? ああ、なるほど! 僕と智里がそういう仲だと思ったわけだ。ははは!」
秋人は腰に手を当て、空を仰いで愉快に笑った。
「え? 違うんですか?」
「違う違う。っていうか僕、こう見えて妻子持ちだし。僕の妻、美人なんだよ~。写真見る? 見たいよね? ちょっと待ってね! 今出すから」
「遠慮しておきます……」
「えー!? なんで!?」
「見せられても困りますし……」
「困る? なんで? ただ僕の奥さん最高だよって
それが困るんだと、太陽は心の中で呟いた。
「それより、鳥海さんを守らないといけないってどうしてなんですか?」
「うーん、なんて言うべきかな? 王女様と騎士かもしれないし、魔女と英雄かもしれないし……」
「意味がよくわからないんですけど……」
「まぁ、君が想像してるのとは多分全然違うから安心してよ。それよりさ」
秋人は太陽が持っているタブレットを反対側から操作し、メール画面を開いた。
「智里にアザミのことを相談するつもりだったんだよね? やっぱり智里が心配してたことが気になるのかな?」
「どうしてそれをあなたに言わないといけないんですか?」
「やだなぁ、警戒しないでよ。むしろ僕は感謝してほしいんだよ? 僕が君の記憶の文章を書き換えてなかったら、君今頃酷い目に遭ってるからね?」
「それはそうかもしれないですけど……。でもどうして影咲さんがこう書けば何も追及してこなくなるってわかったんですか?」
「アザミはさ、僕が大の苦手なんだよ。僕は強者の牙を折る存在だからね」
「強者の牙を折る?」
「うん、そう。アザミは僕の前では強者ではいられない。だから僕のことを凄く避けてる」
どういう意味なのかわからない。
しかし確かにアザミは炎華と秋人と初めて会った時、アザミは襲ってきた炎華よりも止めに入った秋人を酷く警戒していた。
秋人にはその理由がわかるのだろう。
「僕としてはアザミと仲良くしたかったんだけどね~。やっぱり振られちゃう運命みたい」
「はぁ……」
「まぁ、僕の話はこの辺にしておいて」
秋人は太陽の手首を掴み、ぐっと力を込めた。骨の中を指で撫でられるような嫌な感触がしたかと思うと、勝手にタブレットが青白い光を放って消えた。
体に干渉されたと気づき、太陽は背筋がゾクリと震えるのを感じた。
「この件、僕に預からせてくれないかな?」
「え? 土浦さんが?」
「僕も終導師だから、智里に相談するのも僕に相談するのも同じでしょ? ね? そうしなよ!」
「なんで土浦さんに……」
秋人はぬぅと顔を近づけ、太陽の手首を掴む手に力を入れる。再び骨を触られるような嫌な感覚がし、太陽は身震いした。
「そんなに僕のことが嫌い? 別にもう一度ハッキングして記憶の文章を元に戻してもいいんだよ? ん?」
「わ、わかりました! この件、土浦さんにお任せします……」
「うんうん、それがいいよ! お兄さんに任せておいて!」
太陽が押し切られる形でそう言うと、秋人は爽やかな笑みを浮かべて満足げに頷き、ようやく手を放した。
掴まれていた部分をさすりながら、太陽は密かに溜め息をついた。
まるでやり方がアザミと同じだ。弱みを握って追い詰め、脅迫まがいのことをして従わせる。
死神というのはこういう人が多いのだろうか。あんなに優しくしてくれた智里が天使に見えてくる。
「まぁ安心してよ。これでも僕は終導師の中でも超がつくほど優秀なんだからさ。仕事はちゃんとやるよ」
「お願いします……」
「うん。あ、仕事を引き受けた以上、太陽のことは見えないところから監視してるから。くれぐれも智里の手を煩わせないでね~」
秋人はひらひらと手を振ると、どこかへ歩き去った。
最初にアザミのことが不安だと言い出したのは智里だったのに、結局別の終導師を頼ることになってしまった。
確かに秋人のことは仕事をする上では信頼出来そうだが、智里を裏切ってしまったようで太陽の心中は複雑だった。
とはいえ秋人からはアザミに似た危うさを感じる。約束を破ればそれこそ智里に何かされるんじゃないかと思ってしまう。
仕方なく太陽は智里に相談することを諦めることにし、ロリポップを買い足して真っ直ぐ家に帰ることにした。
五分以内に帰らなかったことを怒られるだろうかと覚悟していたのだが、アザミは疲れたらしく、太陽のベッドで丸くなって眠っていた。
同じようにしてその隣でうさぎも寝息を立てている。
せめて自分のベッドで寝てくれないかと呆れながら、太陽はアザミとうさぎをそれぞれの寝床に運んだ。
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