第12話

 そこは空気自体が悪意で満ち満ちているように感じられた。


 外はよく晴れており、少しでも明かりを取り込めるよう大きく開いた窓からはしっかり太陽光が入って来ているのに、何故か室内に入るとその光さえくすんでしまうようだ。

 魔力を利用して光を放つ仕掛けの豪奢な室内灯の光すら霞んで見える。


「全く、何処もかしこも陰気臭ぇ・・・」

 グレアムは心底うんざりしたように呟いた。


 ここは王国から遠く離れたホーライ帝国の首都、キソンペールーの片隅にある建物の中で、作りはかなり金がかかっている様だがお世辞にも趣味が良いとは言えない。

 どこかどうとかは言葉にし辛いが、何やら品に欠けている様な印象を受ける。


「それはそれは。 はるか南方の温暖な地域からお越しのお客様にはここの空気は刺激的すぎますかな?」

 不意に聞こえた声に若干の嘲笑の影を感じ、グレアムはギリギリで舌打ちをこらえた。


 気配を消して室内に入って来たのは帝国の五大将軍の一人、ぺー・スガンパだ。

 グレアムすら気付く事ができなかったので、隠密スキルの様な物を持っているのかも知れない。


 将軍は一見するとスラリとした若々しい美丈夫だが、帝国の、しかも上級国民と呼べる連中は自らの身体に金と権力を惜しみなく注ぎ込み、見た目から何からいじれるだけいじっているはずなので、見た目は全く当てにならない。

 実際、スガンパ将軍の見た目はかなり若く見えるが、実年齢は200歳を超えているらしい・・・


 長い年月をかけて混血や魔改造が進み寿命が比較的短い人間族ですら250年から300年程も生きるこの世界でも、スガンパ将軍の見た目の若さは異常なのだ。


 本当に気持ち悪い連中だとグレアムは思ったが、そんな事はおくびにも出さず満面の笑みを浮かべながら椅子から立ち上がった。


「お会い出来て光栄です、ぺー・スガンパ将軍」

 将軍は切長の目を向けながら微笑んだ。

 すると、男前から急に下品で性格の悪そうな顔になるのが不思議なくらいだった。


 その変わり様に内心うんざりしながらもグレアムは辛抱強く待った。

 この国では身分制度と人種差別が広く認められており、身分が下の者からは挨拶以外、促されない限り口を開いてはならないのだ。


「・・・報告を聞こうか?」

 それが威厳を醸し出すのだと思っているのだろう。

 かなり間を開けてから将軍が口を開いた。



 同じころ・・・


 俺はウルの故郷に向かう街道から外れ、人目につかない程度に離れた森の中に身を隠していた。


 キョウさん達と出会ってから一月近く経っており、冒険者としての仕事も何度か受け、どれも問題無くこなして来ていた。

 その他、普段の生活面でも特に問題は起こしていないと思う。


 それもこれも、いくらキョウさんの保護下にあるとは言え、全く得体の知れない俺の存在をこのゼフリカの街に溶け込ませ、少しでも目立たなくする為だ。


 さらに、俺と言うか、ウルに対しての追手が迫っていないか、もっと言うと、見た目はウルだが中身は俺で、現代人の俺の生活スタイルや服装の趣味等が、この世界で浮いていないかを確認したり修正したりするのに今の生活は持ってこいだった。


 ほんと、キョウさんにはいくら感謝してもし足りないわ。


 そして、あれからこっそり調べてみた所、どうもウルがあの時落ちた川から流れたにしてはかなり外れた所でキョウさんに拾われた様で、明らかにお師匠さまや駄めが・・・いやいや、イオス様の手が働いたのだろう。

 なんだかんだ言ってかなり現実世界にちょっかいかけているが、大丈夫なんだろうか・・・


 お陰でいまだグレアムら敵の気配などは感じられないが、代わりにこの街がアカリア大陸のどの辺りにあり、故郷がどの方向にあるのかを調べるのに思いの外時間がかかってしまった。

 さらに、その辺りをルナさんやキョウさん、キョウさんの護衛にバレないよう気を使う必要があり、かなり苦労した。


 それでも何とか隠れて少しずつ調べた所、ウルの故郷まで大体街道を馬で三、四日ほどの距離だとわかり、後は怪しまれない様な依頼が来るのを待つだけとなっていたのだ。


 そしてついにギルドの受付けのおっさんに、村の方向へ行く商人の護衛だが片道だけな為誰も引き受けてくれない案件があると教えてもらい、すぐ引き受けたのだった。



『おいセイ、もうすぐ見えるはずだ。 もっと静かに歩け。』

 心の中でウルが囁く様に言った。


 心の中の会話なので外には音は出ていないのにヒソヒソ声になるウルについ吹き出しそうになりながらも、それでもこの辺りがいかに危険かウルにしつこいほど言われたので自分でも出来る限り静かにしているつもりなのだ。

 しかし、正規の訓練を受け、さらに天性の勘の良さ等を合わせ持っているウルからすると、相当やかましく不用心に見えるのだろう。


 しかし、ウルほどの戦士がここまで神経質になるとは・・・


 それでも街道を外れ、人目につかないルートをさらに隠れながら移動するうちにウルの故郷の村の入り口が見える地点に着いた。


 そこでウルの様子が変なのに気づいた。


「どうした?」

 心の中で話しかける。

『おかしい・・・ 何で・・・』

 ウルは珍しく軽いパニックを起こしており、そのパニックが伝染してしまいそうだったので、とにかく村の入り口付近から離れることにした。


「結構離れたな・・・ 何があったんだ?」

 俺の感覚で1キロ程も離れた所、やっとウルが落ち着いて来たので聞いてみた。

『あ、あぁ、すまん・・・ しかし、あんなことが・・・』

 そこでまた自分の考えに沈んだウルを大人しく待った。


 しばらくしてウルが心の中で口を開いた。

『セイよ、あの村の様子を見てどう思った?』

 いきなりの質問にドキドキしたが、取り敢えず、

「ん? あー そうだな・・・ 普通の村の入り口に見えた・・・ 入り口の隙間から見えた村の中も普通に村だったな・・・」

 俺は見たままの感想をウルに伝えた。


 実際この村には初めて来たが、かなり立派な、城壁と言っても良いくらいの壁と門があり、門番兵が出入りする人達に対応し、その奥に覗く村にも人の往来があったのが見えた。

 魔獣なども出てくる世界だからあの位立派なのが普通なのだろう。


『そう、普通に見えたよな? けど俺の記憶じゃ、村が襲われた時に門どころか全ての建物が破壊されたし、村人はことごとく殺されて、その辺にバラバラにされて転がっていたんだ・・・』


 ウルの言い方に俺は思わずゴクリと息を飲んだ。


『それが、こんなに早くここまで元通りに・・・』

 ウルは自分の見た光景がよほど信じられない様だった。


 ウルの言う事には誇張などないように感じられた。

 実際ウルにざっくり聞いていた話だと、住人どころか建物も全て瓦礫の山にされていた様だし、そう簡単に建物などが建ち人が住める様に、いや、そもそもその人達は何処から来たのか・・・


 と、そこでふと思いつきウルに聞いてみた。

「ウルよ、その門なんだが、なんて言うか、ウルの記憶通りか? あと衛兵や村人も・・・」

『どういう事だ?』

「いや、ウルの言う通りだとして、そこまで破壊され尽くしたモノや人が元通り、いや、普通に生活しているとか有り得ないと思ってな・・・」


 ウルはちょっと考えてから口を開いた。

『そう言えば、見えた限り見覚えの無い奴ばかりだったな・・・ 門の作りも以前と違うような・・・』

 ウルは思い出しながら答えた。


「・・・ 中に入ってみない?」

 俺は思いつきのまま言ってみた。

『!!!』

 ウルは思いの外びっくりした様だ。

 よほど酷い目に遭ったのだろう。

『セイよ、どうかしてる! あいつらに見つかったら今度こそ・・・』

 ウルが思わず喚いた。

 心の中とは言えうるさい。


 ウルほどの男がこんなになるとか、どれほどの目に遭ったのだろうと思ったが、それでも

「いや、考えてみたんだけど、中にいる連中は本当に村の連中かどうかも怪しいし、何より今の俺の姿を見てウルだとわかるモノなのかなって・・・ それに他にも何かわかるかも知れないし・・・」


 ウルはしばらく黙り込んで考えていたが、急に覚悟を決めた様に

『よ、よし、行ってみよう・・・ いいか? パッと見てすぐ帰るぞ・・・』

 と、ウルらしくないなんとも締まらない宣言をした。

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天使と女神と魂の螺旋 ともも @tomomo_hjpyagi

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