第7話

 しばらく歩くとウルがまた、あそこにいるぞと教えてくれた。

 一匹目と同じような魔獣らしいが、やはり俺にはどこにいるかわからない。


 ウルが言うには人間よりも魔獣の方がかなり敏感で、特に俺のようにバタバタガサガサ派手に物音を立てて歩いているようなやつは、あちらからすれば大騒ぎしながら身を隠しもせずに歩いているようなものだそうだ。


 本人はなるべく静かに歩いてるつもりなんだがなぁ・・・


 ふと疑問に思ったんだが、気付いてるならあいつらは何で逃げないのかとウルに聞くと、

『舐められてんだよ』

 との事。


 それでも一匹目で多少度胸が付いたのか、二匹目は何とかウルの力を借りる事なく倒す事ができた。


「さすが俺」

 などと冗談を言うと、

『調子に乗るなよ 死ぬぞ』

 とウルに釘を刺されてしまった・・・



 三匹目はなかなか見つからなかった。


 森をウロウロしているうちにすっかり日が高くなってきたし、ウルの健康な腹の虫が鳴りそうだったのでそろそろ引き返そうかと思い、

「なぁウル、そろそろ腹も減って来たし・・・」

 言いかけたその時、不意に森が開け、その先に何か大きな岩の様なモノがいた。


 ウルが、

『セイ、あれはオーガーと言って、結構強いのに金にならない魔獣だ やり合うのは割りに合わないから引き返せ』

 と囁いて来た。


 しかし、残念と言うか不幸と言うかマヌケと言うか、返事をするより先に腹の虫が盛大に鳴り響き、その瞬間俺とオーガーの目はガッツリ合ってしまったのだ。


 オーガーはどうやら食事中だったらしく、血塗れの魔獣らしき物を生のままむさぼっていたが、食事を邪魔されたと思ったのかいきなり怒りの咆哮を上げた。


 まだいくらか距離があったので何とか腰を抜かさずに済んだが、昔間近で見た相撲取りよりも更にデカくて、全身筋肉で覆われた鬼が明らかな殺意を持って凶悪な顔で向かって来るとか、悪夢としか思えない。


 ウルには申し訳ないが、さっきの魔獣とは比べ物にならない死と暴力の圧力に心底びびってしまい、全く動けなくなってしまっていたのだ。


『おいセイ! どうした!』

 恐怖のせいか、ウルの呼びかける声も遠くから聞こえるようだ。


 オーガーは警戒しているのかゆっくりとしか近づいて来ないが、その手に血塗れの棍棒を持っているのが見えた瞬間それで殴り殺される事を想像してしまい、その場にへたり込みそうになってしまった。


『セイ! 引っ込め! 代われ!』


 ウルのその声に逃げるようにすがりついて、体の主導権を渡した。


「かっはあああっ!」


 体の主導権を受け取ったウルが、まるで空手の息吹きの様に激しく息を吐き肩を震わすと、さっきまでとはまったく別人となった雰囲気に、オーガーも驚いて一瞬戸惑うように足を止めていた。


 その隙を見逃さずいつの間に抜いたのか長剣を構えウルが走り出す。


 オーガーが慌てて迎え撃とうと右手に持った太い棒でウルの頭目掛けて殴りかかるが、まるで予測していたかのように余裕を持ってサイドステップでかわし、次のステップで懐に飛び込むとウルの長剣はオーガーの胸元を貫いていた。


 そしてすぐにオーガーを蹴るように足をかけ、剣を抜くと同時にオーガーの武器と返り血が届かない距離まで離れていた。


 胸元から溢れ出した自分の血を見てオーガーは一瞬何が起こったかわからないような顔をしたが、怒りと苦痛の入り混じったような咆哮をあげウルに向かって反撃しようとした。


 だが、ウルの一撃は正確にオーガーの心臓を貫いていたようで、映画やドラマみたいに派手に大量の血を撒き散らしながら仰向けに倒れ、そのまま動かなくなった。


 ウルは息も切らさず立っていたが油断なく周囲に気を配っており、しばらくしてオーガーが完全にこと切れたのを確認するため用心しながらオーガーに近付き、剣で突いたり足で蹴ったりしていた。


 俺はその様子をウルの頭の中で見ながら、

『か、かっこいい〜 ウルすげ〜』

 などとほめちぎった。

 ウルは黙っていたが若干照れてるのを感じた。


 ふっかわいいヤツ(笑)


 オーガーが死んでいるのを確認し、長剣を鞘に収め落ち着いて来た所で、速やかに体の主導権が入れ替わった。


 どうやら交代は任意で出来るが、落ち着くと俺がメインになるみたいだ。

 おそらくお師匠様や駄女神からもらった加護の力が強いのと、ウルの精神がまだ癒えきっていないから、長時間は耐えられないのだろう。

 しかし、改めてウルという男の戦闘力を目の当たりにして、この世界ではウルの力無しでは俺は生きていけないという事を思い知らされた。


 取り敢えずなかなかにスリリングだった散歩を切り上げる事にし、腹の虫を響かせながら元来た道を歩き始めた。



 帰りは魔獣に出くわす事なく小屋に着いたが、服がビリビリで返り血まみれの俺にキョウさんはかなり驚き心配したようで、超回復スキルを持っている事をバラすしかなかった。


 キョウさんは落ち着くと、今度は

「まずお風呂に入ってキレイにしてきて」

 との事。


 拾われてからこっち、キョウさんが意識のないウルの体を拭いてくれていたようで(今更ながら恥ずかしくなって来た・・・)、ほぼ寝起きでも問題無かったが、やはり一度しっかり風呂に入って体を綺麗にはしたい。

 それに、日本人として風呂は重要な文化だから入る機会があれば入りたいのが本音だ。


 しかし、駄女神印のこの世界の一般常識によると大抵の人はほぼ毎日風呂に入るものの、それは町にある大衆浴場やサウナの事で、個人宅にはまず無いとの事。


 その事をキョウさんに聞いてみると、ちょっと古い情報ねと笑われてしまった・・・

(情報のアプデどんだけサボってるんだよ駄女神め・・・)

 最近は生活系の魔法具が色々増えてきて、特に風呂用の便利で安価な魔法具が開発されており、それにより個人宅でも風呂の設置が流行っているそうだ。


 風呂好きの俺としては大変ありがたい話だった。

 どうやらウルも結構な風呂好きみたいで、早く行こうと心の中で急かされた。


 キョウさんに、今度は風呂の仕組みについて聞いてみると、大きめのガスコンロみたいな魔道具に魔力を溜められる石がしこんであるそうで、スイッチを入れてほっておけば風呂が沸くとの事。

 魔力は大なり小なりほとんどの人が持っているし、水を出す魔法具も一般的な物だそうだからある意味現代日本よりも進んでいるかも。


 てな事で、異世界で昼間っからお風呂最高です。


 日本のとは若干形など違うものの湯船と洗い場があり、充分な広さだった。

 石鹸はあるにはあるがまぁまぁ高価らしく、大事に使ってねと言われたので、取り敢えず軽く体を洗い、湯船に浸かった。

「はぁー・・・ これで日本酒かビールがあればなぁ・・・」

『何だそれ セイの国の酒か?』

 ウルが聞いてくる。

 俺はそうだと答えてからもう二度と飲む事が出来ない事に気づき、また泣きそうになった。


 しかし、今更だが体は共有してるのに記憶や意識とかは全くの別々になっているのが不思議だ。

 やっぱり体と魂って別物なんだな。


 この後、あまりにも静かにしていたのでキョウさんに溺れてるんじゃ無いかと心配され覗かれるアクシデントがあったが、長風呂を堪能し風呂から上がると新しい服も用意されていてかなり上機嫌になった。

 やっぱり俺は綺麗好きなんだな。

 そして、キョウさんが用意してくれた遅めの昼食(メニューは朝と同じだった・・・)をいただいた。


 キョウさんにはもう一生頭が上がらないです。



 翌日、夜明けと共に起き街に行く準備をした。

 準備と言ってもキョウさんに拾われた時点でボロボロの衣服の残骸しか身に付けて無かったらしく、ここでもらった衣服と剣などを身につけたら終了だ。


 ストレッチ代わりにラジオ体操第一をやっていると(覚えてるもんだなぁ)ノックの音が聞こえた。


「おはよう 準備は・・・ 何の踊り?」

「いや、踊りじゃなくて、俺の国のほぼ全員が出来る体操です」

 ラジオ体操を続けながら返事をする。

「ふーん・・・」

 キョウさんは不思議そうに見ていたが、

「よく出来てる なんか楽しそう・・・」

 との事。


 俺は良かったら教えるから一緒にやりますか?と聞くと、キョウさんは嬉しそうに頷いた。

 俺はキョウさんに教えながら最初から体操を、今度はこれも何となく覚えているラジオ体操の歌を口ずさみながらやってみた。


 キョウさんはスカートの裾を気にしつつ体操をしていたが、歌のおかげで初めてでも結構ついて来れていた。


 しかし、ラジオ体操第一を必死でするエルフは最高だ。

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