5

「……ねえねえ」

「なによ」

「桐詠って、織姫と彦星の娘なんだよね」


 私の言葉に桐詠はムッとした表情で「そうだけど」と答えた。もしかしたらこの手の会話はあまり好きではないのかもしれない。


「だから、スタープリンセス、なんて言われてるの?」

「知らないけど、そうじゃない? みんな私の生まれに目の色変えるし、そういう出自が興味深いんでしょ」

「もしかして誕生日は七月七日?」

「七夕から十月十日後。私は春生まれよ」

「ふうん」


 桐詠は自分の身の上にはこだわりがないらしい。牽牛織女の子供なんて目立つ血筋を持っているのに、それを披露しなかった。今は暴れたせいで自分の爪が割れていないか、髪がおかしなことになっていないかをチェックしている。


「自慢じゃないの? お父さんとお母さんのこと」

「自慢よ。だけど、それは私のものじゃない」


 もしかして、聞いてはいけない質問を、してしまったのかもしれない。桐詠の返答から、私はそんなことを思った。


「なにビビってんの」


 そんな私の心を見透かしたのか、桐詠はため息をついた。


「……ごめん」

「謝んなくてもいいよ。別に怒ってもないし」


 それだけは、私にもわかった。桐詠は怒ってはいなかった。

 だけど、少しも気分を害さなかった、というわけではないんだろう。

 ならば、せめて、と私は口を開く。


「それ……取り返せてよかったね」


 桐詠は巾着に目を遣った。


「うん。よかった。大事なものだから」


 その才能は、きっと桐詠にしか使いこなせないであろう、見事なものだった。もしかすると神様は、巡りあうであろうそのひとに一番ふさわしい力を、祭りのあいだ、どこかに隠しているのかもしれない。考えすぎかもしれないけど、そう思わせるほど、桐詠の力はすごいものだった。


「すずは……」桐詠は私に問いかける。「天恵制度で賜った才能を、どう思ってるの?」


 どう思ってるの、なんて、難しい質問だ。なにを尋ねられているのかよくわからないし、なにが正解かもわからない。なんでそんなことを聞くんだろうと思いながら、私は思い出すように言う。


「……初めはね、すごく、遠いものだった。欲しいなって思いながら、でも、だめなんだろうなって。だから、もらえたときは、とてもびっくりして、だから……私には、もったいないないものだったんだ。でも、でも、そうじゃないんだね。だから、そういうのを抜きにして、いまは、すごく嬉しいものかも。楽しい。空気とか、それこそ風みたいに、気軽に考えられるようになった。当たり前だって、言ってくれたから……これは、ただ、幸運だったんじゃ、ないのかな」

「……そうだね」


 桐詠は肯定してくれた。

 私はそれがとても嬉しかったけれど、桐詠はさらに言葉を続けた。


「でも、私にとっては幸運以上だったの」


 桐詠ははっきりと言った。

 私は、桐詠の横顔を見つめる。


「私の力で、私の誇り。誰の手も借りず、誰にも助けられず、私自身で見つけだし、勝ち得た。私は認められたかったし、私自身を認めてあげたかったんだ。そして、私は神化主になった」


 穏やかだけど熱のこもった声だった。その思いの強さに思わずどきっとしてしまったくらいだ。他人の大事なところを見てしまったような、そんな居た堪れなさ。


「――かささぎの 渡せる橋の きらめくに え惑わされじ いざ我を見よ」

「えっ?」

「なんでもないわ。行きましょう」


 ぼそりと呟かれた歌に私は興味を示したが、桐詠は振り払った。彼女がそう言うのなら大したことでないのかもしれないと、私もそれ以上はなにも言わなかった。

 だけど、多分だけど、桐詠はきっと、実力を証明したいんだと思った。これが私なんだと、見せつけて、認めさせたいんだと思った。こんなにすごい女の子でも、そんなことを思うなんて――そう気づいてしまったら、どうしてか、その肩に声をかけずにはいられなくなって、私は口を開く。


「桐詠、楽しい?」


 その美しい形をした目を見開かせたあと、桐詠は穏やかに微笑んだ。


「……神夏祭は、いつだって楽しいわ。神化主になってもならなくても、それはきっと変わらなかった」


 その言葉に、私も微笑んだ。

 ふとんや装飾を掴みながらあたりを見回す。

 十数メートル下には屋台と提灯。賑やかな発光体。群がるギャラリー。ふとん太鼓が荒した跡を修復する人々もいる。こんがらがった提灯もきれいにほどかれていった。安寧が戻りつつある。


「一度下りましょうか」桐詠は見下ろしたまま言う。「いつまでもこんなところにいちゃあ目立ってしょうがないわ」

「でも、このふとん太鼓はどうする? いつまでもここに置いておくのも……」

「あ、そっか。せめてどかさなきゃね」


 いとをかし、となにも考えずに呪解した桐詠を恨まずにはいられない。もし平安貴族だったら〝あなー〟と悲鳴を上げているところだ。こういうところこそが桐詠の甘さだと私は思う。こともあろうに――まだ私たちが乗っている状態であるにもかかわらず、桐詠はふとん太鼓を解放したのだ。


「ぎゃーっ!」


 硬直していたふとん太鼓は、爆発するように振り乱れる。濁流、激流。ロデオよりも、ジェットコースターよりもひどい。とんでもない遠心力を、やっとの思いで耐えていた。


「もっ、もし桐詠が仲間じゃなかったら、絶交してるところだよっ!」

「袖振りあうも多生の縁って言うでしょ!」

「振りあうっていうか乱れあってるし!」


 ひしっとふとん太鼓にしがみつきながら、ふとん太鼓の暴れる勢いに振り落されないよう耐えていた。

 しかし、当のふとん太鼓は、私たちがいることにおかまいなし。むしろ振り落さんとするような獰猛な勢いで、ふとん太鼓は飛び回り、跳躍し――挙げ句の果てには、提灯を引き千切ったり、木々にぶつかったり、屋台に突撃したりしていた。

 いよいよ本気で死ぬかもしれない。


「桐詠、もう無理だよ、いっそ飛び降りよう……!」

「無理! 死んじゃう! 死にたくない! 神様仏様纏代周枳尊様!」


 たすけて、と呟いたそのとき、私たちは無情にも振り落された。

 一瞬だった。

 ぶんっと体が上空に放り投げられ、重力だか引力だかに服従させられる。


「ぅああっ!」


 頭が真っ白になってなにも思い描けなくなる。ただ吹き上げられるように感じながらも確実に落ちていく――そんな風と速度を感じながら、その流れを味方にすることもできず、私と桐詠は呆気なく地面に叩きつけられる。はずだった。

 けれど、その強引な力から掻っ攫われるように、私たちは下降運動から平行運動へと切り替わる。

 事実、掻っ攫われていた。その奇妙な移動は私の風が引き起こしたものでも桐詠が紡いだ歌でもない。ただの純粋な力による救出。

 こんなところで現れるとは――吹っ飛んだはずの彼の腕だった。


「紐なしのバンジージャンプは心臓と健康に悪いよ?」

「此の面!」


 半分の狐面を被った彼は、穏やかにその口元に弧を描く。

 彼は私の背と太腿の裏に手を回して抱き上げていた。いわゆる姫抱きだ。常時の私なら恥ずかしくて死んでいただろうが、あと少しで物理的に死にそうだったいまの私には、正真正銘の安堵しかなかった。胡散臭そうな彼が王子様に見えさえする。


「驚いたよ。まさか空からすずが降ってくるなんて」

「た、助けてくれてありがとう……」そうお礼を言ったあと、ずっと心配していたことを告げる。「よかった、無事だったんだね」

「どういたしまして。それにね、あんなの赤ん坊の鼻息みたいなものだったさ。ただ、吹っ飛ばされたところに彼の面がいて」面倒そうに口角を歪ませた。「無理矢理引っぱられちゃって戻れなかったんだ。心配かけてごめんね?」


 そう言うと、此の面は私を下ろしてくれた。久しぶりに下り立った地上の感覚が心地好くて、思わず足踏みしてしまった。そんな私に此の面は「それよりも、」と口を開く。


「僕がいぬ間にとんだ面白いことをしでかしていたようだね……妬けるじゃないか! どうして僕を呼ばないんだ!」

「なに言ってるの、全然面白くないよ」私は声を強めた。「すごく、すっごく大変だったんだから……! それに、それに……、……っ、あ、き、桐詠は!?」


 桐詠は大丈夫なのかと視線を動かすと、弧八田彼の面に私と同じように抱きかかえられる彼女が見えた。桐詠は両腕を組み、憮然とした態度を取っている。ついさっきまで上空できゃあきゃあ言っていた人間と同一人物とは思えない。助けてもらったにも関わらず、その、いかにも不機嫌ですといった表情に、天ノ川桐詠の人間性を見た。


「気安く触らないでよ。いったいどういうつもり?」


 桐詠は自分を掬い、救った弧八田彼の面に、目も通わせずにそう言った。


「助けてって聞こえたから」


 つっけんどんな桐詠の言葉にも、彼は苦い顔一つせずそう返した。

 つい最近耳が覚えたばかりの落ち着いたテノール。此の面と同じだ。こうして見ると似ている気がする。やはり彼は此の面と双子なのだな、と思った。

 それでも、彼は此の面よりも静かな印象だ。端々から聞いた話では、もっと勝気で強引なイメージもあったのに、いざ対面してみると、想像よりずっと大人びている。強い眼差しがじっと一点を見つめる様には、獣のような気品があった。もしかすると、此の面もこんな目をしているのだろうか。はっきり言って似合わない。

 彼はゆっくりと屈みこんで、桐詠の足を地に着かせる。桐詠が立ち上がるまで、彼はその体を支えていた。とんでもない紳士である。

 しかし、そんな紳士にも、桐詠は「えっらそうに」と漏らす。


「私は一人でも大丈夫なんだから。借りを作ってやったなんて思わないでよね」

「桐詠、そういう言いかたはよくないよ」

「黙ってて、すず」桐詠はぎりっと歯を食いしばった。「とんだ屈辱よ。よりにもよって、去年の神化主に助けられるなんて」


 本当に嫌そうな表情だった。彼に助けられてしまったことが、相当悔しいようだ。

 負けず嫌いだとは思っていたが、まさか、命を救われてもなお、その性格が発揮されるとは。


「素直にお礼言ったらいいのに……」


 私の呟きを耳聡く聞きとった桐詠は、キッとこちらを睨みつけてくる。


「だから、礼は言わないって言ってるでしょ!」

「そもそも、桐詠がもっと考えてくれてたら、こんなことにはならなかったのに」

「そうよ! わかった、わかってるから、そんなに責めないでよ、ごめんなさい」


 礼はしないくせに、謝罪は容易く口にする。桐詠は本当に、自分の行動を軽率だと思って反省しているらしかった。居心地悪そうに視線を落とす桐詠に対し、逡巡、私も控えめに「ううん、大丈夫だよ」と返した。


「君が……御風すず?」


 弧八田彼の面の意識が私に向く。いきなりフルネームで呼ばれたことにビクッとなったが、そのあとに続けられた言葉に納得がいった。


「此の面から聞いてる。この二日間こいつの相手をしてくれたみたいで、ありがとう、すまなかった。迷惑をかけていないといいんだけど」


 なんだか、まるで保護者みたいなことを言う。同世代の男の子とは思えないくらいしっかりしていて、私は緊張してしまった。


「いっ、いえいえ、こちらこそ」私は両手を振った。「私も、お世話になりました。それに、お互い様だし……貴方も此の面みたいな兄弟がいて大変ですね?」

「おやおや君たち、僕を肴に仲良くなるのはいただけないな」


 やんちゃくれの息子を持つ親のような会話をしていた私たちに、此の面は手を振って会話に割りこんだ。演技がかった声でどういうつもりだなんだとのたまう。

 ふと、祭り全体が騒がしくなっていることに気づいた。私と桐詠の落下事件が原因かと思われたが、どうやらそうではないらしい。みんな各々の端末を見ながら逃げ惑ったり、話しこんだりしている。


「ふとん太鼓の分裂に気づいたんでしょう」桐詠が言った。「やっとって感じよね。狛犬サポートセンターにも多数問い合わせがあったみたいだし」

「けっこう騒ぎになってるね。なんせこんな事態は初めてのことだ」


 此の面は桐詠の言葉に頷く。

 どうやら私たちが上空で悶着しているあいだに事が進んでいたらしい。同時に違う場所で確認されるふとん太鼓。破壊しても鳴らない花火。極めつけはアプリのマップ。そこらじゅうに仕掛けられた監視カメラの情報も統合して、ふとん太鼓が複数体いるという結論に至ったのだとか。


「かく言う僕も、この目と耳を疑ったよ。果ては、ついには正気を失ったかと。だけど、どうやらこれは真実らしいから、やはり、事実とは小説よりも奇なりだねえ」

「此の面と合流してからは、状況把握に専念していたんだ。そうしたら、空を翔る多数のふとん太鼓が見えた」


 弧八田彼の面の言葉に頷きながら、此の面は「この世の終わりかと思ったね」と呟く。


「纏代周枳尊は、よほど祭りを楽しみたいと見える」

「年に一度の神の無礼講。氏子として、最後までお付き合い申し上げましょう」

だ」

「それで、ふとん太鼓を成敗するにはどうすればいいと思う?」


 私の言葉に此の面は驚いたような顔をした。それに私が首を傾げる前に、彼はクツクツと笑って「そうだねえ」と続ける。


「僕としては、親玉のふとん太鼓を倒せば他のは勝手に消えると思うから、その親玉だけを狙うべきだね」

「桐詠も同じこと言ってた」


 私がそう言うと、桐詠はつんとしたおすまし顔で軽く顎を上げた。


「ならば間違いないだろうね。我ら氏子の経験則を信じよう……さて。親玉のふとん太鼓の成敗についてだけど」此の面は両手を上げて肩を竦める。「僕にはさっぱり」


 私も桐詠も弧八田彼の面も、指弾するような目で此の面を見つめる。

 此の面は「待って待って」と弁明を始めた。


「一つ勘違いしてはいないかい? 僕は彼の面や牽牛織女のご息女と違って、ふとん太鼓の成敗に奮ったプレイヤーでも神化主でもないんだ。まさかとは思うけど、毎年神夏祭を遊び回ってるような僕に、期待したわけじゃあるまいな?」


 桐詠は「大男総身に知恵が回り兼ね」と呟く。聞き慣れない言葉だったけど、そのタイミングや単語の羅列から、あまりいい意味ではないことがわかった。桐詠は仕切りなおすように口を開く。


「今までどおり、普通に倒せばいいのよ。私たちには才がある」

「僕もそれには概ね賛成だ」弧八田彼の面は続ける。「だが、懸念は残るな。今年のふとん太鼓の猛威は計り知れない。僕も君も相当苦戦した。倒したものだって親玉でないほうだったし、ある程度統率をとるのが得策かもしれない」

「呉越同舟ってこと? 冗談じゃない」

「どっちにしろ。君と僕とは一度ふとん太鼓と対峙し、取り逃がした……単騎対決では敵わない」


 桐詠はふいっと視線を落とした。おそらく彼女もわかっているのだろう。


「恐ろしいのはその猛威。運よく仕留められたとしても、被害は絶大だろうな。負傷者が出るのは毎年のことだけれど、今年はいよいよ死人が出る恐れもある」


 私は両手で口元を押さえた。

 此の面は、兄弟の後を引き継ぐように、口を開く。


「それを回避するためにも、やっぱり連携はすべきじゃないかな? 僕はこの麗しの神夏祭に傷をつけたくはない」

「……単騎でいく気は、私だってなかったわよ」桐詠は私のほうを見る「ねっ、すず」

「えっ、う、うん」


 まさかここで私を巻きこんでくるとは思ってもみなかったから、私はびくついてしまった。

 此の面は私たち二人を見て、「ずいぶん仲良くなったみたいだね」と笑った。それから「けれど」と言葉を連ね、桐詠へと進言する。


「さっき空から落ちてきた二人だけだと不安だなあ。君たちが怪我をするかもしれない」


 それは一理あった。

 しばらく桐詠と行動を共にしていたけど、けっこう危険な目に遭ってきたのだ。これは私のせいだとか、桐詠のせいだとかでは決してなくて、ひとえに、ふとん太鼓の力がそれだけ強力で、私たちだけでは太刀打ちできないということなのだろう。

 桐詠も同感なのか、気に食わなさそうな顔で、それでもおとなしく黙っている。


「しかしだよ。幸運にも、この場にいる者の半分は、神化主にもなったプレイヤーで、しかも全員が神の恩恵を受けている」


 桐詠は「はいはい。つまり?」と手を振った。


「手を組むのが道理ではないかい?」此の面は怪しいセールスマンのように両手を広げてみせた。「うちの彼の面を貸してあげる。存分に使ってやってよ」

「おい」


 弧八田彼の面が物申すよりも先に、私は口を開いた。


「……此の面は成敗に参加しないの?」


 それだけが、唯一の気がかりだった。

 ここまで来てもなお、彼は傍観者を気取ろうというのか。囃すだけ囃して、くっつけるだけくっつけて、いざ盛り上がってきたときには、私の隣には、貴方はいないのか。

 私の言葉に対し、此の面は「いいよ、僕は」と返す。


「見ているだけで楽しいんだ。すずも知ってるだろう? 君たち三人がふとん太鼓を倒すなんて、天上天下の成敗劇じゃないか。僕は高みの見物でもしているよ」


 そうやって、引き返そうとする此の面の手を、私は掴み取った。


「楽しいのに」


 仮面越しでも、顔半分が見えなくても、それでも容易く察せられるほど、此の面は驚いていた。あんぐりと口を開けている。引き止める私の手へと視線を遣り、それからもう一度、私のことを眺める。


「すず」

「なに?」

「今、君は……わくわくどきどき、してる?」


 あのときは上手に答えられなかったけれど、いまとなっては、その質問は得意だった。


「……うん」私は頷いた。「すっごく、してるよ」


 どこからともなく聞こえてくる、太鼓と笛の音。たくさんのネオンライトを浴びて彩られる木々。カラフルな屋台。雑踏。熱気。わたあめとフライドポテトの匂い。笑い声。宙を揺蕩たゆたう、悪戯な電子の金魚。全部が私を沸騰させる。

 いつから、どの瞬間からだろう。貞子になりたいなんて、自分以外になりたいなんて思わずに、純粋に祭りを楽しみ始めたのは。


「此の面。あのとき引き止めてくれて、ありがとうね」


 彼と出会ってから、祭りを巡ってから、私にとって、素晴らしいことばかり起きる。

 それは、もしもあのとき引き止められずに、いじけたまま、もういいやって後ろ向きになったまま、振り返りもせずに帰っていたならば、得られなかったであろう全てだ。

 流されやすい私のことだから、たとえ、祭りの雰囲気に流されただけの、ちょっと盛り上がってしまっただけのことだとしても――此の面が肯定してくれたから、認めてくれたから、私だってこれからは、私を認められる。そんな気がする。

 此の面はため息をついた。

 何度かがしがしと後頭部を掻いてから、曖昧に微笑む。


「……あのとき、引き止めてくれてよかったって、思わせてくれよ」


 自分でも実感できるほど、私の頬は上気した。

 此の面は桐詠たちのほうへと向き直り、改めて告げる。


「誠に遺憾ながら、僕だって被害を抑えるための力に勘定してくれてもかまわない」


 私たちは顔を見合わせた。

 すごい展開になってきた――私と、弧八田兄弟と、桐詠の四人で、力を合わせて、ふとん太鼓を成敗する。

 湧き上がるようだった。

 不安もあるけど、それ以外の感情で胸が高鳴る。

 私はこのとき、この一瞬に夢中で、ときめく自分に気がつかないほどだった。


「それで? どうやって成敗するかの明確な策もないちゃらっぽこは、いったいなにをしてくれるというのかしら」

「明確な策もないって、それ、桐詠が言う?」

「でも、僕も気になるところだ」弧八田彼の面は視線を遣る。「余裕ぶってはいるが、此の面、この状況をどうにかできるだけのものはあるのか? この二日で誰もが気づいただろうが、正攻法ではふとん太鼓には勝てない」


 それはきちんと弁えている。

 なんせ、ここにいる全員、きっちりとふとん太鼓に敗北しているのだ。

 特に正面激突では大敗北である。私の風は一度押し負けてしまっているし、力比べでだって、此の面はあえなく吹っ飛ばされてしまった。

 しかし、その此の面は「策はないさ。望みを一つ」と緩やかに両手を組んだ。

 私は努めて耳を澄ませる。


「今年の順当な大番狂わせは、間違いなくすずだ。毎年一人ずつに才が与えられ、そしてかなりの確率で、そのプレイヤーが神化主になる。歴代神化主が成敗に加わり、徐々に苛烈になっていく成敗劇において、それでも勝利を掴む新参の才の主は、祭りのキーパーソンとも言える」

「そりゃそうね。その年に与えられる才は、その年のふとん太鼓の成敗に有利な力と言われているから……もちろん私たちが劣っているとは微塵も思わないけど」

「そうだよね。桐詠はズボラなだけだよね」

「なんですって。あんた、黙って聞いてたらさっきからねえ、」

「そこでだ」喧嘩になる前に、割って入るようなタイミングで、此の面は言った。「すずにはその力で、祭り全体の風向きを変えてほしい」


 私は目を見開いた。

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