第12話
夏休みといえど学校もある。
高校生は忙しいのだ。
俺は眠たい頭で補講を終え、リンと昼飯を食べていた。
「どうなんです?その御養子なんちゃらは。」
「いやー相変わらずめちゃくちゃ忙しいよ。ごめんな、どこにも遊びに行けなくてさ。」
「いやーリンさんはエブリデイソービジーなんで全然いいけど。むしろ今から予定空けてって言われる方が困る。」
「リア充すぎる!」
これでは付き合っているとは言えない。暫定を抜け出せないまま夏を終わっていいのか?
なんとしても、なんとしても!リンとデートしなければ夏は終われない!
「リン、夏休み俺のために空けれる日ない?」
「え?ショウタこそそんな暇あるの?」
「俺のことはいいから!空けるから!俺も!」
リンはしばらく手帳とにらめっこして、30日ならいいよ、と言ってくれた。
まだお盆前。サヤさんに30日だけは予定を入れないように頼もう。
「ほんで、もう養子に入ることになったの?」
「いや、まだ俺に決まったわけじゃないよ。」
「ふーん。さっさと決めればいいのにねぇ。」
「リンはさ、えっと、リファさんのこととかって知ってる?」
俺は聞いてみた。リファの結婚騒動のことは週刊誌などでも多く取り上げられたので、そのことを聞く分には問題ないはずだ。教室の後ろでナカイさんが聞いているのを感じる。やりづらい。
「え、うん。知ってるよ。リファさまとカワムラさんのやつでしょ。」
「実は俺、全然知らなくてさ。こないだ選定官から聞いて初めて知ったっていうか。」
「えーっ!ちょっとは調べてから行きなよ…。」
リンは呆れている。
「確かにその通りです。」
リンはいくつかの記事をLINEで送ってきた。
リファさま結婚延期か、カワムラさんアマルカで就職決定か、皇女アマルカへ駆け落ち、リファ・カワムラ別居、皇太子の孫は外国人。
「あんまりよく知らないけど、リファさまパンジャーブにいるらしいよね、今。」
「え、そうなの?」
ナカイさんがぐりんとこちらを見る。ヤベェ、という顔だ。
「これは噂なんだけどさ。やっぱ言葉もわかんない国で一人で子育てするのキツかったんじゃない?」
「その噂はどちらで?」
ナカイさんがリンに尋ねる。
「私の従姉妹がリファさまと同じ歳の子供がいて、ベビースイミングの教室で見かけたって。」
ナカイさんはあちゃーにしか見えない顔をする。
「申し訳ありませんがその話はくれぐれもご内密にお願い致します。」
「えー、そんなこと言われたら余計に話しなくなっちゃうなー。ちゃんと事情を説明してくれないと。ね?ショウタ?」
リンはこういうのがうまいのだ。見習いたい。そう思いながら俺もカクカク頷く。
ナカイさんは場所を変えましょう、と言って、相談室とかいう入ったこともない部屋の鍵を借りてきた。
黒い二人掛けのソファが低い机を挟んで向かい合っている。こんな部屋あったのか。
「リンさんのおっしゃる通り、リファさまは先日までパンジャーブで子育てがしたいと言って、一時帰国していました。」
ナカイさんは口を開いた。
「ですが、シュウトクさまもキョウカさまも一度、お会いになられただけで、リファさまの育児の手伝いは一切できないとおっしゃいました。そこで支払われる金銭的援助は国民の血税だからです。リファさまは国内で結婚式をなさらなかった上、誰の子かわからない子供を産んでいるわけなので、国民の印象は最悪です。なので、アマルカへ戻りその子の父親と家庭を築くように進言されました。」
「まぁそうですよね。キョウカさんも、手伝ったら、手伝ったで記事にされちゃいそう。」
「そうなのです。皇室のリファさまに関することはすぐに記事にされてしまうのです。」
ナカイさんは悔しそうに言った。
「シュウトクさまにとってもキョウカさまにとってもリファさまは大変かわいがられてきたご長女、そのお孫様ですからお会いになりたいに決まってるんです。しかもハーフだからめっちゃ可愛いんですよ。」
ナカイさんは急に語り出した。
「ナカイさんも見たんですね?その、お子様を。」
「ええ、ちらっと。」
この反応はおそらくちらっとではない。抱っことか頬擦りとかしてそうだ。
「ナカイさんが皇室にそんな思い入れあるんですね。」
もっと仕事は仕事と割り切るタイプかと思っていた。
聞くところによると元々ナカイさんは別荘地の管理をしていたらしい。時々皇族が家族で遊びに来て、和気藹々と過ごしていたという。
「リファさまのことがあるまでは、本当に素敵な一家だったんすよ。今はそんなの見る影もなくて、責務と愛情の狭間で…。俺らもどうしたらいいか悩みながらやってんすよ。」
リンと俺は顔を見合わせるしかなかった。
「なんか、大変そうだね…。」
このことは誰にも喋らない、と約束し、ファイト〜という言葉を残してリンは帰っていった。
「どうしたらいいんすかね。」
「え、どうしたら、いいんだろうね。」
恐ろしい世界に足を踏み入れてしまったなぁ、と俺は思うのだった。
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