下見

 避暑地の山岳地帯にある道路の休憩所。センティッドはそこに愛車であるディンブラーを停めて、撮ってきたばかりの研究所の映像をみていた。

「塀の高さは約5メートル。監視カメラも備え付けられている。で、情報屋の言葉通りなら敷地内には軍用多脚戦車が大量配備されている」

 そう言いながらセンティッドは持っていた端末を助手席に投げると天井を見上げる。

「なにこれ。研究所ってレベルの警戒レベルじゃないわね。まだ、前に忍び込んだ軍事基地のほうが警戒レベルが甘かったわ」

 そう言いながらセンティッドは窓から外を見る。避暑地なだけあって道路から見える景色も綺麗だ。

 だが、センティッドはその景色に心奪われることなく思考を続ける。

「正面からいくのは問題外。忍び込むのも不可能。さて、どうするか……」

 そこまで考えたところでセンティッドはあることに気づく。

「この山の反対側がちょうど研究所がみえるあたりね」

 そう考えたセンティッドは素早かった。自衛用の武器や特殊部隊でも使用される単眼鏡が入ったバッグを持つとディンブラーから降りる。

「山道なんて久しぶりね」

 そう言いながら『危険! 立ち入り禁止!』の看板が掲げられている山の中へ入っていくのであった。


 山道を歩くこと一時間。センティッドは時折携帯端末で位置を確認しながら山道を歩く。

幸いなことにセンティッドは普段から軍用ブーツを愛用しているので山道も平気だ。

「あっつ……」

 問題なのは暑さであった。

 木々のおかげで直射日光は遮られているとは言え、それでも気温は高く。元気よく鳴き喚ている虫達のおかげでしんどさが倍増だ。

「なんでこんなクソ暑い時に仕事を受けたのかしら……あぁ、そうだった。あのバカが冷房を壊したからだ」

 脳内に浮かんだ長い付き合いの相手に銃弾を叩き込むイメージをしながらセンティッドは流れてくる汗を拭う。

 そしてセンティッドが自生していた草むらをぬけると、見晴らしのいい崖にでた。

 高さは500メートルほど。落ちたら軽く死ぬであろう高さである。

 その先端に立ちながらセンティッドは周囲を見渡す。

 そしてすぐに研究所をみつけた。

「下を走った時は気づかなかったけど、あの研究所はかなり異質ね」

 高い塀に囲まれた研究所。周囲には民家や金持ちの別荘もなく、高い木なども存在しない。まさしく陸の孤島のような様相であった。

 センティッドはバッグから単眼鏡を取り出すとそれを覗き込む。

「うわぁ……」

 そして引いた声を出した。

 センティッドが覗いた単眼鏡の先には研究所がみえる。問題はその敷地内の状況だ。軍用多脚戦車が確認できる限り10台は歩き回り、護衛用の機械人形も武装して多数いる。

「なにあれ。絶対に研究所じゃないでしょ。正面からいったら5秒持たずに死ぬわね」

 軍用多脚戦車が1台くらいだったらセンティッドも正面から突っ込もうかと考えるが、軍用多脚戦車が最低でも10台。この時点で個人がどうにかできるレベルじゃなくなってくる。

「で、塀の上部には自動機銃も配備。潜入も許さないって感じね」

 研究所の塀の上には等間隔で並んだ自動機銃の数々。おそらくは塀に近づいた瞬間に蜂の巣だろう。

「受けなきゃよかったわね。この仕事」

 今からでもキャンセルしたいところだが、おそらくは仲介屋が喜々としてキャンセル料を巻き上げにくるだろう。長い付き合いから仲介屋がそういうことをやる輩であることをセンティッドはよく知っている。

 正直なところキャンセル料金自体は払えるだけのお金をセンティッドは持っている。それでもキャンセルしないのは至極単純だ。

「仲介屋を喜ばせるの気に入らないし、どうにかするしかないわね」

 割とセンティッドも最悪であった。

 その時、研究所に繋がる道路にたくさんの車が入ってくる。

 武装した車両に守られるように入ってくる豪華な車。センティッドは時計を確認してから呟く。

「1600時ぴったり。流石は世界的大企業の会長。時間には正確ね」

 その車両は今回のセンティッドのターゲットであるVRグループの会長の車両であった。センティッドが調べると、会長が研究所にやってくる曜日と時間はいつも一緒であった。

 そのためにセンティッドも時間をあわせて下見に来ていたのだ。

 機会があればついでに殺していまおうかとも思っていたセンティッドであったが……

「あれは無理ね」

 停車した武装車から武装した私兵が降りてきて会長の車と研究所の門まで立ちふさがると、ようやく豪華な車から一人の老人が降りてきた。センティッドは単眼鏡でその顔を確認する。

「あいもかわらず悪い顔だこと」

 センティッドの単眼鏡にはVRグループ会長の悪い顔がうつっていた。

 会長は私兵の作った道の中を悠々と歩くと、研究所の門の前に立つ。すると自動で門が開き始めた。

「なるほどねぇ……」

 そして会長は一人でその敷地内に入っていく。すると即座に敷地内にいた機会人形達が会長の周囲に立って壁となった。そして会長はゆっくりと敷地内を歩きながら研究所へと入っていく。

 研究所へ入っていくのを見送ってからセンティッドは単眼鏡から目を離す。

「5秒ね……」

 私兵の護衛から機会人形の護衛へと変わる時の空いた時間だ。そしてセンティッドは単眼鏡に装備されている目標物との距離を図る数値を確認する。

「およそ1km」

 そしてセンティッドは目をつむりながら空を見上げる。

「うん、どうにかなりそうね」

 そして顔が戻った時には不適な笑みが浮かんでいるのであった。

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