第10話

 俺がへたり込んでいるとキョウさんが駆け寄って来た。

「セイ! 大丈夫?!」

 野次馬達が色めき立つ。

 キョウさんつくづく有名人なんだな。


「あぁキョウさん・・・ だいじょう・・・」

 応えながら立ち上がろうとしたが、自分でも気が付かない位疲れ果てていたようで、オマケに体のあちこちが酷い筋肉痛のようになっており、情けない事によろけてまた座り込んでしまった。

 しかし、キョウさんが俺に心配そうに駆け寄る事で更に要らない噂が増えるのは避けられないようだ。


 まぁいつまでもへばっている訳にいかない。

 とにかく大男の安否を確認しないと、ギルドに登録したその日に同僚を殺した男になっちまう。


 キョウさんに寄りかかりながらも立ち上がろうともがいてた時、ふと日が陰った。

 このシチュエーションには覚えがあるなと思い見上げると、やはり大男が、あの鬼の形相は別人の様に消え去り、かなり申し訳なさそうにこちらを見下ろしていた。


「さすがのタフさだな」

 俺が座り込んだまま話しかけると、大男は本心から申し訳なさそうに言った。

「信じてくれないかもしれないが、あんたを放り投げてからの記憶が無いんだ・・・ 本当だ・・・」

 見かけによらず、根は素直で小心者なのかもしれない。


 実際今の彼がどれだけ怒ろうとあの形相は作れそうに無いと思った。

「いや、信じるよ。 あれは確かに何か悪いモノに乗り移られたとしか思えん・・・」

 思い出して思わず身震いしてしまった。


 まぁ女神や天使がその辺にいる世界だ。

 悪霊や悪魔がいても全く不思議では無いと言うか、むしろいない方が不自然かも・・・

 さっきの恐ろしい形相はまさに悪霊憑きと言っても過言じゃないし。


 俺は取り敢えず大男に、

「まぁ俺も意地が悪かったし、この事は水に流そうや。」

 大男はちょっとの間何を言われたかわからない様な顔をしたが(どうやら水に流すと言う慣用句は無いらしい・・・)、聞き返すのも面倒になったのか、それともこれ以上関わり合いになりたくないのか、曖昧な笑顔を見せながらそそくさと立ち去ってしまった。


 力の限り戦ったら仲良く・・・ってのはやっぱり都市伝説なんだな・・・


 とにかく気になる事が山積していた。

 大男の豹変、魂の螺旋スキルで呼び出した、本人の身体を壊しかねないほど強力な人格、そしてもう一つ、俺がピンチに陥ると代わりに出て来てくれるウルが、今回は入れ替わろうとしなかった事・・・


 しかし色々気になりながらも、俺もウルも今はとにかく横になって泥の様に眠りたかったのだ。


 と、そこに野次馬の人だかりを何とか掻き分けこちらに一人の女性が近寄って来るのが見えた。

「キョウさん! 何があったの?!」

 そのキョウさんの知り合いらしい女性は小柄で、かなりの細身だが骨から細いようで、不思議と病的だったり子供っぽく見えたりはせず、雰囲気が何処と無くお師匠さまに似ている感じの優しそうな美人だ。


 そしてその女性と目が合った瞬間、今まで感じたことのない、背中に電気でも走ったかの様な、地面が消えた様な、何とも言えない強烈な衝撃が背骨を貫いた。


 あぁあれだ。

 これは俗に言う一目惚れだ・・・


 俺はかなり惚けた顔でその女性を見ていたに違いない。

 女性は一瞬訝しげな顔をしたが、すっと笑顔を作り俺に顔を近づけ一言。


「何気安く見てんだテメェ」


 今度こそ俺は気が遠くなった。


 ここからの記憶は全く定かではないが、ギルド職員のおっさんや野次馬達などから何やかやと聞かれる声を無視し、キョウさんと謎の(ガラの悪い)女性に寄りかかるようにしながら俺はその場を逃げる様に去ったのだった。

「近くに私の別宅があるからそこに行きましょ もうちょっと頑張って!」


 あぁキョウさん天使・・・



 気がつくと、そこはまた精神世界だった。

 ドーム状のバリア(?)の外で嵐が吹き荒れてると言うことは、ウルの世界なのだろう。

 そして程なく、柔らかで暖かい優しい光と共にお師匠さまと駄女神が現れた。


 俺は自然と師匠の前に跪坐いた。

「お師匠さま、お会い出来て嬉しいです。」

「私もですよ、セイ。」

「あたしへの挨拶は?」

「あぁいたのか駄女神」

「ケンカ売ってんのかテメー!!」

 ガラの悪いことこの上ない。

 俺に向かって唸り声を立てながら掴みかかろうとしている所なんて、ほんとに月の女神なのか怪しい所だな・・・


 駄女神のそんな姿にも動じる事なくお師匠様が口を開いた。

 多分慣れっこなのだろう。


「セイもウルも色々大変でしたが、よく乗り越えましたね。 無事で本当に良かった。」

 この一言が以外にも心に刺さり、思わず涙が出そうになった。

 どうやら一般的な日本人の俺としては魔獣と戦って殺したり、他人から強烈な殺意をぶつけられた事がかなりのストレスだったようで、今頃になって手足が震え始めた。

 ウルはと言うと割と平気な感じに見えたのだが、彼は彼で何やら釈然としないものがあるらしく、お師匠様と駄女神に聞きたい事があるように感じた。

 何せ同じ魂の螺旋に繋がれた者同士、考えている事は何となく解るのだ。


 珍しくウルの方が口を開いた。

「あの、聞きたい事があります。」

「何でしょう? 我が大切な弟子、ウルよ」

 師匠が天使の微笑みで応じた。

「・・・さっきデカいのに絡まれて、ヤバいと思ったら出ようと思ってたのに、いざアイツが豹変してヤバくなった時、代わるどころか何も出来なかった・・・ もう俺の身体はセイの物に・・・?」


 これには俺もドキリとさせられた。


 もし自分の身体が自分がまだ生きてるのに他の誰かに乗っ取られたらと思うと、相手が誰であれ気が気でないだろう。


 お師匠様が優しい口調で答えた。

「我が愛すべき勇敢な戦士ウルよ、安心なさい。 そなたの体は紛れもなくそなた自身のものです。 生まれた時から今までずっと一緒だった身体と魂は、そう簡単に切り離す事など出来ないのですよ。」

「けどさっき・・・」

 ウルが言い淀む。

 よほど不安なのか、年相応の幼さが垣間見えた。

 歴戦の勇士もかわいいとこあるじゃん。


 お師匠さまが重ねて言う。

「ウルが不安になるのもよくわかります。 しかし、それでも私は断言します。 生まれ持った身体と魂は、なまなかには引き離すことはできないのです。 ただ、まだそなたの魂の傷が治り切っていない為、本来の力を発揮する事が出来なかったのです。」

「魂の傷が・・・」

 ウルが訝しげな表情で呟く。

「そう、魂の傷です。 それは体の傷と違い、あなた方が思っている以上に傷付きやすく治りにくいモノなのです・・・」

 お師匠さまが優しく諭す様に話す。

「そうなのか・・・」

 お師匠さまの言葉に、ウルは納得したかに見えた。


 と、そこへ駄女神が、

「そう言う事! 特に貴方達みたいに狙われ・・・」

「イオスッ?」

 お師匠さまが珍しく慌て気味に駄女神の言葉を遮ったが少々遅かった様だ。

 駄女神もやっちまったーって顔をしている。


 そっぽを向きながら下手くそな口笛を吹く駄女神を横目で見ながら

「イオス・・・ あなたはもう・・・」

 とつぶやいた。

 さすがのお師匠さまも怒るやら困るやらあきれるやらどうしようかと言った感じで、あの冷静沈着なお師匠さまにこんな顔させるとは、さすが駄女神と変な所に感心してしまった。


「今のは? 俺達が狙われてるって?」

 思わず聞き返してしまった。

 お師匠さまがこれまた珍しく、深くため息をつきながらやれやれと言った風にうつむきながら首を二、三度振ると、

「・・・仕方ありませんね・・・ もう少し落ち着いてから話そうと思っていたのですが・・・」

 と言いつつ駄女神をひと睨みすると、あの駄女神がヒィッと悲鳴を上げながら俺の後ろに隠れた。

 あの傍若無人な駄女神がこんなに恐るとは・・・

 お師匠さまは絶対怒らせない様気をつけよう。


 お師匠さまが言うには、当然のごとくこの世界には魔霊と呼ばれる悪魔や悪霊の様な存在がいる事、そして、人の悪意に反応して近付いて来る事、特に悪意の強い者には乗り移ったり陰から操ったりもあるとの事だ。


 しかし話はそう簡単では無く、実は人族やそれに近しい種族には全て守護霊とも言える存在が付いており、魔霊が自由に悪さをしないよう守ってくれているとの事。

 そりゃ無防備ではいられないよなぁ。


 そしてここからが重要なのだが、魔霊にも強さのランクが有り、何とお師匠さまや一応女神のイオスの様に神格の高い存在に相対する様な強力な魔霊がおり、当然それらはお師匠さまやイオスを目の敵にしているが、存在する次元が違い過ぎてなかなかに手を出す事が出来ないらしいのだ。

 しかし今、俺やウルと言う脆弱な存在が現世にいる事がバレてしまっており、当分の間(いつ迄かは不明・・・)狙われるだろうとの事・・・


 ここで駄女神が言う。

「大丈夫! 私やお師匠さまがしっかり守ってあげるから!!」


「・・・お師匠さまはともかく駄女神じゃなぁ・・・」

 思わずつぶやいた瞬間女神らしからぬ腰の入ったストレートが放たれ、俺はウルもろとも吹っ飛びバリアに叩き付けられたのだった・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る