秋色様
今はインターネットで何でも調べればわかる時代になりましたが、ひと昔前はおじいさんおばあさんから孫たちへ、こんな風に冒険のお話を語り継いでいたのですよね。目の前の、血のつながる人の体験って、とてもリアルに感じられるなと思いました。
お兄さんは色々人間関係が辛いようですね。
孤独だけど意外と心地良い……という言葉を実体験として感じているシーンに、ジーンときました。受け継がれる物も感じますし、お兄さんが癒されて欲しいなとも思いました。
作者からの返信
☆涼月☆様
応援コメントをありがとうございます! そう、私も思いますインターネットは便利ですけど、新しい事を知る驚きみたいなのが少なくなりますよね。人の話をじかに聞くという経験は、さまざまなインスピレーションを与えてくれますね。コロナ禍でそういう経験がますます少なくなっているのが残念です。
海には海の恐怖、現代の世界にも現代なりの恐怖みたいなのがある、という感じで。お兄さんが癒やされてほしいと思っていただけてうれしいです!
昔、B寝台で旅行したとき、こんな感じしました。飛行機だと孤独にはなれないし、家のベッドで読書灯つけて本を読んでも、心地よい孤独にはなれないんですよね。
不思議です。移動してないとダメなんでしょうか…。
巨大な何か…
どうしようもない、手の出しようもない何かというのは怖いです。
その生物を眼前にしたら、人生観は確かに変わるかもしれませんね。
巨大なものに限らず、自らがどうしようもない、えたいのしれない何かも…
汽笛…
お兄さんはこれからどう過ごされるのでしょう。
作者からの返信
感想をありがとうございます。そう言えば電車に座っている時って妙に読書に集中できますよね。家にいる時より。不思議です。やっぱり社会から一時的に離れているからなのでしょうか。
お兄さんは……何とかはなるのでしょう。みんな、大人になる時、なってからも色々あるものです。鯨や巨大海洋生物が怖いという人は、意外といるみたいですが、やっぱりその時の原因があるんですよね、きっと。普通の生活をしていて鯨に遭遇する事なんてないんだし。私は大人になりたての頃、電車の車窓から見える山の密集した木々がだめでした。今思うと人間みたいに見えてたんだと思います。
あ、汽笛には船出、新たな出発の意味をこめました。
いつもていねいに読んでいただき、ありがとうございます。
編集済
亡くなったのおじいちゃんの昔話が、孫たちの記憶にしっかり浸透している様子が伺えました。昔話を聞くことで、おじいちゃんの体験を今の自分たちの置かれた環境の中で追体験しているようにも思えました(ショッピングモールがクジラ型というのもあるかもしれませんが(笑))。
おじいちゃんは頑固者ですけど、遠洋漁業の中で普通の生活では体験できないことをいっぱい体験してきて、それが彼の人生の財産になっているように感じました。
孫たちがおじいちゃんの話を胸に大切にしまって生きていくことが、おじいちゃんにとって何よりもの供養になるのかな?と思いました。
作者からの返信
Youlife様、早速の感想をありがとうございます! そうですね。昔話って昔の事ではありますが、現在の色々な事に通じていると思います。聞き語りというのは大切ですよね。そして、本を読むのが苦手な子も、意外とお話聞くのは好きだったりします。
昔の海で感じる恐怖も、今の何らかには繋がっていると思います。
おじいちゃんとの思い出と家族の情景を描くことで、じんわりと心に染み入るような物語でした。
楽しかった思い出ばかりではなくて、鯨カツのエピソードのように、苦い思い出も一緒に思い出されるのがリアルですね。家族同士で気を遣ういたたまれなさを感じます。
不登校になったお兄さんのとの会話も感じ入りました。鯨のように大きなものから逃げるというのも、一つの生きる手立てなのかもしれません。
最後に大変遅くなりましたが、自主企画への参加、ありがとうございました!
作者からの返信
応援コメント、ありがとうございました! そうですね、大きなものに飲まれそうになる恐怖から逃げるのも生き方だし、共存するのも生き方なのかなと思います。今でも一部では根強い人気のある鯨カツの味は、まさしくそんな苦い味わいかもしれません。いつも素敵な自主企画をありがとうございます!