第4話 死の間際に
辰夫の情報があったお陰で、藤野と春日井の所在はすぐに割れた。
二人は同様の手口で別のカモを捕まえては、様々な組織の貴重な情報を盗み出させていた。三日に渡る現世での調査を終えた後、アザミは太陽とうさぎを連れて現世を訪れていた。
「あの、僕は何をすれば……」
「アンタのアカウントで事故死の案件を受けた。田原……ややこしいから偽名の藤野でいいや、そいつに予定者の運命を繋げる。アンタはなんとかして予定者を死亡予定地に行かせないようにしろ」
「影咲さんはどうするの?」
「藤野に死の運命を繋げるために藤野を張る。邪魔をするなよ。万が一アンタが来て折角繋いだ運命が切れでもしたら台無しだからな」
「藤野に復讐するってこと? 辰夫さんは何も言ってないのに?」
「前も言ったろ。アタシの復讐は慈善事業じゃねぇ。馬鹿が後で騒いでもうざいから先に言っておくがな、今回はタヌキの復讐をするんじゃねぇ。
藤野とタッグを組んでいる春日井はインビジブルの人間と繋がりがある可能性が高い。しかも、辰夫が被害に遭って三年以上が経っているのにまだ二人は手を組んでいる。春日井は余程詐欺師として藤野を気に入っているんだろうとアザミは考察した。
「そうなれば藤野もインビジブルに片足を突っ込んでいるようなものだ。
「条件?」
「そこまでアンタが知る必要はないだろ。運命が繋がった後はアタシが一人でやるんだ」
「つまりこれは影咲さんの復讐ってこと?」
「さっきからそう言ってるだろう。これが成功すればインビジブルの中枢に近づける」
アザミは黒い翼を広げて飛び去った。
結局アザミが何をしようとしているのかはわからない。だがインビジブルを完全に壊滅させるまでこのような復讐を繰り返していくのだろう。
「たいようおにいちゃん、なにしんぱいしてるの?」
「うん……。なんか、今までの影咲さんのやり方と違う気がして。弱者の立場にある辰夫さんが復讐したいって言うなら手伝いたいって思うんだけど、藤野って人はインビジブルのメンバーと関係があるってだけで、影咲さんが死んだのとは何も関係ないじゃんって思って」
「ふくしゅう、やめるの?」
「えっと……やめたいわけでもないんだけど……」
「うさぎ、あざみおねえちゃんのおてつだい、するよ。わるいひとは、そのままにしちゃだめ!」
「うん、わかってる。あの影咲さんが追い詰められなかった犯罪組織っていうくらいだし、野放しにしてたらまた被害者が出るよね」
だとしても、辰夫を利用した詐欺師を代わりに殺すことには変わりない。被害者本人が望まない復讐は正義の押し売りなんじゃないだろうか?
そんな不安がよぎる。
太陽はタブレットを開き、アザミが受注してくれた仕事の詳細を開いた。
死亡予定者は二十代の男性、スマホを注視しながら歩いている時に誤って点検中のマンホールに転落し、死亡するとある。
人となりについても簡単に書かれているが、勤勉な学生で犯罪歴は当然ない。この予定者と藤野、どちらが生きていた方がいいかは明白だ。
(弱者だからとか強者だからとか、僕の考えは浅はかなのかな)
アザミには弱者の自分を救ってくれた恩がある。やめる選択肢も理由もない。
ひとまず予定者の現在地に行き、なんとかスマホを壊して、事故原因である歩きスマホを出来ないように働きかけてみることにした。
◇
タブレットを見ていたアザミは満足げに頷いた。
ハッキングした太陽の画面が揺らいだかと思うと、死亡予定者の名前が文字化けして読めなくなったからだ。
「さすがにコツを掴んできたな。アタシにも言えることだが」
太陽の画面を映したウィンドウを閉じ、アザミは別のウィンドウを開いた。
表示されているのはスマホの画面だ。その中の緑色をしたチャットのアイコンをタップし、メッセージを打ち込む。
『りなちゃん、大事な話があります。今夜会えませんか? 急にごめんなさい』
アザミがハッキングしているのは藤野――今は
三日間の調査中にアザミは被害者のスマホにウイルスを仕込み、好きに操作出来るようにしていた。
詐欺師本人は情報を抜かれないよう常に警戒しているため、直接ウイルスを仕込むことは難しい。だが詐欺師のターゲットになるような人間なら、偽サイトへの誘導にも引っかかってくれる余地はあると判断した。
それは見事的中し、こうして自由にコンタクトを取れるようになったのだ。
勝どきのタワーマンションの一室にスマホの着信音が響く。
呑気にコメディー映画を観ていた藤野はスマホを開き、小首を傾げた。
「大事な話? 面倒臭いな」
今夜なら藤野は予定が空いている。信頼を育んでいる段階であれば、不用意に誘いを断らないだろうとアザミは踏んでいた。
予想通り、藤野は行くことに決めたようだ。
『大事な話って何? 気になる気になる! どこに行けばいいの?』
『URLのお店に来てほしいです。知り合いが先月オープンした店です。沢山サービスしてくれると言っていました』
『うわ! 内装超キレイ! 雰囲気もいいし、こんなお店開ける人と知り合いがいるなんてさすがだね!』
『ありがとう。19時に予約を取りました。その時間に来てください』
「相変わらず業務連絡みたいな文面。おじさんってなんで皆こうかな」
藤野はそう呟きながら、絵文字たっぷりの返事を返した。
アザミはタブレットをしまうと、藤野の隣にどっかりと座った。
「同感だ。ま、このおじさんは変な顔文字を使ってこないだけマシだけどな」
「な!? 誰!?」
藤野が素っ頓狂な声を上げる。アザミが指定した店は死亡予定地の近くにあった。約束を取り付けたことで、太陽の切り離した死の運命がたった今藤野に繋がったのだ。
「アタシ? 死神」
「死神? 何言ってんの?」
「嘘は言ってねぇ。アンタは今日死ぬ。だからアタシの姿が見える」
「意味わかんないし。というか、普通に住居不法侵入なんだけど。子供ってことで見逃してあげるから、帰って」
「ほぉん、警察は呼ばねぇんだ。ま、呼べるわけねぇよな。この家には変装道具だの偽の名刺だの、アンタの商売道具がそこかしこに置かれているだろうからな」
藤野の目の色が変わる。
どこにでもいる気立ての良さそうな女の顔が、強かな詐欺師のそれに変わった。
「君、本気で誰? 何者?」
「だから、死神」
「ふざけないでくれる? 誰の差し金? どうやって入ってきたの?」
「ま、信じる気がねぇならそれでいいや。そんなことより」
アザミは両手を構え、大鎌を出現させた。突然現れた巨大な凶器を見て藤野が逃げ出そうとするが、藤野が立ち上がる前にソファーの後ろに回り込み、動きを封じるように大鎌を首に添えた。
「何をするの!?」
「アタシの言うことを聞いてもらう。大人しく従えば解放してやる」
「……何? 早く要求を言いなさい」
「今から言うURLにアンタのスマホからアクセスしろ。http……」
アザミの言った通りにURLを入力し、開く。すると自動的にファイルのダウンロードが始まった。
平静を装っているが、藤野の表情が僅かに固くなるのがわかった。何をダウンロードさせられているのか察しがついたのだろう。
「もしかして、ウイルス?」
「
「馬鹿ね。私のスマホにはそういうのを止めるアプリが入っているんだから」
「ハッ、その程度の対策で
「喜多川治郎? 誰それ?」
「キサマには春日井優としか名乗ってねぇか? 案外信用されてねぇんだな」
「ああ、そういうこと。本名を教え合うなんて自殺行為よ。それに私達は信用ではなく利用価値で相手を選んでいるの」
「あっそ。なんでもいいけど、春日井の連絡先、知ってんだろ? ファイルを送れ。んですぐに開けるように指示しろ。春日井がファイルを開いた瞬間、アタシに連絡が飛ぶようになってる。開封通知が来たら解放してやるから、さっさと済ませな」
「そんな裏切るような真似、すると思ってるの?」
「するさ。だってモタモタしてたら約束の時間に間に合わなくなるだろ? 歳を五つもサバ読んでるから、化粧に時間かけなきゃいけねぇもんなぁ、りなちゃん」
藤野が眼光を鋭くしてアザミの方を見る。追い詰めるようにアザミは大鎌の先端をひたひたと首筋に当てた。
「送れ。妙な真似はするな。どうなるかわかってるな?」
大鎌にあしらわれたアザミの花から黒い茨が伸び、藤野の体に絡みついた。
毅然とした態度を貫いていた藤野も、現実離れした光景に思わず息を呑んだ。
「やれ。でないと殺す」
「くっ……! わかったわよ!」
藤野は言われた通り春日井とやり取りしているチャットを開き、そこにファイルを添付した。
そして文章で『これ開けないんだけど、、見てくれる?』と打った。
「待て。点が一つ多い。消せ」
「細かいわね。そんな刃物向けられちゃあ打ち間違いの一つくらいするでしょ?」
「こんな刃物を向けられてるからこそ打ち間違うはずがねぇんだよ。大方、文意を逆に読めっていう暗号か何かだろ? いいから消せ」
藤野は歯を食いしばり、アザミの隙を窺うように一度視線を振った。
大鎌の植物が脅すように藤野の首を引っ掻く。
逃げ道はないと理解したらしく、藤野は指示通り点を一つ消し、春日井に文章を送った。
藤野の投稿文に相手の既読を知らせるマークがつく。すぐに『わかった』と返ってきた。
間もなくアザミの頭の中で開封通知の電子音が響いた。アザミは茨ごと大鎌を消し去った。
「よくやった。もう行っていいぞ」
「そっちこそ、さっさと出ていってよね」
「ああ」
アザミは黒い翼を広げると窓をすり抜け、徐々に赤みを増していく夕陽に向かって飛び立った。
思いもよらない方法で去っていったアザミに藤野はすっかり呆気に取られてしまうが、すぐに春日井にウイルスのことを伝えなければとチャットの画面を開き、通話ボタンを押した。
「……出ない。何よ、こんな肝心な時に」
文章でもウイルスのことを伝えたが、既読を知らせるマークはつかない。
藤野は溜め息をついてスマホをテーブルに置くと、清原里奈になるためにウィッグを取りに行った。
テーブルに置かれたスマホの画面がひとりでに点灯する。すると画面の右上から黄色い丸が現れた。丸は古めかしい電子音を鳴らしながら扇形の口をパクパクさせて進み、最初に電波の受信状況を知らせる四本の棒を食べた。続いて画面内のアプリを食べ始めた。
最初のページが空になり、次のページも、その次のページも全てが食いつくされる。
最後にパックマンは画面の外へ狙いを定めると、まるで使用者を呑み込もうとするかのように大口を開けて接近した。
黒く塗り潰された画面。そして赤い文字が表示される。
『
スマホは短くブブッと震えると、こと切れたように電源を落とした。
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