第11話

「ハッ!」

 駄女神の漫画みたいな威力の右ストレートで、強制送還されたように目が覚めてしまった。

 精神世界とは言えよくショック死しなかったもんだ。

 もう少しお師匠さまと話したかったのになぁ・・・


 そして記憶を辿ると、キョウさんと謎の美女にギルド近くの宿屋に担ぎ込まれてすぐ意識を失った事を思い出した。

「あの駄女神め・・・」

 思わずボソっと呟く。


「駄女神って?」

「あぁ駄女神ってのは・・・」

 ・・・誰?


 慌てて声の方を見て驚いた。

 あの美女が思いの外近くにいたのだ!

 そして、可愛く首を傾げこちらを見ているではないか!

「ええええっ?」

 思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。


「だれ? って言うか何でっ? って言うか・・・」

 ここで息継ぎをしたお陰でちょっと落ち着いたので、つい美女をまじまじと見つめてしまった。

「なに?」と言う感じで首を傾げた、その小動物的な雰囲気の圧倒的なかわいさに思わず口から出た言葉は・・・


「好きですっ!!」

「えーっ?!」

『えーっ?!』

 声を上げたのはちょうど部屋に入って来たキョウさんと心の中のウルだった。

「なになに? どーゆーこと?」

 キョウさんが興味津々に聞いて来た。


 ウルはと言うと、俺が最初彼女を見た時あまりの好みのタイプでかなり動揺していたのに気付いていたが、ウルもやはりタイプだったらしく(さすが同じ魂)、しかしつい先日最愛の許嫁を亡くしたばかりでかなり複雑な感情が渦巻いていた。


 俺はウルにすまないと思いつつも、勢いとは言え正直な感情を口に出してしまったからにはと、覚悟を決めた。


 俺はびっくりして目をパチクリしている名も知らぬ女性を正面から見据えて言った。

「言った通りです! 好きです! あなたに一目惚れです! いや、一目惚れでも心底真面目に全身全霊、徹頭徹尾、天地神明に誓って・・・」

 言いかけて言葉に詰まった瞬間彼女がするりと(この間の取り方は武術の達人並だ)言葉を挿んだ。


「ちょっと待って」

 静かではあるが変にきっぱりした言葉に俺は一瞬言葉を切った。

 が、つい勢いのままに言葉を続けようとした瞬間ガシッと胸ぐらを掴まれ、その細腕からは想像できない力でグイッと引き寄せられると、笑顔で

「ちょっと待ってと言いましたよね?」

「は、はい・・・」

 一瞬視界の端に悪戯っぽい笑顔で様子を見ているキョウさんが見えた。


 彼女は俺の胸ぐらを掴んでいる手をパッと離すと、コホンとか咳払いなどしつつ服装などパパッと整え口を開いた。

「まず確認しますが、あなたとわたしは初対面ですよね?」

「は、はいっ」

 俺が慌てて答えると、次の言葉を発しようとした瞬間目の前に彼女の手がパッと出て遮られた。

「もうちょっと待ってください。 あなたはキョウさんと顔見知りなようですが、何者なのですか? あ、わたしは月の女神の神官をしているルナと言います。」

 なんか尋問されてる様だが、ちょっと小動物っぽい雰囲気の彼女が真面目な顔を作って話しているのが可愛くてつい楽しくなってしまい、彼女の名前以外聞き流してしまった。

 我ながら脳天気だなぁ・・・


「ルナさん! 可愛い名前だ・・・ あぁ自己紹介してなかったな。 俺はセイって言って、キョウさんは恩人です! で、この世界・・・、おっと、この都市に来たのはつい先日で、冒険者登録をしに来てあの騒動に巻き込まれて・・・」

 言えば言うほど彼女の顔に?マークが広がって行くようだがこちらも嘘は言ってないわけだし・・・

 ここでキョウさんが助け舟を出してくれた。

「セイが言ってるのは本当よ。 つい先日川から流れて来たのを私が拾ったの。」

 得意そうに言う。

「かっ、川からっ?! キョウさんが拾った?!」

 流石にそこは驚いたみたいだ。

 しかし、一呼吸置くとすぐ、

「・・・そうですか。 まぁキョウさんが言うなら・・・」

 取り敢えず納得したみたいだ。

 キョウさんの信用度ハンパ無いな。


「ではセイ様にお聞きします。 先程から口にされてる駄女神とはどなたの事でしょう?」

「え? それは・・・」

 何やら後ろでキョウさんが両手を振ったり口に人差し指を当てたりしているが、この時俺の危機察知能力はどこかで呆けていたらしい。

 ついつい無防備に、

「駄女神は駄女神ですよー 月の駄女神で乱暴で最悪なイオス・・・」

 俺は最後まで言い切れなかった。

 彼女の駄女神ばりの右ストレートがスキルを発動する間もなく俺の頬に炸裂し、俺はベッドからころげ落ちて一瞬気を失ったのだった。


 さすがに今回は精神世界に行く事なく意識が戻って来たが、目が覚める直前ほんの一瞬だけ駄女神がゴメンねと言いながら手を合わせていたのが見えた気がした・・・


「何がゴメンだよ駄女神め・・・」

 などとぶつぶつ言いながら目覚めると、目の前に振り上げた拳をキョウさんに止められながらプルプルしているルナさんがいた。

「ちょっ! ちょっと待って! ちょっと!」

 俺は慌てて言った。

 あのストレートを連続で喰らったら、いくらこの体が超再生スキル付きでも死にかねない。

 キョウさんも必死で止めようとしてくれている。

 俺は慌ててルナさんをなだめにかかった。

 かかったのだが、ルナさんとキョウさんという絶世の美女がじゃれあっているように見え、思わず顔が緩んでしまった。


 俺がだらしなくニヤつきながら眺めていると、それに気付いた二人がパッと離れ、一旦それぞれ椅子に座った。


「で?」

 口を開いたのはルナさんだ。

 俺は申し開きを促された気がしたのでそれに従い、

「あー、え〜っと、何て言うか、誤解ですよ誤解。 俺は月の女神イオスとは仲良しで・・・」

「嘘!」

 今度は感情を制御出来たらしく、拳を握っただけだったので内心かなりホッとした。

「だいたい我が信仰の対象である月の女神イオス様と親しくお話しとか信じられません! そもそもそんな簡単に会えるお方でも無いですし、イオス様の信徒である私でもたまに信託を授かる事はあっても親しくお話しするとか・・・」

 最後の方は声になってなかった。


 この世界の人々にとって女神とは、実在はするがそう易々とお目通りのかなう相手ではないみたいだ。

 それどころか、軽口を叩けるほど気安い存在でも無いようだ。

 ましてや駄女神呼ばわりするとは、全く許し難い事なのだろう。


 どうやら俺は知らなかったとは言え彼女の逆鱗に触れたようで、とにかく彼女に許しを乞うことにした。

 まぁ惚れた弱みも多少はあるかな。


「それは・・・ 何て言うか、本当に申し訳ない事をしました。 心底反省しますので許してもらえませんか?」

 言葉的にはまだ若干不真面目な部分が見えるが、彼女に許して欲しいのは本当なのだ。

 その気持ちが通じたのか、ルナさんはため息をつきつつも、

「良いでしょう。 今後イオス様の事を軽々しく呼ばないと誓っていただけるのであれば・・・」

「誓う誓う! 心の底から誓います!」

 もし尻尾があったらちぎれんばかりにブンブン振っていただろう。


 正直、ルナさんに許してもらえるなら何でもする勢いだった。

 こんな気持ちは生前でも味わった事の無い物だ。

「で、ルナさん、なんて言うか、お付き合いっぽい事は・・・」

 その諦めの悪さに流石にルナさんも呆れたようだ。


 しばらくしてルナさんが可愛くクスッと笑い、

「セイ様は、女性を見るといつも好きだと言ったり交際を申し込んだりされるのですか?」

 と聞いて来た。

 確かにそう思われても仕方ないか・・・

 俺は自分でも語気の強さに戸惑いながら被せ気味に否定した。

「そんな事無いです! って言うか、人生全部含めてもこんな気持ちになった事なんかないです! 本当です!」


 ルナさんもキョウさんも俺の勢いに押されて驚いていたが、取り敢えず信じてもらえたと思う。

 て言うか、この二人に信じてもらい、離れないようにする事が何より大切だと何故か強く思っている自分がいた。

 多分お師匠さまか駄女神の思惑が影響しているのだろうが、これにはむしろこちらからお願いしたい所なので、喜んで従う事にする。


 そして、俺のしつこさに根負けしたのか、ルナさんがため息混じりに、

「わかりました。取り敢えずお友達からなら・・・」

「はいっ! 友達でも嬉しいっ! よろしくお願いしますっ!」

「ただし!!」

 ルナさんがちょっと厳しい顔になって言う。

「はい?」

「今後イオス様を悪く言わない事が条件です!」

 俺は、内心「え〜、出来るかなぁ」と思いながらも、

「わかりましたっ!」

 と、元気に返事を返していた。

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