第七章

第15話

 車を停車させると俺より先にナンノは動いていた。駆け寄り声をかけ反応が曖昧な荒い呼吸の子供に外傷がないのを確認する。少女だった。見た目は十歳程度、茶色のワンピースの革服にサンダルと遠出をする格好ではない。サンダルも片方は脱げていて手荷物も持ってはいないようだ。何度も転けたのだろう。怪我はしていないとはいえ体は泥に塗れている。ナンノが抱きかかると不思議に荒い呼吸が柔らかくなった。少女は気づきナンノを見た。


「ワ、タシは、死んだ、のかな?」

「何故そう思いますか?」

「綺麗なお姉さんが、いるから」

「死神の比喩なら合っているでしょう。さあ、落ち着いて水を飲みなさい。急ぐのは止めておいたほうがいいでしょう」


 携帯用の水容器を少女の口に当てた。少女は両手で容器を傾け多く器官に水を入れてしまいむせた。


「だから、言ったのです」


 少女はナンノの忠告を聞くとゆっくりと喉を鳴らして口腔から水を体に満たしていく。ひとしきり飲み終えたところで、


「女神様。お兄ちゃんたちを――」


 そこまで言葉を作ると少女は瞼を閉じて気絶してしまった。そんな姿を見ながらナンノは云う。


「役に立ちそうですね」

「へへ、何を云ってんだい。お嬢さん」


 声のほうを見れば三人の男が立っていた。へらへらと笑みを浮かべ片手にナイフや斧を持ち顔や腕に傷があった。上下統一された衣類ではない。サイズの合う物を誰から剥ぎ取ったそんな衣装の組み合わせだった。ナンノは少女を抱えたまま立ち上がり振り返る。男たちの泥まみれの武器を眺めてから呟いた。


「呼んでもらいましょう」

「ああ? へ?」


 ナンノは指を横に動かすその所作は以前見たことがあった。


「あん? あ、あれ?」


 男たちからしたら視界がずれているだろう。立っていると認識しているのに視界が空に向く。ずれの正体は痛覚によって明かされたとき男たちは絶叫した。男たちの膝下は血を垂らしながらいまも地面に立ったままでそれを横たわった男たちは目撃し自分自身の一部と知ると声を止めてから断末魔をあげた。


 斬られた両脚から血液が漏れていく。止めようにも生きている限り心臓が血液を送り出した。生かそうとする役割が人を死へ追いやっていく。ひとしきり声を上げ続け声を作り出す力を失うと男たちは事切れていた。


 男たちの有様を見下ろすナンノの表情は終始一貫でホントにゴミとしか見ていないようだった。一部始終を見ていた三人は自動車の中で震えているだけ、俺は立って震えているだけ。逃げたいだけ。怖いだけ。


「やっと静かになりましたね。旦那様不快な音を聞かせ申し訳ありません。ホクト」

「はい!」


 呼ばれたホクトは自動車の中で大きく返事をした。車内から転がるように外に出るとナンノの横に立った。


「持っていてもらえますか」

「りょ、了解したわ」

「助かります」


 ホクトは少女を受け取ると数歩後退りをしてから直立していた。二人がやり取りしている間、怒濤のような足音が近づいてくる。音は止み十数人の男たちは死に絶えている仲間たちを見ながら絶句していた。

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