第3話 5/3
いつも友達と遊びに行くのなら、女子っぽい服を着てナチュラルメイクをするのだが今回はありのままの自分のスタイルで行くことにした。
今日は表さきとカフェに行く日だ。旭とのデートは朝から憂鬱だったのに今回は前日から服を選んでいた自分に気づき、藍里は自分の中で着実に変わりつつあるのを感じでいる。
「よしっ!このアイシャドウ可愛いなぁ〜!」
真っ赤なシャドウに真っ赤な口紅。黒いスキニーに黒のトップス。低身長を誤魔化すために10cmの厚底を履き、髪はスッキリとポニーテールに。最後に金色のイヤーカフをつけて最高の自分に着飾る。
本来ならば少し奇抜なファッションであることは自覚している。男ウケの魔反対のような服が大好きだったのも事実だ。
「でも、これが一番私に似合ってる」
藍里は自分自身に言い聞かせるように、家の玄関から外へと飛び出していった。
いつもデートは時間ギリギリなのに今回は少し早めに着いてしまった。厚底を履いているせいか、目線が高くなり背筋もピンと伸びる。そんな凛とした自分がショーウィンドウに写っているといつもより数倍自信が持てる。
「あ!氷室さーん!」
遠くから駆け寄ってくる表さきが見えた。ストレートの黒髪が左右に揺れていて、いつもより数倍アンニュイな雰囲気の彼女がきらきらと輝いている。
白いワンピースに清潔感漂う小物。それなのに目元のメイクは普段より一層濃く、吸い込まれていくような深みがあった。
「表さん今日も可愛い‥!」
「氷室さんも、なんというかいつもと雰囲気違って‥」
しまったと藍里は思った。いつもは大人し目で校則も破らないような藍里なので、幻滅されたり思ってたのと違うと思われたくはなかった。
「あ〜〜ちょっと今日の服にあってないよね。ごめんリップ濃いかな?取ろうかな」
「え!!なんで!とっちゃヤダ!いつもよりカッコよくってモデルさんみたいだし、アイシャドウとリップの色も氷室さんの顔にとても合ってるのに‥!お願い!取らないで!」
「あ、ありがとう。表さんにそう言ってもらえると嬉しい」
表さきがいつもより興奮気味に褒めてくれるのがとても嬉しくなり、藍里はどこか自分ではないように感じた。背が高くなったこともありいつもは見上げている表さきの顔も今は正面で見える。些細な変化が藍里の自信にどんどんと繋がる。
「立ち話もなんだから早速カフェ行こっか」
「そうね!」
瞬く間に時間は過ぎ、いつの間にか表さきの顔にオレンジが乗っかるくらいの時間になってしまった。
「もうこんな時間‥」
藍里が残念そうに呟く声が聞こえたのだろう。表さきは意を決したように藍里の方をグルンと向いた。
「もう少し、お話しできない?公園とかに座ってでもいいし‥」
あまりにも弱々しく尋ねてくる姿が愛らしく藍里は二つ返事で承諾した。
公園に向かう道ではなぜか二人とも無言だった。しかしその無言すらも藍里には穏やかに感じた。
「あの、話ししたいとは言ったけど私からはなくて‥」
「え?それってどういう意味?」
藍里はてっきり表さきから話があるのだと思っていだが、どうやら違ったようだ。
「間違いならいいんだけど、なんとなく一日中氷室さんが何かを話したそうにしてたから‥」
藍里は驚いた。確かにずっと表さきに伝えたいことがあったのだから。そのために今日来たようなものだったが、やはり怖くて言い出せなかったのだ。
「あのね、表さん。私実は男の子に憧れてるんだ‥」
言ってしまった。家族にも言った事がない、本当の自分。今まで見て見ぬふりをしてきた、誰か知らない
表さきの返答の前に藍里は続けて思いを吐き出した。
「ずっとコンプレックスだらけだった!女芸人は自分の自虐ネタばっか、ゲーム実況は女子ってだけで憚れる!背が小さいからって痴漢にもあうし、服だって制限されるの?男になりたいよ!私男になりたいの!!」
感情のままに叫んでいた。表さきの反応を見るのが怖かった。
「もう嫌なの!旭と付き合うのも!!本当は私カエル化現象なの!両思いになった瞬間冷めちゃって‥でも言い出せなかった!辛い、辛いよ!」
「そっか」
表さきは短くそう言い、そっと藍里を抱きしめる。
「私は氷室さんが男になってもずっと好きだよ。だって氷室さんに恋をしたから」
優しくするもんだから藍里はもう歯止めが効かなくなった。
「過度なダイエットして拒食症になったことあったの。日々寝るときに肋が浮いているのを撫でるととても幸福に浸れたの。でも一瞬だけ。炭水他物を食べるとどうしようもなく吐き出したくなるし、体力も無くなって‥体も心のボロボロなのに止まらなくて‥!!どうしよう!どうすればいいの!?誰か!助けてよ!!」
するといきなり表さきがパシッと藍里の頬を包み、強引に自分の方に向かせた。
「私たちは思い出を美しく着飾りながら大人になるの」
表さきはただ遠く懐かしいものを見つめるかのような眼差しをしていた。
「辛かった経験は全部が無駄?拒食症が何?それも全部貴方自身。自分のことを好きになるために一生懸命だった愛すべき過去の自分でしょう?」
優しく諭すように表さきは続ける。
「泣いてもいいの、強がってもいいの、偽ってもいいの。それすらも愛おしく感じるものよ」
その日、表さきの頬には暖かい雨が降った。
「今日は‥まだ一度も口説かないんだね‥」
藍里の呟きの返答はなかった。
二人の影がそっと近づき、赤い照明が二人を照らした。
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