第5話
階段を下りて駅のホームに着くと、ちょうど電車が来たところだった。
車内に入り、目についた空席に座る。
まもなく、プシューッという音を立ててドアが閉まり、電車が緩やかに動き出した。
まだ朝早く、休日だということもあり乗客は少ない。
静かで程よく空調の効いた車内に、ガタゴトという音だけが淡々と響く。
俺は鞄からスマホを取り出して、和臣にメッセージを送った。
『今電車乗った』
すると、すぐに既読表示がつき、返信が来る。
『おっけー』
『みずきが乗ってるのに合流できるかも』
和臣の最寄り駅は、俺の最寄り駅の1つ先になる。
この電車の次の停車駅だ。
もうすぐ着くだろう。
俺は気分が高揚してくるのを感じる。
俺が和臣のことを好きだから余計にそう思うのかもしれないが、そうでなくても、友達と遊びに行く約束をして、こうして待ち合わせる時間が俺は好きだった。
ひとつの好きが他の好きにも繋がっていくことを感じると、暖かくて幸せな気持ちになる。
電車が踏み切りを過ぎ、駅に入っていく。駅舎が太陽の光を遮り、車内に陰を落とす。
俺は窓を流れる景色の中から和臣を探した。
そしてそれらしき姿を見つけた時、ようやく気づく。
──電車が止まる様子がない。
それどころかスピードを緩めもしていない。
俺は今になって電光掲示板に目をやり、全てを悟った。
『和臣ごめん。急行乗っちゃった』
『あるあるだな』
和臣の最寄り駅に、急行は止まらない。
〇
「ごめん!待ったよな?」
和臣がぱたぱたと走り寄ってくる。
結局、俺と和臣は現地集合ということになり、先に目的の駅に着いた俺は、駅前の広場で和臣を待った。
「いや……あれは俺が完全に悪かったから」
「でも俺、みずきから連絡きた後、すぐに駅に着けなかったし。どのみち合流できなかったかもな」
「和臣、駅着いてなかったのか!?」
「え、まあ……うん」
和臣がきょとんとしている。
俺が窓から見た和臣は他人の空似だったのか……なんだか恥ずかしい。
「それにしても貴之は何で来なかったんだろうな?あんなに俺に聞いてきたのに」
……と、そこで和臣に言われて、俺はどきりとする。
貴之は俺に気を使ったのか、今日のイベントには行けないと昨日連絡が来たのだ。
貴之もまあまあオタクだが、イベントに行ったりするようなタイプではないらしく、今までも俺や和臣と一緒に行くことはなかった。
和臣も特に誘ったりしてなかったみたいだけど。
仲間内での「何の目的で誰を誘うか」という問題は、理屈では説明できない心理的な要素が絡む。それこそ「なんとなく」としか言えないようなことだ。
だが、今回は明らかに俺のことが原因だと思う。貴之には何だか申し訳ないことをしてしまった。
俺が心の中で貴之に手を合わせていると、和臣がうーん、と心配そうに唸る。
「貴之、確か『仮病になったから行けない』って言ってたよな?大丈夫かな……」
「そうだな。大変な病気だな、それは」
ただ先に謝っておいて申し訳ないが、貴之にはもっとマシな言い訳をしてほしかったと思う。和臣が馬鹿でよかった。
と、和臣とくだらないやりとりをしつつ歩くこと数分。
俺達はCDショップに着いた。
このショップが入っているビルの地下のイベントスペースが、今日の会場らしい。
一階フロアから地下へ降りる階段には既に列ができており、ざっと三十人程が二列で並んでいる。
おそらく、ここに並んでいる者は皆、俺達と同じイベントに参加するのだろう。
俺と和臣も最後尾に並ぶ。
和臣がスマホをいじりだしたので、俺は暇を持て余し、なんとなく壁に貼ってあるポスターを眺めた。
俺でも知っているようなアーティストはほとんどいなかったが、その中に唯一見覚えのある顔があった。
以前、和臣に見せてもらった例の三人組アイドルグループだ。
(びね……がーる?)
──Vine☆girl。
ポスターに書いてあるその名前が、彼女達のユニット名なんだろう。
しかし、ポスターに写っているアイドルはなぜか二人だ。十代くらいの若い女の子二人だけ。
一人だけ歳が離れている(と思う)あの背の高い女性が、ポスターには写っていなかった。
どうしてだろう。
(でも、そういえばあの女の人……なんか……)
和臣に写真を見せられた時は気がつかなかったが、後になってから、俺はあの女性のことがなんとなく引っかかっていた。どこかで似たような顔を見た気がする。
「なあ和臣」
「ん?」
和臣がスマホから俺に視線を向ける。
これは今どうでもいいことだが、和臣は他人に呼ばれた時、何かしてる最中でも必ず手を止めて、その人の方を見る。
適当なようで、実はこういうことはちゃんとしている──俺は和臣のそんなところも好きだった。
……話を戻す。
俺が和臣にあの女性について聞こうとした瞬間、階下からスタッフの声がした。
どうやら開場するらしい。
「うわー……いよいよだな」
和臣が見るからに緊張している。
「今日初めてなのか?生で見るの」
「まあな、最近知ったばっかりだし」
「この……びね、がーる?っていうの、どのくらいやってるんだ?」
「あれ、よく名前知ってるな」と和臣が言うので、俺は壁のポスターを指す。
和臣が「ああ」と頷いてから言った。
「んー、一年弱、くらいかな」
「その割にはこうやって並ぶくらいファンいるんだな」
俺は背後を振り返る。いつのまにか俺たちの後ろには、五人並んでいた。
「まあ、そうだな。Vine☆girlはちょっと、色々普通じゃないっていうか……話題になりがちっていうか」
和臣が言い淀む。どうしたんだろう。
そうこうしてる内に、スタッフに案内され、俺達は会場に入る。
会場内では、既にファンがあちこちに散って待機していた。
棒状のライトのようなものを点滅させて、おそらく電池の確認をしている者。
連れと笑いながら何やら話している者。
突然服を脱ぎ、持ってきたTシャツに着替え始める者や、なぜかその場で屈伸している者もいた。
空調は効いているはずだが、熱気がこもって少し暑い。
会場の前方には、あまり高さはないがステージのようなものがあり、その周りは柵で囲まれている。
ファンの男女比は圧倒的に男の方が多かったが、意外なことに若い女性も数人見受けられる。
「女子のファンもいるんだな」
「え、ああ……あの人のせいかな」
「あの人?」
「始まったら分かるよ。たぶん、もうすぐだぞ」
和臣がなんだかそわそわしているように見える。
ふと出入り口の方を見ると入場も一区切りしたようだ。
和臣の言う通り、まもなく始まるのだろう。
ふいに、後方からきゃあっと甲高い声がした。
「はい。皆さんこんにちは」
マイク越しの穏やかな声とともに袖から現れたのは、スーツに身を包んだ男性。
おそらく、Vine☆girlのスタッフか、マネージャーだろうか。
あちこちでうわあ、と歓声が上がる。
無理もない。
彼は裏方にしておくにはもったいない程──美しかった。
端正な目鼻立ちに、男の俺でも溜息が出る。
決して華美とは言えないスーツ姿だというのに、溢れ出るオーラはあまりにも眩しく、いわゆる王子様みたいな、とにかく高貴な存在に思える。
歓声を浴びてなお、その振る舞いを崩すことなく、彼はふわりと微笑む。
その神々しさに思わず、俺は頭にティアラが生えてきたような感覚に陥った。
(いやいや、落ち着け俺……。俺には和臣がいるだろ……って、それも変だけど)
俺は冷静になろうと隣の和臣を見る。
そして、見てしまった。
和臣の、あの表情を。
和臣が写真を見せてきたときのことを思い出す。
『いやー……今までとだいぶジャンル違うからちょっと恥ずかしかったんだけどさ……』
(もしかして……でも、まさか)
疑いながらも、この時点で俺は確信していたのだと思う。
和臣の好きな人は……きっとこの人だ。
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