第9話

 冒険者ギルドの受付のおっさんの言い方に、温厚な俺も珍しく腹が立った。

「いやいや、何を根拠に・・・」

 と言い返そうとしたとたん、急に辺りが暗くなった。

 慌てて見上げると、天井に届くかというような大男が上から被さるように俺の肩に腕を回して来た。

 なんて太くゴツい腕だ・・・

「漫画の世界だ・・・」

 俺は思わずつぶやいた。

 その位男は巨大だったのだ。


 大男は俺の呟きには反応せず、

「おっさんの言う通りだ小さいの。 さっさと帰って普通の仕事を探しな。」

 と、言いおわるや否や俺のえり首を片手で掴んで、乱暴な事にそのまま引っぺがすように出口に向かって投げ飛ばしやがった。


 俺はと言うと呑気に空を飛んでいた訳ではなく、大男が俺を投げようとしている事がわかってすぐ超反応スキルを発動し、床から足が離れる瞬間にちょいとつま先を相手の股間に当たる角度に曲げてやったのだ。


「ハグゥンッ!!」


 俺のつま先は狙い通り大男の股間をヤツ自身の怪力でガッツリ蹴り上げ、ヤツは情け無い悲鳴を上げその場に踞った。

 そして俺はその様をわき目で見ながら、猫の様に空中でクルリと身を捻るとフワリと着地した。


『色々うまくなったじゃないか』

 心の中でウルが言って来た。

 ウルが言うには、どうやらウルの体と俺の魂がより馴染んで来たのか、俺とウルの魂がより近づいたからか、とにかく俺の思った通り、想像通りに体が動いてくれるようになって来たようなのだ。

 もちろん、スキルとウルの鍛え上げられた身体能力あってのものなのだが。


 そして何事も無かったかのように後ろを振り返ると、かなりピンポイントで痛い所に当たったのか、大男はまだ踞ったままウンウン唸っていた。


 俺は受付に戻り、受付のおっさんにもう一度、

「登録して欲しいんだが」

 と言うと、おっさんは人が違ったように、

「お兄ちゃんやるねー いや、悪かった! 早速登録を・・・」

 おっさんがそそくさと登録用と思われる魔法具を用意した。



「ここに手のひらを当ててだな・・・」

 おっさんの言う通りに魔法具に手をかざすと、魔法具がじんわり光り出した。

「あんたの名前と・・・ 住所とかあるのか?」

 とおっさんに聞かれ、

「そうそう、これでわかるのかな?」

 今更ながらキョウさんにもらった水晶を思い出し、おっさんに見せると、

「おいお兄ちゃん・・・ あんたえらい所の客分だったんだな・・・ 最初からコレ出してれば良かったのに」


 どうやら俺はまたドジを踏んだらしい・・・

 ウルからも呆れたような空気が流れてきた。

「頼むよ兄ちゃ、いや、セイ様よ」

 おっと、いきなり様付けに格上げだ。

 キョウさんの身分証効果すげぇ。


「ほら、このギルド章を身に付けてろ。死んだ時とかこれを頼りにあんたを届けるから無くすなよ。」

 おっさんから縦横5センチ、厚さ5ミリ程で色々文字が彫られた金属製のプレートを受け取った。

 これがギルド章になるんだな。


 しかし、所属する瞬間から死んだ時の話かよ、異世界厳しい。


 依頼はまた改めてとおっさんに言い、ギルドを出てキョウさんを探そうとした時、

「待ちやがれっ!!」

 と下品な怒声が響いて来た。

 さっきまでデカい体を見えないくらい小さく丸めて唸っていたが、何とか復活したらしい。

「絶対殺してやる・・・」

 物騒な事を言いながら大男はこれまた体格に合った大剣をズラリと抜いた。


 しかし、なんて形相だ。

 人の顔が短時間でこんなに変わるものかってくらい、怒りや憎しみで凶悪に歪んでいた。

 まるで何か良からぬモノにでも取り憑かれたと言っても過言じゃないな。


 流石にヤバいと思ったのか、おっさんが止めに入る。

「おいおい、いくら何でもやり過ぎだ。 剣をしまえよ」

 ギルド職員とは言えなんて勇気の持ち主なんだ!

 おっさん尊敬します。


 何事かと集まり始めた野次馬達も、取り敢えず騒ぎはここまでで、いくらなんでもギルド職員に斬りつけたらただじゃ済まない事は・・・

 と思った瞬間、大男は俺や野次馬達の予想を裏切り躊躇なくおっさんに斬りつけた。


 大剣が袈裟がけに振り下ろされ、恐ろしいほどの風切り音が鳴った。

 当然誰もがおっさんの胴体が真っ二つにされたと思ったが、何とかギリギリ間一髪で俺の超反応スキルが間に合った。


 とは言え大男の剣速は予想を超えていて、おっさんの腕を掠め血がしたたった。


「おっさん大丈夫か?」

「お、おぉ 何とか・・・」

 腕の傷を押さえつつおっさんが答えたのも束の間、

「おうわっ?!」

 俺がおっさんの襟首を掴んで引っ張り、さっきまで俺とおっさんの頭があった場所を大剣が通り過ぎた。

 更に三度ほど大男の剣に空を切らせたが、その度おっさんがぐぅとかきゅぅとか変なうめき声を上げる。

 まぁ命がかかってるから構ってる余裕は無い。


 そして四度目に剣を振った時、大男は剣に振り回されてバランスを崩した。

 本来自分の武器に振り回されるとか無いと思われるので、やはり何か普段とは違う状態なのだろう。


 とにかくこの隙に俺はおっさんを大男の反対側に投げた。

 乱暴なとかむちゃくちゃだとか言われても死ぬよりはマシだろと思いながら、俺はやっと自分の剣を抜く事ができたのだ。


「殺す・・・ 殺してやる・・・」

 さっきまではそこまで凶悪な顔でも無かったのに、短時間で恨みと怒りに形相は歪み、ただでさえ大男なのが筋肉が膨れ上がって一回り程も大きく見えた。

 野次馬達も大男のあまりの迫力に自然と遠巻きになっている。


 しかも狙いは俺なんだよなぁ・・・

 やれやれだ・・・


 取り敢えず剣を構えた俺は、自分が人を相手にしたチャンバラの経験が皆無だと思い出し、ウルに、

「どうしよう・・・」

 と問いかけた。

 ウルは若干呆れながらも、

『・・・とにかく避けろ 剣で受けたら一発で折れ・・・』

 言いかけた所で巨大な剣が袈裟がけに振り下ろされた。

 それを超反応スキルを発動して間一髪でかわし、更に俺の胴体を真っ二つにしようと轟音を立てながら振り回される大剣を何とかかわしていた。


「でえぇ! 普通でかいヤツは噛ませ犬なんじゃないのーっ?!」

 スキル連続発動でヘトヘトになりながらも必死で剣を避けつつ心の中でボヤくと、ウルが、

『バカッ 体格に恵まれた奴が鍛えまくったら強いに決まってる!』

 ウルの解説になるほどと思いながら大男の振り回す大剣を必死に避ける。

 そもそもここは異世界で、魔素だが何だかによって強くなるらしいし、地球の法則は当てはまらないと改めて思い知った。


 それにしてもヤバいなと思った時、ふと頭に師匠の姿が浮かび、その途端、魂の螺旋スキルを思い出した。

 ウルも同時に思い出したようで、

『セイ! 魂の螺旋は?!』

「俺もそれを言おうと思った!」

 心の中で答えつつ・・・


「・・・どうやって?」

 ウルがコケたのが伝わって来た。

 そして何故か師匠もコケてるイメージが・・・

 そして、その師匠から

「イメージして念じるのです」

 てな感じの思いが伝わり、これまた必死ですがるように祈った。

「とにかく強さを! 達人を!」

 すると次の瞬間、何か強烈なエネルギーの塊がやって来て俺もウルも雷を受けたみたいに体から弾き飛ばされた。


 ドドーーーンッ!!!


 どうやら本当に雷の様なエネルギーが俺に落ちたみたいで、大男を始め、周囲の全員が何が起こったのかとざわつきながら砂埃の先を見ていた。


 そして中から出て来たのは、見た目はウルだが纏っている雰囲気は全く違う、何と言うか、物騒なエネルギーの塊としか言いようが無い、近寄り難い人物だった。


 すっかり悪魔的な見た目に変わっていた大男は突然の雷と俺の変貌にポカンとしていたが、すぐに我を取り戻すと大剣を俺(?)に向かって振り下ろした。


 しかしどうかわしたのか、俺(?)はいつの間にか大男の右横に立ち、面倒くさそうに指先を伸ばした、いわゆる抜き手を大男の右脇腹に向かってヒョイと突き出した。

 その途端大男はビクンッ!と軽く痙攣し、そのまま前にドウッ!と倒れてしまった。


 そして、ウルの形をした何者かはえらくしゃがれた、それでいて聞こえた者を畏怖させる様な声で、

「やれやれ つまらんとこに呼ばれたもんだ・・・」

 とボヤいた。


 その時俺とウルは、ウルの体の後ろに魂のまま立ち尽くしていた。

 その人物は何故か俺たちの事を認識しているようで、明らかに俺達に向かって

「んー、この体では受け止めきれんか・・・ もうちょっと鍛えてから呼んで欲しい所だな・・・」

 とボヤいたと思うとその数秒後、グイッと引っ張られる様な感じでウルの体に戻った。


 あの人物の強烈な雰囲気はすっかり消えてしまっており、ふぅっと気が抜けた途端、とんでもない疲労と筋肉痛で俺はその場にへたりこんでしまったのだった。

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