第6話―Day2「大阪の魔法少女」―
「あれ……? ここ、どこだっけ……?」
瑠璃は目を覚まし、辺りを見渡した。自分が育ってきた施設の部屋ではない。
次第に覚醒する脳が昨日のことを思い出し、彼女の顔からみるみる血の気が引いていく。
「あぁ、そうか……昨日のことは全部、夢じゃなかったんだ……最悪」
「あら、おはよう、最悪なお目覚めのようね」
「黄泉……」
ベッドのそばでは瑠璃を見下ろすように黄泉が立っていた。その手にはホカホカと湯気を立てるマグカップが二つ、握られている。
「コーヒーよ。あなたの分もあるわ。寝ぼけた頭にはブラックの刺激が一番よ」
「ミルクと砂糖も欲しいんだけど……」
「あら、そう。なら、下の階から取ってくることね」
「めんどくさいからそのままでいいや……うへっ……苦い……」
瑠璃はコーヒーを一口すすり、マグカップをベッド脇の机へ。
黄泉はそんな彼女をよそにおいしそうにコーヒーを啜っている。
よくそんなものが飲めるな、瑠璃は思ったが口には出さない。
「はぁ……起きたら全部夢、なんて都合のいいことないよねぇ」
「そうね。残念ながら、これが現実よ」
「現実って、いったい何よ」
瑠璃の中で現実という言葉が曖昧になり始める。
彼女の現実は、普通の世界で何の不自由もなく大した事件もなく平穏に暮らしていくこと。
しかし黄泉の現実は、もうこちらの戦いの世界なのだ。
そして瑠璃の思う現実がもう戻れない場所であるならば、戦いの日々が現実となるしかない。
「私は、現実に帰る……」
そう呟いた時だった。
突如頭を裂くような鐘の音とともに、ジェイルの平穏な光景が姿を消し、一面の百合の庭園が現れた。
真っ白に咲き誇る百合の花々、昨日は美しく思えたそれが、今は忌々しく思える。
「ほ、本当に突然でしたね……なにがなんだかわかりませんでしたよ」
「あ、舞奈、おはよう」
「瑠璃さん、黄泉さん、おはようございます」
「二人とも、挨拶してる暇はないみたいよ」
そう言って黄泉はキューブを取り出し、マスケット銃に変えていた。
黄泉の視線が左右に揺らぐ。瑠璃はその視線を追い、気が付いた。
自分たちはインベーダーに挟み撃ちにされている。
右には人間の身体に牛の顔が付いたバケモノ、ミノタウロスが。
左には馬の胴体に人間の上半身が付いたバケモノ、ケンタウロスが。
それぞれ血走った目で瑠璃たちを睨みつけている。
「黄泉、こういうことって、よくあるの?」
「いえ、ホワイトガーデンについてすぐに敵に囲まれるなんてなかったわ……最悪よ。とにかくあなたたちも魔装を出して」
「えぇ、わかりました」
瑠璃たちは自らの魔装を構えて、左右の敵を交互に見た。
「瑠璃、あなたはケンタウロスを。あたしはミノタウロスをやるわ。舞奈、あなたは状況に合わせてあたしたちを援護して。いいわね?」
「ねぇ、こいつらって昨日の奴より強い?」
「えぇ、そうね、昨日のは弱すぎたからあんまり比較にはならないけれど……このビリビリする雰囲気、奴ら一体だけでもボスと同じくらいには強いわね」
ゴクリ、瑠璃は唾を飲んだ。
昨日の敵よりもさらに強い。それを聞いて瑠璃は体に震えが走るのを感じた。
(大丈夫……昨日のボスは人質を取ってたから戦えなかっただけ……私ならできる、大丈夫、そうよね、鈴音)
彼女は自分の中に眠る鈴音を呼び覚まそうと声をかける。だが、彼女が答えてくれることはなかった。
「さぁ、いくわよ」
黄泉の合図で瑠璃は銃剣を強く握りなおした。そして一歩踏み出そうとした、その瞬間だ。
血しぶきが辺り一面に舞ったのだ。瞬時に赤に染められていく百合の花々。
「は……?」
それは一瞬の出来事。ミノタウロスとケンタウロスの頭が、同時に宙に舞ったのだ。
その後傷口から吹き出す血で、二つの頭は見えなくなる。
何が起こったのか、瑠璃にはわからなかった。いや、瑠璃だけではない。黄泉も何が起こったのかわからなかった。
だが、舞奈は見えた。動くものすら正確に射止める彼女の動体視力は捕らえたのだ、敵の首を高速で斬り飛ばした魔法少女たちの存在を。
「こんなザコ相手に怖気づいとったんか。なんや、大したことない奴やなぁ」
「ん」
シュタッと音を立て、瑠璃たちの前に舞い降りた二人の魔法少女。
「この人たちです……あのインベーダーを倒したのは」
「そうや、うちらが魔法少女や。負け知らずの、最強魔法少女やで」
「ん」
「ほぅ……それにしてもあんたら、けったいな格好やなぁ……そのぉ……えらいドスケベやな、アハハっ!」
一人は関西弁の少女だ。ぴっちりとしたレザースーツを纏い、犬みたいな人懐っこい笑みでからからと笑っている。
「ん」
一方は小さく頷くしかしない少女。小学校中学年くらいとしか見えない低身長、しかしその胸だけは大人顔負けの大きさだ。
纏ったパーカーの胸元にプリントされた猫の顔が苦しそうに膨れ上がってしまっている。
そのパーカーのポケットからイヤホンが伸び、彼女はずっとそれで何かを聞いているよう。
「な、なんですかあなたたちは!?」
「なんですかも何も、さっき言うたやろ。魔法少女や。あんたらと同じな」
「ボクが聞きたいのはそんなことじゃなくて」
「名前か? うちは
「そういうことでもなくて」
「なんやねん、はっきりせぇや」
明らかに真宵がイラついているのがわかる。だがその原因は真宵自身が話を進めさせてくれないから、とは舞奈は言えない。
「この子が言いたいのはあなたたちの強さよ。あたしもここは長いけれど、あなたたちみたいな強い子は見たことがない。いったい今までどこにいたの?」
「どこにって……そりゃ、大阪や。うちらはな、半年はこっちにおるで。その間他の奴らが死んで新しい奴が送られて来ての繰り返しやけど、うちらはずっと生き延びてきた、最強の魔法少女や。それに比べてあんたらは……東京もんか? そっちのドレスのほうはそこそこ戦い経験してるようやけど、そっちの二人はからっきしやな。来たばっかりか?」
「あ、はい。ボクたちは昨日来たばかりで……あ、ボクは舞奈と言います。こちらは瑠璃さん。で、ドレスを着てるのは黄泉さん。よろしくお願いしますね、真宵さん、陽菜さん」
「あはっ! マジメか、あんた!」
笑い転げる真宵。今度は舞奈がムッとした態度に。
瑠璃はまぁまぁ、と舞奈をなだめつつ真宵に尋ねた。
「真宵はこっちが長いんだよね? なら何か知ってる? 現実の世界に戻る方法とか」
真宵はそれに肩をすくめて答えてみせる。
「そうかぁ……こっちが長いなら、何か手掛かりをつかんでるかと思ったんだけど」
「すまんな。うちらも手掛かりを探しとるんやけど、ほら、ホワイトガーデンってなんもないやろ? だからヒントもくそも見つからんのや」
「でもあなたたちの存在が、ひとつの答えを出してるわ」
「なんや、黄泉。何かわかったんか?」
「えぇ。それは、どれだけ戦い続けてもここから出ることはできない、ということよ。現にあなたたちは半年もの間戦っているのでしょう?」
皆の間に重い沈黙が走る。
半年も戦い続けた二人が帰ることができない。それはこの先戦い続けても帰れる保証がなくなったということと同義だ。
「はぁ……あんた、よぉそんなこと言えるなぁ……」
「いえ、あたしは事実を」
「そういうのはテンション下がるから普通言わんで? 東京もんは空気も読めんのかい」
「さっきからあなた、東京をバカにしてるみたいな口の利き方だけれど、産まれや育ちは関係ないと思うわ」
「そうかい。ならあんた自身が空気読めん奴ってこっちゃな」
「あたしが空気を読めない? そんなことないわ。あたしはわかった事実を言っただけ」
真宵と黄泉が睨み合う。二人の間にバチバチと散る火花。それを遮るように、陽菜が二人の間にぴょこんと割って入った。
「ん」
「なんや陽菜、邪魔せんといてや」
「そうよ。あたしはこいつと決着を付けないといけないのだから」
「ん!」
陽菜が左右同時に指さした。その先には首を切り落とされた二体のバケモノがゆっくりと立ち上がり始めていたのだ。
「ちっ! あいつら首落とすだけじゃ死なん奴やったか。なら、心臓やな。行くで、陽菜!」
「ん!」
二人はキューブを取り出して、魔装に変えた。
陽菜の魔装は鈍色に輝く太刀だ。彼女の身長より長いのではないかと思われるほどの得物だ。
一方真宵の魔装は一風変わったものだ。キューブがばらばらと崩れ、その欠片が彼女の口元に、手に絡みついた。
そしてそれは肉食獣を思わせる巨大な牙を持つマスクと、カギ爪を持ったグローブに変貌する。
「一瞬で仕留めるで!」
真宵が四つん這いの姿勢になり、思い切り地面を蹴った。その瞬間雷鳴が走り、彼女はあっという間にミノタウロスの懐まで潜り込む。
それは肉食獣が狩りをするみたいに獰猛で、一瞬の出来事だった。
彼女はマスクに付いた牙でミノタウロスの胸元を噛み千切ると、カギ爪を思いきり心臓に突き立てたのだ。
破裂する心臓、飛び散る血液。彼女に降りかかる返り血。それを浴びてなお彼女は、笑顔を崩さずにいた。
一方の陽菜は長物を持っているとは思えない身軽さでケンタウロスのもとまで走り、横薙ぎの一閃。
そう、黄泉たちにはそれが一閃に見えた。動体視力がよい舞奈にさえ、だ。
だが、ケンタウロスの身体がばらばらと、まるでサイコロステーキみたいに細切れに崩れ落ちたのだ。
陽菜の攻撃は一閃ではなく、高速の連撃だった。それがあまりにも素早く、人の目には一閃としてしかとらえられない。
あっという間に二体のインベーダーを倒して見せた真宵たち。
「黄泉、舞奈……あれが、魔法の、魔装の、真の力よ……あの二人は、魔法を完全に自分の物にしているわ」
その強さに、三人はただ呆然とするしかなかった。
「ねぇ、ちょっと待ってよ。あの強そうな奴倒したのに、まだ鐘が鳴らないよ? それって」
「あぁ。ボスがどっかにおるっちゅうことやな」
「へぇ、舞奈は弓道全国大会出場かいな。そりゃすごいわ」
「ありがとうございます。おかげでこっちの世界でなんとか戦えてます。まぁ1日だけですけど……」
「いや、1日生き残るんも才能や。それに狙いが正確な後援がおれば安心して戦えるわ。で、瑠璃は何してたんや、現実では」
「私は特に部活とかは……養護施設で生活してたから、学校が終わってからは寮母さんのお手伝いしてたかな。ごはん一緒に作ったりとか、お使い行ったりとか。真宵は何してたの?」
「うちは親がペットショップやっててな、その手伝いや。毎日犬猫と接しとったんや」
「すごく癒されそうですね。陽菜さんは何をしていたんですか?」
「こいつはなんも喋らへん。何してたとかはわからんのや。でも、見た目からしてまだ小学生くらいやろ? 友達と遊んだり、塾行ったりしとったんちゃうんか?」
なんて三人は会話で盛り上がる。陽菜は一人でふわふわと歩いているし、黄泉は彼女らのずっと前方をずかずかと歩いている。
真宵とは馬が合わないらしく、こうして距離を取っているわけだ。
「まぁ陽菜のことは全然わからんけどさ、こいつ、めっちゃ可愛いんやで? 陽菜ぁ」
真宵が呼ぶと陽菜が彼女のもとへトテトテとやってくる。そんな陽菜の頭を真宵は撫でてやると、彼女は嬉しそうに目を細めるのだ。
そして猫が飼い主に甘えるみたく真宵の身体に頬をこすりつけている。
「どうや? かわええやろ?」
「私もやってみたい!」
「ええけど、初対面の相手に懐くかわからんで。うちもこの技身につけるのに一か月かかったからな」
「陽菜ちゃぁん……ほら、こっちおいでぇ」
瑠璃は優しい声で陽菜を呼ぶ。陽菜は声のした方を向くが、キュッと真宵に抱き着き離れようとしない。
だが根気よく声をかけ続ける瑠璃に興味が湧いたのか、陽菜はふらりと彼女の方へ。
「よしよし、陽菜ちゃんは可愛いなぁ」
そして瑠璃は彼女の頭を撫でることに成功した。
「んっ……」
「いい子いい子」
「んん~」
陽菜が気持ちよさそうな声を上げ、瑠璃にじゃれついた。その姿は犬や猫の赤ん坊みたいに見える。
そう、人間のそれではないのだ。
「陽菜さん、可愛らしいですね。けれど、どうしてこういうことをしているんでしょうか? 自分で話せないのも謎ですね。それに何を聴いているんでしょう?」
陽菜の耳元のイヤフォンに手を伸ばす舞奈。
「あかん! それに触れんな!」
だが、真宵の大声で舞奈は手を止めた。舞奈の手がイヤフォンを狙っていたのを察知したのだろう、陽菜がびくびくとした目で彼女を見ていた。
「陽菜はそれを触られるんが一番嫌いみたいなんや」
「そ、そうでしたか……それは、ごめんなさい……ボクの気が回らなくて」
「あなたたち、遊んでいないで回りに集中して。いつボスが出てきてもおかしくないわ」
黄泉が振り返り声をかける。
「はいはい、わかっとるわ」
「なんなの、あなた。さっきからその態度……ふざけているのかしら?」
「ふざけてへんわ。お堅い奴にはわからんのやろうな。場の空気を和ませとるんや」
「あぁもう二人とも!」
一触即発の雰囲気の二人の間に瑠璃は割って入る。
「ここは協力しなくちゃ。みんなで協力してボスを探そうよ」
「ボスなんかうち一人で十分やって! あんな奴、足手まといや!」
「それはこっちのセリフね。ボスはあたし一人で倒すから、あんたは黙って見ていなさい」
「はぁ、もう、何なの……」
(真宵はちょっとふざけた態度を取ってるけどいたってまじめにやってる。ただ、ちょっと口が悪いだけ。黄泉は黄泉でまじめすぎるから真宵のふざけてるように見える態度が嫌なんだよね? う~ん……二人がどうにか協力できれば)
瑠璃が困っている人の次に見過ごせないのが、ケンカをしている人だ。おせっかいで仲良くさせたくなってしまう。
彼女自身両親とケンカ別れをしてしまった、その後悔があるせいで他人のケンカを見過ごせないのだ。
うんうんと唸り打開策はないか探る瑠璃。しかし何も策は思い浮かばない。
そんな時だった。周りが急に、ふっと暗くなる。
今までは青白い空に昇る明るい月が太陽みたいにこの場を照らしていた。
だが、その明かりが急に消えたのだ。
雲でもかかったのだろうか。瑠璃は宙を見上げ、言葉を失った。
「ね、ねぇ、みんな……あれ……」
皆も言われ、顔を上げる。
そこにいたのは、巨大な蛇だった。
丸太を何十本も束ねたみたいな物凄い太さを持つ胴体が彼女たちの頭上の月を覆い隠していたのだ。
「なんやこいつ……あんなでかいの、どこに隠れとった!?」
「蛇なのだから這いまわっていたのよ、この迷宮を! ここの壁は高いから、這っていればあたしたちからは見えない。多分匂いか何かで気が付いて顔を上げたのよ!」
「見てください、頭を! 3つもありますよ!」
「三つ首の、大蛇……」
舞奈の言うとおり、その蛇には3つ、頭が付いていた。胴を境に裂けたみたいに伸びた首が、それぞれ彼女たちを睨みつけている。
「来るで!」
大蛇の頭たちが彼女たちに襲い掛かる。それは巨大な見た目に反してあまりにも素早く、彼女たちは対応が遅れてしまう。
何とか防御の姿勢を取り致命傷は避けられたが、遠くへ飛ばされ分断されてしまった。
「舞奈、大丈夫だった?」
「えぇ、瑠璃さんが盾で防いでくれたから……でも他の人たちとは分断されてしまいましたね。黄泉さんと真宵さんが一緒に、陽菜さんが一人になってしまいました」
「舞奈、他のみんなも心配だけど、今心配しなくちゃいけないのは私たちだよ……私たちだけ、戦闘経験が浅いんだから……」
瑠璃は銃剣を構え、目の前の蛇を睨みつける。だが、蛇の鋭い瞳に睨み返され少し怖気づいてしまう。
蛇に睨まれた蛙、とはこのことか、と瑠璃の頭にはそんなことが浮かんでいた。
だが彼女たちは蛙ではない、魔法少女だ。戦う使命がある、抗わなければ明日はないのだ。
「行くよ、舞奈。バックアップはお願いね」
「任せてください、瑠璃さん!」
舞奈が弦を引き絞り、矢を放つ。それと同時に瑠璃も飛び出した。
矢の軌道に気を取られている隙に瑠璃は蛇のあご下へ。魔装の先端で切り裂き、思い切り銃弾を叩きこんでやる、そのつもりだった。
「なっ! か、硬い!」
だが蛇の表皮は予想以上に硬く、魔装が通らない。瑠璃は銃弾だけ撃ち込み、すかさず距離を取る。
が、それも表面を少し削る程度に終わってしまう。銀色の粉が少し飛び散っただけだ。
「瑠璃さん、あの蛇の表面、魚の鱗みたいなのが付いています。あれで攻撃を防いでいるんでしょうね」
「表面への攻撃は効かない、かぁ……なら」
「えぇ、前みたいに口の中を狙いましょう。さすがに体内は防げないはずです。瑠璃さん、どうにかあいつの口を大きく開けさせてください」
「わかった、やってみる!」
瑠璃は銃剣を強く握りなおし、もう一度蛇へと突撃した。
だが蛇が大きく体をうねらせ、瑠璃に突進する。彼女は盾でそれを受け流し、銃弾を撃ち込む。
しかし敵にはやはり効果はない。蛇はひるむことなく瑠璃に襲い掛かり、その巨体で彼女を絞めつけようとする。
「あんなのに締め付けられたら、ひとたまりもない!」
「瑠璃さん!」
舞奈が矢を放ち、一瞬蛇の注意がそちらへ向いた。その隙に瑠璃は距離を取り、額の冷や汗を拭う。
「間一髪……ありがとう、舞奈!」
「瑠璃さん、そういうことは後回しにしてください! まだ狙われてますよ!」
蛇は今度、大口を開けて瑠璃を呑み込もうと襲い掛かってきた。
「狙われてるなら、好都合だっての!」
真っ赤な舌先に、ネトリと輝く鋭い牙、それに奥底が深淵のように見える真っ黒い喉奥。それが瑠璃を食らわんと次第に近付いてくる。
「舞奈! あなたの役目、もらうから!」
瑠璃は銃剣を構え、蛇の喉奥を睨んだ。真っ黒で何も見えない奥底、無尽蔵に敵を呑み込むブラックホールみたいだ。
彼女はそこを狙い、引き金を引いた。何度も何度も。
炎を纏った銃弾が蛇の喉奥へと吸い込まれていく。
「これで終わりよ! 熱いのを味わえ!」
意識を銃弾へと集中させる。そうすることで弾丸が纏う炎が大きくなったように見える。
瑠璃は銃弾へ意識を込める、あいつを倒したい、その一心で。
だが……
「瑠璃さん! 何かおかしいです! まったく効いてないように見えます!」
「そんなことないはずだよ! 図体がでかいから時間がかかってるだけかも!」
「いえ、何かおかしいです……瑠璃さん、逃げてください!」
「こんなチャンス、次はないかもしれない! だから全弾、叩き込む!」
「あぁ、もう!」
瑠璃の攻撃を受けても蛇は怯むことなく彼女へ迫っている。あと5秒もしないうちに彼女の身体は蛇の中だ。
そうなる前に蛇が倒れる保証はない。このままでは瑠璃が食べられてしまう。
舞奈は急いで弦を引き絞り、狙いを定めた。
「狙いは一瞬……届いてください!」
一瞬でけりを付けなければいけない。その緊張が彼女に襲い来る前に、矢を解き放った。
解き放たれた矢は空気を裂くように一直線に飛んでいく。
「当たってください!」
舞奈の狙い、それは蛇の瞳だ。瞳ならば鱗で守られることもなく、敵を怯ませることができる、そう考えたからだ。
だが蛇は矢を視界に捉えると同時、瞬きをする。
蛇の瞼が閉じる。その寸前、彼女の矢が瞳を貫いたのだ。
「しゃごぁぁぁぁ!!!」
その瞬間、痛みにより蛇はのけ反り、瑠璃の横すれすれを通り抜ける。
天に頭を向けた蛇、その口から炎が吐き出された。
「やった! 私の攻撃が効いたんだ! ほら、見てよ、舞奈!」
「い、いえ、あれはたぶん違うと、思います……」
浮かれる瑠璃とは逆に、舞奈は全身に寒気を感じていた。舞奈の生存本能が敵の生態を瞬時に解析、理解したのだ。
「あれは、炎を吐き出しているんです! あの蛇は、自在に炎を操れます!」
「え!?」
舞奈の言うとおり、蛇は炎を吐き出し、それを自らの体に巻き付け始めたのだ。
炎の渦を纏う蛇。その隻眼は彼女たちをさらに鋭く睨みつけている。
必ず殺す、そんな意志が見て取れる。
「ボクたちの魔法はどちらも炎の魔法です……ですからあいつには、効果はないと思います」
「なら、どうすればいいの!?」
「時間を稼いで、他の人たちが救援に来てくれるのを待つしか……」
ちらり、彼女は左右を見た。だが他の3人の戦いは見えない。
この大蛇は思う以上に一頭の長さがある。そのせいで他の3人と距離が開いてしまいわからないのだ。
「それでもいつになるかわかりません……その前にボクたちが倒されれば……」
「舞奈、他の人をあてにはできないよ。それに、私たちでも戦えるってことを証明しなくちゃ。じゃないとあの3人のお荷物だよ?」
「では瑠璃さんはあいつを倒す手段があるんですか!?」
いつも大人しい舞奈の語気が荒んでいる。敵の強さと自らの未熟、二つの超えられない壁にぶちあたり、苛立っているようだ。
舞奈の問いかけに瑠璃は首を振る。
「策もなしでどう戦えば」
「私にはない。けど、鈴音なら……」
瑠璃は胸に手を当て、自分の中に眠る鈴音に問いかける。どうすればこの状況を打開できるか、その力が自分にあるならば教えてほしい、と。
(瑠璃、あなたの本当の力ならば倒せるわ)
「本当の力?」
(そう、その盾よ。それがあなたの本当の力。大丈夫、あなたはわかってるはずよ)
瑠璃は盾を見つめた。その瞬間、ドクン、と心臓が高鳴る。血が熱く燃え上がり、闘争本能が沸き上がってきたのだ。
だが、思考だけは妙に冷静、クールなのだ。
「そうか、そういうことか……わかったよ、私の力が! 舞奈、とにかくあいつに矢を撃ち続けて! できるだけね!」
「瑠璃さん!? どういうことですか!?」
「とにかくたくさん撃って! すぐにわかるから!」
舞奈はためらったが、自分には策がない、ならば瑠璃の考えに乗るのみだ、と矢をいくつも撃ち放つ。
炎の矢が蛇の身体に当たるが、その炎は吸収され、敵の纏う炎が大きくなってしまう。
だがそれでも舞奈は撃った、瑠璃を信じて。
一方の瑠璃も炎の銃弾を何発も蛇に与えている。だが炎は大きくなる一方。
蛇の身体もそれに伴い赤く輝きを放つ。
炎が大きくなったせいか、辺りの温度が異様に上がっている。瑠璃も舞奈も額から汗が噴き出しているが、それを拭う間も惜しい。
蛇にとってダメージは無いにしても体にいくつもの弾丸が撃ち込まれるのは気に食わない。怒りに任せ、蛇は瑠璃に突進をかけた。
だが瑠璃は前の戦闘の時みたく、魔力を足に集中させ思い切り地面を蹴った。炎の爆発とともに瑠璃の身体は大きく宙に舞い、蛇の頭上へ。
そしてそのまま重力に引かれ、落ちていく。
「これが私の本当の力! そうでしょう、アイギス!」
彼女は盾、アイギスを呼んだ。その瞬間、盾が大きく変形する。
今までは胴を隠せるくらいの大きさのそれが、全身を覆うほどの大きさに変わったのだ。
そしてその表面を覆うのは、氷だ。
「そう、炎の魔法は鈴音のものだったんだ……私の魔法は、氷の魔法!」
瑠璃は盾を構えたまま、蛇の身体へ落下していく。
そしてそのまま、氷の盾が蛇の燃えるように熱い身体にぶち当たった。
盾で触れたところから霜が張っていく。
「蛇は冬眠するんだよ? だからこんなに急に冷やしたら……」
瑠璃は盾をソリのようにし、大蛇の身体を滑り這う。
みるみる間に蛇の身体は霜だらけになる。
するとどうだろうか、蛇の身体から力が抜け、ぐったりと動かなくなってしまうではないか。
「体のエネルギーを使い果たしたみたいだね」
「そうか……蛇は自分で体内の温度調節ができないから急に体温がぐっと下がって生命維持のエネルギーを使い果たしてしまったんだ。でも相手はインベーダー、普通の蛇じゃないんですよ?」
「まぁそうなんだけどさ……その場合は、ほら、こうするの」
瑠璃は盾を使い凍った表面を殴ってみせた。ぴきり、とヒビが入り蛇の体を覆う鱗ごと崩れ落ちる。
「ほら、蛇の表皮に鱗が付いてるって言ったでしょ? あれは鋼だったんだよ。だから蛇の身体が赤く光ってた。で、急にそれを冷やすと脆くなるから、これで一発」
瑠璃は露出した内側を銃剣で抉り裂き、内臓に氷の銃弾を撃ち込んでいく。
そうして蛇はもう動くことはなくなった。
「もし表皮が鋼じゃなくてボクたちの知らない未知のものだったら?」
「う、う~ん……た、たまたま私たちの知ってる素材だったってことでさ。ね? 運がよかったんだよ、きっと!」
「ま、まぁそうですね……他のこと考えても、仕方ないですよね」
「とにかく私たちは一頭倒したんだよ! 他のみんなも助けに行かなくちゃ!」
そう言って他の3人を援護しに行こうとした時だ。
「はぁ、遅いやん。待ちくたびれたで」
「えぇ、そうね。もしかしたら日が暮れるかも、なんて思ったわ」
「あはは! 日が暮れるて! まぁ確かにせやったな!」
「ん」
「え……? みんな……?」
瑠璃たちの背後からやってきた彼女たち。瑠璃も舞奈もそれをポカンとした顔で見るしかなかった。
「えっと、もしかして……ずっと見てたの?」
「あたりまえやん!」
「い、いえ、当たり前ではなくて、その……見ていたのに、助けてくれなかったんですか?」
「本当にヤバいと思えば助けに入ったわ。でも、あなたたちが強くなる機会よ、それを奪うなんてとんでもない」
「え、えぇ……?」
瑠璃たちが死ぬほどの思いで戦ったそれを、黄泉たちはただ見ていただけなのだ。
不満げな瑠璃たちだが、自分の成長を促してくれたのだ、と無理に納得することに。
「瑠璃も舞奈も、成長しているわ。あたしが保証する」
「黄泉……」
その時だ、けたたましい鐘の音とともに彼女たちはまたジェイルに戻ってきていた。
「はぁ、終わった終わった。なぁ、黄泉。腹減ったわ。なんか作ってくれへん? うまいの頼むで」
「わかったわ。そうね……ハンバーグでも作りましょうか」
「ええやん! さすが黄泉やな、わかっとる!」
「ふふ、ありがとう」
「あ、あれ……? なんだか黄泉と真宵が仲良くなってるような……?」
瑠璃は不思議そうな顔で黄泉と真宵を交互に見た。
「まぁ気に食わんかなぁ思てたんやけど、戦ってみると案外相性ピッタリでな」
「言葉に出さなくてもあたしの言いたいことがわかるし、それを実行してくれる。さすがだったわ、真宵」
「いやいや、黄泉かてちょうどええところで援護してくれるんや。戦いやすいったらありゃへんで」
「は、はは……そっか……なら、よかったかなぁ……?」
あれだけ悩んでいた二人の仲が、一回の戦闘で解消されてしまったのだから世の中何があるのかわからないな、なんて思う瑠璃だった。
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