第4話 9/6

 まだ夏の暑さが感じる中、藍里と旭は別れた。理由は簡単で『受験だから』

 そういうことにしているが、結局どっちも冷めたのだ。あの日、公園で泣いた後から藍里は自分の着たい服で外に出るようになったし、明らかに我が強くなった。

「さきちゃん!一緒に帰ろう!」

 今では表さきとは一緒に登下校をする仲になっており、藍里は表さきの机に駆け寄った。

 その時だった。

「あ、悪りぃ。ちょっと表に話があるんだけどいいか?」

「私ですか?」

「蓮!?珍しいじゃん。さきちゃんと帰る約束してるから早めに済ませてよね!」

「分かってるって」

 杉本蓮がいきなり表さきを連れ出して行った。とても良い雰囲気ではなかったし、何やら蓮からは表さきに敵対意識すら感じた。

 藍里は心配だったが、無難に教室で単語帳を開く。

「で、話ってなんですか?」

 二人は屋上に続く踊り場に来ていた。ここは人がほとんど来ず、あたりは静まり返っていた。

「お前、藍里に何か吹き込んだだろ。そうじゃなきゃあいつらが別れるとかありえねー」

「何も吹き込んでません。勝手な憶測はやめてもらえませんか?」

「あいつらはお前のようなアブノーマルな恋愛趣向じゃねーんだわ。てか同性愛とか普通にキモいし、生理的に無理。友情関係築けないし、世間にも認めてもらえない。藍里がそういう目を向けられてて正直可哀想だし、優しいから拒絶しないだけだから調子乗んなよ!!」

 早口で蓮は言い切り、肩で息をしている。ワナワナと体を震わせる蓮を冷めた目で見る表さきはただ一言言った。

「それは貴方が言われなくないことでしょ」

 ひゅっと息が詰まる音だけがその場に響いた。脱力したように蓮は壁にもたれ掛かり、ぐしゃっと前髪を掻き乱した。

「人って暴言を吐くときに自分が言われたくないことを言うみたいなの。貴方だって私と同じなんでしょ?」

「違う」

「それで悩んでいるから、自分の目の前で告白した私に対して攻撃的なんでしょ?」

「違う」

「本当は藍里ちゃんたちが別れて嬉しいくせに」

「違う」

「だってあなた‥東堂旭君の事が好きなんでしょ」

「違う!!!」

 半ば発狂するように蓮は頭を激しく横に振った。まるで邪念を取り払うかのように。

「お前なんかと一緒にするな!!俺は至って正常だ!同性愛者じゃないし旭のことも好きじゃない!」

「嘘おっしゃい。いつも熱の籠った眼差しで彼のこと見ていて、藍里ちゃんを恨めしそうに睨んでだくせに。それなのに応援団長?旭の相棒?欲ダダ漏れじゃない」

 表さきが言い放つといきなり蓮は彼女の首元を掴み捲し立てた。

「お前みたいな相手の気持ちを考えずに告白する奴に何がわかる!!今までずっと旭が好きで、旭が幸せそうに笑ってるのを見たいから一生懸命相棒を演じて!辛いこの想いをずっと、ずっと隠してきた俺の何が分かる!?」

「何もわからないわよ!そんな小汚いあんたのことなんか!好きなら性別を理由に逃げんじゃないわよ!私とあんたは違う?ええ!そうね!全く違ったわ!私は逃げないし、怯まない。あんたみたいに友達ぶってる方がよっぽど気持ち悪いわよ!!」

 息も絶え絶えに二人は大声でたたみかけた。長らく睨み合っていたが、蓮がパッと表さきから手を離し蹲るようにしゃがみこんだ。

「どうすりゃいいんだよ。この想い。辛くて今すぐ捨てちまいたい」

 ぽつりと蓮は吐き出し鼻を啜る音がこだまする。

「さぁね。でも辛いってだけで捨てる恋心なんて所詮その程度なのよ。今まで温めてきたその恋、捨てちゃうの?」

 蓮からの返答はなかった。カラスが鳴いているのがよく聞こえるくらいに陽は沈んでいる。

「じゃあ、藍里ちゃん待たせているからもう行くね」

 早々と蓮の前から去っていく彼女からは金木犀の香りがした。

「受験‥終わったら砕け散ってやるからな」

 蓮の独り言にしては大きい言葉は誰にも拾われることはなかった。

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