第2話


×8年 ●月×日 はれ


今日は和臣とイベントに行った。

帰りの電車で何か右肩が重いと思ってたら和臣がスマホいじったまま爆睡してて、寄りかかってきてた。

重いし邪魔だったけど、何かあったかくて悪い気はしなかったし、ちょっとかわいいと思った。ちょっとだけ。




「……」


手を止めて、自分が書いた文章を読み返す。


日記とは不思議なもので、他に誰もこれを読まないと思うと普段言わないような恥ずかしいことも結構書けてしまう。


それはつまり、他人に見られてしまったら終わりということでもあるが。


俺はノートを閉じて、自室にある机の脇に積んだノートの束の上に乗せた。


和臣が好きだと自覚して以来、すっかり習慣となったこの日記もこれで15冊目となる。


我ながらだいぶ気持ち悪いと思ってはいるのだが、その日和臣との間で起きた出来事をどうしても内に秘めておくことができず、こうして日記を書いている。


俺は和臣に自分の気持ちを伝えられない。

ただ和臣のことが好きでいられればいい。それだけで俺は安心できたし、充分だった。


俺は床に敷いた布団の上に転がる。


枕元に置いていたスマートフォンに手を伸ばし、電源を入れるとメッセージが届いていた。


差出人が和臣だったらいいのにと、ほんの少しだけ期待する。

しかし、残念ながらそうではない。


差出人は、大学での友人・貴之たかゆきだ。


『明日、話がしたい』


短く用件だけのメッセージが貴之らしい。

俺はそれに適当な絵文字一つを送り、了解の意を示す。


示したところで、引っかかる。


『話って何の話だ?』


俺は貴之にメッセージを送り、聞いてみる。

するとすぐに貴之から返信があった。


『みずきに会いたい』


恋人か。


貴之とはまだ出会って日が浅いが、彼が焦ったり切羽詰まったりすると訳が分からないことを言いだすのはよく知っている。


推測するに、貴之がしたい話とは、彼にとってはそれなりに深刻な内容なのだろう。

どう返信しようか考えていると、また貴之からメッセージが送られてくる。



『和臣は連れてくるな』



(…どういうことだ?)



俺の友人である貴之は当然ながら和臣のことも知っている。(もちろん俺が和臣を好きなことは知らない。)


貴之と和臣は仲が悪いということはないし、むしろ俺達は3人でいることも多い。

だからこそ、和臣には言えない貴之の用事がどんな内容なのか気になった。


貴之からのメッセージはさらに続く。


『みずきに伝えたいことがある』


『大事なことだ』



ますます分からない。

貴之は俺に何を言おうとしてるんだろう。


これじゃまるで。


『俺に告白でもするのかよ』


冗談で送ったメッセージに貴之からの返事はなかった。






翌日の昼。

貴之と大学の内庭テラスで待ち合わせる。


先に席に着き待っていると、しばらくして貴之が来る。


「すまん、遅れた」


「いや、いいけど。話って何?」


貴之が眉をきゅっと顰めて深刻そうな顔を作る。


何だかんだ言っても結局大した用事ではないんだろうとどこかで思いつつも、何となく緊張する。


俺は唾を飲み、貴之の言葉を待った。

風がテラスに植えられた木々の枝を揺らし、葉の擦れる音がする。


そして貴之が口を開いた。


「その前にこれ返す」


「なんだよ」


一体何を言いだすのかと思えば。

貴之は肩に提げていたトートバッグから何かを取り出して、俺にそれを渡してきた。


それはノートだった。

そういえば先週、貴之に講義のノートを貸したような気がする。今日まで完全に忘れていた。


俺はなんだか気が抜けてしまいながらも、貴之からノートを受け取り、なんとなくぱらぱらと開いた。


中身は




×6年 ●月●日


和臣と「お宝」を貸し合うことになった。(DVD?とかのことらしい。)

俺はDVDとか持ってないから、とりあえず姉ちゃんの部屋にあったDVD貸したんだけどあってたかな。

和臣に借りたやつはまだ開けてないけど、紙袋から和臣の家の匂いがする。

他人から借りたものってなんか独特な匂いするよな。どっちかといえばくさいっていうか。なんか変な匂いなんだけど、癖になってしまいしばらく嗅いでいた。好き。





「すまん、みずき…お前に借りたノート、講義のじゃなかったみたいでな……。


……読んでしまった」






体がぞわっとして、時間の流れが急にゆっくりになったような気がする。


背中に冷えた汗が伝うのが分かった。


それなのに、ノートを持つ手の感触だけが鈍く、現実味がない。



貴之が俺の顔を見て、戸惑う。



「うっ……ぅっ……ひっ……う……」



気がつくと俺は涙を流していたようだ。



恥ずかしい。


こんなに恥ずかしいことがあるだろうか。



できるなら貴之の記憶を消したかった。あるいはノートを貸したあの時に戻りたかった。でもどれも叶わないことだった。取り返しがつかないミスを、俺は犯したのだ。


満足に言い訳もできず、ただみっともなく泣くことしかできない俺を見た貴之は「すまん」と呟く。


「貴之……ぅっ……ひっく……」


俺は涙を腕で拭い、首を横に振る。

貴之は悪くない、俺が貸すノートを間違えたのが悪かったんだと言いたかった。


「みずき……」


貴之は俺の肩にそっと手を置き、優しい声で俺を呼んだ。


俺は鼻水をずびずびと啜り、息を整えて、貴之の顔を見る。

貴之は目を細め、笑顔でこう言った。


「まあ、そう落ち込むな。これ結構面白かったぞ。続きを貸してくれないか。あと、できたら一巻から読みたい」


「人の日記を漫画みたいに言うな」


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