第9話

 軽い気持ちで守秘義務に同意するサインしたことをこんなに後悔したことはない。

 俺は目の前にある光景から目を逸らしたすぎて堪らなかった。



「いいかげんにしなさい。」

「うるせぇな。俺が結婚できるわけないって思ってるからこんな制度始めたんだろ。」

「そんなことは思っていない。何度も言っているが皇室の未来を考え

「うるせぇな!否定すんな!」

 目の前にはめちゃくちゃうまそうなステーキ。柔らかそうな肉にブラウンのソース。ふわふわと美しい模様を描くマッシュポテト。彩豊かな温野菜。

 食べるべきか。食べないべきか。それが問題だ。


 食卓を囲んでいるのはシュウトク、その妻キョウカ、ハルシャ、そして俺だ。

 まずはお食事から、ということで、候補者は一人ずつ皇太子ファミリーと食事をすることになったのだ。

 今回も貧乏くじ、ならぬトップバッターを引いてしまったのが俺である。

 初めは、緊張感だと思っていた。食卓に漂う張り詰めたような空気。

 気にしないようにしながら、シュウトクと俺の当たり障りない会話でとかは進んだが…。

「ハルシャ、あなたも高校の時は部活をやっていたわよね?」

 キョウカがハルシャに話題を振ったとき、部屋中の空気が震えたのを感じた。

 シュウトク、言葉を発したことを後悔したのかサッと青ざめるキョウカ、皿を運んでいた給仕は背中しか見えなくてもをわかるほどビクッとした。

 緊張、ではなかった。どうやら違っていたようだ。シュウトクとキョウカはハルシャという地雷に怯えていたのだ。

「その話はすんなっていつも言ってるだろ!」

 どの話?と俺はまず思った。

 部活の話がそんなにダメなん?

「俺に話しかけんな!」

 え?話しかけたらダメなの?

「どいつもこいつもバカにしやがって…。」


 宥めようとするシュウトクとキョウカ。

 何を言っても火に油。

 これは話が通じる相手じゃないなぁと俺は他人事のように思った。

 貧乏くじにも程がある。

 止めればハルシャからは一生敵とみなされるだろう。しかし何もしなければ、それはそれで不正解な気がする。どうすればいいんだぁ。


「うまいっ!うますぎる!」

「はぁっ?」

「サイコーです!このお肉!ハルシャさまはいつもこんな美味しいお肉を食べているのですかぁあああ?」

 やけになった俺はとりあえず飯を食うことにした。

「こんな柔らかいお肉初めて食べましたよおおおおおお!おいしー!!おいしー!!!!」

 さっきまでマナーに気を遣って食ってたがもう気にしない。フォークでぶっ刺して、食う!食う!

 しかし量が少ない。あっという間に食べるものは無くなってしまう。

 どうする?この後どうする?

 カチャーン!とフォークを置いて、俺は立ち上がった。

 そして、皿を右手で高く掲げる。

「うおおおおおおおかわりっ!!!」

 シーン。

 5秒ほど完全な間があったが、厨房の方で料理人たちが動き出した音がする。

「み、皆さんも食べたらどうですか?」

 スーパー苦笑いで、俺はみんなに言った。


 これで不合格になってもいいが、この思い出は俺の中だけにしまっておきたくない…。

 涙を堪えながら、俺は目を閉じた。

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