第3章 漆黒の処刑者

第1話 見えざる者

 うさぎが両親の魂を回収してから一週間が経った。


 あの事故の後、うさぎは太陽にある相談をしていた。それは今のブラザーではなく、太陽と一緒に死神の仕事をさせてほしいというものだった。理由を尋ねると、太陽とアザミのお陰でお母さんと話すことが出来たのでお礼がしたいからだという。

 ブラザーが許可したらいいと太陽が言うと、うさぎは早速メールを打って事情を伝え、許可を取った。

 さすがに経緯を説明する文章は太陽が手伝ったものの、こんなに小さくても一人でなんでもこなせるらしい。最初は歳の割にしっかり者だと感心していたが、徐々にそうしなければ生きていかれない環境にいたせいだと理解した。


 それからというものの、うさぎは太陽と一緒に毎日パックマンを一緒にプレイして過ごしていた。確かに子供は同じことを繰り返すのが好きだと聞いたことはあったが、まさか延々とパックマンに付き合わされる羽目になるとは太陽も思っていなかった。


「ご、ごめん……もう、疲れた……」


 五時間にも及ぶ交代プレイの末、先に音を上げたのは太陽だった。うさぎは残念そうにコントローラーから手を離すと、タブレットのお絵描きソフトを立ち上げてぐるぐると何かを描き始めた。


(結局また僕が残基を使い果たしてゲームオーバーだった。始めてまだ一週間しか経ってないのに、うさぎちゃんの方がずっと強いや)


 一緒にゲームをしたり、公園に出掛けたりと、うさぎとただ遊び回っているのには理由がある。

 うさぎの仕事を手伝ったあの日以来、アザミが「準備が出来るまで待機命令」と言ったっきり帰ってこなくなってしまったのだ。ブラザーの権限でアザミの現在地はわかるのでそれほど心配はしていないが、一体何の準備をしているのか気になる。


「みて! あざみおねえちゃん!」


 うさぎは得意げにタブレットの画面を見せた。肌色で塗りつぶした黒いぐるぐるの絵が表示されている。

 とりあえず褒めるべきなのだろうかと迷いながら、太陽はよく描けていると返した。


「おねえちゃん、きょうはかえってくるかな?」

「わからない。帰ってきたらなんか頼まれるような気はするけど……」

「うさぎ、いっぱいおてつだいするよ! おせわになったら、おれいしなさいって、おかあさんがいつもいってた」


 お母さんという言葉を言った瞬間、うさぎはシュンとして視線を下げた。

 これは……撫でたりして慰めるべきシチュエーションなんだろうか?

 試しに頭に手を伸ばしてみる。

 まるで水に浸けたら溶けてしまうのではないかと思うような、柔らかくて細い髪質に驚き、太陽は思わず手を引っ込めた。

 うさぎがきょとんとした顔で見上げてくる。


「ご、ごめん。変な意味はなかったんだけど……」


 その時、玄関ドアが勢いよく開き、アザミが入ってきた。やりたかったことが上手くいったのか、見るからに上機嫌なのがわかる。


「お帰り。随分長かったね」

「ああ、お陰で上手くいったよ。ほら」


 アザミはタブレットに自分のプロフィールを表示させて太陽に見せる。階級を見ると、『凡』に上がっていることがわかった。


「一週間で昇級したのか? さすがだね……」

「何言ってんだ。昇級には一日もかからなかったぞ」

(一日……僕が三年かかったことがたったの一日……)

「苦労したのは現世への干渉だ。この体、想像以上に現世に対して無力だからな」

「現世への干渉? 何をしたんだ?」

「別になんだっていい……つーわけにもいかねぇか。アンタには協力してもらわないといけねぇしな」


 アザミはテーブルに置かれたロリポップ――太陽がアザミを怒らせないようにあらかじめ買っておいた物――を手に取り、フィルムを剥きながら説明を始めた。


「そもそもなんでアタシが二人の復讐を手伝っていたかだが、それはセンパイの持つ運命を変える力の実力を確かめ、使用条件を知るためだ。結論から言って、センパイの力は本物だ。原理はまだわからねぇが、センパイが関与すると死神局のデータベースさえ書き換えてしまうほど完璧に運命が変わる。テストは合格だ」

「テストを受けてる気はなかったんだけど……。とりあえず満足したならよかった」

「そういうわけでだ、アンタにはこれからアタシの復讐を手伝ってもらう。チビも来たいって言うなら止めはしねぇ。音を自在に操れるってのは得難い能力だ。必ず役に立つ」


 うさぎは嬉しそうに強く頷いた。


 アザミはうさぎが置いたままにしていたコントローラーをひっ掴むと、プレイを始めた。一週間触っていなかったせいで、我慢出来ないほどパックマン欲が溜まっていたようだ。


「そういえば、影咲さんが復讐したい相手についてまだ聞いてないけど……」

「そうだったな。馬鹿でもわかるようにクソ丁寧に説明してやるから聞け。まず生前のアタシの仕事だが、とある組織でハッカーをしていた。表立って知られてねぇが、政府や警察にいいように使われる遊撃隊のようなものだ。間違っても犯罪組織じゃねぇぞ。アタシはそこでテロリストの摘発やハッキングによる諜報活動なんかをしていた」


 飛び出すワードの数々に驚かされる。まるで漫画の設定でも聞いているかのようだ。


「へぇ……そんな組織があるんだね」

「その中でもアタシが追っていたのは、インビジブルと名乗る集団だ。奴らはただの殺人犯なんだが、その名の通りターゲットを殺すと忽然と姿を消してしまい、逮捕に至れていない。完全犯罪のスペシャリストだ。これまでも政治家や国の要人が事故や病気に見せかけて殺されている。アタシもそいつらに殺されかけた。手を下される前に自殺したがな」

「殺されかけて、自殺した……?」

「前に言っただろう。アタシは死神になるために自殺した。死が訪れる直前、アタシは深紅の翼を携えた死神が部屋に入ってくるのを見た。それで、ここで自殺すれば死んでも死神として復讐の機会を得られると思ったんだ」


 死神になる人間は皆なんらかの理由で追い詰められ、逃げ場を求めるようにして自殺を選んでいる。だからどこか悲壮感を漂わせている。

 智里のように長く死神をやっているうちに悲壮感が薄れていくことはあったとしても、太陽が見た限り、転生したてであれば漏れなくそうだ。

 どうりでアザミにはその悲壮感がなかったわけだと納得する。


「実際に襲われて、アタシは奴らの恐ろしさを知ったよ。不可能を可能にするとはまさにあのことだ。成功確率0.01%の圧倒的不利な勝負さえ100%の勝利に変えてくる。奴らに対してアタシは無力すぎた。悔しいが、一方的になぶられ、食われるしかなかったんだよ」

「そうだったんだね……」

「だが幸いアンタというチートの力とアタシの天才的頭脳が揃った。だったらこっちもやってやるよ、完全犯罪って奴を」


 パックマンがパワークッキーを食べ、サイレンに似た甲高い電子音が鳴り響く。ひと回り大きくなったパックマンはイジケ状態になったゴーストに次々と食らいつき、中央の檻に強制送還した。


「どちらが真の見えざる者i n v i s i b l eか、あいつらに思い知らせてやる」


 太陽は思わず生唾を呑んだ。太陽を死に追いやった石田、それからうさぎを虐待していた父親、そんな彼らに私刑という制裁を与えたのとはスケールが違う。

 アザミは犯罪集団を壊滅させるために死神になった。言動や倫理観の危うさはともかく、彼女は正当に復讐を行おうとしているのだ。


(これからどうなるんだろう、僕……。多分逃がしてくれることはないだろうし)


 画面の中のパックマンは再び元の食われる側の小さな黄色丸へ戻り、ゴーストに追いかけ回されている。

 しかしアザミの目は獲物を狙う獣のような荒々しい光を湛えていた。

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