第5話 参加者たちの自己PR2

「さあ、邪魔が入りましたが、気を取り直しましょう! エントリーNo,4、私の可愛い妹、優里です!」


司会者のトーンで伝えた後、今度は姉としてのトーンで早希が優里に向かって話しかける。


「頑張ってね! 優勝して夏香ちゃんのお母さんになったら野々宮家のお金で美味しいご飯食べに行こうね!」


審査員である夏香のことを邪魔者扱いしていることも、野々宮家のお金を浪費しようとしていることを野々宮家の人間の前で言っているということも、もう気にするのがバカバカしくなってきたのでスルーすることにした。


とりあえず、夏香は早くこの変なオーディションを終わらせて、家に帰ってゆっくりお風呂にでも浸かってリラックスしたいな、と現実逃避を始めていた。


「私が夏香ちゃんのお母さんになったら……えっと、そうだなあ、お菓子をいっぱい買って夏香ちゃんに食べさせてあげるね!」


「ずいぶん財布の紐がゆるそうなお母さんね……ていうかさっきからみんなアピールが食べ物ばっかりなんだけど、私そんなにも食べ物で釣られると思われてるの……?」


思いもよらない形でダメージを受けてしまったのが、なんだか悔しい。もっとしっかりとダイエットをした方が良いのだろうかと夏香は不安になる。


「最後にNo.5、一般人の尾崎奈央さんです!」


「みんな一般人だけどね、あと1匹一般犬もいるけど……」


面倒だけど一応指摘はしておいた。そんな夏香の指摘をよそに、尾崎奈央は話し始めたが、その表情はなんだか憤怒に満ちたものだった。こんな意味の分からないオーディションの審査員を押し付けられて、怒りの感情を出したいのは私なのだが、と夏香は心の中で思いながら聞き始めた。


「ねえ、みんななんでそんなにふざけたことばかり言ってるんですか? 真面目にやる気あるんですか?」


なぜか尾崎奈央は怒りに言葉を震わせていた。


そもそもこんな”お母さんオーディション”という企画自体が明らかにふざけているとしか思えないものなので、そこに参加している時点で、この尾崎奈央という人物もふざけているという意味では同罪だと思うのだが、と夏香は疑問に思ったが、もちろん口には出さない。


「みんなふざけてますよ……私、悔しいです。そりゃ合格するためには審査員のご機嫌を取った方がいいでしょうから、審査員が喜びそうなことばかり言うのはわかります……」


別にご飯の量が増えたりお菓子を買ってもらえて喜んだりはしないのだけど、と心の中で思いながら、夏香は尾崎奈央の発言の顛末を見守っていた。


「けど、私たちアイドルを目指すのなら、きちんと歌とかダンスとかで勝負していくべきだと思うんですよ……で審査員に露骨に媚びを売るなんて、みなさんどういうつもりなんですか?」


「え?」という疑問を浮かべたのは夏香だけではなかったようで、ここまで好き勝手オーディションを回してきた早希も怪訝そうな顔をして首を傾げていた。


どうやらこの尾崎奈央という人物は何かの間違いで、アイドルオーディションが開催されると勘違いして、お母さんオーディションにやって来たらしい。


そういうことならば、履歴書を事前に送っていたり、カーテンが開いた時に右手にマイクを持っていたことも一応意味は通ってくる。


そして、ここまでの展開の進み方をどう解釈すればアイドルオーディションと勘違いできるのか、夏香にはまったくわからないが、この期に及んで尾崎奈央はまだアイドルオーディションが開かれていると勘違いしたままのようだ。

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