第7話―幕間 犬神真宵「フラジール」―

 犬神真宵は授業が終わると真っ先に教室を飛び出し、体育倉庫裏へと向かう。

「大人しくしとったか、フラジール」

「わん!」

 そこには段ボールに入った子犬、フラジールが。フラジールは真宵を見るや否や、段ボールから飛び出して彼女の足にじゃれつく。

「あはは、くすぐったいわ。ほら、ミルクや。注いでやるから、ちょっと待っときや」

 この子犬は校門近くに捨てられていたのを真宵が拾い育てている。

 真宵の家はペットショップだ。普段から多くの動物の世話をしており、拾った子犬の世話まで手が回らない、ということで隠して育てている。

「よっぽど喉が渇いとったんやな。ええよ、いっぱい飲みぃ」

 フラジールが必死に器のミルクを飲んでいる。彼女はそんなフラジールの背を優しく撫でた。

 ぼろぼろの毛並みだ。真宵が整えてあげたが、それでもまだキレイにならない。

「ひどい環境で育てられたんやろな……最初うちのこともびくびくして見とったし。ほんま、酷い飼い主やで」

 初めてフラジールに会った時、その見た目はボロボロでところどころ血も滲んでいた。酷い虐待を受けていたのだろう。

 そのボロボロな見た目が、今にも壊れてしまいそうだったから彼女は子犬にフラジール(こわれもの)と名付けたのだ。

「って、うちもあんまり人のこと言えんか。ごめんな、まだ飼い主見つからんねん。もうちょっとここで我慢してな」

 そう言って優しく優しくフラジールの背を撫でる真宵。だがそんな彼女の頭上に影が降りた。

 振り返るとそこには、メガネをかけた女生徒が一人、立っていた。

「せ、生徒会長さんやないですか」

「最近このあたりで犬の鳴き声がするとあったので、見回りに来ましたが……そうでしたか、あなたが子犬を」

 生徒会長はメガネの奥の冷たい瞳でフラジールを見下ろしていた。

 そんな視線に割り込むように、真宵はフラジールの前に立ち塞がる。

「なんなんです? この子は捨てられとったんです。回復するまではここに置いてやってもええんちゃいます?」

「いえ、すぐに処分を。汚い身なりです。何かの病気を持っていて、もし生徒に噛みつきでもしたら大変ですから」

「ちっ、東京もんが。あんた、血ぃ通っとんのかいな? ロボットやろ」

 生徒会長はにったりと笑い、制服の袖をまくってみせた。

「試してみますか? もし赤い血が出たら、あなたの負け。その子犬は処分します」

「なっ!? そ、そんなん卑怯や!」

「はぁ、これだから私、大阪の人は嫌いなんです。何でもかんでも東京出身だから冷たいだのなんだの。すぐに嘘を吐きますし、ノリもうざいです。早く東京に帰りたいですよ」

 彼女は忌々しげに言うと、自分の爪で腕を引っ掻いた。白くほっそりとした腕に、つつぅ、と真っ赤な血が滲む。

「赤い血が出ましたね。私は人間です。勝負はあなたの負け。今すぐ連れて行きますから」

 フラジールに手を伸ばす生徒会長。真宵はその手を払い、彼女を思いきり突き飛ばした。

 尻もちをつく生徒会長にのしかかり、彼女の顔面を思いきり殴る。

 その衝撃でメガネが遠く彼方へ吹き飛んだ。

 だが生徒会長は怯まなかった。冷ややかな目で真宵を見つめる。

 真宵にはその目が本当にロボットのように思え、ぞっとした。

「な、なんやねんあんた! 気持ち悪いねん! フラジールに触るな、気色悪い手で!」

 だから真宵は生徒会長を殴った。何度も何度も。

 その拳にねっとりとした血が付いたと気が付いた時には、もう遅かった。

 生徒会長の顔はぼこぼこに膨らみ、鼻が折れ、口の端からはだらりと舌が力なく零れ落ちていた。

 かろうじて息をしてはいた。だが大変なことをしてしまった。

 真宵は恐ろしくなって逃げだした。

「わん! わん!」

 フラジールが鳴く声が遠く聞こえなくなる。けれどそんなことも気にせず、彼女は逃げた。

 だがやはりフラジールが心配で戻ってきたが、そこにフラジールの姿はなかった。

「フラジール……」

 その後、彼女がフラジールを見たことはなかった。

 フラジールははたして誰かに拾われたのか、それとも処分されてしまったのか、それすらわからぬまま彼女はホワイトガーデンへと送られてしまったからだ。


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