第4話―Night1「ペントハウスの夜」―

「ここは、どこかの家? なんなの……私たち、さっきまで庭園にいて」

 瑠璃は困惑顔で辺りを見渡した。

 そこで同じように困惑顔を浮かべる舞奈と目が合う。彼女は先ほどのような変なコスプレ姿ではなく、セーラー服を着ている。

 瑠璃も自分の姿に目をやると、元の学生服に戻っていた。

「服も、元に戻ってる……?」

「そうですね……なんだか、キツネにつままれたような気分です」

「あっ! 部屋の中ってことはどこかに出口があるよね! 家に帰れるんじゃ」

「それは無理よ」

 瑠璃たちの背後で声が聞こえ、振り向く。そこには腕組をしたいばら少女が。

 今はドレスではなく、彼女らと同じく制服を着ているが。

「ここはジェイルハウス、監獄と同じ。だから出口なんてない」

「でも、あそこの扉、出口ですよね?」

 舞奈が出口らしき扉を指さして不思議そうに言う。

いばら少女はくいっと顎をしゃくってみせる。確かめてみろ、とでも言いたげだ。

「ほら、ドア、開きましたよ。これで家に……って、何ですか、これ。家の外に、何もない……」

 舞奈の驚きの言葉を漏らす。瑠璃も彼女の背後から外を盗み見て、驚いた。

 その先は何もない黒い空間だった。闇、というよりも、無、だ。

 足を踏み出せば、吸い込まれて消えてしまうのではないか、と思えるくらい。

「だから無理だと言ったでしょう?」

「ねぇ、あなたは何でそう言うこと知ってるの? それに庭園でもそうだった。あなた、何か知ってるんでしょう? なら教えてよ。私たちは、何に巻き込まれたの?」

 瑠璃はいばら少女に詰め寄った。

「何も知らないまま、あの子たちは死んじゃったんだよ? 真実を暴くことがあの子たちへの手向けにもなる。だから、教えて」

「わかったからそう目くじら立てないで。あたしだって元から話すつもりだったから。自力で魔法の存在に気付いて戦うことができたあなたたちには」

 彼女は言うとソファにどっかりと座り込んだ。

 そして、座って、と瑠璃たちを促す。彼女たちが座ったことを確認して、話し始める。

「まずはあたしのことから。あたしは来栖くるす黄泉よみ。あなたたちがここに来るひと月以上前から、あの庭園、ホワイトガーデンで戦ってた魔法少女よ」

「ま、待って。魔法少女?」

 あまりにも真顔でそんなことを言った黄泉に瑠璃は困惑で返す。

 今までの黄泉の態度は冗談を言うようなものではない。だからこそなおさら、魔法少女という単語が浮いて聞こえてしまったのだ。

「あなたたちも使ったでしょう、魔法を」

「魔法……」

 瑠璃と舞奈は互いに顔を見合わせる。

「あの時の炎のことを言ってるんでしょうか? それとも武器のこと?」

「武器は魔装よ。魔法の力を引き出す武器なの。だからあなたが使った炎が魔法よ」

「まぁ確かに、言われてみれば魔法だったけど……魔法なんてありえるの?」

「人間の脳の機能は一部しか使われていない。もしかしたら使われていない機能に、魔法を司る部分があってもおかしくない。ここにいた誰かが言っていたわ。それにあなたたちは魔法を使えた。それが証明よ」

「は、はぁ……って、ここにいた誰か? ここに誰かいたの?」

「質問ばかりじゃ進まないわ。少し黙ってて」

 鬱陶しげな黄泉の視線で瑠璃はムッと口を閉ざす。

「ここに来るのは現実世界で誘拐された人たち。あのオタクの子が言っていたのは正解よ。何人もの子がこの世界に送られてきた。ただ、残念だけどこれはゲームでも何でもない。命を賭けた、戦争なの。侵略者インベーダーとあたしたち魔法少女の」

(い、インベーダーって何……!? この子、もしかして電波さんなのかな!?)

 瑠璃は舞奈に助けを求めるような視線を送る。しかし彼女は黙って首を横に振った。

 黄泉はそんな二人をよそにまだ話を進める。

「インベーダーはあたしたちの世界を侵略しようとやって来ている。現実世界への扉がホワイトガーデンのどこかにあるの。もしそれが見つかれば、インベーダーどもはあたしたちの世界になだれ込んでくる。そうならないために戦うのが、あたしたち魔法少女。インベーダーを倒し、この家に戻ってきて、またインベーダーを倒しに行く。また向こうに行くころには新しい魔法少女が補充されているわ」

「へ、へぇ……それは大変だぁ……ね、ねぇ、舞奈?」

「えっ!? え、えぇ、そ、そうですね。それは確かに、大変そう……」

「あなたたち、話をちゃんと聞いていたの? 戦うのはあたしだけじゃなくて、あなたたちもなのよ」

「そ、そっかぁ、うん、そっかぁ……はぁ……」

 思っていた以上に電波な話だったので、瑠璃の頭は混乱していた。もう自分がどういう返事をしているのかすらわかっていないくらい。

 頭が理解を拒んでいる。だが、真剣そのものな黄泉の態度がその話が嘘ではないと物語っている。

 どこかで折り合いを付けなければ、だが今の彼女の精神ではそれができなかった。

「まぁあたしが知ってるのはそれくらいよ。どれだけの敵と戦えばいいか、とか、どうすれば現実に戻れるか、なんてのはあたしも知らない。むしろ教えてほしいくらいよ」

 黄泉は溜め息を吐き、瑠璃のほうを見た。

「で、あたしからも一つ聞きたいことがあるの。いいでしょう? あたしは知っていることを話したんだから」

「いいよ。私に答えられることなら何でも……」

 先ほどの話で脳の処理限界を超えた瑠璃は投げやりにそう答えた。

 しかし次の瞬間、黄泉に胸倉を掴まれて彼女の脳は一気に覚醒へと引きずり出される。

「なら教えてよ! どうしてあなたが、鈴音のネックレスを持っているの!? どうしてあなたの魔装が鈴音と同じものなの!?」

「よ、黄泉さん、落ち着いて……」

「うるさい! あたしはこいつに質問してるの! どうしてあなたが鈴音のネックレスを!? 鈴音が言っていたわ、これはあの子のお兄さんが特注したもので世界に一つしかないって! どうしてそれを持ってるの!」

 瑠璃は自分の首元を見た。そこには、鈴音から預かったユニコーンのネックレスが下がっていた。

 ユニコーンの角の赤い宝石がきらりと部屋の明かりに照らされて輝く。

「さぁ、教えてよ!」

 首が締まってしまいそうなほどの力で締め上げられ、瑠璃は苦し気に声を漏らす。

「こ、これは……預かったの……鈴音に……」

「嘘だ! 鈴音はあたしと一緒にここで戦ってた! 現実になんて戻れるはずがないの!」

「う、嘘じゃない……私の目の前に……血まみれの……鈴音が現れて……それで……それで……」

 黄泉は瑠璃のその後の言葉を察したのだろう、力なく彼女の胸元から手を離した。

 ようやく解放された瑠璃はげほり、咳を漏らす。

「鈴音が、あの時最後に使った魔法……あれは空間を移動させるものだった……あたしが見たことない魔法……もしあれが使えれば……現実に帰れる……?」

 黄泉はぶつぶつと呟きながら部屋を歩き回り、またソファに身を沈めた。

 そして今度は、瞳を湿らせて瑠璃を見る。

「鈴音はやっぱり……死んだの?」

 瑠璃はためらった後、こくり、頷いた。さすがに鈴音の死に様を伝えるのは酷だ、そう判断して黙っていた。

「そう……優しい人から死んでいく……神様はひどいわ……」

 彼女は呟いて立ち上がると、ふらふらとした足取りで階段を上っていく。

「この上は寝室よ。食べ物はキッチンの冷蔵庫に。ここにいる間はどういうわけか眠らなくても食べなくても全然体に問題は無いわ。けど、心は満たされない。魔法の強さは精神の強さと比例するの。だからここにいる間は人間らしい生活を心掛けることね」

「待ってください。ボクも二つ聞きたいことがあります。いいですよね?」

「……いいわよ」

 階段を上る黄泉を引き留め、舞奈は言う。

「一つは、さっきの話の信憑性です。こちらの世界で敵を倒し損ねると現実世界に影響が出る、とか、そもそもここが別の世界だとか、まるで知っているみたいに話しましたけど……それ以外のこと、この世界から出られるかなんてのは曖昧でしたよね? ボクたちはあなたに担がれてるんじゃないですか?」

 黄泉は溜め息を吐き、そんなこと、と呟く。

「昔ここにいたらしいのよ、過去を見る魔法を使える魔法少女が。その魔法少女が過去を遡って、そういうことがあったと知れた。そこから代々魔法少女にはこの話が受け継がれているわ」

「その話もどこまで信じればいいか……いえ、仮に本当だとして、あなたはその真実を知っていながらどうして今になるまで黙っていたんですか? あなたがあの時話していれば、そして統率を取っていれば、他の子たちは死なずに済んだかもしれません」

 確かにそうだ、瑠璃はそう思う。今までの突飛な話で思考が緩んでいたが、よく考えれば彼女がいれば他の少女たちは死なずに済んだだろう。

 舞奈はまっすぐに黄泉を見つめる。黄泉は少しばつが悪そうに、口を開いた。

「いまさら言ってもなことだけれど、あの時は、他の人を混乱させたくなかった。ホワイトガーデンでは精神の乱れが死に繋がってしまう。あなたたちも見たでしょう? 追い詰められて自殺したり、吐瀉物の中の胎児のような塊を飲み込んだり、あれは普通じゃない。あの場でこの話をすれば混乱する人もいる。そうしたらもっと惨劇が広がったかもしれない」

「じゃあ、一緒に戦わなかったのはどうしてですか?」

「ホワイトガーデンから脱出するにはインベーダーを率いるボスを倒せばいい。他のザコには構わなくていいのよ。だからあたしはボスだけを狙った。ボスは他のインベーダーよりも強い。戦闘を知らない人間は足手まといなのよ。他の仲間を助けながら戦うより、あたしがボスを倒す方が早いと思った、それだけよ。納得したかしら?」

「納得なんてできません……だからと言ってあなたを殴ったとしても死んでいった人たちは帰ってこない……あなたの口ぶりじゃまた戦いがあるんでしょう? だったらボクは、ボクのやり方で他の人を守ってみせます。そして、その時こそあなたは間違っていると言ってあげます」

 舞奈は言い、ビシッと黄泉に指をさした。黄泉は心底どうでもよさそうに肩をすくめ、階段を上るために一歩踏み出した。

「あぁ、そうだ。次の出撃はいつになるかわからない。けれどまた鐘の音が聞こえる、それが合図よ」

 それだけ言うと、彼女はまた階段を上り、今度こそ降りてこなかった。

 取り残された二人の間に嫌な沈黙が走る。それに耐えきれなかった舞奈が言う。

「と、とりあえず、何か飲みましょうか……」


 舞奈が淹れたホットココアを飲み、瑠璃は一息つく。

 甘く温かなそれは、疲れた瑠璃の心を少しだが癒してくれた。

「落ち着きましたか? これ、お父さんがよく淹れてくれたんです。眠れない夜はこれを飲めばゆっくり眠れました」

「そっか。優しいお父さんだね」

「えぇ……でも、ケンカしてしまって……酷いこと言って家を飛び出して、それきり……だからボクは生きて帰って、お父さんに謝らないといけないんです」

「瑠璃はいい子だね」

「いいえ、ボクは全然いい子じゃありませんよ……むしろ、悪い子です……お父さんが優しいから、それに甘えて……」

 舞奈はうつむき、ココアを一口啜った。

「お父さんを苦しめちゃってるんです。ボクのわがままで……でも、ボクもそれをわかっててやめられない……ボクがいるとお父さんが苦しんでしまう。そう考えると、帰るのが少し辛くなって……でもやっぱりお父さんのところには帰りたくて……胸がぐちゃぐちゃです」

「舞奈……」

 舞奈はココアを飲み干して、二階へ上がっていく。

「ボク、そろそろ寝ますね。眠たくはないんですけど、頭がごちゃごちゃしてて、落ち着かせたいんです。それじゃあ、おやすみなさい」

「う、うん、お休み、舞奈」

 彼女が去った後、瑠璃はちびちびとココアを飲み、それを飲み干すと自分も寝室へと向かう。

 脳が休息を求めていた。

「家族って大変なんだね……私には、よくわかんないかも」

 瑠璃は自分の両親のことを思い出そうとする。だが、うまく思い出せない。

 両親は彼女が7歳の頃、事故で死んでしまった。

「あの日、私が一緒に買い物に行ってたら、何か変わってたのかな? お父さんもお母さんも、生きていたのかな? もし私が、わがままを言わなければ……」

 遠い記憶の彼方の両親が自分を叱責しているみたいに思え、彼女は体を抱えてうずくまる。

 今日死んでいった女の子たちも自分を責めているような気がして、彼女は小さく身を縮まらせた。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 彼女は今日一日で死に囚われすぎた。死を身近に感じ、彼女の心は壊れかけている。

 お前のせいで死んだ、お前が守ってくれなかったから、死んでいった者たちの声が脳裏に響いているよう。

 彼女はそれから逃げるように地面を這い、寝室へと入っていく。

 やっとの思いでベッドに辿り着き、布団を頭から被った。

 布団が盾となり、周りの声をシャットアウトしてくれている気がする。

「ごめんなさい……」

 彼女は目を瞑り、眠ろうと努力する。

 しかしフラッシュバックする女の子たちの死に様が、それを阻む。

「もしかしたら、私があんなふうになっていたかも……」

 頭を貫かれた自分、溶かされてしまう自分、そのほかの凄惨な死に様が自分のことのように思えて震えが止まらない。

 瑠璃はさらに身を縮こませて布団に潜ったが、震えが止まることはない。

「嫌だよ、こんなところで死にたくないよ……寂しいよ……誰か、助けてよ……」

 彼女はついに溢れ出る涙を抑えることができなかった。

 もともと彼女は一人で眠ることが苦手だった。

 夜、一人で暗い部屋にいると両親が死んでしまった日の孤独と恐怖が思い起こされ泣いてしまう。

 両親が死んでから施設に預けられ、そこの寮母と毎日眠っていた。高校に上がる頃には、大きな人形を抱けば何とか一人で眠ることができるようになる。

 だがここには人形もない。彼女は一人、ここで襲い来る孤独と恐怖と戦わなければならない。

「怖い……一人は嫌だよ……寂しいよ……みんな、置いていかないでよ……苦しい……嫌だよ……死にたくない……」

 彼女はついに耐えきれなくなり、部屋から這い出した。

 服の袖で涙を拭うが、また溢れてきた涙で視界が滲む。

 そんな滲んだ視界でふらふらと歩み、閉ざされた扉の前に立った。

「どっちかわかんないけど、ごめんね……私、もう我慢できないの……」

 彼女は扉をノックして、中の返事も待たずに入っていく。

「誰? ……瑠璃?」

 その部屋にいたのは黄泉だった。彼女は本を読んでおり、それを畳んで瑠璃のほうを向く。

「黄泉……うわぁぁぁん!」

「え!? ど、どうしたのよ、急に泣き出して……」

「ごめんなさい……怖いの……一人じゃ、怖いのぉ……」

「だ、だからって急に……はぁ……」

 黄泉に抱き着き、わんわんと泣き喚く瑠璃。子供みたいな泣き顔の瑠璃を見て、黄泉は怒るのをやめた。

「大丈夫よ、怖くなんてないから……落ち着いて」

 黄泉は瑠璃の頭を優しく撫でてやる。瑠璃の頭に暖かな手が這い、彼女は次第に落ち着きを取り戻していった。

「いい子だから泣かないで、ね?」

「う、うん……ありがとう、黄泉……もう、大丈夫」

「そう、よかった。それじゃあたしは寝るから」

「うん、わかった……」

 黄泉は電気を消してベッドに横になる。瑠璃もそれに倣い、ベッドに寝転んだ。

「あの……あたし、もう寝るんだけれど?」

「私も寝る……」

「自分の部屋へ行ってくれるかしら? 狭いんだけれど」

「無理……また一人になると、泣いちゃう」

「子供みたいなこと言わないでよ」

「私、まだ子供だよ? 高校生だし」

「はぁ……わかったわよ」

 黄泉は勘弁したようにそう言い、瑠璃は安心してふっと笑う。

「黄泉って、本当は優しいの?」

 瑠璃の瞳に見つめられ、黄泉は思わず目を逸らしてしまう。

「優しくなんて、無いわよ……」

 だがそれも一瞬だ。彼女は瑠璃を睨みつけて、驚くべき速さで彼女の上に覆い被さった。

「ねぇ、瑠璃? 一緒に寝るっていうのは、こういうことよ」

「え……?」

 戸惑う瑠璃の上着を黄泉は慣れた手つきで剥ぎ取った。

 下も脱がされ、瑠璃はあっという間に下着姿に。

「子供っていう割には、下には大人っぽいの着けてるわね」

「な、なんで……? こ、こういうのって、好きな男女でやるものでしょ?」

「あたしが男よりも女が好きだったら? 世間にはそういう人もいるわよ」

「で、でも私たち、好き同士じゃないし」

「好き同士じゃないとしちゃいけない、なんてこともないわよ。別にあなたは何もしなくていいわ。あたしが勝手にして、勝手に気持ちよくなるから」

「そ、そんなのって……ひゃんっ!」

 黄泉の指先が、つつぅ、と瑠璃のおへそ辺りをなぞっていく。それだけではなく、彼女は瑠璃の首元にキスをした。

「や、やめてよ、黄泉……」

「ごめんなさい。カエルの粘液を少し浴びてしまってね……我慢できるくらいだけれども、相手がいるなら別よ」

「そ、そんな……」

 瑠璃の身体にキスの雨が降る。はじめは嫌がっていた瑠璃も、次第に快楽のせいか思考がぼやけ始め、抵抗する気力が失われてきた。

「ふぅん。抵抗しないのね。気持ちいいの、好きなのかしら?」

「はぁはぁ……わかんない……けど、いいよ。黄泉がそれで満足するなら、私はいいよ」

「は……?」

「黄泉がしたいなら、していいよ。黄泉は私を助けてくれた。だからそのお礼。あ、でもこういうのをお礼って言っちゃいけないのかな……? まぁ、黄泉なら、いいよ。黄泉は、ほんとは優しいんだってこと、知ってるから」

 その時、黄泉の目に瑠璃の顔が鈴音と重なって見えた。

「り、鈴音……」

 彼女がそう呟いた時には、鈴音の顔はもうない。そこにあるのは、すべてを受け入れようとする瑠璃の優しい顔だった。

 それを見て黄泉は彼女から離れ、ベッドに横になる。彼女を見ないように、壁側を向いて。

「え……? どうしたの、黄泉?」

「やっぱりやめるわ。気が変わった」

「ほ、本当にいいの?」

「あんた、してほしかったの?」

「い、いや、そんなことは……」

「無理やりやるって、なんか気分悪いなって思っただけよ。本当に、ただ、それだけ……」

「そっか……やっぱり黄泉は優しいね。鈴音が言ってた通りだ」

 瑠璃は自分の胸に手を当てて、瞳を閉じる。

 胸が燃えるように熱く感じる。そこに鈴音がいるみたいに。

「鈴音が、あたしのことをあんたに言っていたの?」

「直接は言ってないよ。けど、私には鈴音の声、みたいなのが聞こえるの。たまにだけどね。さっきも聞こえたんだ。黄泉は優しい子だ、自分がいなくなって寂しがって自棄になってるだけだって」

「なっ……! そ、そんなことまで言っていたの!?」

「うん、そう言ってた気がする」

「はぁ……あの子ったら……」

 黄泉が呟くようにそう言う。その声音は、どこか優し気に聞こえた。

「ねぇ、鈴音ってどういう子だったの? 私、あの子のこと、知りたいな」

「鈴音のこと?」

 黄泉は一瞬考える素振りを見せ、口を開く。

「鈴音はあたしの相棒で、大切な人だった。あの子とあたしは同じ時期にここに飛ばされた。それからはずっと一緒に戦ってきたの」

「そうだったんだ」

「あの子はあなたみたいに、みんなを守りたいと戦っていた。あなたと違うのは、あの子にはそれを成し遂げる力があった。銃剣で敵を薙ぎ倒す姿は美しくて、鬼気迫るものがあったものよ」

 うっとりとそう話す黄泉の声音には、どこか自慢げな色が混じっている。

 まるで自分のことのように、彼女は得意げに話しているのだ。

「みんなを守りながらあの子は戦った。あたしも守られるだけの存在になりたくなかったから、強くなろうと決めたの。けれど、あたしが強くなるには時間が足りなかった。敵はすぐに現れて、鍛える時間なんてない。だからあたしは、魔装を強くすることにした。そう、死んでしまった子たちの魔装を、あたしのものにしたの」

 だが彼女はそのあと自嘲気味に笑って見せた。

「でもそれも前の戦いでなくなってしまった……あたしと鈴音が一緒に戦った最後の戦い……あたしはなぜか生き残って、今ここにいる」

 彼女はそう言い、静かに瞳を閉じる。今までの戦いを、そして鈴音のことを思い返すみたいに。

「瑠璃、あたしは強くならなければいけないの。鈴音の仇を取って、こんなバカげた戦いを終わりにさせるの」

「うん、そうだね。私も協力させてほしい。私に何ができるかわからないけど、黄泉を一人になんてさせられないよ」

「それは鈴音の意志? それともあなたの意志かしら?」

 黄泉は目を開き、瑠璃を見据える。何もかも見透かしてしまいそうな大きくて済んだ瞳が瑠璃をじっと見つめる。

 彼女はそれに応えるように頷き、胸に手を当てた。

「どっちも、かな。鈴音もそうしたいって言ってるし、私もそうしたいって思ってる」

 瑠璃にはわかっていた。今まで黄泉と話して、彼女が本当に悪い人ではないことに。

 むしろ不器用なだけなのだ、と。

「黄泉はさ、なんていうか……放っておけないの。放っておくと自分だけで何とかしようとしてケガしちゃいそうで……それで、どこかに消えちゃいそうで……」

 その不器用さが、彼女の欠点だ。自分の考えだけで突っ走り、自分に降りかかる危害もなんとかしようと独りよがりで対処してしまう。

 その結果どうなっても構わない、とすら思っている。瑠璃はそこに危うさを感じていた。

「だから私が黄泉のブレーキになってあげる。黄泉が一人で突っ走らないように、私が押さえてあげるから」

「あなたにその役が務まるのかしら? 期待はしていないけれど、任せてもいいわ」

「う~ん……なんだか嬉しいようなそうじゃないような……けど、一歩前進なのは確かだよね?」

 瑠璃はニコリ笑う。

 慕うべき存在ができた、その温もりでほっとして彼女は睡魔に襲われる。

「瑠璃、眠たいのかしら? いいわよ、眠りなさい。あたしがそばにいてあげるから」

「ありがとう、黄泉……それじゃあ、お休み……」

 彼女は襲い来る睡魔に身を委ね、眠りの淵へと落ちていく。

 心地よい眠りが、疲労した彼女の身体を包み込む。

「気持ちよさそうな寝顔ね……本当に、鈴音そっくり」

 あっという間にすやすやと寝息を立て始めた瑠璃を見て、黄泉はクスリと笑う。

 その寝顔にかつての大切な人を重ね、彼女の胸はきゅっと苦しくなった。

「ごめんなさい、黄泉……あたしはやっぱりあなたじゃ満足できないの……鈴音、会いたいわ……鈴音……」

 彼女は襲い来る寂しさを紛らわせるように目をつぶる。

 そのまま彼女も眠りへ落ちる。

 そんな彼女の頬につつぅ、と涙が零れた。だが、彼女がそれを知ることはなかった。


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