仕事の完了と彼女の逆鱗
下見から一週間後、センティッドは再び研究所がみえる崖へとやってきていた。地面に寝そべり構えているのはスナイパーライフル。そのスコープを覗きながらセンティッドはターゲットがやってくるのを待つ。
そして1600時ちょうど。車の一団がやってきた。
それを確認するとセンティッドはスナイパーライフルの安全装置を外し、狙いをつける。
標的はVRグループの会長。
センティッドは呼吸もとめて狙いを定める。
「GOOD BY Maggot」
そう言ってセンティッドが引き金を引くと、ちょうど一人になっていたVRグループの会長の頭が撃ち抜かれる。
血と脳漿がぶちまけられう光景を最後まで見ることなく、センティッドはスナイパーラオフルを片付けるとその場から立ち去るのであった。
「あ~、天国。クーラー最高」
センティッドは事務机に足を投げだしながらそう呟く。
VRグループの会長を殺害してから一週間。センティッドは自分の事務所で涼しさを満喫していた。
壊れていたクーラーや家電を買い替え、ついでに銃撃痕が酷かった壁も塗りなおしたのでセンティッドの事務所は新品のようになった。
センティッドは足を机に投げたままテレビをつける。するとニュースでは『VRグループ会長急死!』と言っていた。
「あれから一週間たつのにまだ言ってるのね」
そうセンティッドは呟くが、世界規模で政財界に強い影響力を持った男の死である。その混乱がまだぬけきっていないのは仕方のないことだろう。
ぼけっとしながらエールを瓶から直接飲んでいると電話がなる。
無視しても良かったが、これが命に関わる電話の可能性もあるのでセンティッドは仕方なく電話をとった。
「もしもし」
『ハロー、トゥーハンド。元気にしてる?』
「あなたから電話がくるまでは元気だったわ、仲介屋」
センティッドの言葉に電話先の仲介屋は機械で加工された声で笑う。
『元気そうでなによりだわ。紹介した電気屋、働き者だったでしょ』
「働きすぎね。全部の家電の取り付けが終わった後にデートに誘われたわ」
『わお! 流石はトゥーハンド、美人なだけはあるわね。ちなみにそのデートに誘った電気屋はどうなったか聞いても?』
「額に銃口突きつけてやったら慌てて逃げてったわ」
センティッドの言葉に楽しそうに笑い声をあげる仲介屋。少し前だったらその笑い声も不快であったが、今はそうでもない。なにせ事務所は涼しい。事務所が快適なら少しの不満は我慢してやろうとセンティッドは思っていた。
「それで? 今日も仕事?」
『ノン。今日は違うわ』
「じゃあ、なに?」
『今日は忠告』
仲介屋の言葉にセンティッドは黙って先を促す。この人格はクソを煮詰めたような仲介屋が忠告するのは貴重だ。なにせ気分次第で勝手に同業者と仕事を競合させて遊ぶような真似をすることもあるのがこの仲介屋だ。
そんなことをされても客が減らない。それがこの仲介屋の能力の高さをうかがわせることでもあった。
『あなたついに公安から目をつけられたわよ』
その言葉に思わずセンティッドは口笛で葬儀の曲を吹く。
公安。内務省・首相直轄のこの組織は憲法を超越する権力と戦闘能力があった。犯罪の芽を事前に探し出し、これを除去するために法律に縛られない超法規的活動と暴力装置の行使が認められていた。
公安に目をつけられるなんて警察に目をつけられるのが児戯のように思える。
『VRグループの会長を殺ったのが貴女って公安はかぎつけたみたいね。思い当たる節はある?』
その言葉に少しセンティッドは考えるが、すぐに思い出した。
「昔の馴染みが何人か公安にスカウトされてたわね」
『あらすごい。裏世界からの転身ね。ちなみにトゥーハンドは?』
「されたけど断ったわ。国の犬になる趣味はないの」
センティッドの言葉に仲介屋は笑ってから言葉を続けた。
『一応、仕事もあるけどどうする?』
「流石にやめとくわ。公安と喧嘩になったら面倒だし」
『この国の裏世界では泣く子も黙るトゥーハンドも公安には勝てないかしら?』
「公安とか言ってるけどあの連中ただの暴力装置よ……っと」
『あら、どうかした?』
「酒がなくなったわ」
そう言いながらセンティッドはエールの空き瓶を机の上に置く。
『真昼間から酒盛り? いい御身分ね』
「羨ましいならあなたもやったら?」
『あら、いつから私が素面で連絡していると思ったの?』
仲介屋の言葉にセンティッドは呆れたようにため息を吐く。その反応を楽しむように仲介屋は言葉を続けた。
『それじゃあ、トゥーハンドはバグのお店? また店壊してバグの怒り買わないようにね』
仲介屋の言葉にセンティッドは苛立たし気に電話をきる。このままもう一回寝室で寝ようかとも思ったが、確かに飲みたりないので愛用のリボルバーが刺さったホルスターをつけると事務所からでていくのであった。
センティッドの事務所から歩いて五分程度のところにある酒場『Red F』。この酒場はまずい酒を安くだすことで有名で、スラムの荒くれものや裏世界の住人達が集まる酒場であった。
外からでもわかるほどの喧騒がある店の扉をセンティッドは開く。
酒場にはみるからにやばそうな連中が机の上に拳銃やナイフを置いて酒盛りをしていた。普通の女性であったなら即座に回れ右をするであろうが、センティッドは慣れた様子で店内に入る。
そしてセンティッドをみた瞬間に店内の喧騒がやんだ。みな恐怖に満ちた目でセンティッドをみている。
センティッドはそんな視線を気にした風もなく、カウンターに座って不機嫌そうにセンティッドをみているマスターをみる。
「はい、バグ。いつものちょうだい」
この荒くれものが集う酒場『Red F』のマスター・バグは不機嫌そうにしながらもセンティッドが愛飲しているエールの瓶をだす。
「おい、トゥーハンド。今日は厄介事はないだろうな」
「失礼ね。私がバグのお店に迷惑をかけたことある?」
「ミニガンでこの店を蜂の巣にしたのはてめぇだろうが……!」
バグの言葉に静かにしていた他の客が思わず笑ってしまう。
スラムでは有名な話だ。センティッドのことをよく知らないバカがバカなことをしてセンティッドの逆鱗に触れてミニガンでミンチになった。そのついでに『Red F』も消し飛んだ。スラムでは子供でも知ってるセンティッドの武勇伝の一つだ。
「店の修繕費はだしたでしょ?」
「だしてなかったらてめぇは出禁だよ」
「それは困るわ。ここがなくなると私を迎えてくれる店少ないのよ。どこの店も泣きながら『勘弁してください』っていうのよ? か弱い私に失礼だと思わない?」
「てめぇがか弱かったら全人類がか弱いことになるだろうが」
「あ、バグ。もう一本頂戴」
「しかも長居する気だな……!」
バグとのやり取りで今日はセンティッドの機嫌がいいことに気づいたのだろう。店内にも喧騒が戻ってくる。なにせ機嫌が悪い時のセンティッドはどこに導火線があるかわからないと言われている。この店で機嫌が悪い時に騒いでセンティッドのリボルバーで撃ち抜かれたのは一人や二人ではない。
だが、センティッドが機嫌が良い時はその場にいた全員に酒を奢ることもある。今日もそうであった。
センティッドの奢り宣言に拳銃を天井に発砲して喜ぶ荒くれものたち。そして天井に銃痕がついてバグの眉間に皺が増えた。
それからしばらくセンティッドはバグと会話をしながら酒を飲む。すると勢いよく扉が開かれて一人の男性がよろめきながら叫んだ。
「助けてくれ!」
その言葉に店内にいた荒くれもの達は笑い声をあげ、バグは面倒そうに口を開いた。
「おい、死ぬなら外で死ね。血を洗い流すのは大変なんだぞ」
バグのあまりの言葉に男性は絶句し、店内にいた荒くれもの達は笑い声をあげた。
センティッドはそんな笑い声を聞きながら横目で入ってきた男性をみる。
貧相な身体に銃を使ったことのないであろう手。そしてその腕には大事なものを抱えるようにアタッシュケースを持っている。
そんな男性をみながらセンティッドは口を開く。
「いいことを教えてあげるわモヤシくん。この街では自衛できない奴は死ぬの。女子供、老人にいたるまで武装しているのがこの街よ。わかったならさっさとでていきなさい。私は今気分よく飲んでるから水を差さないで」
そう言ってセンティッドはエールの瓶を煽る。五本目が空になったのでバグに追加をださせながらつまみをつまむ。
そして今度は団体が店内に入ってくる。みるからにマフィアの連中は男性をみつけると先頭の男は軽くため息を吐いた。
「ようやくおいついたぜ。ボスが待ってんだ。さっさとこい」
「ひぃ!」
慌てた様子で男性はセンティッドの陰に隠れる。店の入口の一番近くに座っていたのがセンティッドであったからだろう。
それに焦ったのはバグや店内の他の客達だ。これでセンティッドの気分が害されればこの店がホットスポットになってしまう。
センティッドは面倒そうに男性をみる。
「さっきの言葉を忘れたのモヤシくん」
「た、助けてくれ!」
「お断り。金にならないことはしない主義なの」
そう言ってセンティッドはエールを飲む。
センティッドのその言葉を聞きながら男性を追いかけてきたマフィアの男は侮蔑の表情を浮かべる。
「その耳『憑き者』か? 人擬きにしちゃあ話が」
その男は最後まで言い切ることができなかった。なにせ高速で抜かれたセンティッドの銃撃で頭を撃ち抜かれている。
バグは慌てて防弾仕様のカウンターに隠れ、他の客も慌てて裏口から逃げていく。
それらを無視しながらセンティッドは不機嫌そうに立ち上がる。
「私のポリシーでね。私を『人擬き』や『憑き者』と言った奴は例外なくぶち殺すことにしてるの」
マフィアの男達は慌てて銃を抜こうとしているが、もう遅い。
「あなた達は殺すわ」
蹂躙が始まった。
Scented 惟宗正史 @koremunetadashi
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