第14話

「やっぱりこれはもともと国が二つあって王国が再建をしようとしている話かしら?」

 え? なんですって?

「あら、ご主人は興味があるのね。三人は興味がないみたい」


 隣のトウマは言わずもがな、あと二人も黙ったまま個人の領域を広げる様子はないらしい。ホクトとの距離が近い。背後にいる彼女が脚を組んでうっすら笑っている姿を想像した。


「細かい粗探しは誰か勝手にやってしまうとして、大きい疑問は皇帝がセプテムを統治しているのに王政や王都と呼ぶのは変であるところ。本来なら帝都とか帝政と呼ぶのが合ってないかしら? 人は完璧ではないから間違い、勘違いがあったとして、国家の根底にある呼び名を改正させないのはどういった理由なのかしらね? 二つだった国が一つに統合されたのを証拠として残しているのか、一つの国が吸収されたのを伝えたいのか。


 二つの国が一つになっているいまの帝国が生まれたのを望まない誰かがいるとして、その人がここにいると叫んでいるのかしら? 誰が? 王様が? 一族が? なのかもしれない、と妄想できるところが模造本の面白さ」


 口調からホクトが楽しんで話しているのが伝わってくる。妄想だと云われてほんの少しの記憶が自然と蘇ってきた。


 民衆に手を振っていた皇帝の姿。そのときは伸びた口ひげと顎ひげを蓄えた壮年の男性に見えた。皇帝は王政選挙により決められており任期期間はまちまち。満了を迎えた人もいればレジスタンスから暗殺された事件もあった。そんな危険から護るためか女帝や子息、子女は表舞台に姿を表したことは知る限りないような気がする。


 ホクトの妄想に現実をなぞるとかち合ってしまう部分が、関連があるのが皮肉だった。


 ――正しさじゃ生きていけないんだ』


 …………。


 元々二つだったとしたらいまの一つの世界は貴重なのかもしれない。いや、貴重じゃないのかもしれない。どっちでもいいのかもしれない。どうでもいいのかもしれない。うん、知らない。

「あはは。無責任」


 後ろからぱたりと模造本を閉じる音がした。


「ご主人様は面白い考え方をするわ。優柔不断なところが実に面白い。常識に考えられるモノは人が全て創ったモノ。物体を思想を創った人は常に二律背反に苦しむ生き物。感情というモノがあるがゆえに悩む。本能だけなら進む前を冷酷に見続けられる。感情ほど環境に左右されホントとウソを混ぜ込んでいるモノはない。全員が一つになる行為は人はあまりにも不得意で不慣れなもの。個々があるのが人なのよね」

 なるほど。何を云っているのかさっぱり判りません。

「ご主人様ののように答えを出さないのが大事なの。ああ、ご主人様が手前を嫌がるその表情がたまんない!」

 こっちも違う意味でたまらないです。

「…………」


 雑談もそこそこに理由も決めず南西に向かう。いままでも目的を決めて行動などしていない。今回もただ運転手である俺がなんとなく方向を決めて進んでいっただけだった。左手にまだ溶けきれていない氷の塊が乱立している。こちら側からは木々が生えてように見える隙間から、一人の子供がふらふらと出てきて道端に倒れたのはただの偶然だった。

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