第31話

「まさか、最終決定権が自分自身にあるとはな。」

 宮殿の廊下ですれ違った時、ジングウジくんと少し話した。ジングウジくんは俺に向かってぽそりと言った。

「誰かに命じられるなら、と思ったが自分で決断するとなるとなかなか厄介なものだ。」

 季節は12月に入ったばかり。ジングウジくんも、先月末に俺が正式に内定したことと、最終決定は自分の意思で、年内に、とそう聞かされたらしい。

「僕は年内に決めきれそうにない。受験が終わってから考えたい案件だ。僕はとりあえずT大に入る。その後、皇室にいたらできないことに出会ってしまうかもしれない。」

 ジングウジくんはどこか申し訳なさそうだったが、次の瞬間いつもの鋭い目つきに戻った。

「でも皇室の問題にはこれからも注視しておく。君の力になれることがあったら言ってくれ。何でも。いつでも。僕にできることなら必ず協力する。」

 ジングウジくんはがっしり俺の手を握った。

「ありがとう。」

 なんとなく心強い。彼はもしかしたら将来すごい人になるかもしれない。そんな気しかしない。


 アサヒナさんはやる気は充分だ。何度も皇帝に直接嘆願させてくれるよう宮廷官に訴えているのを見た。ただ、皇帝にも宮廷官にも相手にされなかった。11月のアサヒナさんは、見ていて可哀想になるほどだった。宮廷官の方が困ってたけど。

 11月終わり頃になると、アサヒナさんは何も言わなくなったが、宮廷官の顔が明らかに険しくなっているのを感じていた。

「サヤさん。」

 俺は言葉選びを慎重にしながら、アサヒナさんのことを聞いてみた。

「それがですね…。」

 アサヒナさんはウメダ家という皇族の親戚がいるらしい。ウメダ家は4代前の皇帝の玄孫で、皇族にこそ入っていないが親戚で、様々な分野の企業にある程度の影響力をもっている。

「アサヒナさんはウメダさんの推薦で候補に上がった方なんですね。相当強く推されていたので無下にもできず今まで来てしまったのですが、」

 サヤさんは言葉を切った。俺に話してもいいのか悩んでいる様子だ。

「なんでも教えてください。俺にとっても親戚になっていく人たちですし。」

「リファ様が来日していてずっと宮殿にいらっしゃる情報を止めている人を知っていて、その方はアサヒナさんを支援していたそうなんです。アサヒナさんが養子として認められない場合、その方が今のままリファ様の情報を止めておいてくれるかどうか自信がないとおっしゃるんですね。」

「それは、つまり…。」

「アサヒナさんを養子として認めない場合、リファ様が宮殿にいらっしゃることがマスコミにリークされる、ということです。」

「それは、なかなか…。」

「ええ、脅されているようなものです。」

 サヤさんはシュンとなった。

「そもそも、リファ様の訪れを無下にできず追い出すことができなかった時点で、こうなることの対策をしなければなりませんでした。でも、シュウトク様もキョウカ様も、リファ様がお戻りになったのを喜んでおられましたし、実家に帰ってきただけなのに何がいけないのとおっしゃって…なかなか…。」

「でもそんなことが理由で無理にアサヒナさんを養子にするのは…。」

「そうなのです。御養子は皇室の後継者問題を打破するために必要な、本当に重要なプロジェクトです。だからこそ、厳しい判断が必要で…。アサヒナさまはやる気は充分なのですがビジョンが見えないというか、なぜなりたいのかがよくわからないので宮廷官は皆訝しんでいるのです。」

 アサヒナさんは養子になりたい、シーファと結婚したい、シーファを愛しているのだ、と繰り返すのだが、行動を見ているとそうは思えなくてちょっと気持ち悪いのだ。

「愛です!愛ではダメですか?私はパンジャーブを、皇室を、シーファさまを愛しています!!」

「オトノキさんがお金目当てだったということもアサヒナさんにとってはマイナスです。オトノキさんと同じなのか、また皇族だから結婚したいのではないか、そういった意見もあります。」

 アサヒナさんと話してみればわかるだろうか。

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