第4話 処刑の時

 キィーとドアの蝶番の軋む音がする。入ってきた方に視線を移すと、三つの影が入り口をくぐってくるのが見えた。


「位置情報は近くを指してる。捜せ」

「しまった……!」


 岩倉は急いでスマホの電源を切り、積まれた建材の陰に身を潜めた。


「僕達も上に行ってよう。もしかしたら誰かもう僕達の姿が見えてるかもしれない」


 うさぎは頷き、太陽と一緒に一番高い足場まで飛んだ。


 間髪入れずに澤村が姿を現す。岩倉の位置情報を追っているのか、手にはスマホが握られていた。


「あいつめ電源を切りやがったな。探せ。まだ遠くには行ってねぇはずだ」


 澤村がそう言うと、二人の部下が周辺を探し始めた。

 すると突如黒い稲妻が工事現場に落ち、無数の黒い茨がビルを串刺しにするように空へ伸びた。一瞬の出来事で、太陽の目も追いつかなかった。

 茨の中心に目を凝らすと、大鎌を構えたアザミが立ち上がり、顔にかかった長い髪を耳にかけたところだった。


 死神の派手な降臨。


 ある種の災害のようにも思える彼女の登場は、一人の男の目を否応なしに釘付けにした。驚いて見開かれた目を見て、アザミは犬歯を剥き出しにして笑う。


「やはり死の運命はキサマに繋がったな、澤村」

「な……! 何者だ!?」

「忘れたのかよ。キサマの顔覚えておくっつっただろう!」


 アザミは大鎌を振り上げる。

 すると周囲に展開していた黒い茨が澤村の体に巻きついた。


「なんだこれ!?」

「動くなよ。茨の刺は鋭い。アンタの命くらい簡単に屠れるからな」

「なるほど。てめぇが岩倉に計画を漏らしやがったんだな? 何が目的だ?」

「決まってんだろ? 目的はキサマを殺すことだ。なんてったってキサマの死こそが、今宵のアタシの勝利条件だからな」


 アザミは大鎌を引き、後退する。茨に引っ張られ、澤村は抵抗の術もなく、アザミとともに死亡予定地へ足を進めた。

 やがてビルの陰から出て、アザミの顔が街灯に照らされる。

 そこでようやく澤村も気づいたらしい。


「お前、まさかパックか? 死んだんじゃなかったのか?」

「死んださ。今のアタシは文字通り死神だ。不良債権者が背負うはずだった死の運命をキサマになすりつけ、殺しにきた」

「死の運命だと?」

「正直三人のうち誰に繋がるかはグレーだったんだがな。だがキサマが元予定者の位置情報を調べるために、スマホを握り締めたまま工事現場に入ってくれたんで助かった。元予定者もここに入る前までは地図アプリを凝視していて、スマホを握り締めていたからな」

「何をわけのわからないことを!」

「そうだな、くだらねぇ種明かしに時間を浪費してる場合じゃねぇ。キサマには質問に答えてもらう。正直に答えれば拘束を解いてやってもいい」


 脅すように、アザミは頭上でクレーンに吊られた鉄パイプの束に視線を振った。


「あれが落ちてくるまで、あと二分。その間にアタシの質問に答えてもらう」

「チッ……何が訊きたい?」

「キサマがやり取りしてたCという奴とはどうやって知り合った? 指示はメールでやり取りしてるようだが」

「どうやって知り合ったも何も、突然向こうから接触してきたんだよ。パックという天才ハッカーを殺したいから協力しろと」

「何故応じた?」

「報酬として俺達が殺したい相手を十人まで完全犯罪で排除させてやるって言われたんだ。対立関係にある唐澤組の幹部でも殺せるっていうんで、話だけ聞いてみた。そしたら奴は難攻不落のアジトの見取り図も、百戦錬磨と謳われる唐澤組の頭の弱点も即座に教えてきた。どういう情報網を使ってんのか知らねぇが、どれも恐ろしいほど正確だった。そして奴の指定した日程に、奴の指示した通りに行動すると、どんなに無茶な作戦でも成功した。まるで夢でも見ているような気分だったぜ」

「そうやってアタシのことも殺そうとしたのか」

「ああ。無関係なカタギのモンには手ぇ出さねぇって決めてたが、ハッカーなら俺達と大差はねぇだろ」

「ハッカーを犯罪者と決めつけんな。んで、奴らの規模は? どうやって完全犯罪を実現させてる?」

「詳しいことは知らねぇ。本当だ。指示もメールだけだった」

「チッ。まぁ、捨て駒から得られる情報なんざスッカスカで当然か」


 バタバタと忙しない足音が近づいてくる。

 澤村の部下二人が岩倉の両腕をがっちり固めた状態でやってきた。


「アニキ、こいつ資材の陰に隠れてやがりました!」

「少年と少女はいなかったです……って、なんでそんな所に立ってるんですか!?」


 部下二人は鉄パイプの真下に立つ澤村を見て顔を青くする。ワイヤーが切れるまであと二十秒もない。澤村は焦ったように顔を歪めた。


「おい、もういいだろ。さっさと拘束を解け!」

「ああ。約束だったからな」


 アザミは大鎌を引き、澤村から茨を巻き取った。

 澤村がなかなか動き出そうとしないので、心配した部下が安全な場所へ連れていこうと澤村のそばへ駆け寄る。


「何してるんですか? 死ぬ気ですか!?」

「しょうがねぇだろ。あのガキに捕まってたんだから」

「あのガキ? どこにいるんですか?」

「いるだろ、あそこに! ほら! 髪の長いあいつ!」

「……誰もいませんけど」

「はぁ!?」


 言い合ううちに澤村と部下達の注意が完全に岩倉から逸れていた。


 その時、アザミははっきりと見た。

 岩倉が澤村をじっと見据え、「今しかない」と唇を動かしたのを。


「うあああああ!!」


 死亡予定時刻まであと五秒だった。岩倉は大声を上げると、鉄パイプの下から逃げようとする三人に飛び掛かった。


「何をする!?」

「君達さえ死ねば、借金は帳消しになる! 涼子のためなら、僕は……!」

「やめろ、離せ!」


 バチンと重々しい音がし、頭上でワイヤーが弾けた。吊られた十本の鉄パイプが次々と速度を増しながら落下してくる。

 岩倉は咄嗟に三人をその下へ押し込み、自身は弾みで後ろに転がった。

 金属のぶつかり合う激しい音がし、鉄パイプが三人に降りかかる。

 ゴツ、ドカっという重々しい音が響き、澤村達は痛々しい悲鳴を上げた。

 その中で一度だけ、グチャと嫌な音がした。


 鉄の臭いが充満する。

 倒れ伏す三人の下で赤黒い血だまりが面積を広げていく。


 おぞましい熱が自分達の衣服を濡らすのに気づいた部下二人は、頭部の潰れた上司を見て、ガタガタと震え出した。


「残念だったな。アタシが拘束を解いたところで、キサマの死は覆らねぇんだよ。なんせ運命で決まってることだからな。まぁ本当はおまけ二人もりたいところだったんだが、生憎枠は一つしかなかったんでね、全身の骨を折る重傷で済ませといてやるよ」


 アザミは大鎌を構え、澤村に振り下ろした。

 あの日、アザミを辱め、自殺へ追い込んだ男は片手で握り潰せるほどの小さな光になってアザミの鳥籠に収まった。


仕事完了Mission accomplished。アンタら、そこにいるんだろ? 帰るぞ」

「あ、ああ……」


 太陽は人が潰れる瞬間を不必要に見せないよう、うさぎの顔を胸に抱いていた。

 アザミはさっさとタブレットの『Return帰還』ボタンを押し、光になって死神局へ戻っていった。腕の中にいたうさぎが空に伸びる光の軌道を目で追う。


「あざみおねえちゃん、ふくしゅう、できたんだね。よかったね」

「う、うん、よかったね。さぁ、僕達も帰ろう」


 太陽は絶対にうさぎに死亡現場を見せないよう注意しながら、タブレットを取り出して『Return帰還』ボタンを押した。

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