第11話―エピローグ2 LastDay「すべての黒幕」―
「今日で、一体何日目なんだろうか……わかんないし、もうどうでもいいや、そんなこと」
瑠璃はホワイトガーデンで一人、戦い続けた。
戦いが終わるとジェイルへ戻り、またホワイトガーデンへ。その繰り返しの日々だ。
一人になった彼女は眠れていない。そう、今までずっとだ。
この不思議な世界では睡眠をとらなくても大丈夫、それゆえ彼女は眠ることなく、ひたすら戦い続けてきた。
ケガもたくさん負った。体だけでなく、心も傷だらけ。けれど戦い続ける。
現実に生きる彼女たちを守るために。
「そう、こんなバカみたいなゲームも、今日で終わりにするんだから……」
それも今日で終わりにする、彼女はその意思でホワイトガーデンに立っていた。
彼女は探す。それは敵ではなく、常にホワイトガーデンにあり続ける石膏像を、だ。
「そうだよ……思えば、それはずっと私の近くにあったんだ……常に当たり前にあったから、それが何だかわからなかった……でも気が付いたんだ。あの像には、魔力がこもってる」
彼女は石膏像を見つけ、その前に立ち止まった。
少女を模った石膏像。どんな戦いの時にも瑠璃を見つめ続けていた。
彼女はその像に触れる。
どくり、どくり、石膏像から鼓動を感じる。魔力の鼓動だ。
彼女は銃剣を構え、最大級の魔力を石膏像へと撃ち放った。
台座ごと壊れる石膏像。そこから現れたのは、地下深くへと続く階段だった。
「何かを隠してるとは思ってたけど、当たってたみたいだね」
瑠璃は何のためらいもなく階段を下りていく。
辺りには明かりも何もない。続くのは闇だけだ。
彼女は足を踏み外さないように、ゆっくりと慎重に降りていく。
静寂の空間に、こつり、こつり、階段を踏む音だけが響き渡る。
闇の奥へ奥へと降りていく感じは、まるで自ら地獄の底に進んでいるような錯覚を彼女に与えた。
だが彼女は止まらない。この奥に真実が隠されている、そう確信して一歩を踏みしめる。
やがて階段はなくなり、広々とした空間が現れた。
「ここは……どこ? 宇宙?」
そう、そこには上も下も星々が散りばめられたまさに宇宙空間を思わせるような場所だった。
彼女は一歩を踏み出す。しっかりと地面を踏みしめる感触はある。
「やぁ、やっと訪れたみたいだね。待ちくたびれたよ」
少女の声が空間に響いた。瑠璃はそちらを向くと、そこには石膏像そっくりの少女がいた。
「あなたは……」
「あたしかい? 名前なんてもうとうの昔に忘れたよ……そうだな……魔法少女の始祖、ザ・マム、とでも名乗ろうか」
「やっぱりあなたが、初めの魔法使いなんだね……」
マムは表情を変えずに頷いた。いや、彼女は表情が変わらないのだ。
何をするにも、無表情。表情を忘れてしまっていた。
「さて、ここに来たのはキミが初めてだ、瑠璃」
「そうでしょうね」
「何が望みだい? 真実かな?」
「えぇ、そうよ。この世界の真実をすべて語ってもらうわ」
「それじゃあ」
ごほん、とわざとらしく咳払いをしてマムは話し始める。この不可思議な世界の真実を。
「ここはボクの魔法で作った世界だ。現実世界に侵食しようとする、キミたちが言うインベーダーと戦うためにね。けれどあたしの力は戦闘向きじゃない。だから魔法の才能を持つものを集めて、戦わせた。それが、キミたち魔法少女さ」
「私が知りたいのはインベーダーの正体よ」
「それは、あたしの魔法なんだ。あたしの魔法が生み出したバケモノ。あたしの魔法は強力ゆえ制御が効かない。あたしが存在する限りインベーダーは生まれ続ける。でも自分で死ぬことはできない。あたしは魔法に呪われているからね。自分で死のうとしても、生き返ってしまう。だから、インベーダーを生み出し続け、その後片付けをキミたちに任せてしまうことになった」
「そう……本当に、最悪ね。あんたが自分の力を制御できないから、私たちが尻ぬぐいしてたっていうのは」
「いや、ホワイトガーデンを作っただけすごいと思ってほしいね。ここがなければ、キミたちの世界に直接インベーダーが現れて大惨事になっていただろうから。それにこの世界で魔力に触れなければ魔法は開花しない。キミたちは向こうの世界でなす術なく死んでいただろうね」
「あぁ、そうね」
瑠璃は溜め息をこぼし、銃剣をマムに突き付けた。
「今のは本当はどうでもいいの。あんたが黒幕だった、その事実だけで十分。でも、一つだけ知っておかなくちゃいけない。あなた、鈴音を殺したよね?」
「……」
マムは黙ったまま何も答えない。しらをきるつもりだろうか。
だが瑠璃はそれを許さない。
「鈴音は最後、上半身が破裂して死んだ。けど、あの子が最後に戦った千手の悪魔にはそんな力はなかった。ただ、不死身なだけ。その悪魔がどうして鈴音の上半身を破裂させられたのか。それは悪魔ではなくて、他の誰かが鈴音を殺したからよ」
瑠璃は一歩踏み出した。
「マム、あなたには鈴音を殺す動機がある。あの子の転移の魔法を使われればこの先魔法少女をホワイトガーデンに呼べなくなってしまう。だから魔法の力をもう一度使われる前に殺した」
「そこまでわかっていたなら、どうしてキミは現実に戻らなかったんだ? キミの力なら現実に戻れたはずだ」
「もし私が戻った後、あなたが能力を強めてもう一度魔法少女を集め出したら? それは問題の解決じゃなくて、逃げているだけ。私は、黒幕を完全に殺すためにここに来たの!」
瑠璃は地面を魔法で蹴り上げ、一直線にマムに突き進んだ。
「ごめんね。本当なら殺されてあげたいんだけれど、そうもいかない。あたしの魔法はあたしのコントロールを超えて自立してしまった。だからあたしに害をなそうとするあなたを殺してしまう」
マムの目前で瑠璃の身体が後方へと吹き飛ばされた。
マムは何もしていない。彼女の自立した魔力だ。
「それでも私はあなたを倒すよ。私にはまだ、言っていないことがあるもの。現実に戻って、黄泉に伝えなくちゃいけないの、私の思いを!」
「なら死ぬ気でかかって来てよ。キミの力であたしを開放してくれ」
こうして二人の戦いは始まった。
戦いは三日三晩と続いたが、決着がつかない。
瑠璃はボロボロ、マムは自立魔法に守られ傷一つついていない。
「はぁはぁ……私はまだ、諦めない!」
「早く……早くあたしを開放してくれよ。あたしだって、こんなこと、もうたくさんなんだ!」
「黙れ! たくさんの女の子を犠牲にしたお前が、被害者面するな! 黒幕なら黒幕らしく、最後まで悪者でいてよ!」
「もう悪者でいたくないんだよ……最後のわがままぐらい、許してくれ」
「許さない! 絶対に!」
瑠璃は銃剣を強く握りしめ、マムに立ち向かっていく。
だがそれは悲しくも自立魔法で簡単にあしらわれてしまう。
「鈴音の仇なんだ……絶対にお前を、倒す!」
瑠璃は残った魔力をありったけ撃ち放った。
炎が爆ぜ、マムを襲うが彼女はやはり無傷。
もう瑠璃に戦う力は残されていない。それを見てマムは、初めて表情を変えた。
酷く悲しく、瑠璃を憐れむ表情だ。
「あぁ……キミはあたしを殺せない……あたしはまだ、囚われ続けるのか……」
だが次の瞬間だ。彼女の顔が苦悶に歪み、胸から大量の血が噴き出した。
「な、なん……で……? 自立魔法が……あたしを……守る……のに」
「その自立魔法だって、完全じゃないんだって気が付いた。あなたの意識の外からの攻撃には、対応しきれない」
瑠璃は右手を高く掲げる。するすると彼女の手に何か収まった。
それはブーメランだ。黄泉との別れ際、彼女が瑠璃を守るために放ったものだ。
瑠璃はそれを放り、マムの心臓を背後から貫いたのだ。
「それに、この空間は心の強さを魔法に反映させる。あなたが弱った心を見せた、だから攻撃が通ったの」
「そ、う、か……」
マムはがくり、と膝から崩れ落ちる。その顔はどこか穏やかだ。
「ありが、とう……あたしを、殺してくれて」
「マム。言ったよね? 私はあなたを許さない。死んでいった女の子たちもそれは同じ。あなたにそんな穏やかな顔で、死んでほしくなんてない」
瑠璃は銃剣の切っ先で思い切りマムの腹を貫いた。彼女の自立魔法は心臓の修復に必死で身を守ってはくれない。
マムは口から血を吐き出し、痛みに目を大きく見開いた。
今度瑠璃は彼女の右腕に刃を突き刺す。
「あがぁ! い、痛い! 痛い痛い痛い痛い!」
「あなたが産み落としたインベーダーに殺された魔法少女たちはもっと痛い思いをして死んだの! これくらいで痛いなんて叫ばないで!」
瑠璃がマムの左足を切り落とす。ぐらり、マムの身体が傾き地面に倒れ伏した。
そんなマムの背を、瑠璃は容赦なく貫く。
「や、やめて! 痛い! 死んじゃう! もうやだよぉ!」
「みんなそう思ってた! やめてって思ってた! けどあんたの産んだバケモノは、やめなかった!」
瑠璃は何度も何度もマムの背を突き刺す。彼女の返り血が、瑠璃の鬼のような形相の顔に付着した。
復讐の赤鬼だ。マムはそんな彼女の顔を見上げ、そう思った。
「あ、あたしだって……やめたかった……! こんなこと、したくなかった!」
「なら自分で解決すればよかったのに! 自分のしたことくらい、自分で責任もって片付けてよ! そんなこと、しようともしなかったのに被害者面しないで!」
「ひっ……や、やめて……ころ……殺される……! 嫌だ……やだぁ! 死にたくない! 死にたくないよぉ!」
「そう言ってた魔法少女を殺したのは、あなたなのよ!」
瑠璃は怒りに任せ、彼女の心臓を貫いた。修復中だった心臓は完全に破裂し、マムは大きく吐血する。
「がふっ! し、死ぬ……コわ……イ……ママ……」
マムは苦し気にうめいた後、その後動くことはなかった。
「終わった……」
瑠璃の身体が力なく崩れ落ちる。その瞬間、ずりゅり、彼女の腹からぬっとりとした何かが地面へ零れ落ちた。
ピンクでぬらぬらと輝き、今だ蠢き続けるそれは瑠璃の臓物だ。
彼女はすでに腹を裂かれていた。けれど今まで魔法で傷口を抑え込み、何とか耐えていたのだ。
だが、もう彼女に魔力は残されていない。傷口は開き、臓物がドロリと零れ落ちたのだ。
「あ、アハハ……私の中……こんなのが……入ってたんだ……キモっ……」
彼女は小さく笑い、臓物に手を伸ばす。
それを掴んで腹の中へと突っ込んだ。だが、すぐにそれは零れ落ちてしまう。
「あ、あれ……? おかしいなぁ……戻らない……戻ってよぉ……戻らないと……死んじゃうよぉ……」
次第に彼女の手は自由を失い、動かなくなってしまう。
それと同時に、彼女の視界もぼんやりとかすんでいく。
「あ……ダメだ……私……死ぬんだ……」
気が付けば彼女はぐったりと横になっており、天井を見上げていた。
天井の、いや、この世界の光景がぐにゃりと歪んでいく。
それは迫る死が彼女の視界を奪っているからではない。
この世界の主であるマムが死んだためだ。インベーダーが生まれない以上この世界にも存在する理由がない。
故に世界は崩れているのだ。
「魔法は……もう……使えない……帰れない……あ、アハハ……ほんと、最悪だ……」
笑うと腹に力が入ってしまい、思わず吐血してしまう。
「がふっ! げふっ! はぁ……最悪だけど……最後には、人のためになったよね……パパ、ママ……ごめんなさい……今から、会いに行くからね……」
彼女は最後の力を振り絞り、天に手を伸ばした。
そこに死んだ両親がいたからだ。
彼女は両親の手を掴み、穏やかに笑み、目を瞑る。
「黄泉……好きだよ……すぐに生まれ変わって……好きだって言いに行くからね……」
彼女の最後に脳裏によぎったのは、愛してしまった少女の顔だった。
崩れ行く世界に取り残され、瑠璃の意識もまた、闇の中へと消えていく。
この後、魔法少女が現れることも、インベーダーが現れることもなかった。
そして、現実で待つ少女の元にも、彼女が現れることはなかったのだった。
ただただ世界は、彼女の存在を忘れて回り続けるのだった。
白百合の咲く庭園で 木根間鉄男 @light4365
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