3
『あっちゃー、早々の破壊』
『今年のふとん太鼓は威勢がいいですね。去年のふとん太鼓は屋台に突撃しても屋根を剥ぐくらいだったでしょう?』
『ほうほう。と、言いますと?』
『纏代周枳尊も刺激を求めている、ということでしょうね。もしかしたら今年の
『ひゃーっ、怖い! お局さんの予見は当たりますからねえ! 今年の祭りは荒れに荒れますよー! この韋駄天、引き続きふとん太鼓の中継をしていきたいと思います! 皆さまもご注意くださいねっ!』
ふとん太鼓は暴れに暴れていた。
遠くのほうでは生の悲鳴が聞こえる。
本当にあんな化け物を成敗するつもりなのだろうか、この祭りの参加者たちは。
「もうすぐ日の入りだ」明後日の空を見上げていた此の面が言った。「これから神夏祭は賑やかになるよ」
「えっ、まだいるつもりなの……?」
「当たり前だろう? これこそ神夏祭の大目玉じゃないか」
「でも、危ないよ、怪我もするよ」
「大丈夫。僕がいるよ」顔すらまともに見せないくせに、まるで王子様みたいなことを此の面は言う。「それに、すずだって気になっているんじゃないかい?」
私は浴衣の袖をぎゅっと握った。
その通りだ。
体験したことのない恐怖の他に、体験したことのない興奮が胸を犇めいている。
――だけど、でも、どうしよう。
「ほら、行くよ」
躊躇う私を知るか知らないか、此の面は、先へ先へと走りだした。
私も置いていかれないように彼の後を追う。慣れない草履をチャリチャリと鳴らし、手すりに掴まりながら階段を下りていった。
一歩踏み外せば不安へと様変わりするような不確かなものだったけれど、私はこのとき初めて、祭りに来た実感を得ていた。きっと眉や頬は引き攣っている。手汗もひどい。だけど胸の高鳴りが少しだけ心地好い。おかしい。
「どいたどいたぁ! 討伐隊のお通りでぃ!」
そんな張り上げるような声が高らかに響く。
そちらへと視線を遣れば、なんとも面妖。
迷彩柄の
苛烈な
だが、血気盛んになっているのは彼らだけではない。
祭り全体の雰囲気ががらりと変わったように思えた。
サイケデリックにライトアップされた本殿や木々。気づけば境内に響いていた和太鼓の音。野太いかけ声。べーらべーらべらしょっしょ。
「いたぞ! ふとん太鼓だ!」
討伐隊が一斉にエアガンの銃口を向ける。
神池の対面から水上を突っ切ってきたふとん太鼓に大量の連続射撃を繰り出した。
しかし、ふとん太鼓はそれを物ともしない。荒れ狂う刃のような鋭さで一帯を駆け抜けた。蛮勇を振るった猟師たちは全員仰向けに転倒。彼らの弾丸など羽虫がぶつかった程度しかなかったのか、ふとん太鼓は勢いを弛ませることなく、そばにあった木を折りながら去っていく。
そして、バグの発生。
「ひいっ」
「うわ、なんだなんだ!」
ふとん太鼓が通った神池の跡から、電子の金魚が姿を見せた。
電子の金魚は自由自在に宙を泳ぎ、買ったばかりの綿あめや店に並んでいた冷やしパインを食べていった。中には端末に侵入する金魚もいて、改竄される情報に、多くの者が悲鳴を上げた。
私のそばにも電子の金魚は泳いできた。スマートフォンを巾着に隠してやり過ごしたが、目の前で鮮烈なフラッシュを焚かれた。あまりの眩しさにしばらく視界が白んだ。
「あーあ。撮られちゃったね」
「と、られ?」
「あの金魚、勝手に写メ撮っちゃうんだ。その画像はね、この二日間だけ、アプリ内でバグ再生される変な動画の素材にされちゃう」
「えっ、やだ!」
一気に青褪めてしまった私は両頬を押さえた。
こんなまぬけな人間の顔が、二日間も、たくさんの人間の目に晒されてしまうの?
一生の恥だ。もう生きていけない。
「え、そんなに? 生きていけないくらい嫌なの?」
「嫌だよ。少なくとも、お嫁には行けないよ」
「そんなに簡単に行けなくなるなんて、女の子は大変だなあ」だけど、と此の面は言葉を続ける。「大丈夫だよ。どうせ祭りにいる大方の人間は勝手に撮られちゃってるから。誰も傷つかないよう、暗黙の了解で、その動画は再生しないってことになってるんだ」
あたりを見回す。
たしかに、みんな、電子の金魚に、強烈なフラッシュを焚かれていた。人騒がせなやつらである。相変わらず、綿あめは啄むし、焼きとうもろこしは齧るし、金魚すくいの金魚に紛れてお客さんを驚かしたりもするし。
「これが、ふとん太鼓が引き起こすバグ……?」
かわいらしいのに、なんて悪戯好きな。
「そうだよ」此の面は慣れているのか、電子の金魚を見事にあやしていた。「けれど、こんなのは序の口さ。すずもスマートフォンの管理には気をつけることだね。画像データや電話帳なんかも食われるよ。僕は今年からデバイスの類を持たないようにしてる」
此の面はともかく、私が神夏祭に来るのは今日が初めてだ。地図がないと迷子になるし、ここ数時間でアプリの多様性に気づき、すっかり重宝してしまっている。バグが起こってだめになるのは怖い。私は彼の言葉にこくこくと頷いた。
電子の金魚を向こうへやってくれた此の面が「マップを開いてみてくれ」と私に言う。
スマートフォンを出してアプリを起動する。言われたとおりにマップを開けば、ついさっきまではなかった大きなアイコンが点滅していた。それもかなりのスピードで動き回っている。多分、ふとん太鼓だ。
「地図上でも追えるんだね……」
「もちろん。位置を把握しておかないと、急襲されて重傷者も出るんだ。成敗に必要な情報でもあるしね。だから狛犬サポートセンターでもアプリをインストールすることを推奨している」
とんでもない祭りだと思った。とんでもない祭りに来てしまった。
「ふとん太鼓ってすぐに成敗されるもの?」
「それはどうだろう。僕も氏子としてこの祭りに参加して長いけど、一日目で成敗されたことは一度もなかったはずだ」
「でもね、たまたま聞いたんだけど、きり……天ノ川桐詠が成敗に参加するんだって」
「へえ、彼女が?」面白そうに此の面は呟く。「たしかに彼女は一昨年にふとん太鼓を倒している。面白い展開になるかもしれないね……だけどやっぱり、すぐには倒せないよ。まだ誰も今年の御物を見つけだせていないし」
ぎょぶつ、と繰り返して思い至る。
境内のどこかに隠された、神様の宝物のことだ。
その宝物を見つけた者にはふとん太鼓を成敗するための才能が与えられるらしい。神夏祭独特のこのシステムは天恵制度と呼ばれている。
胸躍るワードではあるけど、こういうのは大抵、期待して裏切られるものだ。期待して、もしかしてって思って、届かない。お前なんかには、私なんかにはおこがましいんだって。全てが終わってから、冷静になって、やっと気づくのだ。いま気づいている私は、ある意味ではラッキーだった。
「その宝物も……すぐに見つかるものなの?」
「うーん。こればっかりは運、だろうね」
此の面はさして面白くもない駄洒落を言った。
私は笑わなかったけど、本人はとても楽しそうだった。
「見つけるためのジンクスとかはよく聞くけど。二礼三拍手一礼で参拝するといいとか、神楽の奉納を見るといいとか」
「じゃあ、さっき神楽殿にいたひとたちも、みんなそれが目当てだったりするのかな」
「かもしれないね。そんなジンクスを信じている人間のほうが少数派だろうけど」
「此の面は? 信じてるの?」
「信じてないよ。言ったろ。こればっかりは運の問題だ。言うならば、神様の、纏代周枳尊の気まぐれ。纏代周枳尊が適当に隠した宝物を、偶然誰かが見つけるっていう、そういうシステムなんだから。ジンクスなんかで確率を上げたりしては、面白くないだろう?」
気がつけば、ふとん太鼓が荒した箇所の復旧工事が行われていた。どうやら破壊跡は周りの店主たちが力を合わせて行うらしい。お互いの屋台はお互いが守り合う協定を組んでいるようだ。また、木々や石段の処理は神禍神宮の人間が処理していた。
「ここでは邪魔になる」
此の面の目配せを受け、私たちは歩きだす。
お腹がすいたと言って、此の面は焼きそばを買って食べた。ソースと紅ショウガのいい匂いに私も惑わされそうになったが、おそらく帰れば夕飯が待っているので控えることにした。代わりにラムネを買って喉を潤す。そのあとに見つけたカスタードクリーム入りのカステラには食指が動いたが、帰りに買えばいいということで己の欲に決着をつけた。
「本当にいいの?」
「いいの」
「こういうのはね、我慢をしないほうがいいんだよ、お祭りなんだから」
そんなの関係ある……?
此の面は、私にはわからない理論をよく言うのだ。
「まあ、買いすぎで散財するのはあまりよくないけど……祭りはこの二日間だけしかないんだ。この二日間は好きなように夢中になればいい。祭りとは、そういうものではないかい?」
よくわからない。
「おや、灯りがついたね」
パッと明るくなったと思って見上げてみたら、電線と同じ高さのあたりに張り巡らされていたカラフルな提灯が光を燈していた。数珠のように繋がれるその光に、すっかり日が落ちていたことを知る。夏の夜らしい熱の匂いもする。暗くなった空には祭りの明かりがよく映えた。
「うーん。にしても、このあたりは静かなものだな」
北参道を練り歩いていると此の面が言った。
どこが静かなんだろう。ここは人の群れが多く、目の前だって長蛇の列。屋台の前で止まることだって難しく、対面の屋台に近づくなんてもってのほかだ。
「微妙そうな顔」
此の面は私の顔を覗きこんでそう言った。
顔に出てたかしら、と私は頬を撫でる。
「本当に、ここは静かなんだよ。もっと賑やかで、楽しいんだ、普通はね」
「これ以上賑やかって……ふとん太鼓がいるから?」
「あたり」
ここもふとん太鼓が通ったのか、ここにも屋台が壊れる等の被害が出ている。一番哀れなのはとあるくじ引き屋。バグの発生のせいで、開かれた電子くじの投影するホログラムの番号が、どれもあたりの数に書き換えられているのだ。おかげでここはハズレがないと子供たちの格好の餌食になっている。一等二等などの当たりくじが軽々と引き当てられ、くじ引き屋の店主はおーいおーいと泣いていた。
「ここは騒ぎを起こした後のようだね。いまはどこにいるんだろう……すずのデバイスにはなんの報せも届いてないから、大きな動きはないんだろうけど」
そう言われたので確認してみることにする。スマートフォンをたぷたぷと操作してアプリを開くと、ふとん太鼓の中継が進行していた。
『現在ふとん太鼓は大きく南下しておりますねー』
『南参道からいらっしゃった方々はご注意ください』
『にしても……さっきの格闘は見事でしたね』
『地方からいらっしゃったソーラン節同好会の皆さまです。あの連携のとれた素早い動きは驚きの一言でした。ふとん太鼓には一歩及びませんでしたが』
此の面は「へえ、今年も来たんだ」と呟いた。知っているのかと尋ねると「四年に一回くらい来てる」と答えてくれた。
「オリンピックみたい」
「そういう感覚なんだろうね。ふとん太鼓の成敗は一大イベントだし。団体で参加してる注目株は他にもいるよ。特攻赤べこ隊、
私は画面に視線を戻す。
みんな、そんなに、祭りに夢中になっているのか。
『ソーラン節同好会は、お局さんの今年の推しなんでしたよね?』
『はい。四年前の神夏祭でも素晴らしい統率を見せてくれましたしね。今年もそれを期待していました』
『それだけに残念ですね。また四年後、彼らの戦いぶりを見たいものです』
『同感です』
『さてさて、ふとん太鼓のほうですが、留まるところを知りませ、あああっと!! ふとん太鼓が型抜き屋に突撃したあっ!!』
『幸いにも屋根が剥がれただけでした……いえ、周囲でバグが起こっていますね。どうやら半径十メートル圏内の通信機器に通信制限がかかったようです』
『神禍インターネット接続サービスも使えないみたいですね!』
『地味に不便ですねえ。ご愁傷さまです』
ふとん太鼓は拍車をかけられた
そのとき、画面の端に小さく映った若草色を見つけて、此の面は「あ」と声を漏らす。
『本当に今年のふとん太鼓は凶悪ですねー。死人が出ないといいのですが』
『おっかないことを言わないでくださいよ、お局さん!』
『神葬祭はぜひこの神禍神宮でお願いしますね』
『洒落にならないですよもう! ……おや? あれは、』
私たちの目は釘付けになる。中継の声も自然とやんでいた。私のスマートフォンの画面には、若草色の浴衣を着て、短冊に筆を綴らせる、天ノ川桐詠が映っていた。
ふとん太鼓の激しい運動によって舞う砂埃。
『風荒む すがらに連なる 熱き火は 光の陰やぐ
どっと一際強く風が吹き荒れて、提灯の灯りを大きく揺らした。たちまち提灯は炎を帯びて一本のけたたましい龍のようにふとん太鼓を襲う。この世のものとは思えぬ壮絶な光景だった。
『こ、これはすごいいいっ!! さすがは具現の才を得た第五十八回神夏祭の覇者、天ノ川桐詠!!』
『彼女の召喚した炎の龍が容赦なくふとん太鼓に絡みついていますね!』
『そしてあの美しい歌ですよ……! ここ一帯は拍手喝采。ご覧ください、一昨年彼女に魅せられた海外からのファンも大きな声援を送っています!』
海外からのファンってなんだ。
疑問に思ったとほぼ同時に中継の映像が切り替わり、拳を強く握る大勢の外国人たちが『キリィヨー!』『スタープリンセェース!』と叫ぶ様子が流れる。
「なんか、すごいね……」
「スタープリンセスとまできたか。言い得て妙だ」
「このまま成敗しちゃうのかな」
「それはどうかな」此の面は続ける。「今年のふとん太鼓は
画面の中のふとん太鼓が急に動きを止めた。
桐詠の勝ちかと思われたとき、ふとん太鼓はぐぐっと屈むような動きを見せ、次の瞬間、蓄勢したバネを解放させた。勢いに負けて桐詠の炎の龍が弾き飛ばされる。
『あっと! ダメでしたか~!』
『むしろ危機的状況ですね。吹き飛ばされた炎が他の見物客や樹木に降りかかれば一大事ですよ! 火の用心です!』
桐詠は顔を青くさせた。いつかのときのように『いとをかし』と呟いて、具現を解く。炎は雨として地上に降りかかる前に消えた。桐詠はほっと表情を弛緩させる。
しかし、攻撃されたふとん太鼓は意趣返しだと言わんばかりに桐詠に襲いかかった。
『ひっ』
桐詠はさっと避けたが、その真上を通過したふとん太鼓はブーメランのように向きを変えて、再び桐詠に戻ってくる。
「まずいな」
此の面は神妙そうな声で言った。
「それって、き……この子が危険ってこと?」
「天ノ川桐詠の力はたしかに素晴らしいけれど、一つ弱点がある。発動されるまでに時間がかかるということだ」
それもそうだ。桐詠の才は詠んだ歌を具現・実現させる能力だという。つまり桐詠には、歌を考える時間とそれを詠む時間というものが必要になってくる。このように持続的に追いかけ回されたのではそれは叶わない。
「今年のふとん太鼓は血気盛んだね。こうなると、彼女の見事な才はかえって不利だ。あらかじめ短冊に歌をストックしておこうにも、字を綴り終わった時点で、彼女の意志とは関係なく力は発動される。書き溜めは不可能」
「じゃあ、この子は即興で歌を詠まなきゃいけないってこと?」
「その通りだ。なのに、ふとん太鼓はそうさせてくれない」此の面は重々しく口角を吊り上げる。「ふとん太鼓は先の炎を浴びたが、ほんの少し焼け焦げた程度。まだまだ余力がある。相手を怒らせただけとは、中途半端な火の攻撃が仇になったな」
バグを散らせながらふとん太鼓は桐詠を襲い続ける。
そのあいだも駆けつけた討伐隊やその他の人間がふとん太鼓を攻撃していたけど、力を持っていない彼らには決定的な攻撃ができない。
私もハラハラしながらその状況を見つめていると、ふとん太鼓の上に大きな弾丸が降りかかり、ふとん太鼓を勢いよく地面に叩き落とした。弾丸――いや、大きさで言うなら砲弾のほうが近い。私はそれと同じものを数刻前に見たことがあった。私の場合は真上じゃなく真正面だったけど。
ふと隣の此の面を見遣ると、彼の蠱惑的な口元は笑みを浮かべていた。
私はもう一度スマートフォンの画面に映る姿を見つめる。
口元と鼻だけの狐面。彼の格好はもう神楽舞のときに着ていた白い素襖ではない。祭りを楽しむ少年らしい、濃紺の甚平と分厚い下駄。そして、液晶越しだとしても欺けないほど力強い、あの眼差し。ふとん太鼓へと吹っ飛んできた砲弾こと人間の男の子はまさに、神楽殿で舞っていた少年そのひとだった。
『餅は餅屋だろ』
幾重にも重ねられた真っ赤なふとんの上に乗る彼の周りには、無数の青い狐火が浮かんでいた。桐詠のものよりもなお烈しく、冷徹な炎だ。
ばらり、と軋んだふとん太鼓から木屑が落ちる。
炎の盛りは勢いを増し、ふとん太鼓に襲いかかった。彼まで焼け焦げてしまうと思ったころには、彼はひらりと鮮やかな身のこなしで地上へと降り立っていた。
実況者や見物客共々、大きな咆哮や黄色い歓声を送る。
『出ましたーっ!! なんと豪華なメンバーが揃ったことでしょう!! 彼こそ、ついさきほど優美な神楽舞を披露した、去年の神化主・弧八田
弧八田。弧八田彼の面。
その名前を聞き、続けられる実況から視線を剥がして、此の面のほうを見る。
体格、背格好、狐面と、それに遮られた互いにつぎはぎの顔。それらの全てがぴたりと当て嵌まる気がした。まるで対称の鏡のようだ。
「ああ、そいつ、双子の弟なんだ」事もなげに此の面が言う。「双子のやつに会ったのは初めてかい? どう? よく似てるって言われるんだけど」
「顔が半分隠れてるのにわかるわけないよ」
私の返答に、此の面はおかしそうに笑った。笑いは続く。長い。ツボに入ったのかもしれない。むしろツボに入りに行ったふしがある。私がどう返すかわかったうえであんな言葉を吐いた。つまり私は彼のジョークに付き合わされたのだ。なんか癪。
もう一度実況画面を見る。目を離した隙に場面が展開していた。よくわからない。どうやら今度は弧八田彼の面がふとん太鼓の相手をしているらしいけれど。
狐の面も相俟って、本当に化け狐みたい。人間とは思えないような軽業で動き回り、力強く拳を振るう。その間も青い
『邪魔よ!』
そこへ桐詠の声が舞う。歌を綴った短冊を宙へ放った。
『聞こえしは
信じられないことに、画面を横切るように大きな波が飲みこんでいった。中継のカメラも水に呑まれ、潜水艦で海に潜っているような映像になる。
「え、な、なにこれ」
「海を寄せたようだねえ」此の面も驚いているようだった。「潮満つ珠は古事記にも載っている、潮の満ちを操る水晶だよ。これでは彼の面の炎もかたなしだ」
とんでもないことをする。まさか、海を持ってくるなんて。そんなとんでもない芸当をいとも容易く実行できるなんて。彼女はやっぱり、すごい女の子だ。
けれど、画面では屋台や人まで流れていっている。いっそふとん太鼓よりも被害を及ぼしているのではないだろうか。
いいのかな。いくら祭りと言えども、やりすぎな気がする。
「まさか」そんな私の意見を此の面は否定する。「ふとん太鼓の成敗劇はこれぐらいしなけりゃ盛り上がらないよ」
「でも……これって、ふとん太鼓の援護をしたことにならない? ほら、さっきまで燃えてたのに、鎮火しちゃったじゃない」
「そうだね。けれど、天ノ川桐詠の攻撃もよく効いているよ。ふとん太鼓も水中ではうまく動けないようだし、そもそも、海水じゃあその体も傷むだろうからね。なかなかいい作戦だったんじゃないかな」
なるほど、と納得しているあいだに、その海水は一瞬で干上がった。
「えっ?」
さきほどまで画面を蹂躙していた水が一気に失せていた。代わりに、間欠泉で見かける湯気のようなものをしゅわしゅわと上げている。映っているひとたち全員が、どこか火照っているようにも見えた。
驚愕しつつも、私はこの状況を、脳のどこかで理解した。
弧八田彼の面だ。
あの冷徹な炎で、桐詠の具現させた波を蒸発させたのだ。
『んな!』
桐詠は絶句する。美しい眉を怒りに震えさせていた。
水の攻撃をしぶとく耐え抜いていたふとん太鼓は、逃げるように空中へ飛翔する。
画面上に映る人々はみんな呆気に取られていた。衣類や髪は乾き、流れていた屋台も中途半端な位置で静止している。そして、気を取り直したように、次々と声を上げていく。それは声援であったり、驚嘆の声であったりした。ただし、当事者である弧八田彼の面と天ノ川桐詠だけは、黙りこんで、互いのことを見つめている。
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