第19話

「自身が弱者だと認めるのですね。強者は弱者を救うのが当然である前提の話ですか。では、それに則ってまずは貴方から救いましょう。いまから貴方以外の村人を全員殺します」

「!」

「これで貴方は苦しまなくなる」

「何を云ってんだよ、女神様!」

「救えと云ったではありませんか? だから、まずは誰も救えない貴方を救うのです」

「ボクが言ったのはそういう意味じゃ」

「弱者とはそこまで横暴に強者を従わせられるのですね?」

「違う」

「私からしたら賊となんら変わりない」

「ボクと賊を一緒にするな!」

「自身に都合よくするため他人の良心を盾に取っている。似ていませんか?」

「あぁ、ぅ」


 泣きたいのを必死に堪えながら、フルタはナンノに云った。


「うっ。ボクは弱いからジブンたちじゃどうしようもないんだ」

「弱ければ都合よく救ってもらうのも当然なのですか?」

「…………」

「それが貴方の都合です。自身に都合よく他人を動かすのを依頼と呼ぶのです。貴方の父親の言葉を聴いていませんでしたか?」

「…………」

「他人を動かすのに他人を理由に言い訳ばかりして貴方は何をしているのですか?」

「女神様、申し訳ありません。息子はまだ子供で」

「子供だから? 村を救うという言葉も未熟なのですか?」

「……いいえ」

「女神様は力があるからそんな言葉が云えるんだ」

「なんですか?」


 黙っていたフルタは感情を言葉にしてナンノに食らいつくように云う。


「女神様はボクたちの苦しみなんて知らない」

「ええ。そうです」

 …………。

「女神様みたいな力がボクにもあったらボクは」

「あったら救えるとでも?」

「当たり前じゃないか。誰かが女神様みたいな力をいますぐくれたなら」

「私の力を憧れますか? これまで私はこの力で誰一人救えませんでしたが貴方には救えると何故云えるのですか?」

「えっ?」

「ご都合主義な力などご都合主義な自身の世界にしか通用しないのです」

「そんなはずはないよ。ボクだって女神様みたいに」

「いま、貴方はどんな自身に都合のよい場面を想像したのですか?」

「それはみんなが幸せに」

「幸せとはなんですか?」

「それはみんなが笑ってて」

「そうですか。では、結局、貴方は自分自身を救えてはいません」

「え?」

「私が貴方の未来の姿」

「あっ……」

「貴方の云う笑っているのが幸せである考えは大いに結構です。ですが、私の力を持ったとしたら貴方が不幸になる。転がっている遺体を見て笑っていられますか? それともまた自身なら賊も救えたなどと都合のよい答えを口にするのでしょうか? 彼方たちが望んでいるのは何も殺さない都合のよい世の中。ジブンたちの代わりに誰か殺してくれる都合の良い世の中」


 ナンノはそこにいる村人全員に伝えているようだった。村人は言葉を作れず黙ったまま下を向く中、フルタだけは反抗的に言葉を作った。


「人や魔物を殺せないのは悪いこと?」

「いまの彼方たちに聞けば解ります」

「あぁ、女神様。なんで、ボクたちが苦しまなくちゃいけない?」

「純粋だからです。善意が彼方たちを苦しめる」

「ボクは」

「他人を恨み憎しみ蔑み貶め傍観すれば問題は解決する。違っていますか?」

「ボクは」

「そういう風に世界はできている。彼方たちはこの世界に合っていない」

「だったら、ボクたちは世界に合わなくていい」

「…………」


 少年のまっすぐナンノを見つめる眼は透明で綺麗に見えた。その言葉に添って村人たちの瞳にも同じ明かりが燈っている。そんな人々の眼を彼女の表情は変わっていないように見えてどこか懐かしさを含んでいた。


「……そうですか。それでも貫くというのなら可能性があるのかもしれません」

「え?」

「彼方たちがすでに持っている本質が大事なものです。その気持ちを太くしなさい。さすればおのずと力は備わってくるでしょう。彼方たちが持つべきものは殺す力ではなく護る力。命を奪う力ではないのです。努力をしなさい。本質を護れるように。後世に伝えなさい。大切なものを護れるように。貴方が力をいますぐ得ようとしたのは焦ってしまったのでしょう? 急がなくとも独りでなければいつか得られるものです。それは私が保証しましょう」

「女神様。女神様の言葉は未来を話してくれているみたいだ」

「そうですか?」

「魔術士じゃないって嘘を吐いてくれたの?」

「私は嘘が嫌いです」

「女神様、色々とごめんなさい」

「いいえ。こちらこそ申し訳ございません。どうも、貴方が似ていていじめたくなってしまったのです」

「え、誰に?」

「私たちを救ってくだった旦那様に」


 そこで一瞬だけナンノは笑みを浮かべた。

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