天使と女神と魂の螺旋
ともも
第1話 プロローグ
目の前に巨大な嵐が吹き荒れていた。
いや、嵐というのか、何か強いエネルギーのようなものが嵐の様に吹き荒れているのだ。
その嵐から、悲しみ、苦しみ、憎しみなどの負の感情が次々と湧き出しているのを強く感じた。
暗く吹き荒れるエネルギーに翻弄されて体がバラバラになりそうだ。
最も強いのは悲しみのようで、ゴウゴウと地面さえ揺らすほどのなげきの奔流が押し寄せて、俺は思わずしゃがみ込んだ。
こんな落ち着かない状況でなんだが、取り敢えず状況を整理しよう。
俺は平正と書いてたいらせい。
もうすぐ厄年になるしがない派遣で、ついさっき派遣切りに合い呆然として歩いていたんだ。
仕事はそつなくこなしてたし、人間関係もかなり気をつけてたのにまさか自分が・・・
と、項垂れながら歩いていた所、いつの間にか足元に見慣れない子猫がいた。
野良にしては汚れてないようだが外出を許してる飼い猫かな?などと思っていると、足に絡みつくように体を擦り寄せて来た。
そういえば、犬や猫は飼い主が落ち込んでると慰めようとするとか聞いた事があったので、超猫好きな俺は
「慰めてるつもりなのかな?」
と子猫の鼻先に人差し指を近づけてみた。
すると子猫はふんふんと匂いをかいだ後、俺の手に身を擦り寄せて来てくれた。
子猫の行為にかなり癒された俺は歩道にしゃがみ込んだ。
「うちの子になるか? あ、けど誰かに飼われてるなら・・・ 首輪とかないよな・・・ はっ!無職になったばかりだし! けど貯金も少しはあるから1、2ヵ月なら何とか・・・」
など言いながらも猫をよく見ると、若干の違和感を感じた。
大きさは子猫なのに、どうも子猫らしさというか、子猫特有の幼さがない。
それどころかその辺の大人の猫よりよほど大人びた顔つきをしており、その目の奥には猫らしからぬ知性すら感じられた。
よくわからないけど特別な猫なのか?飼い主とか探してたら申し訳ないなぁ、などと考えていたら突然子猫が走り出し、思わず反射的に追いかけたところまでは覚えてるって感じだ。
で、気がつくとこの嵐なんだが・・・
ニャァ
いつの間にいたのか足元に子猫が・・・
ん? こいつさっきのヤツじゃん
無事で良かった
いや、この嵐の中で無事も何もないか
取り敢えず子猫が吹き飛ばされたら困るなと思い何とか抱っこできないかと体勢を変えた途端、目の前に柔らかな光が広がった。
この光はかなり強くて明るいのだが、なぜか普通の光のようなギラギラ感はなく、優しく包み込まれるような、それでいて昼間よりもかなり明るいという、何とも不思議な光だった。
ふと、その光の中に人のような姿が見え、あ、神さまかもって思った途端、自分でも驚いたのだが体が勝手に動いて、片膝を着いた騎士の礼のような体勢になった。
「我が師よ、またお会いできて大変嬉しいです」
と自分が言うのを他人事の様に感じながら、それでもどこかそれが当たり前の様に感じる自分がいてとても不思議だった。
どうやら体を他の誰かに乗っ取られてしまったみたいで、体から半歩ほど下がって片膝を着いている自分を見下ろしていた。
パニックになってもおかしくない状況だが、不思議と恐怖も何も感じなかった。
「楽にしてください、我が弟子達よ 私はいつでもあなた方を見守っていますよ」
俺って神さまの弟子だったんかーい!
ほんとびっくり!
それにしても派遣切りされる神の弟子って何なんだよ・・・
しかしなんとも綺麗で優しくて聞き心地の良い声と話し方なんだ!
多少動く事以外声も出せない状態で改めてお師匠さまを見てみると、ほっそりスッキリした体型の、優しさと知性に満ちた超美人(年齢は20代前半から40代の間としか・・・)で、シンプルだが肌の露出の少ない、いかにも聖職者って感じのローブをまとった姿は美術館とかで見た宗教画を連想させた。
どれだけ見ても初めて会ったはずなのに、心の奥から湧き出てくる強い懐かしさを我ながら不思議に感じた。
などと思ってると不意にお師匠様と目が合い、全てお見通しのような柔らかく愛に満ちた微笑みに思わず眼をそらせてしまった。
突然ひざまづいてる俺?が
「我が師よ、何でもお申し付けください」
とのたまった
おいおい、と突っ込みたくなったが体の主導権を握られてるため声が出ず、エアツッコミしかできないのが残念だ。
どうやら俺によく似てるか、或いは俺自身の別の人格っぽいのだが、俺よりも、何というか、明らかに大人でしっかりしてるようなのが不思議だった。
なんとか主導権を取り戻せないかと考えていたところ、
「愛しい我が弟子よ、今そなたは魂の螺旋の中からある理由によって飛び出し、別の人間の体に乗り移る形でここに居ます。そして、その体も先ほど死んだばかりの魂の状態で、さらに別の世界のある人物の精神世界に居るのです」
と、色々説明してくれた。
お師匠さまによると、どうやら俺は猫を追いかけた瞬間たまたま暴走して来たトラックに轢かれて死んだそうだ。
(どれだけ酷い状態だったか親切に説明していただき若干気持ちが悪くなった。師匠天然?)
そして、本来なら最寄りの死後の世界から魂の縁者が迎えに来て、その魂に相応しい世界に行き生まれ変わるなり何なりするそうだ。
しかし、それが何故かまったく違う世界のたまたまそっくりな魂に引っ張られその中に入り込んでしまった事、そして、それを阻止するべき魂の縁者が目の前にいるお師匠さまだったそうだが、強い妨害に遭い上手くいかなかった事、それについての謝罪などなどが聞けた。
「私の力が足りなかったばかりにそなたには苦労をかけてしまう事になりました」
申し訳無さそうにお師匠さまが言うとすかさず
「いえ、苦労こそ我が喜び!どんな大変な事が起きても全て乗り越えてみせます!」
と兄弟子(?)。
もちろんここでもがっつりエアツッコミしたのは言うまでもない。
まぁこの兄弟子なら、ほんとに何が起きても何とかしてしまう様な力強さや落ち着きや自信が感じられるのだが・・・
しかしなぜ兄弟子が呼ばれてもないのに出て来たのか・・・
すると心を読んだのか、
「もう一つ、あなた達に説明、いや、謝らないといけない事があります・・・」
と、お師匠さま。
何やら言いづらそうにしているのがひっかかったが、すかさず兄弟子が
「何を仰られても私達の覚悟はゆるぎません!」
覚悟も何も無い俺はゆらぎまくったが、抗議の声は届く訳もなく(お師匠さまには届いたはずなのにナチュラルにスルーされた・・・)
「実はこの子なのですが・・・」
と、お師匠さまが手をさした先に例の猫がいた。
「この子は私の弟子の、・・・」
いきなりお師匠さまの後ろから若い女性が飛び出して来て、そのまま流れる様に土下座した。
「ごべんなざぃーーーーー!」
ぼろぼろ泣きながら謝罪を繰り返す姿にドン引きした。
とにかく落ち着いて説明してほしいと兄弟子が言ってくれたおかげか、謝罪は止まり、土下座から正座の体勢になってはもらったが、なにやらひどく言いづらい事があるようでモゴモゴしていたのを見て、代わりにお師匠さまが説明してくれた。
それによると、この女性はこの異世界の月を担当する女神で、この猫は女神の使い魔との事。
で、暇つぶしがてら異世界に使い魔を転移させぶらぶらさせていたら、何やら縁のありそうな人を見かけ、まとわりついていた所にトラックが突っ込んで来たから慌てて避けたら・・・
ん?
て事は、俺の死はこの女神にも責任があるって事?
と頭の中で思って女神の方に目を向けた途端、女神が目を泳がせながらそっぽを向いて口笛を吹くふりをした。
さらに兄弟子が
「と言う事は、私が体を借りているこの若者の死は・・・」
ああっ!言わないで!と思った途端俺の心が伝わったのか、お師匠さまが珍しくあわてたように
「い、いえ! 無意味なんて事はありません! きっと・・・」
とフォローを入れてくれた。
しかし、そこから先には言葉は無く、むしろ若干傷つきながらも、まぁ今更帰れないだろうなぁ、なんせ体ぐちゃぐちゃらしいし・・・などと自嘲気味に考えていると・・・
ゴオウッ!!
と、突然地震のような、今までより強烈な振動が伝わって来て、思わずひぇ〜だかなんだか情け無い悲鳴のような声が出てしまった。
(俺以外はびくともしてなくて顔が赤くなった気がした)
「我が師よ、ここが精神世界との事ですが、これほどまでに荒れ狂うのは何があったのでしょうか・・・」
と兄弟子が聞いてくれた。
するとお師匠さまの顔が少し悲しみで翳ったように見えた。
「この精神世界はウルと言う青年のものなのですが、彼の身に起きた事がこの嵐の原因なのです・・・」
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