第5話 強者の牙を折る者
翌日の夕方、太陽とアザミはインビジブルの拠点近くが死亡予定地となっている案件を受注し、アメリカへ渡った。
うさぎはもしCherryから接触があった時にアザミに連絡出来るよう家に待機させている。
それぞれ死亡予定時刻までは余裕があったため、本当の目的地であるインビジブルの拠点へ向かうことにした。
「ここで何をするつもりなんだ?」
「アタシの予想が正しければ、この建物のどこかに運命方程式を解くのに使うデータ集積所があるはずなんだ。それがどういうものなのか調べてみようと思ってな」
「調べてどうするの?」
「決まってんだろ。アタシらがやろうとしている妨害電波による運命操作の参考にするんだよ。アンタが運命を変える時に飛ばしてる妨害電波の波形も、『境界』が発してる電波の周波数も大体のことはわかってきたが、現世で再現する方法は手探り状態なんだ。何せ現世では計測不能な電波なんだからな。だがもしインビジブルが占いで使うデータ群を電波で受信してたら、その設定がそのまま使えるだろ」
確かに未知の方法を使うなら少しでも有力な情報が欲しいところだ。
アザミは昨日まで昴のいた茶色いレンガ造りの建物に侵入し、各部屋でディスプレイに向かっているインビジブルの面々の作業画面を覗き込んだ。
「年齢、性別、名前、位置情報、身体情報……チッ、驚いたな。本当にその気になりゃあ調べられる個人情報だけをデータ群に使ってやがる。ここから死の運命を導き出してるってことは、こじつけレベルの相当無理なパラメータ設定をしてるってことだ。占いって呼びたくなるのも納得だな」
「あの、影咲さん、その辺にした方が……」
「あん? 何故止める? あのメガネに言われたことなら無視しろって言っただろうが」
「そうじゃなくて。昨日影咲さんは気づかなかったかもしれないけど、僕達のことを赤い終導師の人が見てたんだよ」
「赤い終導師……? キチガイ女のことか! どこで見た? いつのことだ!?」
「そ、そんな大声出さないで。見た場所なら案内するから」
調査を一旦中断して二人は建物の外に出た。
それから太陽が案内する形で、昨日昴が飛び出した窓の向かい側に立つ、同じく茶色いレンガ造りの建物の屋上へ移動した。
「ここだよ。Cherryというか、昴君が窓を蹴破って外に飛び出した時には立ってた」
「そんで、キチガイ女は何をしていた?」
「特に何も。ただ見てるって感じだったよ」
「そいつは妙だな。まるであそこでCherryが飛び出してくるのを予め知ってて、見張ってたみたいじゃねぇか」
「別の仕事を引き受けてて、死亡予定時刻になるまでたまたまあそこで待機してたとか……」
「そいつはねぇ。昨日は他にこの近くで誰かが死ぬ予定はなかったんだ。Cherryの案件を受ける時、Cherryかどうか特定するために死亡予定地の住所と照らし合わせていたから間違いねぇ」
「それじゃあ、赤い終導師の人はなんでここにいたんだろ?」
「知るか、そんなの。あいつは妙な因縁をつけてアタシを殺したがってるようなキチガイだからな。アタシの行動自体を監視してるって可能性もある」
「ははは! それはどうかな。僕には他の目的があるように見えるけどねぇ」
後方から気楽な笑い声が聞こえてきて、アザミが大きく目を見開いた。
インビジブルの拠点がある方とは反対側、今立っている屋上の奥へ振り返ると、修道服に身を包んだ秋人が立っていた。
声をかけてきた人物が誰か理解し、アザミは最大級に表情を歪め、嫌悪感を剥き出しにした。
「キサマは……!」
「やだなぁ、そんなに露骨に嫌そうな顔しないでよ。僕だって傷つくんだよ? 一応」
「なんのためにここへ来た? 何故昨日今日と終導師が現れる?」
「君も太陽の記憶の文章は見たでしょ。僕は君の行動を警戒してるんだよ。どうして僕達が君を終導師の仕事を見学するように言ったかわかる? 色々建前は言ったけど、本当は君に運命方程式の存在を伝えるためだったんだよ。運命を変えて復讐したがってる君の思想がどれほど危険なものか知ろうと思って、にんじんをぶらさげておいたんだ。そしたら昨日は犯罪者を仲間に引き入れてるし、今日は今日でインビジブルがどうやって占いに使うデータを集めてるか調べてるわけじゃない。これはもう、完全にアウトだよね〜」
「チッ……何故キサマがインビジブルのことを知ってる?」
「だって終導師の間じゃあ有名だもん。『境界』の技術のはずの運命方程式を、精度はともかく再現してて、実際に運命を操作してるわけでしょ? そりゃあ噂も立つって」
「知ってて何故野放しにする? 奴らは犯罪集団なんだぞ!」
「何故? 別に終導師は正義の味方じゃないし、ぶっちゃけ面倒だし? でも死神のこととなれば話は別だよね」
秋人は両手を構えて大鎌を取り出す。アザミも太陽も目を疑った。
柄の部分は確かに存在している。しかし先端にあるはずの大きな刃がなく、代わりに銀光りする不思議な包帯のようなものがグルグルと巻きついていた。
「キサマ、そんな大鎌でどうやって魂を回収するんだ?」
「ん? 回収は普通に遺体から刈り取ってやるよ。わかりにくいけど、この柄に巻きついてる銀色のが刃だからね」
「そんなふざけた大鎌で何が出来る?」
「何でも? っていうかアザミは僕の能力知ってるよね? だから露骨に避けているんだろ?」
アザミの表情は明らかに焦っていた。
問答無用で斬りかかってくる炎華より遥かに無害に見える秋人を、アザミは何故これほどまで恐れているのだろうか?
「ねぇ、アザミはさ、どうして一部の死神の大鎌が変形するか考えたことはあるかい?」
「ねぇよそんなこと!」
「僕はねぇ、強者の資格を持った死神だけが大鎌を変形させられると思ってるんだ。強さとは何か。強者たる条件とは何か。その形は各々が抱く価値観で決まる。死神の大鎌は魂を刈り取る道具であり、他者と戦う力が具現化したもの。死神を贖罪者や敗北者と解釈した者にはただの鎌となり、別の者と解釈した者には別の形が与えられる、そう考えたらなかなか納得が行くだろう? 嫌な音を沢山聞いてきたうさぎは、音を制することで断罪者となり、自由を奪われていたアザミは好きな形に大鎌を変形させることで処刑者となった」
「何を言っている? キサマはアタシの何を知っているというんだ!?」
「アザミの? 何でも知ってるよ。事故のことも、障がいのこともね」
障がいと聞いた瞬間、アザミは命の危機を覚えたような険しい表情をし、空へ飛び立とうとコウモリのような翼を広げた。
「センパイ、行くぞ。こんな奴、構ってる暇はねぇ!」
「逃がすはずないじゃないか。僕は君が本当に『境界』に仇なす者かどうか確かめに来たんだから」
アザミが飛び立った瞬間、秋人が巻きついた銀色の包帯を振りほどくように大鎌を振り下ろした。
十本ある銀色の包帯がほどけて竹とんぼの羽のように広がったかと思うと、包帯は柄から離れて魚のように空中を泳ぎ出しながら、細く分裂して糸状になった。
そして互いに絡み合い、文字通り瞬きの間にドーム状の壁を編み上げた。
「チッ……クソが!」
アザミは大鎌を取り出し、壁を破壊しようとする。
しかし大鎌を振り下ろす前に秋人が大鎌の柄を杖のように振ると、アザミの手から強制的に大鎌が消えた。
同時にアザミの背中にあった翼も青白くフラッシュして消えた。
「無理だよ。このドームの中は僕の思い通りなんだ。もう君は大鎌を出すことも飛ぶことも出来ない。大鎌が発する電波で死神の能力に制限をかけたからね」
「ふざけた真似しやがって……。さっさと解放しろ! でないとキサマのデータ全部抜き取って『境界』中にぶちまけるぞ!」
「いいよ、別に。だって僕、死神になった時点でタブレットにあった記憶の文章はかなり書き換えちゃったから。本物の記憶は僕の頭の中にしかない。誰も本当の僕には辿り着けないよ」
「記憶の文章を書き換えた?」
「得意なんだ、僕。荒事は苦手だけど、嘘をつくことと人の嫌なことをするのは大の得意。死ぬ前から僕はこう呼ばれていたよ。『強者の牙を折る者』ってね」
「強者の牙を折るだと? はっ!」
アザミが息を呑み、足元に視線を落とす。隣に立っていた太陽にもわかった。
アザミの脚はまさに生まれたての小鹿と表現して差し支えないほど、不自然なまでにグラグラと揺れていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます