第2話

2話


ガタガタとやかましく音を立てる馬車に、もうかなりの時間揺られていた。


オンボロ馬車の酷い揺れと尻の痛さにうんざりしつつも、見覚えのある風景がチラホラ見えて来るにつれ、長旅に沈みがちだった乗客達に少しずつ明るい雰囲気が漂って来ているようだ。


「もうすぐ着くな」

いかにも戦士といった風体のゴツい男が話しかけて来て、思わずウルの頬がゆるんだ。


同じ村で兄弟の様に育って来たグレアムだ。


ウル達の生まれ故郷の村は昔から武芸に優れた者が多く、その中でも優れた者が数人、兵役として領主の元に派遣されるのが習わしだった。


そして、数ヶ月ごとの交代制ではあるが数日間の帰郷が許されており、この馬車の乗客も数人の商人を除けば皆同じ兵役の帰郷組だ。


ウルは今回初めての兵役で、半年にも満たない期間だったのだが、生まれ故郷に久しぶりに帰る事がこんなに嬉しいと感じるのは自分でも意外だった。


「セレナちゃんに逢えるのがそんなに嬉しいのか〜」

グレアムがわざとらしくデカい声で言う。


「はぁ? そんな事・・・」 

思わず顔が赤らむ。


「おぅおぅ 羨ましいこって!」

「だな! ウルみたいなのの何が良かったんだよ!」

「俺にもあんな幼馴染がいたらな〜」


皆が口々に囃し立てる。


セレナは村でも評判の美人で、家は貧しいが家族を助けて甲斐甲斐しく働くし、近所に住む子供やお年寄りにも優しい。

さらにかなりの料理上手と、まさに理想的な女性なのだ。


そんな女性を射止めた訳だし、少々恨み言を言われても仕方ないだろう。


しかも、ウルにはこれまた美人で兄思いのエリーという妹がおり、その点でも皆から羨ましがられている。


しかし、

「セレナは諦めるからエリーちゃんを!」

だの、

「お兄ちゃんと呼ばせていただきます!」

だの聞こえてきたのでさすがに声の方を睨みつけた。


ただ、ウルとしてはそれらが結構な重荷となっていた時期があり、許嫁や妹に釣り合うように、また、守る事ができるようにと、村でも指折りの戦士に弟子入りしたり、各国を巡る傭兵団に加わったりと、己を厳しく鍛え上げて来た。


そのおかげで、今では村の戦士でウルに敵う者はおらず、領主の元にいる騎士達でもウルに勝てる者はそうそういなくなっていた。


そして、次の任務次第では正式に騎士団へ配属されるかも、と噂されていた。


しかし、騎士団に所属してしまうと村になかなか帰ることが出来なくなるおそれがあり、ウルとしては悩みどころではあるのだが・・・


何はともあれ、しばらくゆっくりと羽根を伸ばしながら答えを探そうと考えているうちに、馬車は故郷の門をくぐろうとしていた。



故郷の村は総人口千人ほど。


辺境にしてはかなり大き目の村で、頑丈な、城壁と言っても過言では無いくらいの立派な石壁に囲まれている。

更に見張り塔や鉄で補強された頑丈な門など、かなり厳重な備え方に見えた。


しかし、この辺りでは魔獣や敵性亜人なども頻繁に出没するため決して大げさでは無いのだ。


次に目立つのが村の中心辺りであろう広場に立つ教会っぽい建物で、そこだけ見ると大都市から切り取って来た様な違和感がある。


実は、ウルの村は先祖代々月の女神を強く信仰しており、年寄りや教会の巫女の中には神託を受けたり女神を目にしたりした者もいるとか・・・


そして、その女神のおかげか、素早さ、超回復、超五感、超反応、気配隠匿やこれらに関連したスキルを発現している者が多数おり、そのスキルを利用する事による武力は、小さな辺境の村でありながら領主から税を安くする代わりに兵役を求められる程なのだ。


ちなみに、ウルは超反応、グレアムは超回復と怪力スキルを持っている。


さらに、実力次第では騎士団に所属するよう求められる事もあるため、兵役に選抜される者達は子供達の憧れでもあった。



目を覚ますと、既に太陽は高く上がっていた。


「うーーーーん・・・」


伸びをしながら、こんなにのんびりした朝はどのくらいぶりかと振り返る。

兵役に入る前でもこんな時間まで寝ていたことはないかもしれない。


昨日は夕方近くに村に入ったので、挨拶もそこそこに自宅に引き上げたのだ。

そして、本日の午後から無事の帰郷を祝う宴会を開いてくれると聞いている。


娯楽の少ない辺境の村ではよくある事ではあるが、ありがたい事だ。


取り敢えず起きようか、もう少しのんびりしようかと考えていると、ドアの方向に気配を感じた。

ほぼ無意識のまま、訓練で身に染み付いた滑らかな動作で枕元に隠した剣を手にした瞬間、


「お兄ちゃん起きたー?!」


声と同時に飛び込んで来たのは妹のエリーだった。


慌てて剣を手放したが、返事をするまもなく飛びついて来る。


内心(あぁ何て可愛いんだ!)と思いつつも

「いつまでも子供じゃないんだから抱きついて ぶわっ!」

頭から布団を被せられた。


何とか布団から脱出し、どう仕返しをしようかと思ったところでエリーが、

「可愛い許嫁が来てるのにいつまでも寝てるのが悪い!」

と、頬を膨らませながら言った。


それを聞いてはっと我に返ると、扉の所にセレナがニコニコしながら立っていた。


エリーは明るい色の長髪をポニーテールに、セレナは黒髪を肩の辺りで切り揃えており、どちらも背はさほど高くないが、細身で手足が長く、いわゆるモデル体型の美人だ。


人によっては痩せ過ぎとか言われる時もあるようだが、余計な肉が全く付いていない二人の体型はウルにとっては理想的でかなり魅力的に見えるのだ。

二人は二人で胸の小ささが悩みらしいのだが、好みは人それぞれという事だ。


困りつつも頬が緩みっぱなしのところに

「相変わらず仲のいいこと!」

と、セレナ。


「いや、これは・・・ エリーも離れろよ!」

まとわりつくエリーを引き剥がそうとする。


「んー もうちょっと!」

なにやらクンクンと匂いを嗅がれてる。


「お、おい、何嗅いでんだ!とにかく離れろ!」

「エリーちゃん!か、嗅ぐのはちょっと・・・」


「いいじゃない もうすぐ二人だけで暮らすんだし!」

と、エリー。


「そりゃそうだけど・・・」

ウルとセレナが口ごもる。


ウルとエリーの両親は、エリーを産んですぐ、村に迷い込んで来た魔獣に殺されてしまい、その後ウル達を引き取った祖父母も程なく亡くなってしまった。


幼い兄妹だけで途方にくれていた所、隣に住んでいたセレナの両親が何かと世話を焼いてくれたのだ。

特にエリーはセレナの実の妹のように可愛がられていた。


そして、セレナがウルのもとに嫁ぐ事が決まった時、エリーはセレナの両親からセレナ家で住まないかと誘われていた。

まぁ今でもセレナ家にはエリーの部屋があり、ウルが1人で出かける時はセレナ家でお世話になっているのだが。


そして、既にセレナの両親や村長には挨拶済みで、後はいつ式をあげるかウルとセレナ次第となっているのだ。


しかし、休みが終わるとまた兵役に戻る事が頭にあるため、単純に喜べないのだった。


そんな事を知ってか知らずか、エリーがウルから離れ、

「お兄ちゃん早く着替えて! みんなで広場に行きましょ!」




「ちょっと早すぎたな」


セレナとエリーに引っ張られながらやって来た教会前の広場は、若くて将来有望な戦士達目当ての適齢期の女性や、子供を連れた家族連れ、既に酔っ払っている年寄りなどでごった返していた。


セレナの両親がテーブルなどを用意しているのが見え、セレナとエリーもそれを手伝いに行く。


楽しそうに準備に勤しむ皆を見て思わず顔が綻んだ。


「何だらしねー顔してんだよ」

いつの間に近づいていたのか、グレアムが後ろに立っていた。


「何だよ、グレアムか」


だらし無いにやけ顔のまま言う。


グレアムもやはり近所に住み、ウル達といたずらしたり鍛え合って来た、一つ上の兄貴分のような存在だ。


やれやれといった顔をしながら

「遅かったな。手伝わないのか?」

と言ってきたので、ちょっと困った顔になり、

「今日は手伝っちゃダメな日なんだと」

と、言うや否やすぐまた弛んだ顔にもどる。


グレアムがわざとらしく大きなため息をつきながら、

「ったく・・・、帰りの馬車で花や薬草を集めて村の皆に配るって決めたろーが」


どうやら村で不足しがちな薬草や綺麗な花を摘みに行こうと、帰りの馬車でみんなで決めたとの事。


「すまん、覚えて無い・・・」


「もーしょうがねーなー!」


グレアムがやや乱暴に肩を組みながら

「みんなもう向かってるぞ」

と、ウルを半ば引きずるようにして村の外れに向かった。



「こんな所にあったっけ?」

村からしばらく歩いた山の上に、ウルですら知らなかった野草の群生地があった。


「生まれ故郷でも知らない事があるんだなー」

「あぁ? ガキんちょが何を偉そーに」

「グレアムこそ一年と違わないくせに!」


他愛のない会話をしていると、ウルとグレアムの到着を待っていた仲間達が見えてきた。


仲間達まであと数メートルまで近付いた時、唐突にビリっと音を立てて空気が変わった。


内心ありえないと思いつつも身を低くして警戒体勢をしつつ、小さく鋭い声で

「敵だっ!油断するなっ!武器を・・・!」


言いかけたその時、視界のギリギリに剣光が見えた!

首筋に向かって来た刃物を身をひねりかわそうとしたが間に合わず、弾こうとした左腕に鋭い痛みが襲ってきた。


「さすがだなぁ」


ナイフで襲って来たのはグレアムだった。


完全に想定外の事だった。


スキル「超反応」のおかげで辛うじて腕で受けられただけで、さすがもクソも無い。


慌てて後ろに飛び、受け身を取りながら剣を構えた。


痛みで咄嗟に言葉が出ない所にグレアムが長剣を抜いて襲いかかって来る。

その顔には明白な殺意が浮かんでいた。

「死ね! セレナは俺がもらってやる!」


この言葉に自分でも意外なほどカッとなり、無言のままグレアムに斬りつけていた。


しかし、やはり幼い頃から知っている、しかも兄弟のように慣れ親しんだ相手に対しての攻撃はどこか力が入って無いようで、簡単に弾かれてしまった。


グレアムの剣を避け、取り敢えず距離を取り仲間達の方を見た瞬間、背筋を経験したことのない寒気が襲った。


物陰から黒ずくめの兵士がゾロゾロ出てきたのだ。


その兵士達は、所属がわからないよう紋章も何も付けて無い黒い甲冑を全身にまとい、異常なほどデカくて分厚い剣と全身が隠れるような巨大な盾を構えていた。


まるで暴力と死が結晶化したような凶々しさだ。


それに対してこちらは甲冑どころか、護身用の短剣くらいしか持っていない。


皆の顔に絶望の色が浮かんでいるのが見え、思わず吐きそうになった。


グレアムが黒い兵士らに一人も逃がすなと指示を出すのが聞こえ、絶望感で身体の力が抜けそうになったが、ふとセレナとエリーの顔が浮かんで来た。


ここで死ぬ訳にはいかない。


自分で自分の頬を平手打ちし、無理矢理自分を奮い立たせた。

「俺が道を開けるっ! 一人でも生きて村に知らせろっ!」


叫びながら敵に向かって駆け出した。

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