第8話―Night2「混成チーム」―
「う~ん! 黄泉の料理はうまいなぁ! このハンバーグ、肉汁が溢れてくるで!」
「確かにおいしいです。すごいですね」
「ん!」
ジェイルに帰ってきた彼女たちは晩餐を囲んでいた。
先ほどまで命を賭けて戦っていたとは思えないくらい和やかな光景だ。
「黄泉の料理、なんだか懐かしい感じがする……私の中の鈴音のせい?」
「あの子は料理できないからね。ずっとあたしが作っていたわ」
瑠璃の中の鈴音がもっと食べたい、と騒いでいるみたいに空腹が治まらない。
それに従うように瑠璃は次々と料理を口に運んでいく。
「瑠璃大食いやなぁ。うちも負けへんで!」
「食べすぎは体によくありませんよ?」
「まぁ今日くらいはいいんじゃないかしら」
「ん!」
なんてわいわい騒ぎながらの楽しい時間はあっという間に過ぎ去った。
目の前の料理はすでに平らげられ、皆が満足そうに食後のお茶に舌鼓を打っている時だ。
真宵が立ち上がり言う。
「ホワイトガーデンでは言わへんかったけど、うちらはこっちの世界の、今この状況の意味を知っとる」
「え? ならあの時話してくれても」
「ホワイトガーデンは精神に強い影響を及ぼすんや。ちょっとは心当たりあるやろ? やから不安を煽るような話はできんかったんや」
瑠璃の脳裏に最初に死んでしまった二人の姿が思い浮かんだ。
そこまで不安になるような話とはいったい何なのだろうか。瑠璃は気になったが、聞きたくない自分がいることにも気が付いている。
舞奈も聞くかどうか悩んでいるのか、少し困り顔だ。
「聞かせてちょうだい、真宵。あたしたちに今後何が起きるのか、知っておかなければならないのよ」
だが踏ん切りのつかない彼女たちに変わり、黄泉が話を促した。
真宵が瑠璃と舞奈を交互に見た。本当に話してもいいのか、そういう瞳だ。
二人が頷くと真宵が話し始めた。ゆっくりと重たい口を開いて。
「まず話さないかんのは、ホワイトガーデンが複数あるっちゅうことや。国や地域、それぞれにホワイトガーデンが存在する。うちらのところは大阪出身の魔法少女が、そっちは東京出身の魔法少女が集まっとる」
「なるほどね、確かにあたしは東京出身の魔法少女しか見ていなかった。誘拐事件は全国でもあったのに。そういう理由だったのね」
「誘拐事件? なんやそれ?」
瑠璃たちはそれについてかいつまんで説明した。
現実世界では女の子が消え、その家族に大金が送られている。その事件が1か月以上続いている。
そしてその被害者の女の子はホワイトガーデンに集められている、と。
「でもうちらは半年以上戦っとんねんで? それはミスリードちゃうか?」
「いえ、もしかしたら現実世界とこちらの世界では時間の流れが違うのかもしれないわ。こちらでは半年たっていても、あちらでは1か月しかたっていない、どうかしら?」
「それ、正解かも。私、現実世界で鈴音が失踪して2週間って聞いた。でも鈴音がこっちの世界に来たのは黄泉と同じだから少なくとも1か月以上」
「じゃあボクたちもまだそんなに時間がたっていないってことですね!」
「なるほどなぁ。けどそれがわかったからどうなんや? うちらはずっとこっちに閉じ込められとる。現実に帰れる保証もないねんで?」
真宵の言うことは正しかった。
今は現実で起こっていることよりも、ホワイトガーデンで起こっていることを解き明かす方が先決だ。
「で、話戻すけど、複数あるホワイトガーデンの魔法少女が一か所に集められた。それはな、めっちゃ強いインベーダーが現れる前兆なんや」
「強いインベーダー……?」
真宵は頷いた。その横顔はどこか怯えているようにも見える。
「あれはうちらがこっちに来て2か月ほどたったころや。突然、うちらはよその魔法少女のホワイトガーデンに飛ばされた。確か中国の連中やったわ。あっちの連中、身体能力がたこうてめっちゃ強かった。うちらのチームも精鋭ぞろいやった。うち以上にこっちで戦ってたやつもおった。けど、そいつらはみんな死んでもうた。うちと陽菜だけ残してな」
その話を聞く陽菜も、どこか顔色が悪いように見える。
「で、今からひと月前もアメリカのチームと一緒やった。けど、それも全滅。その二回とも、普段よりもめっちゃ強いインベーダーが出てきたんや。今日の大蛇なんか比べもんにならんくらいな。うちらが生き残ったのは、ほんま運がよかっただけなんかもしれん。やから今度は……」
深刻そうな真宵の表情に感化され、瑠璃も舞奈も押し黙ってしまう。
ゴクリ、瑠璃が唾を飲む音がやけに大きく響いた。
「強いインベーダー……もしかして、あいつがまた」
「黄泉? 何か心当たりが?」
「いえ、別に……少し、一人にさせてもらうわ」
黄泉は立ち上がり、ふらふらとした足取りで自室に戻ってしまった。
「なんやあいつ。思いつめた顔しとったけど……ちょち心配やなぁ」
「そうだね……」
瑠璃の中にいる鈴音も彼女の様子を心配している。
瑠璃は黄泉の背を負い、階段を登ろうとするが、真宵に呼び止められた。
「瑠璃、ちょい待ちや」
「な、何……?」
「舞奈も待ち。あんたら二人に話がある」
「ボクもですか?」
「あぁ。めちゃつよインベーダーと戦う前はいつもよりもホワイトガーデンに呼ばれるまでの時間に余裕があるんや。やからあんたら二人には稽古をつけたる。魔法の稽古や。あんたらはまだまだひよっこや。今日の大蛇かてたまたま倒せたにすぎん。やから、ちょっとでも強くならな生き残られへん」
瑠璃は舞奈と顔を見合わせる。
自分たちの今日の戦いを思い出し、まだ力不足なのだと痛感した。
「それにうちらもあんたらを守りながら戦うなんてできへんかもしれん。うちらが死なんようにするのが精いっぱいやからな。それだけ強い奴なんや。やから、死なんように稽古するで、ええな?」
その問いかけに二人は頷く。
「ボクからもお願いします。ボクはどうしても生き残って、もう一度お父さんと会いたいんです。ちゃんと、謝りたいんです……だから」
「そうか。会いたい人、か……瑠璃はどうや?」
「私には会いたい人はいないけど……守りたい人ならいる。ここにいるみんな、全員を守りたい。それには力がいる……だから、私頑張るよ!」
「よっしゃ! 決まりやな! 稽古は明日からやから、今日はぐっすり寝て、明日早起きしてや。時間は待ってくれへんからな!」
真宵に頷くと、瑠璃は階段を上る。
「みんな守りたい……でも一番守りたいのは、黄泉、あなたなんだよ?」
彼女はさらに呟く。
「これは鈴音の意志じゃなくて、私の意志なんだから……」
「黄泉、入るよ」
瑠璃は黄泉の部屋の扉をノックして中に入る。だが、室内には誰もいない。
代わりに響くのはシャワーの音。
「お風呂入ってるんだ。ちょっと待っておこう」
出てくるまで待つ、そう選択した瑠璃だが手持無沙汰だ。ぶらぶらと彼女の部屋を物色する。
「う~ん……ジェイルって必要最低限のものしかないよね。何か暇潰せるもの……漫画とかないのかなぁ?」
ジェイルの部屋にはベッドと机、それに簡素なタンスくらいしかない。
タンスの中には何があるのか、と覗いてみても空っぽだ。
「入れるものがないのにタンスって意味ある? う~ん……こういうタンスの裏とかにヒントになるモノが挟まってたり……もないかぁ」
タンスの裏も覗き込み、溜め息。
結局やることもなく、ベッドにどっかりと腰を下ろした。
その時ふわり、とベッドから黄泉の香りが漂ってきた。ボディソープだろうか、フルーツみたいに爽やかな甘さのある香りだ。
その匂いを嗅ぐと、瑠璃の脳内に昨夜のことが思い起こされる。
黄泉に服を剥かれ、のしかかられたことだ。
「もしかしたら、私、昨日ここで……」
考えただけで頬に熱が浮かぶ。瑠璃は考えまいと頭を振ったが、黄泉の香りがそれを許さない。
「もし、もしも黄泉があの時やめてくれなかったら……私、黄泉と……」
そう考えた時だ。瑠璃の脳裏に、黄泉との情事の光景が鮮明に映される。
肌をぶつけあう快楽も、むせかえるような性の匂いも、耳に残る嬌声も、飛び散る汗も、何もかもが鮮明に脳裏にフラッシュバックする。
まるで自分が体験したことを思い出すみたいに。
「ちょ、ちょっと! 私こんなことしてない! 私じゃない! ……鈴音、なの?」
それは瑠璃ではなく、鈴音の記憶。生前の彼女がここで黄泉と愛しあっていた。
それが無意識のうちに瑠璃の中に流れ込んでいたのだ。
「んっ……なんだか、体が熱くなってきたかも……?」
鈴音の記憶にあてられ、瑠璃の身体の奥が熱くなる。
ここにいては鈴音の感情に飲み込まれてしまいそうだ。少しクールダウンしなければ、と彼女は階下に水を飲みに行こうと立ち上がった時だ。
「瑠璃?」
ちょうど風呂場から出てきた黄泉と目が合ってしまう。
彼女はバスタオルも纏わず、身体も髪もびしょ濡れのまま。
湯上りの赤く火照った身体、そこに纏わり付く雫たち。
首元の雫がつつぅ、と垂れ、彼女の胸の谷間を滑り落ち、地面の染みと化す。瑠璃はそれを見て、ゴクリ、生唾を飲んだ。
「ごめんなさい、バスタオルを忘れてしまって。ベッド脇にあるの。取ってくれるかしら?」
黄泉がベッド脇の机に置いてあるバスタオルを指さした。だが、瑠璃の視線はそこに向かない。
湯上りの彼女に釘付けで動かないのだ。
「瑠璃? 聞いてるのかしら?」
「黄泉」
気が付けば瑠璃の身体は黄泉のほうへ歩み、彼女を押し倒していた。
黄泉の瞳が困惑に揺れる。だがその瞳が、瑠璃の奥に潜む鈴音を見つけた時、彼女の目から涙が零れ落ちた。
「あぁ、鈴音……あなたは、そこにいたのね……」
「黄泉、ごめんね。あなたを一人にしちゃった」
「いいえ、あなたが帰ってきてくれた。それで十分よ。鈴音……」
黄泉が震える手で瑠璃の頬を撫でた。彼女の頬の熱は、鈴音と同じで温かい。
彼女に宿る鈴音が気持ちよさそうに瞳を閉じた。
「黄泉、私、またあなたと愛しあいたい。あなたの温もりが欲しいの」
「鈴音……」
鈴音の瞳が熱く潤んでいる。おねだりをする時はいつもそんな目をしていた、黄泉は思い出して少し微笑む。
「ねぇ、お願い、黄泉……もう一回、エッチしようよ」
鈴音の顔が黄泉に迫る。鈴音の頬は紅潮し、とても抑えが効かないとでも言いたげだ。
「鈴音、ごめんなさい」
だが、黄泉は鈴音の頬に優しく手を置き、それを遮った。
「どうして、黄泉……」
「本当にごめんなさい……あたしだって、あなたとまた愛しあいたい。けれど、あなたはもう、死んだのよ……」
黄泉の声が涙で上擦っている。そんな彼女に大丈夫だ、という風に鈴音は優しく声をかける。
「でもこうして、魂だけは残ってる。瑠璃の中で、私は生きてるんだよ? 今の私は、瑠璃じゃなくて鈴音なんだよ?」
「あたしは、鈴音の身体じゃないと嫌よ。それに、瑠璃のほうはどうなるの? 瑠璃の気持ちは? それは瑠璃の身体でしょう?」
「あの子は受け入れてくれる。だって優しいもの」
その時だ、黄泉が鈴音の身体を突き飛ばして立ち上がった。
「あの子をバカにしないで。確かに瑠璃は優しいわ。あなたと同じで他人のことを思いやってて、他人よりも自分が傷つくことを第一に思ってる。それでも、あの子にはあの子の意志がある。ねぇ、鈴音だってそうでしょう? あなただって、優しかったわ……そんなあなたが、こんなことするなんて考えられない」
鈴音はぼぉっとした瞳で黄泉を見つめている。彼女がこんなことを言うなんて思いもしなかったからだ。
「もうあなたは死んでしまったの。あたしは、あなたが繋いでくれた命で先に進む。だからもう、あたしの前に現れないで」
黄泉は鈴音に背を向けた。
その瞳に、大粒の涙をためて、それでも泣き出さないようにこらえている。
本当ならばたとえ瑠璃の身体であったとしても鈴音と愛しあいたい。けれどそうしてしまうと先に進めない。
鈴音を乗り越えて、強くなれないのだ。
「あたしは決めたの。強くなるって。いつか、あなたを超えるほど強くなるって。あなたといるとあたしは弱くなってしまう……だから……だから……消えてよ!」
「黄泉……」
「あたしはもうあなたがいなくても大丈夫だから……瑠璃を守ってあげて」
黄泉の身体がぎゅっと抱きしめられる。
その熱は、鈴音ではなく瑠璃のものだ。何もかも包み込んでしまいそうな、優しい温もり。
「ごめんね、黄泉……」
「いいえ、瑠璃は悪くないわ……もちろん、鈴音も……うぅっ……ぐすっ……」
「いいよ、泣いても……よく頑張ったね、黄泉……」
「うわぁぁぁぁん!!!」
黄泉は泣いた。いつものクールな雰囲気などどこへやら。
まるで迷子になった子供みたいに、泣き腫らした。
泣いて泣いて、顔がぐちゃぐちゃに汚れてしまっても、それでも泣いた。
瑠璃は彼女が泣き止むまで、ただじっと彼女の身体を抱きしめ続けたのだ。
「ハクシュンッ!」
突如黄泉が大きなくしゃみをする。あまりの大きさに瑠璃はビクリ、肩を震わせた。
「うぅ……寒いわね……そろそろ服を着させてくれるかしら?」
「え? あ、あぁ、そうだね!」
瑠璃はそこで黄泉がお風呂上がりで何も着ていないことを思い出した。
瑠璃は急いでバスタオルを取り、彼女の身体にかけてやる。
「ハッ……はくしゅっ! 私もなんだか寒くなってきたかも……」
「あたし、まだ体拭いていなかったからね。あなたの服、びちょびちょよ」
「どうりで寒いわけだ……でも着替え無いし……」
「タンスに入っているわよ」
「え? タンスの中は空っぽじゃ」
黄泉がタンスを開けると、そこにはパジャマが入っていた。先ほどまでは何も入っていなかったというのに。
「ど、どういうこと!?」
「さぁ? 着替えが欲しいなと思いながら開けたら、服が入ってるのよ」
「ま、まじかぁ……じゃあ私も着替えを」
瑠璃も着替えが欲しいと願いながらタンスを開けると、パジャマが現れた。
彼女はすぐさまそれに着替え、ほっと一息吐く。
黄泉もパジャマを着て、ゆっくりとベッドに腰を下ろした。
「で、あなた、どうしてここにいるの? まさか覗き?」
瑠璃は全力で首を横に振った。
「冗談よ。そんなに否定しなくてもそうじゃないことくらいわかるわ」
「えっと……ご飯食べた後、黄泉の様子がちょっとおかしかったから心配になって」
「はぁ……そうだろうと思ったわ。さて、どこから話そうかしら」
「え? 話してくれるの?」
意外そうな瑠璃の顔を黄泉は溜め息交じりに見つめ返した。
「これはあなたにとっても大事な話になる。いつかは話さなくちゃと思っていたのよ」
「私にとっても?」
「えぇ。鈴音の魂を託された、あなたにとってね」
黄泉は瑠璃の胸元、そこに眠るであろう鈴音を指して言った。
「鈴音の……わかった、聞かせて。あの子に何があったのか」
瑠璃は黄泉の横にぽふり、座る。それを確認して瑠璃は話し始めた、鈴音の最後に何があったのかを。
「あたしが瑠璃たちと会う前の戦いのことよ。その時はあたしと鈴音と、あと4人の魔法少女がいた。みんな手練れで強かった」
「へぇ……でもそんな強い人たちが今はいないってことは……」
「えぇ。でも話は最後まで聞いて。あの日あたしたちはホワイトガーデンに飛ばされた。けれどその時のホワイトガーデンは、いつもとは違った。迷宮のように入り組んでいるわけじゃなくて、ひとつの大きな部屋のようだったの。真四角に仕切られた壁、中央には女性の石膏像、それ以外は何もない。けれど、そこに突然現れたのよ、悪魔が」
彼女は忌々しげに顔をしかめる。
「真っ黒な身体に、こうもりみたいな羽根、腕は数えきれないくらいあった。それこそ千手と思えるくらいね。その千手の悪魔は普段のインベーダーと違う、あたしたちはすぐさまそれを察知した。その読みは当たっていて、悪魔はとても強かった」
黄泉の手が震えている。瑠璃はそっと彼女の手を握り締めた。
「あいつの強さを思い出すだけで、震えが止まらなくなる……いったいどういう戦い方をしてたのか、思い出せない。あの時は必死で戦ってたから。みんな、必死に戦った。けれど、いつの間にか残ったのはあたしと鈴音だけ」
黄泉の手を通じて彼女の体感した恐怖が伝わってくる。
さらに胸の奥底で眠る鈴音の恐怖も瑠璃に伝わってきた。
瑠璃はまだ見ぬ千手の悪魔に身を震わせる。
「そして鈴音は、あたしを助けるために魔法を使った。どんな魔法を使ったのかはわからない。けれど、魔法を使ったら千手の悪魔は目の前から消えていて、鈴音もどこかに消えてしまった。何が起こったのか、調べる前にあたしの身体は別のホワイトガーデンにいた。そう、あなたに会ったあの庭園よ」
「そ、そうだったんだ……」
「何が起こったのかわからなかった。かつての仲間たちが遺した魔装も無くなってしまっていた。あたしは焦ったけれど、新しい魔法少女がこちらに送られて来て、焦っている余裕はなくなった。まだあたしは戦わなければいけない。もしかしたら戦い続けていれば鈴音と再会できるかもしれない、そんな淡い期待も持っていたわね」
「その後は私たちと出会って……」
「えぇ。一人で行動していたのも、鈴音がどこかにいるかも、と少し思っていたからよ。けれどあなたが鈴音のユニコーンを持っていて、それでなんとなく気が付いてしまった……鈴音が死んでしまったんだ、と」
「そうだったんだ……」
瑠璃は首から下げたユニコーンのネックレスをぎゅっと握った。
思えばこのユニコーンがすべてを繋いでくれたのだ。
「ねぇ、黄泉。これ、黄泉に渡しておくよ。私よりも黄泉が持ってた方がいいでしょう?」
瑠璃がユニコーンのネックレスを外し、黄泉に差し出す。
しかし彼女は首を横に振った。
「いいえ、それは鈴音があなたに託した物よ。だからあたしは受け取れない。それに、もしかしたらこの子があなたと鈴音を繋いでいるかもしれないでしょう?」
黄泉は人差し指で優しくユニコーンの頭を撫でてやる。
「これはあの子のお守りだった。今度はあなたを守ってくれると思うわ」
「そっか……じゃあ、私が持っておくね。絶対、大事にするから」
えぇ、黄泉は頷いてニコリ笑った。
「それにしても千手の悪魔かぁ……黄泉も敵わなかった相手……」
「えぇ……あいつはまだ生きているわ。あいつと対面したときにぞわりとした何かを感じたの。それがいまだに消えてくれない。だからあいつは、まだどこかで生きていて、あたしたちの前に現れる……」
「そいつを倒すために真宵たちがやってきたのかな? でもどうして強敵が来る前に混成チームができるのかな?」
「どういうことかしら?」
「私たちは次に来るインベーダーのことなんてわからないでしょう? なのになんで強敵が来る前にチームが組まれるの? まるで未来予知するみたいに。もしかしたら、私たちを裏で操ってる黒幕がいるのかも」
「はぁ……そういうことを考えても無駄よ。あたしたちには何もわからない。それよりも早く眠ったほうがいいわ。さっき少し聞こえたけれど、あなた、明日から特訓なのよね?」
「あ、そうだった……」
「あたしもあなたたちが強くなることに賛成よ。もし次の敵が千手の悪魔出なくても、それと同じくらい強い相手なら生き残れないかもしれない。あたしはもう、大事な人を失いたくないの」
そう言って黄泉は布団に潜る。
「そっか……じゃあ、おやすみなさい」
瑠璃もそう言って同じ布団に潜った。
「ねぇ。あなたは自分の部屋、あるでしょう? 少し狭いのだけれど。今日も同じ布団で眠るつもりなのかしら?」
「だって私、一人じゃ寝れないし。あ、今日は気分を変えて私の部屋にする?」
「そういう問題じゃなくて……はぁ、もういいわ。好きにして」
「ありがと。やっぱり黄泉は優しいなぁ」
こうして二人は眠りについた。
黄泉の温もりを感じて、瑠璃は今日も安心して眠ることができた。
翌日の朝から約束通り瑠璃たちの訓練が開始された。
「それじゃあ屋上行くで」
「お、屋上?」
「部屋の中やとせまぁてなんもできんからな」
真宵に連れられ彼女たちはついていく。
2階の廊下の奥、そこにあった梯子を上ると屋上へと出た。平たい地面に落下防止の鉄格子、訓練にぴったりな場所だ。
「へぇ、外ってこんな風になってたんだ……どこ見ても何もないね」
瑠璃は辺りを見渡して呟く。この家を中心に広がっているのは闇ばかり。
その闇を見ていると果てが無いように思えて、気がおかしくなってしまいそう。
「深淵を覗くとき、深遠もまたこちらを覗いている、なんて言いますよね。案外この向こうでボクたちが見られてたりして」
「なににやねん。そんなしょーもないこと言ってる暇もないで。さっさと特訓や。うちは魔装の使い方教えたるわ」
「あたしは魔法の使い方よ」
「んっ!」
真宵と黄泉に続いて、陽菜も前に出てきた。
「陽菜ちゃんも何か教えてくれるの?」
「んっ! んっ!」
うんうんと頷いてやる気みたいだ。
「陽菜はうちらの技術の応用を教えてくれるわ。魔法を使った身体強化とその際の魔装の使い方や」
「身体強化?」
「あぁ。あんたら、昨日陽菜の技見たやろ。一瞬で相手こま切りにしたけど、それは陽菜が身体強化の魔法使って素早くなったからや。陽菜はな、誰よりも魔法で身体強化するんがうまいんや」
「へぇ」
褒められて、ふんす、と陽菜は鼻を鳴らした。
「じゃあまずはあたしが魔法の使い方を教えるわ。いいわね?」
こうして二人の訓練が始まった。
「ホワイトガーデンでは心が弱まると悪い影響を及ぼすのは知ってるわよね? でもその逆もある。心が強まると、その分強い魔法を出せるの」
「それ、ボク実感あります。絶対に生きて帰るんだって思って魔法を使うと、いつもより威力が高い気がしました」
「そうね。生きて帰る、とか、絶対にこいつを倒す、と思えば思うほど魔法は強くなるわ。常に前向きなことを心掛けて」
「なんだ、簡単じゃん。それだと訓練いらなくない?」
そんな瑠璃に黄泉の鋭い視線が飛んだ。どうやらそんなに甘くないようだ。
「けれど魔法を使うと体力を消耗する。常に全力で魔法を使えば体力がすぐになくなってしまう。そうね、例えるなら長距離走を最初から全力疾走するような人はいないでしょう? ペース配分が大切なの」
黄泉はそう言うとマスケット銃を構えた。
「だからまずは弱い魔法と強い魔法を自在に操ることから。そのあとは強い魔法ばかり使って基礎体力を上げるわ。とにかくこれの繰り返しよ。あなたたちは魔法を使うことになれてもらわないと」
黄泉がマスケット銃の引き金を引いた。大きな魔法の弾が飛び出した後、小さな魔法の弾が飛び出した。
あとに飛び出た小さな玉のほうが素早く、大きな魔法にあっという間に追いつき衝突。雷撃が弾けた。
「どうかしら? あなたたちの射出系の魔装だと、こういう魔法の使い方もできる。弱い魔法は素早くて、強い魔法は遅いの。それをうまく使い分けられれば戦い方の幅がぐっと広がるわ。ほかにも」
黄泉がまた引き金を引いた。すると今度は小さな魔法の弾がいくつも纏まって飛び出す。
そう、まるで散弾のよう。
「瑠璃の魔装だとこういう散弾銃みたいな使い方もできるわね。まぁこれは後で真宵にも教えてもらえると思うわ。今は魔法のコントロールと基礎体力の向上がメインよ。さぁ、始めましょう」
こうして魔法の訓練が始まったが、あまりうまくいかない。
そもそも魔法という非日常的な力の使い方など、彼女らにはてんで分からない。
どこに力を入れるか、とか、逆に力を抜く、とか、そう言った指標がない以上感覚に頼るしかない。
「ムムムっ……! ちっちゃいの出ろ!」
「ダメね。意識しすぎているわ」
「けれど意識しないと大きさを変えられなくないですか?」
「ボールを投げる時の感覚と似ているわね。ボールを投げる時、相手の距離は確認するけれど、あとは無意識にこれくらいという力をかけているでしょう? 無意識に力を変化させるの」
「う~ん……ダメだ! 難しい!」
「頑張って。一度感覚をつかめればあとは慣れよ。あとは諦めない心が大事なの」
「こういう時こそ鈴音の出番なんだけどなぁ……」
瑠璃は自分の胸の奥の鈴音を呼んだが、彼女は何も応答してくれない。
自分の力で強くなれ、と言っている風だ。
「瑠璃さん、頑張るしかないみたいですよ。諦めないで、一緒に乗り越えましょう!」
「うん!」
そうして訓練すること数時間、何度か休憩を挟んだが彼女たちの体力は限界だ。
「はぁはぁ……魔法って、案外体力を使うんですね……」
「なんだかくらくらしてきたかも」
「ボクもです……意識がぼぉっとして……もう集中できません……」
「二人には難しかったかしら? でもこれができないと戦いの幅が広がらないわ。死んでも習得してちょうだい」
「鬼だぁ……」
瑠璃はふらつく足で何とか立ち上がり、銃剣を構える。
もう魔法を撃つ体力はほとんど残っていない。銃剣がずっしりと重く感じ、握っていることもやっとだ。
けれど彼女の瞳にはいまだ火が灯っていた。
まだ諦められない、強くなりたい、その意思が彼女を奮い立たせている。
それは舞奈も同じだ。彼女も弓を握り締め、立ち上がる。
強く弦を引き絞り、鋭い瞳で未来を睨みつけた。
「ふぅ……これで最後かも……もう力が出ない……でも、これで決める!」
「えぇ、そうですね、瑠璃さん! ボクもこれで、決めます!」
「意識せずに、感覚を頼りに……ダメだ、考えちゃ……頭を空っぽにして……はぁ……よしっ!」
瑠璃は大きく息を吐き、リラックスした後すぐに引き金を引いた。
なにも意識せずに、引き金を引く指先だけに感覚を集中させ、魔法を撃ち放った。
するとどうだろうか、小さな魔法の弾丸が素早く飛び出したのだ。
彼女はさらに二回引き金を引く。大きな弾と小さな弾が交互に飛び出す。
かたり、彼女の手から銃剣が滑り落ちる。
それは魔法の使い過ぎで体力の限界が来たせいもある。しかし、一番の理由は何よりも嬉しかったからだ。
本当にできるかどうか心配だったことができてしまった、その嬉しさで放心するしかなかった。
「瑠璃さん、ボクも、できました」
隣では舞奈がちょうどサイズ違いの火の矢を放ったところだった。
二人は顔を見合わせ、へたり、地面に座り込む。
そして小さく笑いあった。
「あはは、ほんとにできちゃった。夢みたいだね」
「えぇ、そうですね。まさか本当にできるなんて……努力は報われるって、こういうことを言うんですね」
二人に喜び合う体力は残っていない。彼女たちが今できる最大の喜び表現が、これだったのだ。
だが、黄泉はその程度の出来では許さない鬼教官であった。
「二人とも、これで終わりじゃないわよ? これは基礎なの。さぁ、さっきの感覚を忘れないうちに続きをやりましょう」
「ひぇ……やっぱり鬼だぁ……」
彼女たちがこの技を習得するにはあと1時間を要したのだった。
食事休憩を終えた瑠璃たちを待っていたのは、真宵による魔装訓練だ。
「せやなぁ……まず魔装について説明せなな。魔装はその人間の心の形を武器にしたものなんや。うちは動物が好きで、動物に憧れてたから牙と爪の魔装や。あんたら、心当たりあるか?」
「ボクは弓道で全国大会に出たからですかね。現実でも弓の扱いは得意でした!」
「弓の扱いなぁ……そういや昔、男にご執心なやつが弓持っとったなぁ……」
とたん舞奈の顔がぼっと火を噴いた。
「そ、そんなことないですよ! ご、ご執心だなんて!」
「は? 誰もあんたのこと言うとらんやん……ははぁん、なるほどなぁ……ということはあんた、好きな人がおるな? その人のハート狙い撃ちってことや!」
「あ、あははぁ! あ、そうだ! 瑠璃さんはどうして盾なんですか!? やっぱり誰かを守りたいから、ですか!?」
舞奈が勢いにまかせて瑠璃に尋ねた。舞奈の顔はリンゴのように真っ赤。
もう見ていられない、と瑠璃は話した。
「私は、たぶんそうかも。誰かの苦しみを受け入れたいって思ってたから、盾なのかも」
「で、魔法もその人間の心が現れるんや。性格であったりトラウマであったり、様々やな。瑠璃は氷やから、クール……いや、ちゃうな。寒いところでなんかあったな?」
「当たり。お母さんたちが死んじゃって、一人で寒くて寂しかった……だから氷の魔法なんだ」
「自分の力のルーツを知るっていうのは大事やで。その気持ちや記憶が、力になることもあるからな」
「あれ? 舞奈には魔法のルーツ聞かないの?」
「は? 聞かんでもわかるやろ! 舞奈の炎は嫉妬の炎や! ご執心な相手に思い人でもおるんやろ」
「なななっ! ぜ、全然そんなことありませんから! ご執心でも嫉妬でもありませんからね!」
「舞奈……真っ赤な顔で否定しても説得力ないよ……」
そんな舞奈をおいて真宵はさらに続ける。
「で、魔装は魔法の力を安定させるんや。なんて言ったらわかりやすいやろうか……ファンタジー世界の魔法の杖、とでも考えといてや。杖があるから魔法が使える、魔装があるから魔法が使える、おんなじなんや」
「つまり手から炎を出したりはできないってこと?」
「いや、できるにはできるで。現にあんたは足から炎の魔法出してジェットみたいにしとったやろ? ま、それは次に陽菜が教えてくれるやろうし割愛するで。とにかく、魔装から魔法を撃ち出す、これが魔法少女の基本の戦い方や」
真宵はそう言って自分の手に爪の魔装を取り付けた。
「魔装は心の形、その人間が魔法を使いやすくするための形になっとる」
真宵が宙を引っ掻いてみせると、そこに電撃が走った。
彼女の雷の魔法が発動したのだ。
「引っ掻けば魔法が使える。噛みつけば魔法が使える。舞奈は撃てば魔法が使える。瑠璃は防げば魔法が使える。そういうイメージが刷り込まれとる。せやけどな、これはただの心の形や。形に捕らわれんかったら、こういうこともできるんや」
そう言うと真宵は手を真正面に突き出した。すると、爪の先に雷の球体が出来上がり、それが撃ち出された。
他にも開いた手のひらから、手の甲からも魔法を撃ち出す。
「自分のイメージ次第で魔法はこんな風に発動できるんや。やから魔装の形に捕らわれたらあかん。イメージして、いろんな使い方をするんや」
「なるほど……?」
「こればっかりは自分のイメージや。うちはなんも言われへん。やから……」
真宵はそういうと牙の魔装も装着し、瑠璃たちを睨んだ。
「全力でかかってき。うちに3発、攻撃いれれたら終わりや。度肝抜かすような攻撃してくること、期待しとるで」
そして彼女は瑠璃たちに襲い掛かった。とっさに応戦する二人だが、素早い彼女にはすべてよけられてしまう。
そう、不意打ちくらいでしか彼女を攻撃できない。すぐさま二人は理解した。
「魔装の使い方……イメージして、魔法を放つ!」
瑠璃は銃剣を横に薙ぐ。が、真宵はするりとそれを避ける。
だがそれは瑠璃の予想の半中だ。瑠璃は薙いだ銃剣の側面に魔法を集中させ、撃ち放つ。
しかし思った以上に魔法が大きくならず、真宵の爪にかき消されてしまった。
「な、なんで!? いつもより魔法が弱い!」
「イメージ不足やな。側面から魔法を撃つっていう考えはよかったな。けど、そうするにはイメージが足りんかったんや。魔法の力はイメージの強さに比例する。しょうもないイメージやとそれこそしょうもないダメージしか与えられん」
「そういうことね……」
瑠璃は銃側面で魔法を撃つというイメージが足りなかったのだ。
そのことを理解はしても、実際にイメージすることは難しい。
本来銃は銃口から弾丸が飛び出す、側面からどうやって銃弾が飛び出すのだ。そのイメージのあやふやさが攻撃にぶれをもたらしている。
「なら、盾を使う!」
瑠璃は地面に盾を叩きつけた。すると地を這う蛇のように氷柱が走り、真宵の元へ。
だが彼女はそれを宙に飛んで躱す。
「まだまだ!」
瑠璃は勢い付けて氷柱を盾で殴りつける。すると今度は氷柱が首をもたげたみたいに上へ上へと伸びたのだ。
「ちっ! 伸びるんかいな!」
真宵は舌打ち一つ、伸びた氷柱を爪で切り裂いていくが、どんどんとせりあがる氷柱には意味をなさない。
「舞奈!」
「わかりました、瑠璃さん!」
氷柱にかまけている間に、舞奈が弓を撃ち放ち、一撃を加えることができた。
「ほぅ……瑠璃はだんだんイメージできてきたようやな。けど舞奈。あんたはまだみたいやな? 弓はイメージが難しいと思うけど、やりようはいくらでもあるで」
「は、はい!」
真宵は今度は舞奈を集中的に狙う。
舞奈は矢を放ち一定の距離を保つが決め手に欠ける。
そもそも弓をどうイメージすれば魔法が使えるのか、彼女には考えあぐねていた。
「こんな単純な軌道やと寝てまうわ!」
「単純な軌道……そういうことか!」
真宵の言葉で何かを思いついた舞奈。
彼女は弦を思いきり引き絞り、矢を放つ。
矢がぎゅいん、と真宵に向けて突き進む。しかし真宵はまたもそれを避けてしまう。
だが今回はそれで終わらない。
過ぎ去った矢が、ぎゅん、と方向を変え真宵に襲い掛かってきたのだ。
「反転できるようになったんやな! でも、そんなんまだ序の口やで!」
「えぇ、わかってます! だから!」
真宵が矢を落とそうと爪を振るった。が、その瞬間、矢がひょい、と爪を避け、真宵の身体に突き刺さった。
「弓はイメージできなくても、矢の軌道はイメージしやすい!」
「なるほどなぁ。ラジコンみたいに矢を動かしたんか。さすがやな。それ、もう一回やってくれへんか?」
「手加減しませんよ? 次で終わりかもしれません」
「ええからええから。全力でやってき?」
「わかりました!」
舞奈が矢を放つ。今度は初めから全力、ジグザグと動き回り軌道が読めない。
だが真宵はするりと矢を避け、舞奈の懐へ。
驚いた舞奈、その瞬間矢が彼女のコントロールを離れ、あらぬ方向へ飛び去った。
「矢をコントロールしてる間は本体は無防備、それに意識が途切れたら矢のコントロールもできなくなる。欠点まみれやで?」
「そ、それは……」
真宵が爪を振りかざし、舞奈に襲い掛かった。
だが、瑠璃がその間に立ち塞がり、盾で爪を受け止める。
「欠点は補うものだよ? 舞奈が矢を操ってる間、私が守ってあげるから!」
「瑠璃さん……」
「私は舞奈に背中を預けて戦ってるつもりだよ? そんな舞奈を守るのは当たり前。舞奈も、もっと私を頼って?」
「わかりました、瑠璃さん……それじゃあ最後の一発は、二人で決めましょう!」
舞奈が矢を操り、真宵の動きを翻弄する。その間瑠璃が真宵と直接ぶつかり合う。
もちろん舞奈に意識が向かないように瑠璃は立ち回る。
次第に二人の息がぴったりとあってきて、真宵は苦し気に目を細めた。
「なるほどなぁ……うちはあんたらを甘くみとったみたいやな。こんなにできるなんて思ってなかったわ」
「私一人の力じゃ敵わなくても、二人いれば敵うかもしれない!」
「えぇ! これがボクたちの、仲間の力です!」
瑠璃が盾を叩きつけ、氷の柱を出現させる。それも一つだけではない、四つだ。
その四つは真宵を囲むように出現した。
氷柱に捕らわれた真宵。その好機を舞奈は見逃さない。
彼女は矢を同時に三本放ち、真宵を狙い撃った。
そのどれもが違う挙動をし、真宵に襲い掛かる。
氷柱のせいで真宵は思うように体を動かせない。矢は多少荒いコントロールだが、そんな真宵を撃ち抜くことはたやすい。
「うちの意地もあるんや! 負けへんでぇ!」
真宵も意地で矢を迎撃していく。なんと彼女は動きづらい身体で矢を三本とも落としたのだ。
「どやっ! うちの力! 舐めたらあかんで!」
誇らしげな顔でそう言い放った真宵。しかし次の瞬間に、その誇らしさはどこかに消えてしまう。
矢を迎撃している間に、瑠璃が彼女の目の前まで迫っていたからだ。
突き付けられる銃口。
「しまったなぁ」
そして撃ち放たれる弾丸。彼女はそれを避けることができなかった。
「やった! やったよ、舞奈!」
「はい、そうですね! ボクたちの勝ちです、瑠璃さん!」
瑠璃と舞奈は嬉しそうにハイタッチを躱す。
「嬉しそうやなぁ……青春や」
地面に倒れた真宵は、小さく笑いながら立ち上がる。
「でもな、仲間の力も大事やけど、一人で戦わなあかん時もある。前の大蛇みたいに分断されることもあるしな。今度は一人でかかってき!」
まだまだ真宵の訓練が終わることはなかった。
またも数時間の訓練の後休憩、そして陽菜の番がやってきた。
「んっ!」
「えっと……陽菜ちゃんは魔法での身体強化を教えてくれるんだったよね? でも私、陽菜ちゃんの言葉わかんないんだけど……」
「ボクもです……なんとなくニュアンスで伝えたい感情はわかるんですけど……何を言っているかまでは」
「うちに任しとき! うちは動物と戯れてる間に何言いたいかわかるようになってん!」
「陽菜ちゃん動物じゃないけど……」
「小動物みたいに可愛いし、おんなじやて。な、陽菜?」
「んっ!」
満足そうに頷く陽菜。本当にそれでいいのだろうか、と瑠璃は思ってしまった。
「まぁ完全に言葉にするんはうちも難しい。多分陽菜もそれはわかってるやろうから、実戦形式やろな」
陽菜はこくり、頷いた。
「で、魔法での身体強化やけど、瑠璃は前もやっとったな。足に魔法を集中させてジェットみたいに加速したやつや。まぁ簡単に言えばあんな感じに使うけど、もっといろいろ使い道はある」
「そうなの?」
「あぁ。さっきも言うたけど、イメージなんや。イメージすれば魔法はそれに応えてくれる」
「またイメージかぁ……」
「ん! ん!」
と、陽菜が何か言いたげにしている。真宵は陽菜の言葉にならない声を聞き取り、うんうんと頷いた。
「早く始めるで、やってさ。鬼ごっこするみたいやで」
「お、鬼ごっこ?」
「懐かしいですね、小学校以来やってませんよ」
「あんたら二人が鬼で、陽菜を捕まえることができたら終了らしい。ただ陽菜は言うたけど魔法での身体強化は最強クラスや。一筋縄では捕まらんやろうなぁ」
陽菜がむふぅ、と得意げに笑って見せた。瑠璃たちには捕まえられないだろう、なんて余裕が滲み出している。
「舞奈、ここまで来たんだし、絶対捕まえるよ!」
「えぇ、わかってますよ、瑠璃さん!」
「それじゃ、スタートや!」
真宵の合図とともに陽菜の身体がその場から消えた。いや、ものすごい速度で走り去ったのだ。
瞬き一つの間に陽菜は屋上の端、フェンスの上に立っていた。
「早いなぁ……でも私も負けてらんないから!」
瑠璃は前の戦いを思い出し、足裏に魔法を集中させ、地面を蹴る。
炎が爆発し、ジェットのような勢いで陽菜に迫った。
だが瑠璃がフェンスに到達するまでのわずか2~3秒の間に、陽菜は反対側のフェンスの上へ。
「舞奈! そっちに行ったよ!」
「ボクも瑠璃さんのマネを……足に魔法を集中させて……こう!」
舞奈も瑠璃と同じように足に魔法を集中させて、爆発の勢いで陽菜に迫る。
だが陽菜はもうそこにはいなく、二人のちょうど中間の距離でにこにこと笑っているのだ。
「やっぱり早すぎる……追いつけないよ!」
「あんたらはタメが長いんや。足に魔法を集中させてる間に陽菜はもうどっかに行っとるで。ぱっぱと魔法使わな、いつになっても陽菜に追いつけへんで」
真宵の言うとおり、瑠璃たちにはタメが長い。
足に魔法を集中させて、魔法が溜まり切ったところで爆発させ推進力を得る。
だが陽菜は違う。そんなことをしなくとも、自然と体が魔法を使い加速を得ている。
その違いはなんだ。瑠璃たちは頭をひねる。
「それってもしかすると」
そこに先に気が付いたのは舞奈だった。舞奈は陽菜の動きを観察して、気が付いたのだ。
「ボクたちはまず魔法を足に集中させていた。でもそれが間違いだったんですよ。あらかじめ魔法を全身に回しておくんです! そうすると必要な時にその部位で魔法が使える、そう、電源スイッチを入れるみたいに簡単に!」
舞奈はゆっくりと深呼吸をする。落ち着いて、自分の身体に魔法を巡らせる。
魔法の扱い方は黄泉に習った。イメージの膨らませ方は真宵に習った。
その二つを組み合わせて、舞奈は自身の全身に魔法を行き渡らせる。
「なんだろう……魔法が全身に回ったら、体が軽い! それに、ポカポカします! これが魔法の力……」
舞奈は陽菜を見つめ、足に意識を持っていく。
するとどうだろうか。先ほどのタメがなく、瞬時に足が最高速に達したのだ。
逃げる陽菜。だが舞奈はそれを追えている。
「すごい! 陽菜さんを追いかけられる!」
舞奈は陽菜を追いかけ、その手を伸ばして彼女にタッチしようとした。
だが瞬時に動く陽菜の姿は捕らえられない。
「舞奈! あんた、腕を伸ばしてる間足のほうの意識が疎かになっとる!」
「なるほどですね……腕を伸ばそうとしたから、足の魔法がぶれて速度が落ちた……」
「今度は私がやってみる!」
次は瑠璃が魔法を試す番だ。舞奈の言った通り全身に魔法を行き渡らせ、陽菜を追いかける。
しかし腕を伸ばすところでどうしても足のほうが疎かになってしまう。
「だめです……どうしても二か所同時に魔法を使うとなると意識がぶれてしまう……難しいですね」
舞奈たちは額に浮かんだ汗を拭い、一息吐く。
一方の陽菜はまだ余裕そう。楽しそうに笑っていた。
「もしかしたら私たちのやり方が間違ってたのかも?」
「どこがですか?」
「多分魔法を全身に行き渡らせるのはあってると思う。でもその使い方が間違ってるんじゃないかな。ほら、私たち、走るときも腕を伸ばしたりするときも、頭では考えないでしょ? 魔法は意識して使うんじゃなくて、無意識に使う。だから、手を伸ばすとか、足を早くするとか考えちゃダメなんだと思うんだ」
「普通に体を動かすみたいに、魔法を操る、ということですか?」
「うん、多分そうなんじゃないかな」
意識と無意識、黄泉との訓練で散々言われたことだ。
今度は魔法だけでなく、魔法と体を連動させた無意識を作らなければならない。
「で、あとはイメージで補完するって感じかな? 魔法も体の一部なんだってイメージして……」
瑠璃は目を閉じて深呼吸する。自分の中でイメージを組み立て、意識を完全に手放す。
体の中に巡る魔法、それを全身に馴染ませて、彼女は駆けだした。
今までよりも素早い加速であっという間に陽菜との距離を詰める。
そして最難関の陽菜を捕らえること。彼女は腕を伸ばした。
だがそれが躱されてしまう。それでも諦めずに何度も何度も腕を伸ばし、陽菜を捕まえようとする。
「まだイメージが足りないの!?」
「いいえ、瑠璃さん! できてます! 瑠璃さんの腕、すごい速さで動いてます! それも、走る速度が落ちないままで!」
陽菜を捕らえられないのは単純に彼女の実力のせいだ。
瑠璃は今、魔法を自分の物にすることに成功し、巧みに扱えている。
舞奈も遅れてだがそれを自分の物とし、陽菜を追いかける。
力を付けた二人に挟まれ、ようやく陽菜を捕まえることができた。
その時には二人とも汗だくで、意識も朦朧としていた。
「はぁはぁ……つ、捕まえましたよ……」
「はぁ……もうダメ……動けない……」
「お疲れ様、二人とも。ご飯ができてるわ。それを食べてゆっくり休みなさい。明日も訓練なのだからね」
「えぇ!? あ、明日も!?」
「何言ってるの? これは基礎の基礎よ。これができて初めて魔法少女としてのスタートラインに立てるのよ。あとはあなたたちの努力次第でいくらでも伸びるわ。頑張りなさい」
「は、はは、明日もだってさ」
瑠璃はごろり、と屋上に横になった。
舞奈も合わせて天を仰ぐ。
空には星すら輝かない闇が広がっている。
「不思議ですね……辺りは真っ暗なのに、ボクたちの周りだけは明るい。星も月もないのに、どうしてなんでしょうか?」
「さぁ? 私にはわかんないよ。でも、なんだか不思議な光景だよね……怖いけど、ちょっと素敵かも」
「そうですね……」
「舞奈、明日からもがんばろっか。絶対、生きて帰ろうね」
「えぇ、わかってますよ、瑠璃さん」
彼女たちの訓練が一週間を過ぎたころだ。
「あ、あれ!? な、なんだかびびっと来た! 背筋に寒気が走ったみたいな……」
「うちもさぶいぼ出たわ」
「さぶいぼ……あぁ、鳥肌のことですね。ボクも少し、感じました」
彼女らの背に、得体のしれぬ悪寒が走ったのだ。
そう、程度はどうであれ、全員にだ。
「ん……」
「陽菜も感じたか。そろそろやな、ホワイトガーデンに呼ばれんのも」
「わかるのかしら?」
「でかい奴が来る前は、こんな感じでびびっと来るんや。多分明日の昼までには向こうやろうな」
「そ、そんな……」
瑠璃の心臓がバクバクと鳴り響いてやまない。うるさすぎるその音に耳を塞いでしまいたくなる。
明日強大な敵と戦う。もしかしたら死んでしまうかもしれない、それは自分かもしれないし、大事な仲間かもしれない。
その恐れが彼女の心臓を強く鳴らし、手足に震えをもたらした。
だが彼女は地面をぎゅっと踏みつけ、手のひらをぐっと握った。
「大丈夫……私たちは強くなった……誰一人欠けないように、戦おうよ!」
それはただの理想、もしくは強がり。けれど声に出すことで皆に伝播し、彼女らの恐怖が少し和らいだ。
「そうですよ! ボクたちはパワーアップした。それに帰るべき場所もある! 絶対に負けませんから!」
「えぇ、そうね。あたしたちは強い、それを見せつけてやりましょう」
「せやな! 最高のチームで、楽勝や!」
「んっ!」
皆が団結し、最後の晩餐を囲む。
他愛ない話をし、みんなで笑いあう。今生きていることを、その喜びを噛みしめるみたいに。
そうして夜は明け、彼女らの脳内を震わせる鐘の音が鳴った。
その瞬間、彼女らはホワイトガーデンに立っていた。
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