第3話


 ウルの気合いのこもった叫びのような号令に、皆の顔つきが覚悟を決めたかのように引き締まった。

 さすが村でも指折りの強者揃いだ。


 そして、申し合わせたようにこの中で一番実力のあるウルの援護をするように動きだす。


「アイツら動きは鈍いはず! 包囲を抜けたら村へ走るんだ!!」


 黒い兵士達はみな分厚い金属鎧を着込んで、更に巨大な片手剣と金属製の盾を持っているが、当然総重量はかなりのものとなり、普通なら歩くのも一苦労のはずだ。


 こういう場合馬に乗るのが一般的だが、コイツらはよほど体力に自信があるのか、いくら周囲を探しても馬の気配はない。


 だから包囲網さえ抜ける事ができれば・・・とウルは考えていた。


 敵を素早く見回し、村の方向とは違うものの他より隙が多そうな奴に狙いを定め、フェイントをかけつつ敵の頭部目掛けて斬りつける。


 狙い通り、ウルの動きに惑わされ、黒い兵士はバランスを崩した。


 装備の重さに引きずられ無防備になると思われたが、驚いた事に転びかけたような不安定な体勢のままウルの一撃を剣で弾き返した。


「マジかっ!」

 ウルの背筋を寒気が襲った。


 なんと、ウルの方が弾かれた剣の勢いで後ろに吹っ飛んだのだ。


 フェイントで体勢を崩してたのに、化け物的な怪力とバランス感覚だ。


「コイツら全員このレベルか⁉︎」


 吹っ飛ばされ片膝を着いた所を見逃さず、別の兵士がウルの首目掛け剣を振り下ろして来た。


 何とか身を伏せ攻撃をかわし、敵の足に斬りつけようとした瞬間、さっき避けたはずの剣が慣性の法則を無視したかのような動きでまた襲って来た。


 ギョッとしつつも咄嗟に超反応スキルを発動させ、剣より早く敵の懐に入りながら黒い鎧の隙間に剣を押し込む。


 この超反応スキルは一時的に脳の処理速度を数倍に上げ、周囲の動きを遅く感じる事ができるという強力なものだが、脳や身体にはかなりの負担がかかる。


 水の中で行動するようなもので、普段から鍛練しまくっているウルでも相手より早く行動するにはかなりの筋力、体力が必要となり、乱用は出来ない。


「こじ開ける!」


 辛うじて目の前の黒騎士を倒し、包囲網に僅かな綻びが見えた。


 そこに味方が身体ごと突っ込んで隙間を維持する!


「ウル行け!!」


「村を!!」


 仲間が身を挺して他の敵を食い止めてくれた僅かな隙を見逃さず、やっとの思いで包囲網の外に出た。


 そして、後続を期待して振り返ったが、そこに立っている味方の姿は無かった。


 悲しむ暇も復讐する余裕も無いまま、ウルは歯を食いしばり一人村に向かって走り出した。



 ウル達が丘に着こうとしている頃、宴の準備はほぼ終わり、後は主役達が来るのを待つだけとなっていた。


「お兄ちゃん達どこ行ったんだろうね」


「グレアムに肩をつかまれて村の外に向かって歩いてたけど・・・」

 と、セレナ。


「あーそりゃ抵抗出来ないね。先に始めてても良いんじゃない? だって、もうほら」


 エリーが指を差した先には、もう出来上がっている者やつまみ食いをして怒られている子供などが見え、思わず笑ってしまう。


「んー・・・ 私達だけでももうちょっと待ってたい・・・」


 言いかけた時、何やら空を見上げて不安気な声を上げたり周りに知らせたりする人が見えた。


「エリー、あれ!」

 話しかけるとエリーも既に気付いていたようで、

「セレナネェ何あれ?」

 セレナの腕にしがみ付きながら不安気に聞き返す。


 見上げた先、教会の屋根や見張り塔よりもかなり高い空中に、魔法陣のような複雑な模様の描かれた円形の何かがいくつも浮いていた。


 酔っ払っている男性が

「お、何か余興でも始まるのか?」

 と言い、一瞬皆の顔が緩んだ。


 そして、魔法陣が光を放ち始めると拍手や指笛が鳴り響いたが、光の中からするりと落ちて来たモノと目が合った。


「ギャーッ!!」


 それは、気の弱い人なら恐怖で気が触れてもおかしく無いような、悪夢の中でしか存在しない悪意と暴力の塊の様な化け物だった。


 そして、獲物でも見つけたかの様にニヤリと笑った様に見えた。


 先程の悲鳴で村人の数人がただ事では無いと気付いたが、あまりの現実味の無さに皆正常な判断ができなくなっていた。


 しかし、鬼の全身が現れた時、やっと我に帰って悲鳴をあげた。


「化け物だっ!!」

「ギャーッ!!」

「にげろーっ!!」

「助けてーっ!!」


 皆口々に叫ぶが、その時には既に鬼の体の大部分が魔法陣から出てきていた。


 特に受け身を取るでもなく無造作にポロリと落ち、その際建物や高壁を破壊したが、鬼達は特に痛がるそぶりも見せずゆっくりした動きで立ち上がり、周囲にあるモノや人を手当たり次第、力任せに壊し始めた。


 いくら宴の最中とは言え、持ち回りで警備をしていた者や、引退はしたものの未だ力を持て余している戦士達もまだまだ村にはおり、急ぎ武器を手にして鬼に向かって行った。


 鬼達は一匹一匹が大き目の熊ほどもあり、武器は持っていないものの筋肉の塊の様な腕と、指先には短刀ほどもある鋭い爪が伸びていた。

 が、そこはたくましく無いと生きていけない辺境の最前線にある村の住人だけあり、素晴らしい連係で鬼の群れと対等以上に戦っていた。


 しかし、皆がまさしく必死で戦っている間も次々鬼が生まれ落ち、まともな建物はほぼ残っていない状態となった上、あちこちで火の手も上がり始めた。


 そしていつしか生き残った者より鬼の方がかなり多くなっており、一方的に殺戮される場面ばかりとなった。



 グレアムらを撒くため限界以上のスピードで走って来たのだが、ふと前方を見ると村の方向に煙が上がっていた。


 どうやら別動隊がいたようだ。


 絶望感に目の前が暗くなり足の力が抜けるのを、歯を食いしばって耐えながら、それでも、村には控えの戦士たちもいるし武器だってある、まだ間に合うと自分に言い聞かせ足を早める。


 しかし、村の全容が見えた瞬間、膝から崩れ落ちた。


 あの強固だった高壁や石造の建物は大きな岩が降って来たかの様にあちこち崩れ落ち、民家からは轟々と炎が上がっていた。


 そして、そこら中に点々とバラバラにされた死体や手足が転がり、生きている者は全く見当たらなかった。


 村は壊滅していた。



 村に入ると兵士どころか女も子供も老人も、みな見境なく殺されていた。


 特に村の中央付近は破壊の限りを尽くされており、教会は跡形も無く、逃げる事も出来なかったのか大量の死体が折り重なる様に転がっていた。


 ふと教会の瓦礫の片隅に目をやると、セレナとエリーの死体があった。



 二人の死体のそばに立ち尽くしたウルの頭の中で、瓦礫の崩れるような轟音が鳴り響いていた。


 そして走馬灯のように、二人を失った悲しみ、間に合わなかったという後悔、絶対許さないという恨み、自分も死のうという諦め、過去の幸せだった姿などがぐるぐると回り続けていた。


 ほんの数刻か、それとも数日程も経過していたか感覚が狂っていたが、気がつくとグレアムがウルの隣りに立っていた。


「・・・この二人は生かしておけと命令したのに・・・」


 ウルに言い訳したいのか、独り言なのか、どちらとも判断しがたい言い方だった。


「なぜこんな事をしたのか聞かないのか?」


 グレアムがウルに話しかけたが、ウルは無反応だった。


「じゃぁ死ね」


 長剣を振り下ろす。


 グレアムの剣は空を切っていた。

 ついさっきまで我を無くして死を待っているようだったウルが、素早い動きで剣を避け、逆にグレアムに斬りつけたのだ。


 ギャリッ


 しかしこの攻撃も力が入りきっておらず、グレアムが服の下に着込んでいた鎖帷子に弾かれ、かすり傷を負わせるに止まった。


「ふっ なんとも優しい男だよ!」


 想定外の反撃にギョッとしながらもグレアムがさらにウルに斬りつけようとした時、既にウルはグレアムに背を向け走り出していた。


「逃がすな!」


 が、黒い兵士達はグレアムの指示でウル達から数歩ほど離れており、慌てて追おうとした時にはどこにそんな体力が残っていたのか、既にウルは瓦礫の山を越えようとしていた。


 このまま逃げ切れるかと思われたが、ザァッと雨の様な音が聞こえた瞬間黒い兵士達の強弓から放たれた矢が降り注いだ。

 数発がウルに命中し、瓦礫の山の向こうに倒れ込むのが見えたが、グレアム達が瓦礫を乗り越えた時には既にウルの姿は見えなくなっていた。


 グレアムは多少悔しそうな顔をしたが、すぐにニヤリと笑った。

 その足元にはウルのものに間違いない血痕が点々と続いていた。



 ウルは痛む左腕を庇いながら走り、瓦礫に隠れながら壁に辿り着いたが、止血をする暇も無かったため、血の跡を辿ってすぐに追いつかれるだろう。


 矢はグレアムと同じく服の下に着込んだ鎖帷子のおかげで深くは刺さらなかったが、それでも背中や肩に当たった箇所はズキズキと痛み、左腕はグレアムに斬られた傷からの出血が止まらない。


 それでも何とか壁沿いに進むと崩れて外に出られる場所を見つけたので、ある場所を目指し森の中を走った。


 ふと気配を感じ身をかがめた瞬間、さっきまで頭があった空間を矢が通り過ぎて行った。

 もう矢が届く所まで追いつかれたのだ。


 転びそうになるのを必死でこらえ、更に走る。


 ウルの目的地は森が切れた先にある谷だった。


 谷自体はさほど深くも広くもないが、下に流れる川は急流で背丈よりも深く、吊り橋を落とせば逃げ切れるはずだ。


 ただ、逃げながらも、逃げてどうする・・・と心の中で問いが浮かぶ。



 あと少しのはずだが、普段はそんなに遠く感じた事もない距離なのに、今は永遠に着かない悪夢のような不安が襲って来る。


 今日何度目かの限界だと思った所で不意に森が開けた。


 少し先に吊り橋が見えたが、またもや絶望感で目の前が真っ暗になった。


 待ち伏せが居たのだ。


 立ち止まっていたウルにグレアムらが追いついて来た。


「残念だったなぁ」

 ニヤニヤと嘲笑を浮かべながらグレアムが言う。


「生まれ育った村なんだ。ここを見逃す訳ないだろ?」


「皆殺しか」

 ウルの問いかけに、グレアムは

「そういう命令だ」

 と答えた。


「なぜ?」

「それは言えん」

「誰の命令だ?」

「知ってもお前如きの手は届かんし、無意味だ」


「そうか・・・」


 ここで黙り込んだウルに覚悟を決めたと思ったのか、追い付いて来た兵士達に指示を出そうとウルから一瞬目を離した。


 その瞬間、ウルは最後の力を振り絞り、超反応スキルを全力で発動させた。


 全てがスローモーションになった世界で渾身の力を振り絞り、グレアムとは反対の橋の方に走り出す。


 グレアムは意外だった。


 どうせ逃げられない、逃げても復讐も出来ないのなら、せめて俺を・・・と判断すると思っていたのだが。

 そのための隙も見せたし罠も用意していたのに・・・


 ウルがグレアムの反対方向に予想を超えた速さで走り出したため、ウルから見えないようグレアムの陰に隠れて弓を構えていた兵士は、グレアムが邪魔で矢を放つ事が出来なくなっていた。


 グレアムは一瞬焦ったが、橋を通すまいと陣取っている四人の黒い鉄の塊のような兵士を抜ける力はウルにはもう残っていないと考え、無理に追うのを踏みとどまった。


 ウルは超反応スキル発動中のスピードで押し切るつもりだった。

 と言うより、満身創痍の状態ではそれしか無かったのだ。


 粘着く空気をかき分けるように敵に近づき、フェイントをかけようとした瞬間、ウルは足を滑らせた。


 スキル発動中はかなりのスピードで動けるが、当然足元がかなり滑りやすくなる。

 普段のウルなら転ぶ事はまずないが、さすがに体力は限界を超え、更に怪我で大量に出血している状態でのスキル発動で、足に力が入らなかったのも仕方のない事だった。


 体勢を立て直す事も出来ないまま狙っていた兵士の隣りの奴にかなりのスピードでぶつかり、そのまま敵と共に崖から落ちて行った。

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