第18話
夏休みの最後に彼女と別れ、その直後に幼馴染に取られる?という貴重で苦い経験をした俺は、御養子なんかならなければ、という思考に陥っていた。
「そうだなぁ、名ばかりの彼女なら。」
というどこかで聞いたようなリンの返事とケンショウのサンキューという声が浮かんでは消える。ケンショウはいいやつだから、俺みたいにほっぽっておかずに仲を深めていくんだろうなぁ。いいなぁ。くそぅ。
告白した時はこんな筈じゃなかったのに…。
全て皇室のせいだ。
くそっ。
気付いたら俺は宮殿の中を走っていた。
もう走るくらいしかない。
何も考えないためには、走るしかないのだ。
「くそーっ!!」
全力出してもナカイさんたちSPを振り切れない。
一定の距離を開けてついてきているのがわかる。
それもまた癪である。
「なんで!俺!なんだよー!」
「なんで!俺!なんだよー!」
あれ?なんか今、おかしくなかった?
自分の声が重なって聞こえたような。
周りをキョロキョロしていると、
「あちらのハルシャさまです。」
とSPのタカギさんが教えてくれた。
ロン毛のSPだ。長い茶髪を低い位置のポニーテールで括っている。SPの人たちはファッションはよくわからないけれど、何故かカッコいい。ムキムキだからかな。
「貴様もランニングか。」
ハルシャ様の方からご挨拶をしてくださる。感謝感謝。笑。
「あ、そうです。ちょっと、いろいろあって。」
「女にでも振られたのか。」
ぐいぐいくるなぁ。
「いやぁ…。」
と言ったが顔に出ていたらしい。
「そうか。」
ハルシャはどすっと座った。
「座れよ。」
めちゃくちゃ兄貴風吹かしてきたな。急に。彼女と別れたからという理由で同情して欲しくはない。
「実はSPから聞いたんだ。皇室が理由で女に振られたやつがいたらすぐ言うように指示してある。」
ドン引きである。なんだよ、それ。
俺はナカイさん達を睨む。
プライバシーは守るって言ってたじゃん!
「そう怒るなよ。注意してやろうと思ってたんだ。皇室に入るとろくな女が寄って来なくなるんだ。」
ハルシャは言った。
「今は共働きの時代だろ?女だって仕事とかキャリア全部やめて皇帝を支えたいやつなんて普通じゃないんだよ。寄ってくるのはカワムラみたいな金目当て、地位目当てみたいなやつだけさ。」
「カワムラって…。」
「リファ姉の、だよ。」
「ああ…。」
「僕に寄ってくるのもちやほやされたいとか意味わからん理由で皇妃になりたい女ばっかりで…。」
唐突に自分語りが始まった。
「僕がいいなと思う人はみんな皇妃になんてなりたくないと思っている。普通の人はみんな皇妃になんてなりたくないんだ!」
突然叫ばないでほしい。
「だから、お前にも言っとかなきゃって思ってたんだけど。公表される前に支えてくれるいい彼女見つけろよって。」
そして鼻をふんと鳴らして言った。
「ちょっと遅かったよな、ごめんな!」
腹立つー。こんなやつに傷口に塩をなられるとは。
「いや、俺は振られてないんで。別れただけなんで。」
俺は精一杯の去勢を張った。
「ハルシャさんこそ、振られたことあるんすよね。俺で良かったら話聞きますけど?」
ブチ切れられるかと思ったが、意外にもハルシャはフンと鼻を鳴らして話してくれた。
ハルシャが手のひらをくっくっと振るとSPがパッと遠くへ離れていく。
「すげぇ!」
「だろう?言う通りにしておかないと面倒くさい人間だと思われているからな。」
理由は少し悲しい。
好きなタイプは黒髪ロングで前髪はぱっつんがいいんだ。とか、らぷらいぷでいうと堕天使マルコとか、そんな話をし出した辺りからわりと仲良くなれたのかなと思う。
「皇室なんて地獄みたいなとこだ。」
ハルシャは言った。
「普通に恋愛して、普通の高校生活送って、普通に仕事して普通に死にたかったよ、僕は。」
「俺もちょっとそう思ってます。」
「だろう?わかるだろう?」
ハルシャは嬉しそうだ。
「君たちのことを知った時から、僕が誰とも結婚できないと思われているようで嫌ではあったけど、こうなってしまっては、巻き込んで申し訳ないとも思っているよ。」
「全然おもってないだろ。」
「ははは!その通りだ!」
ハルシャは皇族のくせにサブカルに詳しすぎて面白かった。ゲーム実況のYouTuberにとても詳しい。
そんな話ばかりしていたわけではない。
「リファ姉は全然行ったことのないアマルカで、カワムラを信じて暮らしはじめたんだ。なのに、家に全然帰ってこなくて、カワムラの友達だっていうアマルカ人はいっぱい家に押しかけて来て、リファ姉はすごく苦労したんだ。」
やはりリファの一件はシュウトクの一家を泥沼に落としていた。
リファの幸せと皇族としての在り方を天秤にかけられ、シュウトクもキョウカもかなり苦しんだらしい。そしてサイファとハルシャには「あなたたちはこんな風にならないでね。」という重圧ばかり降りかかったらしい。
そして、駆け落ち同然だったがアマルカで幸せになったかと思いきや。
リファは青い目の子供と共に宮殿に現れたのである。
リファが帰って来たことは宮廷官全体に箝口令がしかれ、まだ世には出ていない。
「それで、その、家に来てたアマルカ人と…?」
ハルシャはキッと睨んできた。
「姉さんが浮気したって思われてるだろ。世間ではさ。でも現場にはカワムラもいたらしいんだよ。アマルカの性事情はわけわかんないよ、俺は。」
「え、複数、とかそういうこと?」
「姉さんはあんまり教えてくれなかったけど、そういうことだと僕は考えている。」
え、やばくないか、それは。
「カワムラは、子供が産まれてから姉さんの不貞を理由に家に帰ってこなくなった。そもそも、姉さんがアマルカに行く前から他に女がいるんじゃないかと僕は思ってるんだ。何年も国際恋愛なんて続くか?普通?」
「続かない。」
リファとカワムラは数年間遠距離恋愛だったと書いてあった。なんでも、カワムラがずっとアマルカから帰ってこなかったのである。
「姉さんは一人で子供を育てるのはアマルカでは難しいと考えて、帰ってきたんだけど、駆け落ち同然で結婚して出戻ってきたなんて、表には出せないことだらけだろ。」
ハルシャは笑った。
「サイファ姉さんは何もかもうまくやったけど。たぶん、僕はどっちかっていうとリファ姉に似てるんだ。要領悪いし、変なところで自分を曲げたくない。
だから、僕が皇帝になるのをみんな不案に思っている。僕だって、僕みたいなやつが皇帝になるのは嫌だもんな。」
うーん。
俺は、なんて言ったらいいのかなぁ。
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