第3話―幕間 神宮舞奈「抑えられない気持ち」―
「はぁ……もう朝か」
鳴り響く目覚ましのアラームをベッドから腕だけを出して止めて、神宮舞奈は寝転がったまま伸びをした。
閉めたカーテンの隙間から夏の眩い朝陽が差し込んでいる。たった少しの光でも、彼女は目を細めた。
「うぅ……寒い! やっぱり服を着て寝ればよかった……」
夏場とはいえ、裸のまま眠れば冷える。彼女はぎゅっとベッドシーツを巻き付けるように起き上がった。
「はくしゅんっ!」
その時だ、隣で眠っていた父親が大きなくしゃみをする。父も裸で、シーツを取られた寒さを感じてしまったのだろう。
父も寝ぼけ眼をこすりながら起き上がった。
「おはよう、お父さん」
舞奈はにっこりと笑い、父親に挨拶する。父は、あぁ、と小さく言い、眠たげに欠伸をする。
だが、意識が覚醒してからか、とたん顔が青く染まっていく。
「ま、舞奈ちゃん……僕、またキミと……」
「そうですよ。昨日はとっても激しくて……疲れてそのまま。覚えていませんか?」
「あぁ、だんだんと思い出してきた……くそ……僕はまたお酒を飲んで、キミと……」
「いいですよ、ボクは大丈夫です。むしろ、愛してくれて嬉しいですから」
「違うよ。僕は舞奈ちゃんのお父さんなんだ。だからこんなこと、しちゃいけない」
「でも義理のお父さんですよ? 血が繋がってないから、別に大丈夫じゃないですか?」
神宮舞奈は幼いころに、父親を亡くした。それは物心つく以前のことだ。
だから彼女には父親というものがわからなかった。
周りが父親の自慢をすると、彼女は寂しさと虚しさに包まれることが多かった。
彼女には優しい母親がいた。母親は死んだ父の分までしっかりと舞奈に愛情を注いで育てた。
だが、それでも彼女の欲求を満たすことはできなかった。
「ねぇ、舞奈。お母さんね、再婚するの。ほら、舞奈、お父さん欲しいって言ってたでしょう?」
それは舞奈が中学に上がったと同時の出来事だった。
「キミが舞奈ちゃんだね。よろしくね」
「お父さん……?」
「そうだよ。今日から僕がキミのお父さんだ」
はじめ舞奈は戸惑った。願っていた父親の存在、しかし急に見ず知らずの男を父親として認められない。
「あなたをお父さんと認めるなんて、ボクにはできません」
だから舞奈は父親を突っぱねた。
だが父は根気よく舞奈と向き合い、彼女の信頼を勝ち取った。
しかし彼女は父親の優しさと男の人の優しさを混同してしまい、今の関係に至ってしまう。
「舞奈ちゃん。僕が言える立場じゃないかもしれないけど、自分を大事にして。こんなこと、普通じゃないんだ」
舞奈は父が酒を飲むと記憶がなくなってしまうことを知った。そしてそれを利用して、父親と一線を越える。舞奈が高校に上がる直前のことだ。
そうして母親に隠れてこそこそと父親と夜を過ごすことに。
「普通じゃないって、そんなにおかしいですか? ボクが好きになったのがたまたまお父さんだった。それじゃダメですか?」
「ダメだよ。キミはまだ若い。だから僕みたいなおじさんじゃなくて、もっといい人がいる」
「でもクラスの男子はお父さんみたいに優しくも頼もしくもないです。バカみたいな話しかしないし、一緒にいて退屈です。お父さんといる時のほうが楽しい」
「はぁ……わかったよ、舞奈ちゃん。舞奈ちゃんが僕を好きなことは否定しない。でも、こういうことはやめてほしい。取り返しのつかないことになったら、僕も悲しいよ」
「取り返しのつかないことって?」
「赤ちゃんができたり」
「お父さんったら冗談きついですよ。ちゃんとゴム付けてるから大丈夫ですよ? それにお父さんの赤ちゃんだったら、ボク、産みますよ? 何人がいいですか? 野球チームでも作りますか?」
「舞奈ちゃん」
真剣な顔の父親に見つめられ、舞奈は口を閉ざした。
「いいかい? 舞奈ちゃんはそう簡単に言うけど、子供ができるのは大変なことなんだ。もしできちゃったら、僕はもう舞奈ちゃんとはいられない。舞奈ちゃんは一人で子供を産むの? 産まれてきた子は? お母さんはなんて言うと思う?」
それは全て正論だ。間違えているのは父親ではなく、舞奈自身。
それは痛いほどわかっていた。だから父親を酒に酔わせて無理やり行為に及んだりしている。
そうしなければ優しい父は自分の思いを受け入れてくれないと知っていたから。
けれど彼女に必要なのは正論ではない。
「お父さんのバカ! なんでボクのことをわかってくれないんですか!? ボクはお父さんが好きだって気付いた日から、何もかも覚悟していたのに! お父さんを好きになっちゃいけないっていうことももちろんわかってる! お母さんを傷つけるってことも! でも、それでも! ボクはお父さんを諦めきれないんです!」
「舞奈ちゃん」
父親は舞奈をじっと見つめた。いつも通り、温かくて優しい目だ。
舞奈は思った。父は自分を受け入れてくれる。自分の覚悟を打ち明け、それを受け入れてくれるのだ、と。
「舞奈ちゃん、それでもだめだ。諦めてほしい」
しかし父親の口から放たれたのは、そんな言葉だった。
「お父さんなんて、大嫌い! もう、ボクのお父さんなんかじゃない!」
舞奈は怒りに任せそれだけ言い放ち、部屋を飛び出す。
すぐに着替えて、父親の顔も見ずに学校へ向かう。
通学途中、さすがに言いすぎたか、と思い家に引き返そうかとしたとき、彼女の意識は闇へ引っ張られた。
「お父さん……ごめんなさい……」
ぽつり、呟いた言葉は誰にも届かない。
次に彼女が目を覚ましたのは、百合の花が咲き誇る庭園だった。
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