第8話

 ウル達が住む大地は「セントガルド」と呼ばれている。


 左右に長くやや菱形に近い形をしており、中央の広大な平野にウル達の村が所属していたアカリア王国やその他の国が点在している。


 百年ほど前までアカリア王国周辺では戦乱が絶えなかったが、人間やエルフ、ドワーフ、獣人、妖精族など異種族間の仲を取り持ち、戦乱の世界に終止符を打った英雄のお陰で、今は小競り合いはあれど、概ね平和な状態が長く続いている。



 太陽がかなり高くなって来た頃、俺達は街が見える所まで来ていた。

 この街はゼフリカの街と呼ばれ、アカリア王国に属するゼフリカ侯爵領の首都である。


 ゼフリカ侯爵領を治めるのはオーギュスト・ゼフリカ侯爵だ。

 王国の支配地域の北端を任せられるほどの実力を持ち、自ら騎士団の先頭に立って戦う勇猛果敢さでも知られている。

 王国内でも強い発言力を持ち、建国以来ずっと変わらぬ王国への忠誠心を捧げていると言われている・・・



「すげ〜」

 思わず口から出た。

「すごいでしょ」

 キョウさんが自慢げに言う。


 実際目の前にそびえる城門と城壁、三重の堀はとんでもない規模だった。


 これは魔獣対策なのかと聞くとそうだとの事。

 やっぱりドラゴンとか来るの?と重ねて聞くと、

「ドラゴンやワイバーンは近寄らないわ。 魔法やバリスタがあるし、賢いから。 怖いのは人間と、人間並みに知性があって群れる奴らね。」

 との事。

「他国から攻めてくるとか?」

「それも。 まぁ最近は無いけどね。」


 俺はふーんと言いながら聞き流していた。

 いよいよ門に近づいたからだ。


 と、突然衛兵達が駆け寄ってきた。

 俺が何事かと俺が浮き足立つと、衛兵達がキョウさんの前で並び、敬礼をするではないか!


「おかえりなさいませ! 何事も無いようで・・・ んん?! 誰だ貴様は!!」

 ちょび髭で性格の悪そうな衛兵が俺に気付いて詰問して来た。

 しかし、俺が慌ててキョウさんのくれた身分証を出すと急に態度が改まり、

「こ、これは・・・ し、失礼致しました!」

 と、溢れ出てこようとする悔しさを必死に見せまいとしながら下がって行った。


 俺はキョウさんの威を借りてるだけなので若干可哀想にと思いながらも、ほんのちょっといい気味だなどと思ってしまい、それをウルとキョウさんに見抜かれて恥ずかしくなってしまった。



 そんなこんなで無事門をくぐり街に入ることができたのだが、街の発展ぶりと種種雑多な人混みに目がくらんだ。

 驚いたのは、立派なショーウィンドウが並んでいたり、しっかり道路が整備されていたり(さすがにアスファルトでは無く土やコンクリ、石畳みのようなものだが)、乗り合い馬車のような物が走っていたり、電気は無いようだが街灯らしきモノがあったりする事だ。


 歩行者も多く、人族やエルフの他に獣人系が意外と沢山いて、モフりたいのを必死で我慢しないとならなかった。

 ウルやキョウさんにとっては意味不明だそうだが、日本人たる者やはりモフモフを見たらモフらずにはいられな・・・ あ、見ず知らずの人には流石にしないが・・・


 とにかく、完全にお上りさん状態であちこち目を奪われながら歩くモンだから、性質の悪いやつに目を付けられたのだろう。

 見るからにまともでは無い奴がスルスルと近寄って来たと思うと、俺にわざとらしくぶつかって、いや、ぶつかろうとしたのだが俺は何故か滑らかにかわしていた。

 しかも、最高のタイミングでソイツの背中をトンと押したのだ。

 当然その悪党はバランスを崩し、更に運の悪い事に足元にあった近くの屋台の荷物に足を取られ派手に転んでしまった。


 俺はと言うと、避けた事には気が付いたが何を避けたのかはそいつが派手に転ぶまで気づかなかったため、ポカンとした顔でそいつを見ていたのだった。


「何しやがんだこのやろう!!」

 当然ソイツが文句を言って来る。

「何って、俺は避けただけだし・・・」

 明らかにヘタレな俺の態度に調子づいたのか、ソイツは更に態度が悪くなった。

「避けただけだとバッキャロテメーッ! こっちゃーテメーのせいで転んだんだぞ怪我してんだぞっ! 今すぐ謝れ謝罪しろ賠償しろ誠意を見せやがれーっ!!」

 スラスラ出てくる罵詈雑言に俺とキョウさんは呆気に取られてしまった。


 俺たちの反応の鈍さにソイツがさらに何か言おうとしたが、誰かが呼んだのか、それとも騒ぎを聞きつけたのか、衛兵が近づいて来るのが見えた。


「チッ」

 それに気づいた瞬間、ソイツはもの凄い目付きで俺を睨みながら指でブイの字を作り、その指先を自分の目に向け、次に俺に向けた。

 そしてすぐ人混みに紛れてしまった。


 俺はあっという間の出来事に唖然としていたが、ふとある事に気づいて問いかけた。

「今のウルだろ・・・」

 しかしウルは、何となくニヤニヤしてるのは解ったが質問には答えず

『今のサイン、俺は見ているぞ、狙っているぞって意味だな。 まぁせいぜい気をつけろよ』

 と、恐ろしい事を言った。


 ・・・


 えええ?!


 世の中なんて理不尽なんだ・・・

 俺が何かしたってのか?・・・


『ま、そういう頭のおかしい奴もいるって事だ』

 俺の嘆きにウルが答えてくれたが、慰めには全くならなかった。


 キョウさんに話すと多少は同情的だったが、

「あんなチンピラに殺されないでね」

 の一言だった・・・


「そう言うキョウさんは一人でふらふらしてるけど、結構重要人物ですよね? 大丈夫なんですか?」

 と聞いてみると、ウルが

『セイ、お前は気づいて無いみたいだが彼女は大丈夫なんだよ』

 と言った。

 俺は何となく自分がのけ者にされた気がして

「あーそうかい 鈍い俺はのけ者かい」

 我ながら子供かと思いながらもつい毒づいてしまった。


 するとキョウさんが、

「ごめんなさい 別に秘密にしてるわけじゃなくて・・・」

 と言いつつ手首に着けている鈴のような物を振った。

 しかし音は鳴らず、俺の頭に?が浮かんだと思ったら、いつの間にかキョウさんの横に小柄な女性が立っていた。


 いつから立っているのかわからず、思わずジロジロ見てしまったが、その女性は臆することもなくこちらをただ見つめていた。

「セイ、紹介するね 私の護衛の一人、ナナよ」

 小柄でシンプルで目立たないが動きやすそうな服装のその女の子は、感情の読み取れない目でこちらを見ると、ペコリと頭を下げた。


「はっ? えっ? あっ ど、どうも」

 俺は慌ててしどろもどろになったが、ナナはキョウさんに耳打ちすると俺たちに背を向けてさっさと歩き去ってしまった。


「私には常に彼女達みたいな護衛が付いてるから・・・」

 キョウさんが言う。

「・・・ 全然気付かなかった・・・」

『当たり前だ。 ありゃ相当な手練れだな。 俺でもやり合いたく無いよ。 あんなのが常に二、三人付いてるんだからチンピラの一人や二人・・・ 』


「黙っててごめんなさいね」

 キョウさんが申し訳なさそうに言う。

「いやいや、むしろ安心しましたよ。 あんな危険なのがゴロゴロしてるんじゃ、俺一人でキョウさんを護るとか・・・」

「あら、護ってくれるつもりだったの?」

 キョウさんが悪戯っぽく笑う。

「そ、そりゃぁキョウさんは恩人ですし、美しい女性ですし、この街の重要人物みたいですし・・・」

「そ ありがと」

 満面の笑みの可愛さ、美しさに、思わずエルフすげぇなとか考えてしまった。



 そうこうしてるうちに最初の目的地に到着した。

 そう、冒険者ギルドだ。


 冒険者ギルドと言えば美人で巨乳な受付嬢がお決まりなのだが、ここはいかにも荒くれ者の、厳つい冒険者の集まる場所と言った雰囲気だった。


 何と言うか、思っていた以上に男臭く、血と暴力の空気に満ちた空間に、これまた暴力の匂いの染み付いたゴツい野郎ばかりだ。

 まぁ職業柄当たり前と言えば当たり前なんだが・・・


 取り敢えずキョウさんは外で待ってるそうなので、俺は受付を探して奥に進んだのだった。



 案内板や注意書きを見ながら、駄女神の加護により読み書きが出来るのは本当にありがたいと思った。

 キョウさんによれば、この世界には小学校のような制度があり、都会なら読み書きと四則演算くらいまでほとんどの者ができるそうだ。

 まぁ田舎に行くほど率は落ちるが、それでもすごい事だと思う。


 正直異世界なめてましたごめんなさい。



 取り敢えず受付にたどり着くと、可愛くも何とも無い受付のおっさんがこれまた興味無さそうに俺をチラリと見て、ため息を吐きながらこう言った。


「冒険者になりたい? やめとけやめとけ お前みたいなのは明日にはオークの腹の中だ」

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