第4話
「……」
昼時の学食。
和臣が目の前のうどんに手をつけず、ぼんやりとしている。
「腹減ってないのか」
貴之の問いかけにも「あー……」と生返事だ。
「みずき、和臣に何かあったのか」
俺は首を横に振る。
ふむ、と貴之は考え込む。
「和臣は何か悩みでもあるのか」
「いや、悩んでるっていうよりは放心してるっていうか……余韻に浸ってるような感じがする」
「ほう」
「イベント行った後とかよくこんな感じだからそんなに気にしなくていいぞ」
和臣を前に、貴之とこそこそ話す。
いつもの和臣なら、割って入ってくるところだが、それもしない。
貴之には気にしなくていいと言ったものの、少し気になる。
「しかし、みずきはさすがだな」
「ん?」
「和臣を好きなだけあってよく見てる」
俺は貴之を無言で睨む。
デリカシーがないとは貴之のことを言うのだろう。和臣が聞いてなさそうだからよかったけど。
貴之は何故自分が睨まれているのかよくわからないという様子で、とんかつをむしゃむしゃ頬張っている。腹立たしい。
俺も諦めて自分の飯に戻る。
相変わらずぼんやりしている和臣は放置し、無言で食べること数分。
「和臣にも誰か好きな奴ができてたりしてな」
それは貴之の何気ない一言だった。
俺はもう聞き流し、相手にしない。
でも和臣にとっては違ったようだった。
名前が出てこなくてモヤモヤしていたものをずばり言い当てられたような、「それだ」と言わんばかりの表情。
俺は和臣のその顔を見た瞬間、急にへその上あたりがぎゅっとなるような緊張を感じた。
胸騒ぎがして、何か口に出そうとする前に、和臣の言葉を聞いた。
「俺、好きな人ができたんだ……」
聞いてしまった、と思った。
和臣が口にする前に頭の奥で予感していたことが、現実となって胸を刺す。
食堂の喧騒が遠くに聞こえる。
俺は思わず、隣に座る貴之を見る。
貴之も箸を止め、俺を見ていた。
俺は貴之に目で「どうしよう」と訴えかける。
すると、俺の意図が通じたのか、貴之は和臣に向き直り、問いかけた。
「好きな人ができた……って、本当なのか、和臣」
「いや、その……」
和臣は照れ臭そうに顔を背ける。
その横顔は好きな相手のことを考えているのか、口元が緩んでいた。
本当に好きなんだ。
俺はどうしたらいいか分からなくなった。
その間にも、和臣の反応を見た貴之がさらに追求する。今は貴之に任せようか。
「一体誰なんだ、教えろ和臣」
「え、や、嫌だよ。なんか恥ずかしいし」
「大丈夫だ、和臣。俺はこの前みず……」
「貴之やめて」
俺は貴之の肩に手を置き、首を横に振る。貴之は黙ってこくりと頷き、引き下がった。
やっぱり自分で向き合わないと。貴之がボロを出してしまう。
「……和臣」
俺はできるだけいつも通りに和臣を呼ぶ。
「な、何だよみずき」
まっすぐに和臣の目を見る。
和臣に好きな人ができる。
いつかこうなるなんて、想像できなかったわけじゃない。
その相手が俺じゃないなんて当たり前だ。
やっとその時が来ただけなんだ。
心の中で深呼吸をする。
大丈夫。何があっても和臣の前ではいつも通りでいる。
俺は意を決して和臣に言った。
「俺は和臣のこと……応援するから」
「え……うん?」
和臣が戸惑っている。
あれ、なんか違ったかな。
「色々飛ばしすぎだぞ」
貴之も呆れているように見える。
漂う微妙な空気に、なんだか風船が萎んだように気が抜ける。
和臣がはあ、と溜息をつく。
「なんか変な勘違いされても嫌だし、もうお前らには教えるよ……ほら」
和臣がスマホを取り出し何やら操作すると、俺と貴之に画面を見せてくる。
「これが俺の……好きな人」
そこに映っていたのは三人──女性が三人だ。十代後半くらいに見える女の子が二人と、若くは見えるが二十歳はとうに過ぎているのではないかと思われる、他の二人よりも頭二つ分背の高い女性が一人。
三人とも全体的にレースやリボンがあしらわれているような、なんというかふわふわした派手な衣装を着ている。その姿はいわゆる「アイドル」みたいで―。
「……和臣が好きなのって」
「いやー……今までとだいぶジャンル違うからちょっと恥ずかしかったんだけどさ……」
「みずき、応援してやれよ」
「……」
俺は貴之を力いっぱい睨んだ。
そして和臣の方を向く。
「もっと早く言え!なんか……無駄に焦っただろ!」
「え、なんで、これだって好きな人は好きな人だろ!」
「そうかもしんないけど、何か変なこと考えちゃったっていうか」
「何考えたんだよ」
「それは……」
「ところで」
俺が言葉に詰まったところで貴之が割り込んでくる。
今まで和臣のスマホをまじまじと見ていた貴之は、和臣に聞いた。
「和臣が好きなのは誰なんだ?」
「あ……えーっと……」
和臣がまた口ごもる。
そういえば写真に写ってるアイドルは三人いた。
和臣がその中で誰を好きなのかは、まあ、多少気になる。
「今さら恥ずかしがることでもないし、言えよ和臣」
俺はそんなに強く迫ったつもりはないのだが、和臣の方はきょろきょろと忙しなく視線を動かし、なんだか落ち着かない。そこまで恥ずかしいのだろうか。
そんな和臣を黙って見守っていると、和臣は諦めたように「じゃあさ」と言った。
「今度の日曜、イベントがあるから付き合えよ」
「は?」
「そしたら分かるから」
「あーのびてる!」と和臣がようやくうどんに意識を向け、ずるずると啜りだす。
この場ではこれ以上話すつもりはないらしい。
和臣は何故こうも頑なに話したがらないんだろう。
俺は意見を求めようとして、貴之を見る。
「……」
貴之は和臣のスマホを手に何か考えているようだった。
「貴之?」
「ん、ああ……何でもない」
貴之はスマホを和臣に返し、何事もなかったかのように昼飯に戻ってしまった。
(まあ、いいか……結局大したことじゃなかったし……)
俺は和臣の「好き」が、ただ単に「アイドル」が好きというだけだったことに、このときは安堵していた。
ついでに、また和臣との予定ができたことも、少しだけ嬉しく思っていて。
しかし、和臣のこの「好き」は、俺の想像をずっと超えて、色々なものを変えてしまうことになる。
俺は知っているはずだった。
「ただ単に」好きでいるだなんて、簡単じゃないことを。
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