第5話 導き出される運命

 藤野が自身のスマホが起動しなくなったと気づいたのはターゲットに指定された店に向かう途中のことだった。

 詳細の住所を調べようとするも電源がつかず、曖昧な記憶に頼って道を走りながら、うんともすんとも言わないスマホと格闘した。

 そうしているうちに藤野は点検中のマンホールに転落し、待ち構えていた太陽に魂を回収された。


(本当に勝手に殺してしまったな……。これで良かったんだろうか?)


 複雑な思いでいる太陽をよそに、アザミは極めて上機嫌だった。藤野の死から三日もの間、ロリポップを舐めながら飽きもせずに一日中パックマンに興じている。


「あのー、影咲さん? これで影咲さんの復讐は終わりなの?」

「んなわけねーだろ」

「だよね……」

「アタシは機が熟すのを待ってんだ。もう少しで動き出すはずだからな」

「動き出す? 何が?」


 タイミングを見計らったようにベッドに置かれたアザミのタブレットに受信音が鳴った。

 アザミはPAUSEボタンを押して立ち上がると、タブレットを操作しながら戻ってきた。


「来た来た。これで運命が導き出されたはずだぞ」

「運命が導き出された……?」

「ああ、すげーぞ。見せてやる。ついて来い」


 アザミはそう言うと、さっさと家から出ていった。


 死神局にある仕事管理端末から受注画面を開く。アザミは自分のタブレットに辰夫のタブレットのハッキング画面を表示させると、端末のセンサーにかざした。

 ログイン者欄に辰夫の名前が表示される。これまでもこうして勝手に仕事を受注されていたのかと太陽は納得した。


「僕はともかく、あんまり人のアカウントでそういうことしない方がいいと思うよ」

「仕方ねぇだろ。アタシらの中で殺害による死の案件を受けられるのはあのタヌキだけなんだ」

「殺害による死? なんでまた?」

「やっぱりあった。見てみろ」


 アザミがとある案件の詳細画面を表示させる。するとそこには喜多川治郎という人物が射殺されると書かれていた。


「これって確か……」

「春日井優の本名」

「え? なんで射殺されるんだ? 僕が知らない間に誰かの運命を繋げてたってこと?」

「いや。こいつはアタシが導き出した運命だ。前に藤野を使って春日井にウイルスを送りつけた。春日井は知らない間にインビジブルに対して致命的な背信行為を働いた。その結果、奴はインビジブルの掃除屋に殺されることになった」

「そんな、運命を導き出すなんて出来るのか?」

「アンタも気づいてるだろう。ここに表示されている仕事はどれも一週間以内に死ぬ奴のものばかりだ。最初はアタシらが探しやすいように表示件数を絞ってんのかと思ったが、ここに表示されているものはあくまでであって、確定された未来じゃない。

 現にアンタに限らず、予定通りに予定者が死なないという事象が起きている。死に方で仕事に難易度がつけられているのが何よりの証拠だな。

 つまりここにある情報というのは絶対不可避の運命のようでいて、実際はそうでもねぇ。簡単に言えば、精度の粗い天気予報のようなものだ。だからあまり遠い未来のことは表示されない。予想出来ねぇからな」

「な、なるほど……? 天気予報なら知識さえあれば誰にでも導ける……ってことで合ってる?」

「ああ。単なる偏微分方程式だ。簡単だろ」

「え? 何方程式って?」

「知らねぇのかよ。数学の基礎だぞ」

「絶対にそんなことはないと思う……」

「まぁとにかく、これでアタシにも運命を導き出す資格があることが証明された。かなりの大発見だと思わないか?」


 アザミは満足げに犬歯を剥き出しにして笑う。

 太陽はおぞましさを感じた。この天才が好きに運命を導けるようになったら、もう誰も抵抗出来なくなるだろう。

 いよいよ本格的に神らしくなってくるぞと言ったアザミの言葉の意味がようやく理解出来た。


(ただの個人的な復讐ならいいと思ってたけど、これは結構やばいんじゃないか?)

「よし、受注完了っと。あとはこの画面をタヌキの家にいるチビに送りつけて……」


 タブレットを操作し、スクショした画像をメールで送る。


「これでいい。それじゃあ四日後の予定日、春日井の所に行くぞ」

「行くって、僕達で魂を回収するつもり?」

「いや。あくまでアタシらはCherryの情報を搾り取るだけだ。回収はタヌキ本人にやらせる」

「辰夫さんが? でも辰夫さんは復讐はしたくないって」

「するさ。何故ならあいつは救いようのねぇ弱者だ。強者であるアタシには逆らえねぇ」


 一体どういうことなのか。困惑する太陽をよそに、アザミは自信たっぷりに目を細めた。


  ◇


 その日、春日井は池袋にある雑居ビルにいた。

 据え置き型のPCの前に座り、スマホを見ながら落ち着きなく貧乏ゆすりしている。


「藤野の奴、何やってんだよ? あれから全然連絡がつかねぇ」


 スマホには藤野とのチャットの画面が表示されている。一週間前の投稿から一切既読がついていない。

 何かあったのではないかと、音信不通になる前に送られてきた圧縮ファイルを調べてみたが、中にはサイコロ、アイスクリーム、卵の画像が三枚入っているだけだった。

 これらの画像に何の意味があるのか調べようと、春日井はデータを丸ごとPCに送って細部まで調べていたが、手掛かりらしいものは得られなかった。


「ったく、あいつにお願いしてたデータが手に入らなかったせいで、どれだけ叱られたと思ってんだ? ちょっと口が回るだけのブスが、今度会ったら弁償させてやる」


 荒々しく息を吐き、三枚の画像をゴミ箱へと移動する。何か買ってこようかとデスクから立ち上がった時、部屋の隅に紺色の制服を着た少女が立っているのに気づいて春日井は後ずさった。


「誰だ!?」

「やれやれ、馬鹿の一つ覚えみたいに皆同じことを言う。この流れ、そろそろ飽きたぞ。その次は、どっから入ってきたとでも訊くんだろ?」

「……お前、インビジブルの関係者か?」

「お、いいね、新しい切り返しだ。だが見ず知らずの相手に対してインビジブルって名前をあっさり出しちゃうのは、セキュリティ的にガバすぎてマイナス十億点だな」

「なんなんだお前は?」

「教えてやるよ。アタシは国際テロ対策本部特殊防衛諜報機関日本支部の天才ハッカー、コードネームはPACパックだ」

「PACって、まさか、あの……!」

「そりゃあ知ってるよな。アタシはアンタらの仲間を何人も摘発して、警察に突き出してきたんだ」

「PACは死んだはずだ。Cherryがそう言ってた!」

「だがアタシはここにこうしている。それが全てだろ」

「偽物だ。知っているぞ! PACは障がい者だ。一人で潜入など出来るはずがない!」

(障がい者……?)


 窓の外から様子を窺っていた太陽は自分の耳を疑った。一体どういうことだろうかと考えている暇はなかった。

 アザミが春日井をはっ倒し、大鎌を構えて馬乗りになったからだ。

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