第10話―エピローグ EndDay「それぞれの現実へ」―
「ん……ここは、どこでしょうか?」
「わからないわ……頭がくらくらする……」
「ほんまやな……」
彼女らの眩む視界が徐々に色を取り戻すと同時、彼女らは驚きと感動に瞳を潤ませた。
「ここって……現実、だよね?」
「えぇ……あれは、東京タワーよね。多分、どこかのビルの上ね……」
「ってことは、帰ってこれたんやな、うちら」
彼女たちが立っていたのは、東京のとあるビルの屋上だった。
鮮やかな青い空、のんびりと移ろう白い雲、ぎらぎらと肌を焼く夏の太陽、そして目下に広がる安寧な街の光景。
そのすべてが彼女らが今現実にいると物語っている。
「帰ってこられたんですね……あはは、なんだろう……涙が、出ちゃいます」
舞奈が瞳をこする。
「ずいぶん懐かしく感じるわね……ここでずっと暮らしていたというのに」
「せやなぁ……どっか違う国みたいやわ」
黄泉も真宵も瞳を滲ませ、目下の光景を目に焼き付ける。
平和な世界がこうもありがたいものだとは、以前の彼女たちにはわからなかったことだ。
「そういや瑠璃はどこや? あいつも帰ってきとるんとちゃうん?」
「そうですよ。瑠璃さんは」
「あの子は、たぶん帰ってこないわ……あの様子だと、この先もね」
「そうか……」
「瑠璃さんは、そういう人ですからね」
黄泉の言葉に舞奈も真宵も、ゆっくりと頷いた。
彼女たちにもうっすらとわかっていたのだ。瑠璃が自分を犠牲にして彼女たちを、いや、この先魔法少女になるであろう人たちを守ったということに。
「まぁ気長に待ちましょうか。もし帰ってきたら、パーティーでもしてあげましょう」
「そうですね。それがいいです」
そう言って笑った後、訪れる沈黙。
彼女たちはお互い顔を見合わせ、少し寂しげに笑う。これで、お別れなのだ。
「それじゃあ、帰りましょうか、あたしたちの日常に」
「ちょっと待ってや。うち、陽菜のウォークマン預かってきてん。これ、聞いてから解散にせえへん?」
「陽菜さんのウォークマンですか。そうですね。あの子がずっと何を聞いていたのか、気になります」
「そうね。そういえばあたしたちはあの子のことを何も知らないままだったものね。少しでも何か知れれば、あの子のためにもなるかしら」
「ほな、いくで」
真宵はウォークマンの再生ボタンを押した。すると流れ始めたのは音楽ではなく、誰かの声だ。
「男の人の声ですね。優しそうな声音……お父さんでしょうか?」
『陽菜。10歳の誕生日おめでとう。プレゼントは新しいウォークマンだよ。前よりも容量が大きいから、いっぱい録音しておけるんだ、すごいだろう? お前が見れない景色や、楽しめないこと、いっぱいいっぱい録音しておくからな』
「今度は女の人の声ね。お母さんかしら」
『陽菜ちゃん、外はすっごくきれいな桜が咲いているの。病室の窓からでも見えるわ。一面ピンク色で、すごくきれいなの。陽菜ちゃんが生まれた日も、すごくきれいな桜が咲いていたのよ? 陽菜ちゃんとお花見、したかったわ……』
「最後の方、涙で声かすれとったな……それに、病室って言うとったで? 陽菜は病気やったんか?」
『陽菜、今日はお祭りに行ってきたんだ。いろんな人がいて、賑やかなんだ。陽菜と行ければ、どれだけ楽しかったか……綿あめ買ったり、射的をしたり、本当に楽しいんだぞ? だから、起きてくれよ……来年こそ、一緒に行きたいんだ』
他の音声ファイルもこのように陽菜に話しかけるものばかりだ。
それを聞く彼女たちはわかり始めてきた。
「陽菜さん、病気で動けなかったみたいですね……」
「えぇ、それにずっと眠ったきりで起きれなかったんでしょうね」
「それも生まれた時からずっと……やからあいつ、言葉話せへんかったんか。話し方、わからへんかったんやな」
「真宵さん、最後のファイル、おかしくないですか? ファイル名が、文字化けしてます」
舞奈が文字化けした音声ファイルを再生した。
そこから流れたのは、彼女の両親であろう声を継ぎ接ぎして作った合成されたメッセージだった。
『パパ、ママ、今までお世話してくれてありがとう。陽菜は嬉しかったよ。生まれてからずっと眠ったままの陽菜を、こんなにも愛してくれて、本当にうれしい。ねぇ、パパ、ママ。陽菜はね、歩けるようになったんだよ? 走ったりジャンプできるようにもなったの。うまくは話せないけれど、お友達もできたの。陽菜は幸せだよ? 歩けなくても、眠ったままでも、幸せだったんだから。だからね、パパもママも、陽菜のこと忘れて幸せになって。もし生まれ変わったら、パパとママのところに行くから。絶対だから。その時にちょっとだけ思い出してくれたら、嬉しいな』
音声メッセージはそこで途切れてしまった。
皆、それを聞き黙ったままだ。
長い沈黙が流れる。階下の車の騒音やセミの鳴き声が、嫌に大きく彼女らの鼓膜を震わせた。
「おしっ! みんな、行くで!」
そんな空気を打ち壊すように真宵は大声を出し、立ち上がる。
「こんなにくよくよしとったら陽菜に笑われるわ! うちらは生きてるんや! みんなの分もな!」
「そうですね。わかりました、行きましょう。いえ、帰りましょう、ボクらの日常へ」
「そうね。帰りましょうか」
「は~あ、どうせやったら大阪に帰してくれたらよかったのになぁ。交通費、どないしよ」
「ボクのお小遣いで足しにしてください」
「えぇ、あたしの分もあげるわ。あたしたちは背中を預けあった仲なのよ? それくらい、お安い御用よ」
「あんたらやっぱええ奴やなぁ」
こうして三人は屋上を後にする。
最後、黄泉は青空を見上げて呟いた。
「瑠璃、帰ってきなさいよ。あの言葉の続き、まだ聞けていないのだから」
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